迫るメリナ
私の目の前には聖竜様がいらっしゃいます。いつもは下から見上げるだけだったのに、今日は目線の高さが合っております。
私はペコリと再会のご挨拶。遅れて、聖竜様もぎこちなく頭を上下に動かします。
先程も寝そべっていた姿を慌てて起こして、出現したばかりの私に向き直っておられました。
もしかして、竜となった私にドギマギされているのでしょうか。こんな聖竜様を見たことがなくて、ちょっと可愛いですね。
『ア、アデリーナ……こちらの方は?』
あら、私だと気付かれてないのですね。うふふ、無理も御座いません。金色に輝く私ですから。真っ暗な聖竜様のお住まいも照らしまくっております。
「……私の口からよりも、やはりここは、ご本人からお伝えした方が宜しいでしょう」
アデリーナ様、冴えていますね。その通りです。私、頑張ってアピールしますよ!
『グルググァルルゥ』
なお、「私はメリナですよ。いやだなぁ」と言ったつもりです。
『……かなりの遠方から来たのであるな。失礼ながら、言葉が違い過ぎて竜語なのか精霊語なのかも判別付かぬ。しかし、その姿から高貴な方であられることは間違いないであろう。アデリーナの紹介でもあることだろうし、この度はお目に掛かり光栄である』
何っ!? やはり喉が鳴っているだけで言語の形になっていなかったか!?
これは大変にまずい! 意志疎通の大事さは昨日学んだばかりだと言うのに……。
このままでは昨日みたいに交渉決裂して、肉体言語に走ってしまう恐れがありますっ!
……えっ、に、肉体言語!? 聖竜様と!?
わっ、それって完全に性的な感じになっちゃう! 落ち着け、私! まずは互いの心の中に愛を育み、それから、そういうムードをむんむんと漂わせるところからですよ……。
と言うことで、私はアデリーナ様に助けを求めるため、ヤツに視線を持っていきます。
こいつ、大丈夫かな。私の意図がちゃんと分かるか不安です。
あっ、でも、ウインクしてくれた。それって、私の味方をしてくれるってことかな。
「聖竜様、この者は言葉が通じず困っているようです。僭越ながら、私が通訳を致しましょう。昔から動物に好かれる私は獣の心もある程度は読むことができます」
出任せ言うな。……いや、でも、馬とか酷使した後もアデリーナ様にすり寄ってきたりしてましたね。本当の話なのか……。
人間の心は掴めないのに無駄な能力ですね。
『うむ、アデリーナよ。宜しく頼む。頼りにしておるぞ』
うわっ、聖竜様が疑うことなく了解した。
「はい。しかし、聖竜様、人に頼み事をする時は『お願いします』で御座いますよ。それが礼儀で御座います」
『……し、しかし、威厳が……』
「礼儀で御座いましょう。なんなら、私は転移の腕輪で帰っても良いので御座います。……でも、聖竜様、見ず知らずの者と2人きりの状況に小心な貴方が耐えられますでしょうか。さあ、『何とぞ宜しくお願い致します』で御座いますよ」
……アデリーナ、お前、聖竜様を侮辱し過ぎでしょう……。
『アデリーナちゃん、何とぞ宜しくお願い致します』
聖竜様、クズ人間なんてぶっ殺してやっても良いんですよ! いえ、何なら私がぶっ殺してやりましょうか!?
『グァラルゥ!!』(ぶっ殺すぞ!)
『わっ、何!?』
「ぶっ殺してやります、と言いましたね」
当たってる!! 凄い、アデリーナ様!!
ぶっ殺したいけど、お前、スゲー有能です!
『な、なんで!? 突然過ぎて怖い!!』
あー、聖竜様、完全に誤解です。殺す対象はアデリーナ様だったんですよ。
しかし、これなら行ける。アデリーナ様、お願いしますよ。仕切り直しますから!
『グガァァァガルルゥ』(本日は良い天気ですね)
「ちんたら喋ってんじゃねーよ」
『ごめんね。あんまり付き合いが上手じゃないから』
『ググボボ。ガルゥガクググルゥ』(うふふ、私が誰だか分かりますか? きっと意外な人ですよ)
「おら、俺を誰だと思ってんだよ? 知らねー訳ねーだろ」
『えっ、どなたですか? ごめん。全然分かんない……。あと、アデリーナ、本当にそんな口調? 見た目は凄く優雅なんだけど……』
えぇ!?
聖竜様の好印象ゲットしてました! これは来ましたね!
「意訳しております。内面は荒ぶった方ですので」
は?
お前は下等生物の人間のクセに何様なのでしょう。ブチッと前脚で踏み潰してやりましょうか。
しかし、よくよく考えたら劣等種族の戯言です。それよりも今は聖竜様だけを考えましょう。一歩ずつ私は近付きます。
私の歩みに対応して、聖竜様の長い首が少しずつ動いて首の位置が遠ざかっていきます。美しい私が迫ってくるのに気後れされたのかもしれません。罪な雌ドラゴンですね、私。
聖竜様が喋ります。少し声が震えている気がしました。緊張が伝わってきますね。
『じ、実は、昨日になりますが、滑空する姿も見ていました。太陽に輝く姿は凄く綺麗でした。私は白色だから、ちょっと弱そうに見えちゃうんです。あっ、でも、本当は強いです。自慢はどんな攻撃でも受けきって復活する生命力です。ダメなところは押しに弱いところかな。何でも食べますが、甘い物が好きです。……あれ? 私、何を言ってるんだろう。あはは、実はお母さん以外の竜と話すのは久しぶりで緊張してます。で、ごめんなさい。昔に会っていたとしても忘れてます。忘れっぽいポンコツなんです』
おぉ、聖竜様がこんなに喋るのを聞くのは初めてかも。かなり自分を卑下してるなぁ。そんなことありませんよ、聖竜様。私が慰めてあげますから。
『グルル、グァルルウァ、グッグッガァァ』(じゃあ、時間もあれなんで交尾しませんか?)
「……こいつ……」
『アデリーナ、どうしたの?』
「余りに唐突で、しかも下品を極めた発言に驚いたので御座います。……房事を試みたいとのこと」
『……性格は野生のドラゴンって感じだなぁ。でも、無理です。私は雌です。貴女も雌です』
『グァルルゥ、オゥガルゥムガァルゥゥッ』(ここですよ、雄化魔法の活躍の場は!)
「これ以上は深刻なトラウマを植え付けられそうですので、解呪をお願いします。これ、メリナさんで御座います」
あぁ!?
お前、バラすの早すぎっ!
もっと焦らして焦らして『なんと!? メリナであったか!? いや、わ、我は気付いておったぞ、愛しき人よ!』と言わせたかったのに。
『メリナ!? えぇ、竜化魔法を覚えてしまったの!?』
いやいや、聖竜様、しまったはおかしいですよ。
「先日の謎の精霊、偽フローレンスの甘言に乗り、竜化したそうで御座います。そして、この竜の姿のままでは残り約3日の命」
『…………』
「聖竜様、3日待てばメリナさんから解放されるとかお思いになられていませんか?」
『め、め、めっ、滅相もないよ! いやー、大変だったね、メリナ。ごほん、もう遅い気もするけど、あらためて威厳を、ね。うむ、メリナよ、お前ほどの者が精霊に誑かされるなど情けないことよ。今回は我の慈悲にて元に戻してやるが、以後は気を付けるように』
間髪を容れずに聖竜様の魔力が巨体である私の身を包み、そして、私は体が縮んで床に四つん這いになっておりました。
全裸で。




