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花屋として

 多少気分を害しましたが、お口直しに頂いた林檎をまるっと食べまして、口も心もすっきりです。

 種を植えておきましょう。数年後にはここはメリナ農園としてシャールの人々の腹を満たす土地になるかもしれません。


 アデリーナ様は大変に生意気です。先輩に生意気と言うのは大変に失敬なことですが、事実なので致し方御座いません。

 でも、クソガキのソニアちゃんと比較すると、何だか慣れた感じであしらえました。


 言い換えると、懐かしさかもしれません。もしかしたら、前の私は軽快に「アデリーナ」「メリナ様、私めのことは愚かな犬とお呼びください」と歳の差を超えて仲良く会話をしていたのかもしれません。


 さてさて、きれいなお花を摘んで私は街へと入りました。またお金を支払わないといけませんでした。

 ……街に出入りする度に出費するのって大変ですよね。だから、私、門番さんに尋ねました。



「街の人も困っているんじゃないですか、この入街料ってやつ?」


「居住証明を持っているヤツはタダだ」


 っ!?

 既得特権ってヤツですね! 街の中に家がある人は出入りが無料だったんですか!?

 ズルいです!


「貧乏人が増えると治安が悪くなるからな。シャール伯爵のご意向だ。お隣のバンディール地方からの移住者が多くてな」


 不満を言いたいところですが、この街を治める貴族様の方針ならば、門番さんに文句を言ったところで改められるものでは御座いません。お答えを頂いたことに礼を言って、私は街の中へと進みます。



 さて、気分を切り替えて頑張りましょう。この綺麗な花達に相応しい方々を見付けて売り付け――いえ、可憐で素晴らしい花に対するささやかなお気持ちを金額で表現して頂きたいだけです。


 しかし、たまに現れる私のダーティーな思考は何なのでしょう。記憶喪失に伴う症状なのかもしれません。

 神殿の医務室に行ったのに、いっさい医療行為を受けていないことに今更ながらに気付きました。怪我はしていなかったから良かったのかなぁ。



 さて、私は露店が道の両側にひしめき合う市場みたいな所に来ました。占い師として最適な場所を探索した時に、この通りがあることを知りました。

 ただ、そこを通う人達は買い物で忙しそうだったから、運命を占って欲しい人はいないかなと思ったんです。私が付け込めそうな悩みに悩んでる様子の人間を探すには活気が有り過ぎ――ってダメです。また、思考がダーティーになってしまいました。精神汚染の呪いにでも掛かっているのではと思うくらいです。



 市場通りの中ほど、果物を広げている店と、壺とかの日用品を置いている店の間に人が1人立てるかな程度の空きがありまして、そこに私は位置しました。


 そして、街の外で摘んできた花を展示します。茎付きの花が地面に整列しています。

 そして、私は黙ってお客さんが来るのを待ちました。



 昼の日差しの中、待つこと二刻。

 誰も寄って来ません。素通りです。たまに、私と視線が合う人もいましたが、それで終わりです。

 折角のお花さんも干からび始めていますし、私も疲れたので足を抱えて座り、道行く人を下から眺めるだけです。


 ……都会の人は生きることに忙しくて、お花なんて物を愛でる余裕がないのかもしれません。なんて寂しい場所なんだろう。


 私は隣の果物屋で買ったブドウを食べながら、それでも心優しい客が来るのを待っています。



 でも、全く見向きもされなくて、思わず溜め息を吐いてしまいます。


「全然売れないや。私、商売の才能ないのかな……」


 呟きです。

 それはもしかしたら誰かに「そうじゃない。メリナが悪いんじゃなくて、見る目のないクズどもが悪いんだ」と言って貰いたいからなのかもしれません。



「嬢ちゃん、何を悩んでいるんだ?」


 果物屋の店主が話し掛けて来ました。

 この人のお店にはよく客が来ていて、私はずるいと内心思っていました。


「道行く人達、どうしてお花に興味がないのかなって」


「ん? あぁ、嬢ちゃんが並べている花の事か?」


「はい」


「……まぁ、花を見て欲しいんだったら持って歩いたらどうだい?」


 ッ!?

 天才!! さすがベテラン商人です!


「ありがとうございます! そうですよね! 花のように優雅な私が花束を持って歩けば注目されますものね!」


「ん? ううん? ……あぁ」


 うふふ。

 晴れ上がった私の心。すぐに地面に転がるお花さん達をかき集めて両手で持ちます。

もう(しお)れに萎れ尽くしている感じで、どれもダラリと首を垂れるように花が下を向いてしまいました。



 お隣の壺屋で花瓶を買います。

 銅貨10枚と結構な出費ですが、必要経費です。お父さんの本にありました。果敢な投資が未来を切り開くと。



 魔法で水を出すのが一番手っ取り早いのですが、街中での魔法は厳禁。官憲に逮捕されると聞いたことがあります。

 なので、ちょっと離れたところにある水路から水を汲みました。

 シャールは大きな湖が近い街ですので、大きいのから小さいのまでいっぱい水路が張り巡らされた街なのです。湧き水も豊富です。だから、水には困りません。



 市場通りの始まりから終わりまで花瓶を両手に持って歩きます。お花さんは照れているみたいで下を向き続けていました。

 帰りは頭に花瓶を乗せてバランスよく歩きます。途中、小さな子供が指を差して笑い、親御さんが銅貨を2枚くれました。でも、花は売れませんでした。


 そして、私は今、反省しております。

 違う、何かが違う……。

 こんな端金(はしたがね)が欲しいのではない。



 果敢な投資が未来を切り開く。

 その言葉をもう一度口にします。


 そして、今、私は全てのお金を投げ打って花瓶を買い占めました。そして、頭だけでなく、肩や大きく横に開いた腕にさえ、それらを乗せて歩いています。


 目立っております。大変な喝采を周りから得ております。注目の的で御座います。


 しかし、それに(おご)らず、私は静かに歩く。たまに、わざと体のバランスを崩して壺をぐらつかせ、スリリングさも演出します。

 市場通りで買い物を楽しんでいた人々が左右の道端に寄り、私のパフォーマンスを見届けます。


 最後まで歩ききった私が花瓶を乗せたまま振り向くと、万雷の拍手と歓声が一斉に鳴り響きました。


 満足した私は(たかぶ)っていたのでしょう。

 次に全ての花瓶を高く宙に投げ、それらが落下するまでに拳と脚で粉砕しました。



「うぉぉおおおーー!!!」


「姉ちゃん、スゲーーーッ!!!」


 気持ちいい。



 すっかり満足した私はベッドのある街の外へと帰りました。

○職業手帳2

 花屋さん

 きれいな花を売る仕事ですが、売るのは花ではなく実は感動です。


 あと、果敢な投資は未来を切り開くのではなく、切り裂いたことに気付きました。

 もうお金がありません……。

 明日からどうすれば良いのか、私の悩みは尽きません。花屋は私を狂わせました。朝が来るのが怖いです。

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