ぎくしゃく
ふらりと私は立ち上がります。パンパンと埃を払い、それから慌てて背中を振り返ったり、生地を引っ張って破れがないかを確認します。
ふぅ、良かった。聖竜様が授けてくれた服ですのでそんじょそこらの物とは違う逸品だとは信じていましたが、解れとかもないみたいで一安心です。
もしも、そんな不幸があったならば、ルッカの大罪は許されないものになっていたでしょう。
ルッカよ、丈夫な服を私に与えてくれた聖竜様に感謝なさい。
しかし、私を本気で殺そうとしたことも許されないことです。けれども、あの程度の殺気は慣れていることも事実です。アデリーナ様から3日に1度くらいで頂いております。
ルッカよ、鬼畜女王アデリーナにも感謝なさい。
「メリナさん、ご無事で何より。往生際の悪さは天下一で御座いますね」
「ホントしぶといわね、化け物。死相は消えてるから安心しな」
私は彼女らからの労り――労りじゃない気もするけど――の言葉を無視します。それから、目の焦点が合わないように努力しながら、ふらふらぁふらふらぁと足が縺れた感じの演技をしました。
「おい! 頭を打っておかしくなったんじゃねーか!」
「最初から頭はおかしいで御座いますよ」
は? 今もそうですが、見習いの時代の私も如何に健気な少女だったか忘れたのですか、アデリーナ様。アデリーナ様を王家の一員と知ってビビっていた私を思い出しなさい。極めて純真で素直な少女でしたよ。
「私は誰? ……ここはどこ?」
空を見ながら呟くように発します。我ながら演技力が素晴らしいと絶賛です。
「……猿芝居にも程が御座いましょう……」
アデリーナ様の何故か怒りを含んだ小声が聞こえてきましたが、私は無視します。
「あぁ、貴女は誰?」
私が指定したのはソニアちゃんです。彼女こそ、この中では最も真っ当な反応を示す人物と私は踏んだのでした。
「私はソニア。もしかして忘れたの……?」
「……ソニア、あなたはソニアなのね。あぁ、分からないわ。全然分からないわ。あぁ、こんなに分からないなんて、私の余生は宿屋でゴロゴロして過ごすしかないのね。あぁ、籠に飼われる鳥のように、なんて不幸な人生なのでしょう」
戸惑う振りをしながら、私を眺める方々を観察します。ソニアちゃん以外の表情は実に冷たいものでした。えぇ、私の背中がゾクリとするくらいに冷徹な眼差しです。
「ゾル、どうしよう? メリナがもっとバカになってる」
「……いや、俺もどうしたものかと考えているところだ。正直、反応に困っている」
「ソニアさん、バカが加速しているという点は私も同意致します」
いや、私なんかより大事件を起こしたばかりのルッカさんに注目しましょうよ。記憶喪失になったメリナ可哀想大作戦は作戦ミスだったのでしょうか。
「そ、そこの座っている極悪そうな青髪の魔族は何でしょう? 私、とっても怖いことをされた気がするんです。うぅ、こ、怖い!」
無理矢理にでも話題を変えてやる。
「巫女さん、許してくれるんだ?」
は? お前、ここで「はい」だなんて答えたら、私の迫真の演技が茶番劇になってしまうだろう!
「な、何があったのかしら? ねぇ、アデ――足が臭そうな金髪の貴女、私に教えてくれませんか?」
「その魔族にバカが剣で殺されそうになったので御座いますよ。今となっては、1度くらい刺されれば、バカが少しは治るのではないかと心から思っております」
きっつー。
私は完全なる被害者なのに、その言い様はおかしくありませんか。
「あんたが魔王になりつつあるから、始末したかったんだって」
「まぁ、魔王! そこの金髪の人の方が相応しい称号なのに……」
「ほぅ。痛い目に合わないと分からないみたいですね」
……えっ、おかしくないですか、この展開。
記憶を失くした私を憐れみ、皆でルッカさんを責める感じを期待していたのですが……。
「ソニアさん、巫女長をお呼び下さい。『再び、メリナさんが記憶喪失になったから、精神魔法をお願いします』って」
ひっ!!
お前、それは本当に非道だろ!!
あれ、凄く辛いんですよ!!
「分かった」
分かるな、ソニア!!
「あ、あ、あぁ。あぁ、ぼんやりと記憶が甦ってきました。いえ、鮮明に! だから、ソニアちゃん、止まりなさい。止まれ!!」
ダッシュしようとしていた彼女を引き留める私。一気に汗が吹き出てきましたよ。危ない、危ない。
「めりゅな、みじゅ。どーぞ」
邪神が差し出してくれたコップを手にして、一気に飲み干す。
ふぅ、少しは落ち着いたかも。たまには邪神も気が利きますね。
「……ありがとう」
「きゃはは。めりゅな、よろこんだー」
ふむぅ。笑顔なんか幼児そのものですものね。砂を掛けられた時にぶん殴ってやるって思った気持ちも吹き飛んでしまいます。
「アンビリーバボーよ、巫女さん。それがどんな存在か分かってないの?」
「知った上での行動ですよ。負け犬はそこで反省していなさい」
私はルッカさんを睨みます。
未だ敵意があるなら潰すのみですが、どう見ても私を再び襲う雰囲気ではありません。
「おばば、みじゅ。どーぞ」
邪神が近寄り、魔法で出したコップをルッカさんの前に出す。
「え、うん、ありがとね……」
躊躇いがちではありましたが、ルッカさんも飲み干します。魔族でも喉が渇くのですね。
「ルッカ。メリナさんの愚行と慈悲に感謝なさい。私は貴女を処刑しようと思っていましたが、何と表現すべきか……俗に申すと、バカらしくなりました」
「そうね。巫女さんはクレイジーだから。嫌いじゃないのよ。でも、世界のために……いえ、もう諦めたわ。私じゃインポッシブル」
諦めたという割には淡々としていて、私は裏があると感じました。これは、あれですかね、ルッカさんの父親であり、天使としての主人でもある神を呼ぶのではないでしょうか。
そんな予感がします。
「ルッカさぁ、化け物は水に流すつもりみたいだけど、あんた、2度目なんだよね。相応の詫びってものが要るんじゃない?」
このフロンの発言は意外でした。
私の心を逆撫でるような言葉しか吐かない彼女ですが、そうか、記憶石で確認した彼女の心には仲間想いな一面があるのが明らかになっていましたものね。
「なにか考えておくわ。それで許して」
「はぁ? 化け物も化け物なりに頑張ってるんだから、何も伝えずに襲うなんて、有り得ないでしょ。なのに、詫びもなし?」
「……そうね」
この二人が潰しあえば、それはそれで良い展開です。できれば共倒れが好ましい。
そうすれば、オロ部長、アシュリンに続いて、魔族2匹も部署から居なくなり、メリナ部長の時代がほぼ間違いなく到来します。
魔物駆除殲滅部が地獄から天国の部署へと生まれ変わるのです。まずは部署名から変更しましょう。
「ルッカ、落とし前をきちんと付けなければ、私も自分の意思で化け物に付くから」
フロンが吐き捨てるように言いました。
「にぇこ、みじゅ。どーぞ」
邪神が空気を読まずにフロンへとコップを持っていきます。
「ん? ん、ありがと」
1口含んで、しばらく頬を膨らませます。安全を確認しているのでしょう。その後、ゴクゴクと全部飲みきったフロンはルッカさんに背中を見せてアデリーナ様の隣へと進みました。
ルッカさんは座ったままでしたが、私達は声を掛けずに昼食としました。イルゼさんが運んできたお肉は大変に美味しかったです。
お昼からはゆっくりとしました。私としては、すぐにでも偽フローレンス、精霊ベーデネールの討伐に行きたかったのですが、ルッカさんとその他の方との関係がギクシャクしていて、連携に不備があるかもと皆が思ったのでしょう。無為に過ごすことになってしまいました。
ふむ、討伐戦に入るまでに何とか解決しないといけませんね。このメリナにお任せください。
◯メリナ観察日記27
メリナが暗殺されかけた。なのに、メリナは相手を許した。暴れん坊なメリナが怒りを抑えるなんて、とても驚いたし、尊敬した。
私と違って復讐心に燃えない彼女を本当に尊敬します。
他に、今日はミミちゃんが私の妹みたいになって家族が増えたみたいになった。嬉しい。
あと、メリナが魔王とか、メリナの命が3日だったとか、竜だったメリナが普通な感じで人間に戻ってたとか、情報量が多過ぎる1日だった。
ゾルに尋ねたら、同じことを思っていた。やっぱり私達は気が合う。嬉しくて胸が高鳴った。




