戦争の後片付け
帝国側に渡る橋は落とされていましたが、今回も川の中に転移魔法で現れた獅子頭の魔族が体を張りまして、私とアデリーナ様をその幅広な肩に乗せて運んでくれました。
「この魔族は何で御座いますか?」
「ミミちゃんです。力の差を見せつけたら、私に服従しました」
「凶悪な風貌に反する可愛らしい名前で御座いますね」
「あはは、そうですね。しかし、人間の頭じゃない魔族ってのもいるんですね。初めて見ました」
「たまにね……。大概は獣並みに知能が低いので、幼い内に捕らえ調教して兵器として使うんですよ。これも、そうだったのかもしれませんね」
知能が低いんだ……。
私はミミちゃんを見ます。
フロンは猫だったけど頭脳が人間で、人間に成りたくて、結果、人間の形の魔族になりました。
この獅子頭は首の下までが人間でして、魔力が足りずに中途半端に人化してしまったのでしょうか。
「ヤナンカの研究成果で御座います。稀に見た目は普通なのに奇妙な振る舞いをする赤子が誕生する事があります。それを利用するのです」
……それ、知ってる。獣人の一種で、獣化している部位が脳ミソの獣人ですよね。
「そういった者は産まれてすぐに死んだり、殺されたりするので御座いますが、ヤナンカはそれを研究素材にして魔族に育て上げる方法を編み出した。そこの魔族もヤナンカの兵器の1つかもしれませんし、それとは関係なく、精霊ベーデネールの配下の者なのかもしれません。いずれにしろ、哀れな生物で御座います」
元王都情報局長のヤナンカか……。花畑の広がる異空間で出会ったヤナンカのコピーはとても純粋で、私は友人にさえなれそうでした。ショーメ先生の恩人らしいデュランの暗部の頭領もヤナンカのコピーだったらしく、たぶん、本体も元々は良い人だったと思うんですよね。
長生きし過ぎて、色々と狂っちゃったのかなぁ。
ミミちゃんに礼を言った後、ベリンダ姉さんの関所を通過し、ネオ神聖メリナ王国の方々が集まる場所へと向かいます。
美しかった草原に戦火の跡が生々しく刻まれています。捨てられた兜が風に揺られて乾いた音を鳴らしたりもしています。
それでも人間は営みを止めません。
焼け焦げた草を物ともせず、パウスさんと剣王が立ち合い稽古をしていますし、それを観戦するアシュリンさんとソニアちゃん。
オロ部長は巫女長とともに子供の遊び相手になっていました。無邪気な遊び声が侘しくも感じられましたが、それでもやはり子供の声は元気をくれますね。
遠くには敗残兵である帝国の方々が待機しているのも見えます。彼らに日除けを許さないのは嫌がらせでしょうか。
「アデリーナ様」
「何で御座いますか?」
「お腹が空いたので、シャールに戻ったらお昼ごはんをご馳走してください」
「戻る気なので御座いますか? 聖竜様とベーデネールを倒すって誓ったところはありませんか?」
「ベーデネールって偽フローレンスの事ですよね。聖竜様に宣戦布告なんてしやがって、殺してくれって哀願しているようなものですし、是非ともぶっ殺してやりたいと思ってます。でも、ルッカさんが場所を教えてくれるまで、私は待機ですよ。場所分からないもん」
「呑気なもので御座いますね。こちらは、あの者達の食料をどうするか考えないといけませんのに」
アデリーナ様は敗残兵の集団を眺めながら言いました。
「何を言ってるんですか。そこらに草がいっぱい生えてますよ。好き嫌いするヤツは死んでしまっても構わないでしょう」
「……それで大半を殺すのも良いかもしれませんが、生存者や遺族が王国への敵対心を増幅させるでしょう。帝国に対して領土的な野望は持ち合わせておりませんので、悩ましいで御座います。メリナさんはご遠慮なく、今すぐに草をお食べなさい」
「いやー、お肉が良いのですよ、私は。で、一応訊いておきますけど、あちらの帝国軍の方々、何人くらい居るんです?」
「ざっくり4万。食料も後で運搬するつもりだったのか皆無で御座います」
多いなぁ。
「それだけいりゃ、水魔法が使える人がいるだろうから、やっぱり草を煮て食べてれば良いと思いますよ」
「草も有限なので御座いますよ。すぐに食べ尽くされてしまう」
あぁ、アデリーナ様もそのおつもりだったのですね。で、その先をどうするかお悩みだったみたいです。
「故郷に帰すつもりは?」
「また攻めてくるかもしれませんからね。それはちょっと避けたいところで御座います。色々と理由を付けて留めております」
わがままですね。
「ふーん。よく分からないけど、何だか難しいんですね」
「えぇ。殺さずに極限まで衰弱させるって、結構な難易度なので御座いますよ。こちらは可能な限り支援したって体裁も必要で御座いますし」
会話するんじゃなかった。心が汚れる。
「メリナ様、お疲れ様で御座いました。メリナ様の真の姿を目の当たりにした私達は、なんと幸せなのか。本日の奇跡は是非、福音書に記させて頂きます」
イルゼさんに腕輪を返した途端にこれですよ。幸いにも探す手間なく、日記帳を大切そうに胸元で抱いていましたので、強制的に取り上げます。
「イルゼ、あちらの帝国兵達の取り扱いを貴女とメリナ王国にお任せします。ただし、手荒なマネは避けなさい」
あー、面倒事を丸投げした。私は身分差による不条理を目撃したのです。
「承知致しました。改宗しない者はメリナ様が作られた大穴に落として良いでしょうか?」
真剣な眼で凄いことを言います。あの穴はどれだけ深いのかも分からないので、確かに死体隠しには良いでしょうが……。
「おぉ! ボス! ボスじゃねーか!」
むさ苦しい声が聞こえます。貧民街で世話してやっていたガルディスです。半裸の男は前面にも横にも突き出た腹を揺らしながら、私へと近寄ってきました。
「ガルディス、久しぶりですね。デンジャラスさんと共に来たのですか?」
「あぁ、そうだぜ、ボス。俺たちゃ、ボスの名を騙るカスどもを駆逐してやろーと思ってな」
「えっ!? クリスラ様はネオ神聖メリナ王国の国土一部割譲を望まれただけのはず!」
イルゼさんが珍しく声を荒げて抗議します。
「ククク、嬢ちゃん。人は簡単に裏切るモンなんだぜ。見てみな。姉御はもう動いてるぜ」
ガルディスの太く醜い指先の向こうには、聖女の白い服を着たデンジャラスさんが帝国兵の中に立っていました。ピンと逆立てた髪の毛が目立つので、よく分かります。
「もしや聖女の聖衣を……。聖女にしか許されない純白の聖衣の偽物をクリスラ様が……」
「あいつらは俺たちの尖兵になり、お前達を再び蹂躙するんだぜ。そして、ボスと姉御と裏ボスが三つ巴で支配する暗黒街をここに打ち立てるのさ」
いやー、ここ、戦場の跡は残っていますが、山並みとかも綺麗で風光明媚ですよ。暗黒街ってのは古びた街の中にできるんじゃないかな。
あと、アデリーナ様が治める暗黒街とか、本当に暗黒ですよ。恐ろしい想像をさせないで下さい。
「和解したはずなのに……。ここまで虚仮にされるとは……。同志レイラはいませんか!? すぐに帝国兵の所に参り、メリナ様の素晴らしさを説きましょう。邪な考えを持つ者に汚染されてしまいます」
「レイラ様は神像の再建作業を監督中です。私、ベリンダが同行致します。誰か、馬を持って来よ」
ベリンダさん、精神的な病いから少し回復している感じですね。良かった、良かった。
さて、別の方の人影が近寄ってきました。
「メリナ、人間に戻ったんだ。信じてた」
デンジャラスさんの企みを止めるため急ぎ向かったイルゼさんとベリンダさんと入れ替りで、ソニアちゃんが来たのです。
私は人気者ですね。忙しいです。
「竜にもなれますよ、たぶん」
「止めて。近くで大きくなられたら踏み潰される」
「おっ、アん時のガキじゃねーか。元気にしてたか」
「うん。そっちも元気そう」
ん? ガルディスとソニアちゃんって知り合いだったっけ?
いや、そうだ。お料理対決でペアになってましたね。
「腹が減ったら、また来いよな。食えねーくらいに馳走してやらァ」
「大丈夫」
「おぉ、そうかい。んじゃ、ボス、俺も姉御のとこに行ってくらァ」
ノシノシと去るガルディスを見送ります。ソニアちゃんの顔を見たら、普通でして、恋する乙女のお顔をガルディスにまでしていたらどうしようかという心配は杞憂に終わりました。
「メリナ、聞いて。ミミちゃんが言葉を覚えた」
「そうなんですか? さっき出会いましたが、無言でしたよ」
「ミミちゃんは恥ずかしがり屋。呼んでみる。ミミちゃーん。ミミちゃーん」
ソニアちゃんに呼応して、転移魔法が発動。まだ川に入っていたのか、濡れた状態のミミちゃんが出現しました。
「ミミちゃん、変身。それから喋って」
ソニアちゃんの命令をよく聞くミミちゃん。外観はムキムキの筋肉に私の倍はある背丈で、とても威圧感が強い。なのに、小さな女の子の生意気な命令にも黙って従う、良い魔族なのです。あの時に殺さなくて良かった。
変身って言うのは、人間の声を出すために頭や喉の形を変える必要があるからでしょうね。
しかし、私の予想を上回る変身でして、ミミちゃんの全身を覆った魔力の渦が消えた後、まだ歩くのも覚束ないくらいの女の子になりました。
「はじゅめまちてー」
おぉ、可愛い! 丸々とした柔らかそうなほっぺ、食べちゃいたいくらいに愛おしい。
「こんにちは、ミミちゃん。これからも宜しく」
「ミミちぎゃゆ。じゃしーん、じゃしーん」
……じゃしーん? じゃしん? 邪神?
えっ、ソニアちゃん、私の言い付けを忘れて邪神の肉をミミちゃんに食わせましたか?
「ソニアちゃん、私が捨てるように言った肉片は?」
「捨てたんだけど、ミミちゃんが拾って食った。メリナが食べたかった?」
「……しまった。ソニアちゃんが意外に無能だったことを忘れてた」
「失礼な。それよりも、ミミちゃんはこんなに可愛かったのに、メリナはボコボコにした。鬼」
ウッセーです。
私はさりげなく、ゆっくりと横に立つアデリーナ様の表情を伺います。「じゃしーん、じゃしーん」では何のことやら分からないと思いますが、一応、念のため、確認する必要があるのです。
さてさて、どうですかね、アデリーナ様……。
っ!? 視線が合った! ってゆーか、私を凝視だと!?
「ど、ど、どーされましたか、アデリーナ様?」
「何を焦っているのかと思っていたのですが、肉片? メリナさん、まさか、じゃしーんと手を組んだので御座いますか?」
いくらなんでも、ソニアちゃんに邪神という単語を聞かす訳にはいかなかったのでしょう。真面目な顔で「じゃしーん」なんて言いやがってます。
「ま、ま、ま、まさか!」
「そうだりょ」
おい!!
「待ってください、アデリーナ様。誤解です」
「じゃしーんがそう言ってるなら事実ではありませんか?」
「めりゅな、うそちゅき」
悪そのもののじゃしーんであるお前に言われたくないです。
「そうだ! ここは3人で話し合いましょう」
「メリナ、私も」
3人って言っただろ! お前は数に入ってない!
邪神復活なんて噂が広がったら、それに関わった私のイメージまでどん底に落ちるかもしれないでしょ! ソニアちゃんは剣王の顔と股間でも嬉しそうに眺めてろっつーんです!
「ソニアちゃんはダメ! ミミちゃん、こう見えて凶悪ですからね! 世界を滅ぼそうみたいな野心を持ってるかもしれませんからね」
「疑い過ぎ。でも、分かった。私は戻る」
ふぅ。
強弁が通じたか。こんな可愛らしい幼児が、太陽を喰らって世界を闇に包み、眼から酸を垂れ流したり、口から虫型の魔物を吐いたり、落ちた髪の毛が蛇になったりとかして、人間を追い詰めた伝説を持つ邪神とは思えませんものね。
ソニアちゃんは小さいですが、彼女よりも幼い子供なんて疑う方がおかしいです。
ってことで、アデリーナ様、お前は頭がおかしいんです!!
「あちらに行きましょうか。1部屋くらいは貸して頂けるでしょう」
女王が指したのはベリンダさんの関所。
「お食事もお願いします!」
「おいちーの、おいちーの!」
「2匹とも毒殺したい気持ちで御座いますよ」




