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封じられるメリナ

 私の顔パスで簡単に部屋を用意してもらいました。お昼ごはんも衛兵さんに要望したら、部屋まで運んでくれました。


 挽き肉を固めて焼いた物、それから人参や芋などのソテーが湯気を上げてお皿に乗っています。パンは籠に入った数種類を自分で取るスタイルでして、私は白い丸パンを選びました。柔らかそうですからね。

 幼い姿の邪神にも同じ物が用意されています。配慮はあって、挽き肉の焼き物は1口サイズに調整されていました。



「こりぇ、あげりゅー」


 邪神が指で掴んだ野菜を私のお皿に無断で移してきました。


「は? 薄汚い手で穢された物を口に入れたくはないです」


 邪神の触った人参をフォークで差して、アデリーナ様のお皿へお引っ越しさせます。


「ちょっとメリナさん。そのフォークには貴女の唾液が付いているでしょう。私の食器の上に極度の汚物を乗せるんじゃありません」


 そう言った後、アデリーナ様は給仕に命じて皿を下げさせました。

 外では敗残兵の食料問題が発生するかもというのに、何という傲慢なんでしょう。天罰が下りますよ。



「あじぇりゅーな、こりぇあげりゅー」


 無邪気に見える邪神は芋をアデリーナ様の口許に近付けます。今回も手掴みでして、ソースが小さな手にベッタリしています。


「…………どうもありがとう御座いますね」


 一瞬の躊躇はありましたが、邪神の贈り物を受け入れて、アデリーナ様はモグモグしてやがる。


「わー、たべちゃー、たべちゃー」


 手を叩きながらはしゃぐ邪神。ソースが私の方にまで飛んできました。


 どういうことだ? 私を経由した人参をアデリーナ様は食べなかったのに、直行した手掴みの芋は口にする?

 アデリーナ様は芋が好物なのか? ならば、その仮説を試してみるか。


「はーい、芋でちゅよー。お口をたーんと開けましょうねー」


 フォークには私の唾液が付いていると全くもって意味不明な理由で拒否られたばかりですので、私も手掴みでアデリーナ様の口へと芋を持っていきます。


 極めて攻撃的な勢いでナイフが額に飛んできたので、空いている手で受け止めます。アデリーナ様の眼が少しお怒り気味だったので、芋も自分の皿へと静かに戻しました。



 本当にどういうことでしょう。

 アデリーナ様の中では私は邪神よりも穢れた存在なのか。

 いや、しかし、邪神ですよ? いくらなんでも、それはないなぁ。


「めりゅな、かあいそー。にゃでにゃでー」


 ソースで汚れた手が私の頭を触れそうになったので、力一杯に払い除けます。茶色いソースが垂れ落ちて、聖竜様に頂いた至高の服が汚れる可能性もあったのですから。

 バチンと音が鳴りました。


「……ひゃっ、ひゃっ……めりゅな、しどい……。しどいー、しどいーぃー!」


 ふん、泣き喚いていなさい。私はお前の偽りの姿に騙されませんよ。

 床に届かない足をバタバタさせても無駄です。



 しかし、この時、私は見たのです。

 部屋の隅に佇む優しそうな女給仕が私を非難する顔をしているのを!!


 これか!? 事情を知らない者からすると、私は2歳くらいの幼児を大人げなく虐める悪女に見えてしまうのか!


 とは言え、関係ありません。

 お腹が空いていますので、腹立たしいですけども、私はパクパクとお食事していきます。アデリーナ様もさげた皿の代わりに頼んだサラダを口にしておりました。



 さて、人払いをして3人だけになります。

 邪神はご機嫌でして、給仕の方が持ってきた積み木をニコニコ顔で食卓に並べていました。それをアデリーナ様が鋭い目付きで観察しています。


「メリナさん、本当に邪神なのですか?」


 おぉ、そこに戻りますか? ならば、このメリナ、その流れに乗ってしまいますよ。


「さっきも違うって言ったじゃないですか? 子供の冗談を真に受けるなんて、アデリーナ様も経験不足ですね。ほら、早くご結婚して子育てしてはどうですか?」


「余計なお世話で御座います」


 素直ではないですが、アデリーナ様は私の言葉を受け入れたようで、「ふぅ」と大きく息を吐きました。

 何とか誤魔化せたか。ひと安心ですね。



「しぇかいはーわちゃしのものー」


「あはは、かわいいですね」


 黙れ、邪神。黙って積み木で遊び続けていなさい。世界はお前の物ではない。聖竜様と私の物です。


「しぇかいをーわちゃしでー、うみぇちゅくしゅーのー」


 チィッ!!


「子供って無邪気ですよねー、アデリーナ様」


 …………やばい。

 くっ! チラッと見たら、やはりアデリーナ様の表情が変わってる。


「ねぇ、メリナさん。『世界を私で埋め尽くすの』って耳にしたこと御座いますよね」


「そうでしたか?」


 昨年の邪神戦でしたね。邪神がそんなことを言って体の膨張を始めたのを覚えてますよ……。


「きえりゅー、きえりゅー、わちゃしがきえりゅー」


 殴り殺してやろうか、お前。

 それ、あの時のお前の断末魔だろ。


「確定しましたね。邪神で御座いました」


「……いやー、深読みし過ぎるのは良くないですよ」


「邪神と手を組んでまで、メリナさんがしたいこと――」


「きゃみをこりょしゅー」


 邪神め、無垢を装って全てを暴露していくつもりか。


「神殺しで御座いますか……。なるほど、合点が行きました」


「ちょっとお待ちください! その子の冗談ですし、仮に、仮にですよ、その子が邪神だとしても、私を貶める為の虚言だと思いませんか!?」


 私の強い反論は、しかし、アデリーナ様の心を動かすことはありませんでした。


「聖竜が主と呼ぶスーサフォビット。聖竜を独占したいメリナさんが殺したいと願って、何らおかしくありません。むしろ、正常。メリナさん、隠す必要は御座いませんよ」


 ……くぅ、しかし、本件はできるだけ誰にも悟られることなく実行したいのです。そして、アデリーナに知られるのは最悪の展開です。


 神殺しをした後に、私は延々とアデリーナ様に「あら、メリナさん。聖竜様の主をアレされた件、聖竜様に伝えちゃおっかな」とか脅されて、毎日のように無茶な要求をされるんです!

 あー、絶対そうなります!

 ならば、今、ここでアデリーナ様を殺ってしまおう!


「ふむ。面白そうで御座います。わたしも協力致しましょう」


 ……えっ?

 意外な返答に面食らう私。もっと怒られると思ってました。


「精霊にしろ神にしろ、私よりも偉そうなのは気に食いません。身の程を知らしめるのも一興で御座います」


 アデリーナ、本当に何様のつもりなのでしょうか。


「しかし、この邪神は私達に敗北した者。それだけの力を持っているのか甚だ疑問で御座います」

 

「お言葉ですが、アデリーナ様。邪神戦をよく思い出してください。アデリーナ様は『私の血の代償を受け取れッ!!』って、滑稽なくらいにお寒く叫んだくらいで、私が作戦を打ち立て、アデリーナ様は私の指示を実行しただけですよ。つまり、私達というよりも、私に邪神は敗北したのです」


「ほぅ。そういうご認識で御座いましたか?」


「……って言う解釈もできるかもという提案ですよ、イヤだなぁ……」


 睨むんじゃない。ほら、邪神なんてアデリーナ様の挑発を意に介さず、積み木遊びを続けていますよ。敵意を見せるならば、私でなく邪神にしましょう。



 邪神は小さな両手に積み木を握り、その両方を空駆ける竜の如く、縦横無尽に振り回して楽しそうにしています


「じゃしーん、じゃしーん、じゃしーんのちきゃりゃー」


 ふむぅ。アデリーナ様が言うのも分かりますね。こいつ、役に立つのかな。人間の幼児と何ら変わりませんね。


「ちきゃりゃが、だいばきゅーはちゅー」


 掛け声と共に、手にする積み木をガシャンとぶつけた瞬間、そこから闇が広がる。油断していた私達は抵抗する間もなく、それに呑み込まれ、たちまちに視界を奪われます。



 顔の前に持ってきた自分の手さえ見えない。照明魔法を放つも掻き消される。

 魔力が充満し過ぎていて、周りの気配も読めない。


「アデリーナ様、生きてますか!?」


「無論!!」


 良かった。声は通じる。

 アデリーナ様の声の大きさと方向から推測するに、私達の位置関係は先程の食卓と同じ。ならば、邪神はそこか!?


 私は拳を振り上げて、邪神の頭部があると思われる場所へ全力で放つ!

 風圧でアデリーナ様が剣を同じ場所へと突き出したのも分かりました。私と同じ反応速度とは生意気ですが、この状況で私の拳を邪魔するコースでなかったことは褒めてやりましょう。


 空振り。残念ながら邪神は移動していたようです。



「うふふ、お2人とも私は仲間よぉ」


 イヤらしい喋り方は、邪神そのもの。


「ならば、これはどういうつもり!?」


 私の叫びはこだましない。密閉空間ではないみたい。食事を取っていた部屋とは別の空間か。


「あらぁ、私の力を見たかったのでしょう。だから、見せてるだけよォ」


 首筋を冷たい指で撫でられたような感触が走る。背後に向けて回し蹴りを繰り出しますが、またもや空振り。


「うふふ、私は学んだのぉ。人間は子供には優しいのよねぇ。だから、可愛らしい子供の姿を取るのよぉ」


 ……まさか幼児の姿にそんな打算があったとは!


「仲良くしましょうよぉ、お仲間ですものぉ。殴ったりしちゃイヤよぉ。だって、私、幼いんだものォ」


 ふん。私を誰だと思っているのですか!!



 邪神の伝えたいことは終えたのでしょう。闇は解かれ、私達は元の部屋へと戻っていました。不思議なことに攻撃体勢を取っていた私なのに、闇に包まれる前と同じく着席していました。


「よろちゅくー」


 くぅ! クソ! 私は殴れない!

 ソニアちゃんはバンバンと顔面を殴れたのに、この子は無理だなんて!

 どうしてなんですか!? 幼すぎるからか!?

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