二度目の奇襲
「用はなくなりましたので、帰りますか」
「えぇ、そうで御座いますね。ふーみゃんのままである可能性に賭けましたが、見事に外れました」
「全くですよ」
「ねこー、たのちみー」
邪神よ、お前も見ただろ。
幼児を気取ってるんじゃない。
「メリナ、マナー違反。裸だった。ノックは大事」
フロンを知らないソニアちゃんが、私に反省を促してきました。
「あいつは裸を見られて喜んでますよ」
「まさか。そんな変態はいない」
「目を瞑らずに、もっと世の中を知りましょうね」
「ソニア、知る必要ねーぞ」
「分かってる」
ソニアちゃん、私を責めるとは良い度胸ですよ。しかもそれは完全な冤罪です。
戦闘訓練という美名の下で、ボッコボッコにしてやりましょうか?
他愛ない会話の中、扉が開きます。フロンよ、野外でも全裸でいる気なら、今度は火炎魔法で焼きましょうかね。
「うわっ、ガキもいるじゃん」
開口一番に言うセリフではありません。服を着ていたことは褒めてやりましょう。ってか、お前、私の中では、服を着ているだけで褒められるくらいの存在に成り果ててますよ。
「ガキとは失礼」
「にぇこー、きゃわいー」
「は? 口の悪いクソガキじゃん。いつもいつも、無邪気に耳とか尻尾とか引っ張んなっつーの。ちっちゃい方はまだマシ……えっ? ちょっ、えぇ!?」
反抗したソニアちゃんをクソガキと罵った後、フロンは邪神に目を遣って動揺します。
さすがは魔族。姿が全く異なるのに、同じ邪悪なる者として勘付くものがあったのでしょう。
「まじ、こいつ、邪し――」
「あーーーー!」
誰にも邪神などと公言させるつもりはない。私は奇声を上げて阻止します。
「は? 化け物、また邪神――」
「あーーーーーっ」
こいつ、1度目で察しろよ。
「耳が痛いっつーの。アディちゃんもどうしたの? このガキ、危ないよ」
「フロン、私は承知しております」
「えー、そうなんだ。ふーん……なら、いっか」
フロンは邪神に興味をなくしたようです。たまにはアデリーナ様も役に立ちますね。
「あら、あんた、よく見たら良い男じゃん」
節操がない。先程まで「アディちゃん、準備万端よ」とかぬかしていたにも関わらず、今度は剣王に色目を使い始めました。
「あん? 近寄るな。俺は剣に生きている」
いやー、立派。1年前はショーメ先生の尻を見詰めていたというのに、この男は変わりましたね。
「そう。ゾルを舐めないで」
おっと、ソニアちゃんが乱入。もしかして、痴話喧嘩が見れるのでしょうか。面白いかも。
「ちょっとどいて、化け物」
剣王との間にいた私が邪魔だったのでしょう。フロンに腕で押されて、でも、私が譲るはずがなく、一歩も退かないように全力で踏ん張ります。
視線がぶつかります。
あん? 今日は妙に敵対的ですね。ヤるなら殺るぞ。
「わっ、良い生地じゃん」
あれ? おぉ! この服の良さを分かって頂けます!?
「でしょ、でしょ。素晴らしいでしょ。ほら、なんて言うか、愛する人からの贈り物ってやつぅ? 私、愛され過ぎて困っちゃうかなぁ、えへへ」
「へぇ、艶も凄いじゃん。ちょっと離れて全体を見せてよ」
「良いですよ。存分にご堪能あれ」
太陽で煌めくところもお見せしたいので日当たりの良いところに移動しまして、一回転しました。
どうでしょう?とフロンの顔を期待を込めて見ます。
「あー、ダメだね。移動させても死相は変わらないじゃん」
死相……。こいつは、そんな物が見えるという特技があったって言ってましたね。もしかして、私の顔に例の印が出ているのですか?
「化け物にだけ出てるから範囲攻撃じゃないね。あんた、気を付けなよ」
こんな平和な雰囲気なのに唐突過ぎる――なっ!
魔力の変動と共に風圧を背後に感じる!!
即座に体を斜めに倒しながら、そこを狙って高速の回し蹴り!!
まだ視界に敵は入っていなくて、でも、冷静です。だって、明らかな敵意。ならば、取るべき行動はぶっ倒すのみ!
カーッ! しかし、間に合わない!! 結構な攻撃速度ですね!!
緊急事態ですので、魔力感知は色――相手が誰なのか、よりも範囲――どこにいるのかを優先しています。
私の回転速度は過去最速だと思うのですが、相手の攻撃の先端が私に触れようとしているのが分かりました。
氷の壁を相手と私の間に構築する考えも有ります。しばしば私が使う防御方法です。しかし、アシュリンクラスだと平気な顔で破壊してきて無駄です。今回もそれを想定しなくてはならない。となると……。
あー!! クソッタレっ!!
ドゴっ!!と痛みよりも衝撃が全身を走る。
強烈な打撃に備えていた私でも目の前が暗くなったくらいです。
それでも敵の攻撃が耳を掠めるのを鋭く猛烈な風と音で知り、私の目論見が成功したことに満足します。
防御不能と判断した結果の苦肉の策として、私は氷の杭を自分の頭に横から当たるように射出したのです。
それを以て、無理やりに敵の狙いを躱した。
地面に激突する前に自分に回復魔法。それから、続けて敵に火炎魔法。四方から氷の槍。
視界は徐々に戻りつつある。地面に落下するまでに、できるだけ多くの情報を得ていたい。
危機に直面している私の思考速度は魔法の発動よりも速いようで、敵の様子を窺うと、まだ火炎魔法の始まりである火の粉の出現程度でありました。
火炎にしろ氷にしろ、無駄な攻撃だとは知っています。フロンの警告がなければ、ほぼ反応できなかったくらいの素早く高度な転移魔法を使用する相手。
こんな柔な攻撃なんて、効果が出る前に間違いなく転移で避けられる。
問題は転移後。再度の私への攻撃を選ぶか、一旦待避してくれるか……。
くっ、ヤバい……。回復魔法を使ったのに視界が再び閉じられようとしている! ぼんやりと暗く滲んでくる……。もしかして、回復魔法封じとか、世の中にはそんな方法があるのか……
相手の顔は確認できず、それでも、剣、青い髪、豊満な胸の順で微かに目に入る。
これはルッカ!! やはりお前かっ!!
怒りを爆発させた瞬間、光の矢がルッカの胸を貫きます。通常の生物なら即死。ルッカでも暫くは動けない。
その見事な速射を見て私は無意識に安心したのか、体の力が抜けていくのが分かりました。
アデリーナ様……。後は宜しくお願いします……。どうやら私はここまでの様です……。聖竜様、ごめんなさい。
地面に激突し、そのまま意識を失ったのです。その前に、念のため、もう一度回復魔法を自分に唱えることは忘れていませんでした。




