何回目かの決意
美しいドラゴンだったのに、もう人に戻ってしまいました。竜だった時と同様に私は四肢を床に着けた状態でいます。犬のようです。
しかし、残念な気持ちなんてない。
裸だけど、ちゃんと無駄毛を処理してたし。
『メリナ、これを与えようぞ。毛も鱗もないお前は、今の状態が恥ずかしかろう』
再び聖竜様の魔力が私の身を柔らかく包みます。そして、あっという間もなく、衣服が構築されていきました。
艶のある紫色のお上品な布でできており、それが私の全身をくるんでいました。
『我の古着ではあるが、裸よりは良かろう』
「うわっ! ありがとうございます! 家宝に致します! 私と聖竜様の子孫に代々受け継がれていきますね!」
『えっ……う、うん?』
スッゴいなぁ、これ。見習いの頃、聖竜様のお匂いが移った私の服が、聖衣なんて大層な名前で神殿に奉られたことがあります。
でも、今頂いた衣服は本物の聖衣。とても嬉しいです! とても高価そうだけどプライスレス!
「でも、これ、丈が合ってないです。どうしてだろ。うん? そもそも聖竜様の物だとしたら小さ過ぎる気がします」
『あっ、それは我が人化した時に着てたヤツだから』
「なるほど。では、大切に致します。でも、聖竜様、人化なんて無駄な魔法、忘れた方が良いですよ」
『……また怒りで邪神が顕現すると怖いもんね……』
ん? 何の話だろ。
「雄化魔法の方こそ無駄で御座いましょうに」
は? 聖竜様がどんな苦労をして、私との約束を果たすために、そんな聞いたこともない魔法を習得したと思ってるんですか!
この神と呼んでもおかしくない実力を持つ聖竜様が苦節1年間くらい熱心に研究された結果なんですよ!
『メリナよ、転移の腕輪をアデリーナに渡すが良い。我は何度もそれを使ってはならぬと申しておるではないか』
「すみません。了解しました。今回は緊急事態でして、どうしても私のお姿を聖竜様にお見せしなくてはと思った上でしたので許してください」
聖竜様のお言葉に従い、私は腕輪を素直にアデリーナ様に手渡します。
「アデリーナ様がこの腕輪を使って、イルゼさんに返しに行きましょう。まだネオ神聖メリナ王国に居ますよね」
「便利では御座いますが、得体の知れない道具ですので、他の方に使って貰いたいところではあります」
慎重な考えだと感心は致しましたが、よくよく考えますと、それを普段から使用しているイルゼさんを、移動用道具としてめちゃくちゃ有効利用しているクセに何て発言でしょう。いえ、それどころか、今日も私に使わせました。
「しかし、メリナさんも成長したもので御座いますね。少し驚きました」
「とてつもない高み視点からの発言が降ってきて、私も驚いております」
「人に戻った悔しさで、泣き暴れると想像しておりましたよ」
「あはは、悔しくないですもん」
「何でしょう……違和感、いえ危機感みたいなものが体を走りました。まさかメリナさん……」
おっ、アデリーナ様は察したか。まだ私は何も言ってないのに、こういう勘だけは鋭いんですよねぇ。
『アデリーナ、何に気付いたのか申してみるが良い』
「偽フローレンスの軍門に下り、再び竜になられるおつもりでは……?」
「ははは、まさかー。でも、それ良いですね。あいつを支配すれば竜になりたい放題ですね」
「次は豚にでもされなさい」
雌豚メリナ……。フロンが喜びそうな響きです。絶対にイヤです。
「では、帰りましょうか。メリナさん、どうぞ」
言いながらアデリーナ様は私に腕輪を返します。こいつ、ついさっきの聖竜様のお言葉を聞いてなかったのか? 不遜です。
あれ? でも、なんで使っちゃダメだったんだろう。
『アデリーナよ、その腕輪をメリナに嵌めさせてはならぬ。メリナの魔力が更に増幅され、最後には邪神が現れようぞ』
あぁ、そういう設定ありましたよね。私、もう、それを気にしていないです。だって、邪神と私は共闘を誓いましたから。
……いや、邪神ですよ。簡単に裏切ってきそうです。やはり使わない方がいいかな。
さて、聖竜様のご懸念は特に根拠がないので黙殺しまして、私達は腕輪を使ってネオ神聖メリナ王国へと戻ろうとしました。
「やけに素直で御座いますね」
「いつもそうですよ。素直じゃないのはアデリーナ様です。いやー、でも、あんな簡単に竜になれるなんて思ってなかったから、心が弾んじゃうのかなぁ」
「元に戻ってるでは御座いませーーあっ、メリナさん! もしかして、貴女、竜化の魔法が使えるようになってるの!?」
あっ、バレました? 秘密にしておきたかったのになぁ。
「どんな感じで魔力が動くかは体感しましたからね。しっかりと体が覚えました。まだ試してないですけど、魔力の質と量が分かったので、自力で動かせば余裕だと思います」
私の言葉に誰も反応しなくて、聖竜様のお部屋が静寂に包まれます。
聖竜様も身動きを止めまして、ゆっくりと眺めるのには丁度良いです。
『貞操の危機……』
そんな聖竜様の呟きが聞こえたような気がします。が、気のせいですね。
さて、十分に聖竜様のお姿を堪能してから私は聖竜様に尋ねます。
「聖竜様、竜になった私を昨日も見てくれたんですね?」
『う、うん。いや、うむ。我の縄張りの端っこに例の精霊が現れたのを感じ取り、様子を見に行ったのである』
聖竜様が説明してくれた内容を掻い摘まむと、偽フローレンスが川沿いの関所ーーたぶん帝国国境と接するシュトルンのことでしょうーーに出現したことを察知。
千里眼的な方法で様子を伺うと、偽フローレンスが次々と王国兵を転送させてどこかに飛ばしていきました。
また、逆に帝国兵や魔族が空間魔法で送られてきているのも目撃。
自分の縄張りを荒らされた聖竜様は激怒して、その空間魔法陣を潰したり、偽フローレンスに干渉したりしていたそうです。
凄いです、聖竜様。ここはシャール近郊だと思うのですが、遠く離れたバンディール地方の端っこにまで魔法が届くのですね。
たまに、あれ?って思うことも正直ありましたが、聖竜様はやはり偉大です。より一層、夫婦になりたくなりました。
何とか偽フローレンスを追い出した時、気付けば、金色の竜が現れたと言います。
「聖竜様、その時は偽フローレンスは私の目の前で死にそうになってましたよ。頭部を潰されて」
『えっ? 地中にいたけどなぁ……。ふむ、メリナの前に現れたのは立体魔法陣のフェイクではなかろうか』
……確かに、あの時は転移魔法の気配もなく、突然に現れました。立体魔法陣なら説明が付くのかは不明ですが、可能性はあるか。
『メリナよ、ヤツの名はベーデネール。はっきりと我に宣戦布告をしてきおった。……我に代わり、この地を支配しようと言っておる』
「本当に愚か者ですね。聖竜様に敵対するということは私に喧嘩を売っているようなもの」
『魔族を異常増殖させておる。あらためて願う。ヤツの企みを止めて欲しい』
「はい、お任せください。身の程を知らしめてやりましょう。で、どこにヤツは居るのですか?」
『我の縄張りの外側なのでルッカに聞いてもらえる?』
ルッカのヤローか。あいつには軽く不信感があるんだけどなぁ。
『じゃあ、その縄張りの端っこに送くろうぞ。メリナとアデリーナ、何とぞ宜しくお願い致します』
アデリーナ様が「お願いの時は『何とぞ宜しくお願い致します』で御座いましょう?」と生意気にも言ったことを覚えておられたのでしょう。
頭まで下げて、丁寧にお願いをされました。律儀です。素敵です。戦意も満タンです。
尻尾が振られ、景色が変わり、私達は瓦礫の山の上に立っています。
(明日は3回目のコロナワクチン接種です。次の更新タイミングが乱れたら、副作用で苦しんでいる証拠で御座います)




