ルッカの使命
「メリナ、大丈夫!?」
駆け寄ってきたソニアちゃんの叫びが私を呼び起こします。
セリフからすると、意識を失ってからそんなに時間が経ってない? いや、むしろ直後くらいか。素晴らしき、私の体力ですね。
「ソニア、動かすな! 頭部を強打していた! 回復術士を待て!」
剣王の制止が響きます。ソニアちゃんは私を揺らし動かそうとしたのかな。
「めりゅな、うごけー。うごけー」
さすがは邪神。私の頭に手をやって揺さぶり、剣王がやるなと言った事を率先して実行してきました。悪意の塊です。
「ミミちゃん、ダメ。ゾルが言っていた」
「めりゅな、しんだー」
「死んでない。息してる」
なお、私は気絶しているふりを続けています。隙を見て、ルッカに一撃を入れたいと考えているのです。
「どーすんのよ、ルッカ。化け物にこんなマネしたら、後で殺されるわよ。反省で済むものじゃないけどさ、どーすんのさ」
あのフロンさえ、私を殺そうとした愚か者を責めます。それを聞いていると、なんでしょう、胸をすく思いを得られるのです。
ここで私が体を動かせば、皆は「あー、メリナは無事だったか。じゃあ、もういいや」とか心ない思いを持ち、ルッカを許し始めるでしょう。
しかし、髪色と胸でほば確定していましたが、私を殺そうとしたのがルッカさんで確定したみたいでして、ちょっとだけ複雑な心境です。
「魔族? 許さない……」
ソニアちゃんの冷たい呟きが聞こえます。
うふふ、私を想う余りの怒り。とても心地よい。私、懐かれていることを実感。
魔力感知を用いるに、ルッカさんはアデリーナ様の攻撃をモロに受け、地面に転がっているみたいです。呻き声さえもあげていない。
「めりゅな、みじゅ、のみゅー?」
ルッカさんの動向に気を取られていた私に邪神が言いました。
直後、ボタボタっと冷水を顔に掛けられます。不穏な影を感じ、薄目で確認していたのに、驚いて体がビクンと跳ねました。
「コップ、どこにあったの……。ダメ、ミミちゃん。メリナを動かしてはダメ」
魔法で出していたんですよ、ソニアちゃん。私に飲ませる気はなく、コップを顔の上で逆さまにしただけ。完全に悪戯されたのです。
邪神め、その姿なら私が殴らないと思ったか、後でギタギタにしてやる。
「アデリーナ、メリナを襲ったこいつを知っているか?」
おっと、剣王が偉そうにアデリーナ様に質問しましたね。身分差を知らない訳ではないので、ソニアちゃんの前だから強気に出たのかな。
「ロヴルッカヤーナ。王国の仇敵。1500年以上を生きる魔族。500年前の竜神殿巫女長とデュランの聖女」
「……なんだ、それ……。メリナとも知り合いだったようだが」
「えぇ、今は神殿の魔物駆除殲滅部で同僚で御座いますからね。そもそも、ロヴルッカヤーナの封印を解いたのはメリナさんで御座います」
「俺もこいつは知っている。悪いヤツではなかったし、メリナを恨んでいた様子もなかったが」
「他者の心内は他人に読めるものでは御座いませんよ。事情はゆっくりと聞きましょうか」
「訊く? 死んでるだろ。……あぁ、メリナは天使なんて呼んでたが、魔族か。これくらいじゃ死なねーか」
「天使ねぇ。差し詰め、メリナという魔王を殺したつもりでしょうか。魔王に敵対するものを天使と呼ぶので御座いましたらね」
っ!! アデリーナ、冗談でも私を魔王なんて言うんじゃない! 聖竜様が死闘の末に倒した極めて邪悪な存在ですよ!!
邪悪レベルで行くと邪神の方が凄い気がするけども、何にしろ、私はその対極に位置する清廉な乙女です!
「魔王みたいなヤツからの視点なら魔族は天使って意味だと俺は解釈していた」
おい、剣王!! お前も私が魔王だって前提で話をしているんじゃないでしょうね!
「アディちゃん、どーする? ルッカが相手なら私だけじゃ抑えられないよ」
「先程のルッカの攻撃、メリナさんでなければ殺されていました。いえ、メリナさんであっても何も知らなければ死んでいたでしょう。フロン、貴女の助言が大変に助かりました。で、今の私に死相は出ていますか?」
「出てないよ。でも、じゃあ、えへへ、ご褒美に今日はベッドを濡らそうね」
「……おい、お前ら、子供がいるんだ。そんな話は止めろ」
「剣王、誤解が生じております。そこの淫乱の戯れ言に乗せられませんように」
「だから、ガキの前で淫乱とか言うなって……」
ルッカさんはまだ動きません。かなりの深傷で復活に時間が掛かっているのかな。寝たままなのも飽きてきましたよ。
「拳王がここまで動けなくなるとは凄まじいな」
「えぇ。私の目をもってしても追うのがギリギリの攻防でした。ルッカもあそこまでメリナさんの戦闘能力が高いとは思わなかったでしょう」
「あぁ。ルーさんでもあそこまでの反応速度は出せないだろうな。目指すべき頂が更に高くなった」
「化け物は自分の攻撃でダメージ受けたんじゃない? バカよね」
「あの氷は攻撃ってより剣を避ける為の工夫だろうさ。しかし、そうは言っても並みの魔物なら即死するくらいの勢いだったのは間違いねーな」
「メリナさんらしい思い切りで御座いましたが、また記憶を失うと面倒で御座いますね」
……なるほど。アデリーナ様、ありがとうございます。その提案、参考にさせて頂きます。
また宿屋でゴロゴロできる日々がやってくる可能性を掴みたいです。
「あっ、ルッカが動いた」
フロンが指摘します。
「ミミちゃん、こっち。危ない」
「おばば、うぎょくー」
くふふ、邪神よ、面白いことを言いますね。今後もルッカさんをおばば呼ばわりして下さいね。
「驚かせてソーリーね」
む、囲まれているくせに冷静ですね。
「えぇ。ルッカ、逃げないように。まずはメリナさんを襲った理由について説明をお願い致しましょうか」
「座ったままで良いかしら?」
「お好きになさい。フロン、異変を感じたら、ルッカを止めるよう命じます」
「アディちゃんにそう言われたら断れないわ。無理しちゃうかも」
さっきの奇襲からすると、ルッカさんはかなり強いですね。本人が言っていた通り、フロンでは抑えきれないかと思います。安請け合いしましたね。
「巫女さんは危険。だからエクスクルーションしないとって思った訳」
お前、重要なところを外国語にしたら伝わらないでしょ!
「きゃは、はいじょー、めりゅな、はいじょー」
排除って意味か。邪神、お前の言葉を信じますよ。ってか、私の心を読んでるのか……。
「何が危険なので御座いますか?」
「アデリーナさんはジョークで言っていたのかもしれないけど、巫女さんは魔王。いえ、魔王に近付きつつある存在。しかも邪神を従わせるね。クレイジーだわ」
「邪神? ゾル、邪神って?」
ソニアちゃん、魔王の方にも食いつきましょうね。そっちもおかしな話ですよね。
「1度見たことがある。目にしただけで失神するくらいの邪悪な存在だ」
「ミミちゃんだと思った。違うね」
「じゃしーん、じゃしーん」
邪神め、本当に隠す気がない。
「以前にもメリナさんを襲った。あの時は拳でしたが、今回は剣を用いております。その差は?」
「拳じゃヒットしないもの。剣もヒットしなかったけど。あー、巫女さん、本当にストロング。最初から本気で行けば良かったわ」
ルッカさん、それ、私を殺しておけば良かったって言ってますよね? 正気ですか。
「記憶を奪った理由は?」
「あはは、それは私じゃないって。前も言ったけど、前回は拳はヒットしなかったし、追撃は鎮静魔法だったし、殺意もなかった。巫女さんが大人しくなれば、それでグッドだったのよ。……今回は魔力を込めに込めた即死魔法。直撃したのに、生きてるって、本当に巫女さんはクレイジーモンスター」
……あれか。回復魔法封じかと思った感覚のヤツか。お前、即死魔法って、それ、ヤバすぎでしょ! 何だか全てがスローに見えるくらいに思考が速くなってなかったら、私も二度目の回復魔法は間に合いませんでしたよ。
「メリナさんは魔王になりつつある。天使であるルッカはそれを危険視して無力化を計画した。前回は訓練中の事故を装い、今回は問答無用に暗殺。記憶喪失については本当に関係していない。こんなところで御座いましょうか」
「そうね。そんなとこ」
ちょっと! 何の抵抗もなく、私が魔王だってことで話が進んでいるのですけど!
だいたい魔王って何なんですか!?
「魔王とは? 聖竜スードワットはメリナさんを天使に推そうとしていましたが、魔王でも天使になれるので御座いましょうか」
おぉ、アデリーナ様、流石です。私が知りたいと思ったことを訊いてくれました。
「魔を統べる者、それが魔王。ほら、巫女さん、魔力を操ったり、ガランガドーさんを出したりとか、おかしな術を使うでしょ。昨日なんて邪神まで出して、手に負えないモンスターになりそうだったわ」
私が魔力を自由自在に動かせるようになったのはマイアさんが閉じ込められていた浄火の間で修行したから。それが2年前程のことだから、当時からルッカさんに目を付けられていたのか。
そう言えば、王都でも上空から私を見張っていたか。
「で、ルッカ。暗殺に失敗した今、貴女はどう行動するので御座いますか?」
「あはは、どうしよか? 巫女さん、記憶喪失になってない? だったら、私、助かるんだけど」
「あれはバカですので、笑って許すかもしれませんが、私は許しませんよ」
おっと……空気が一変した。
アデリーナ様はお怒りなのですか……。
うふふ、良い感じです。ルッカよ、きっつい折檻を受けて反省なさい!
「アデリーナさん、あの精霊の居場所を知っているのは私だけだけど、ファイトしちゃう?」
「……このタイミングでメリナさんを殺そうとしたのです。あの精霊ならメリナさんが脱落していても倒せると踏んでいるのでしょう?」
「当たり。ずるいくらいに賢いわね」
「私が敵に回る展開も十分に読めていたはず。……ルッカの手の平で踊らされ続けるのは、気に食わないで御座いますけどね」
「なら、どうするの?」
ルッカさんの余裕がムカつきます。
「アディちゃん、私も加勢するよ」
「私も。メリナの仇を取らないなんて有り得ない」
「下がってろよ、ソニア。この魔族は半端なく、つえー」
戦闘前の緊迫した雰囲気になってまいりました。応援してますよ、皆様!
私がワクワクしている中、邪神が無邪気を装って、私の顔に砂をたっぷりと掛けてきやがりました。鼻から気道に入って、私は激しくむせます。
「目覚めたようですよ、魔王が」
「もぉ、本当に巫女さんは騒がしいわね」




