部内ミーティング
まだ朝日も出ていない頃にアシュリンさんに叩き起こされて、私は不機嫌です。
なんでも魔物駆除殲滅部の演習を行うって意気込んでいました。
朝食も洗顔もしていないのに、全くもって理不尽です。そんな気持ちを込めて、私は大暴れしてやりました。
今はルッカさんもアシュリンさんも無様にぶっ倒れておりますし、中々に堅かったオロ部長も腹を見せて伸びてます。
「あんた、強過ぎよね」
「成長期ですから」
今日の戦闘訓練はフロンと組んで行いました。なので、こいつは無事です。
「あぁ、竜になったり魔王になったり育ち盛りだもんね」
「魔王の件は誹謗中傷の類いですよ。その話は人前で止めてくださいね」
そう、遠巻きではあるのですが、周囲には帝国兵達がいるのです。
一般の方々の居るところで暴れるのは良くないというオロ部長のご配慮でした。兵隊さんなら多少の荒事には耐性があるので、私達は存分に殴り合いを楽しみました。
ただ暇潰しの少ない彼らに変な話を聞かれたら、あっという間に謂れのない噂が広がってしまう恐れがあると判断しています。
今もこちらを注視している兵士の方々がおりますので、私はフロンに対しても丁寧に対応しています。淑女メリナ、ここにありを皆様にアピールしています。
さてと、哀れな敗者達を復活させましょうかね。回復魔法を使います。
勝ちに拘るアシュリンさんが起きざまに豪腕で殴って来たのを片手で外へと反らしました。予想していたので簡単です。「敗北しました。ごめんなさい、メリナ様」的な挨拶みたいなものでしょう。
「どうだっ、メリナ、ルッカ、フロン!! 体を動かしたら気分も爽快になっただろっ!」
負けたくせに偉そうに宣うアシュリンさん。どうも、昨日の件を知っているようですね。アデリーナ様が伝えたのかな。
「はい、気分爽快です。でも、体を動かしたせいでなく、皆様に勝利したからですね。まさかオロ部長に拳を深々と突き刺して良い日が来るとは思っていませんでした」
オロ部長の首っぽいところに肘のところまでめり込ませたのです。
「うむ! 部長もメリナの成長を喜んでおられるであろう! ルッカはどうだ!?」
「……悪くはないわね。巫女さんの膝で顔を潰された時はビックリしたけど。女性の顔を狙うとかアンビリーバボー。でも、少しスッキリした」
お前の顔はすぐに自分の力で自動修復できるでしょ。そんなモンに価値はないのです。
「良し! では、互いのしこりはなくなっただろう! 今後はごちゃごちゃ言うなよ!」
強引。私は最初からしこりなんて無いんですが、問題はフロンですよ。
「みじゅ。どーぞ」
いつの間にかやって来ていた邪神がコップに水滴が付く程に冷えた水を渡してくれました。
喉を通った冷水は、朝から何も取っていない私に染み込む感じで体の熱を浚ってくれます。
邪神はよちよちと歩きながら、アシュリンさんとか他の者達にも水を配ります。
「これさ、大丈夫なの?」
受け取った水を見ながらフロンが呟きました。透明なガラスのコップなので、太陽に透かして異状がないかとも確認しています。こいつ、意外に慎重派なんですよね。
「魔力にも味にもおかしいとこなかったのは、お前も分かってるでしょ?」
「いや、まぁ、そうだけどさ。あいつが配るもんが怪しくない訳なさそうじゃん」
でも、ただの水なんですよねぇ。
「ルッカに渡したヤツだけ毒入りなら面白いんだけど」
「フロンさん、ソーリーよ。昨日の件はソーリー。仲良くしましょうよ」
ルッカさん、昨日は少し気落ちしている感じがしてたけど、もう立ち直ってるなぁ。むしろ、発言が軽過ぎると思えるくらいです。
人殺しをしようとしていたのに、ソーリーで済まそうとか、凄いメンタル力です。
「ゴラァッ!! フロン、まだ言うか!! 不和は作戦に大きな支障を出し、部隊の全滅にも繋がるのだぞ!」
「悪いのはそいつだもん!!」
熱くなり過ぎでしょ。被害者は私ですよ。その私が気にしてないのだから、フロンも怒りを収めたら良いのに。
そもそも、お前、そんなキャラじゃないでしょうに。何を拘っているのか。
「にぇこ、みじゅ。どーぞ」
おぉ、邪神が良いタイミングで声を掛けました。フロンも少し冷静になるかもしれませんね。
「そんな何回も飲めないわよ!」
まぁねぇ、さっき飲んだばかりだから。
「ぐ、ぐすん……。にぇ、にぇこ、おこったぁ……。おきょったー! わーッ!」
コップを投げ捨て、泣きながらオロ部長に駆け寄って抱き着く邪神。この部署の中で誰に頼れば良いのか、正確に把握している所が抜かりない。
「んもぉ、じゃあ、これでどう?」
ルッカさんが困り顔で提案します。
「フロンさんが私を警戒しているのは分かるわ。だから、最初からそんなつもりはないのだけど、アデリーナさんには手を掛けない。むしろ守るから」
あー、なるほど。
アデリーナ様大好きフロンとしては、私を殺そうとした感じでアデリーナ様が襲われたら堪ったものじゃないってことか。
確かにルッカさんの殺意は見事に隠されてたもんなぁ。極悪なアデリーナ様に向かない理屈はない。
「そんなモン、何の保証もないじゃん」
「あはは、ケアフリーねぇ。オッケー、あとでゆっくり話しましょう。フロンさんが納得する理由を伝えるから」
フロンはそこで黙りました。不服そうな顔ですが、内心は満足なのでしょうね。ルッカさんもそう判断したのか、今度は私の方を向いて告げます。
「巫女さんにも詫びが必要ね。そうね。記憶を失った件について、私も協力しようか?」
「もう良いですよ。原因を知ったところで、今更どうにもなりませんし」
「そう? 何かが大きなシークレットがあると思うんだけど。例えば、邪神が絡んでるとか」
邪神ねぇ。その邪神はオロ部長の頭の上に乗せられて「キャッキャッ」と喜んでいますよ。
「それじゃあ、まぁ、気乗りはしませんが宜しくお願いします。でも、他にお願いしたいことがないか考えておきますね。あと、ルッカさん、あんまり気にしないで下さい。あれくらいの攻撃なら何とも思ってないですから」
実はお願いしたいことを胸に秘めております。
「……私、本気だったんだけどね。とてもバカにされた気分になったわ。巫女さん、もう一度暗殺させてくれないかしら?」
「ルッカさんはジョークがお上手で」
私はルッカさんに近付き、仲直りの握手を求めます。ルッカさんも応じてくれました。
そこで、私は更に体を寄せまして「神を僭称するフォビってヤツを呼び出して欲しいなぁ」とお願いするのでした。
驚くルッカさんに私は小声で続けます。
「もう既に私を殺すために応援を頼んでいたりしないかな、なんて思ったり。うふふ、むしろ、私がそいつをぶっ殺してやりますからね。早く来ないかな」
「み、巫女さん……」
「そいつの死体を聖竜様にお見せして、少しは悲しむ聖竜様を慰めて差し上げる。そうすれば、即座に聖竜様は私に首ったけになるでしょう」
「な、なるはずないじゃない! リアルにクレイジーよ!」
こらこら、大声を出してはいけませんよ。私は体を一段と寄せて静かに言います。
「ルッカさんが密かに呼び寄せていると期待しているし、そうじゃなくても、その愚か者を呼べば、私への詫びの代わりとしましょう。うふふ、ほら、ルッカさんにとっては、私に詫びを入れられるし、もしかしたら神が私を殺してくれるかもしれない。どうなっても得ですよぉ」
「巫女さん、とってもマッド」
「愛は時に狂気に成る、とか言いますもの」
ルッカさんが明確な拒絶をしなかったので、これは了承されたものと判断しました。やはり神とかいうバカを呼んでいるな。
「めりゅな、みじゅ。どーぞ」
邪神が短い手を伸ばして水をくれました。水じゃなくて果汁も飲みたいと思いましたが、それでも、それは私の興奮を冷やしてくれました。
「ルッカさんも飲みます? ほら、準備してくれてますよ」
「おばば、みじゅー」
「要らないわよ。さっき飲んだもの」
「バカモン!! 幼児が健気に用意してくれたものを断るなっ!」
アシュリンさんが怒鳴りました。
幼き者は大切にされる。そんな邪神の言葉を思い出し、ヤツの考えは正しかったことが実証されております。
「で、精霊とかの討伐はどうすんの?」
フロンが冷たく言い放ちます。
「聖女さんを借りたいわ。私が彼女を連れて行って、転移の腕輪でそこまで運べるようにしようかと思う。ちょっと遠いのよ。明日くらいになるかしら」
「分かった。聖女と行く前にアディちゃんを襲わない理由を教えてもらうから」
「オッケーよ」
2人の話は決着したみたいです。
全員集合するのはほぼ初めての部署ミーティングが終わり、私は解放されたのです。凄く仕事をした充実感で、今日はよく眠れそうです。




