実は心配しているアデリーナ様
美味しくて安いパン屋を見付けたので食には困っていません。そのパン屋で貰ったお釣りも予想外に多かったので、お金も十分にあります。服も神殿から持ってきたタンスにいっぱい入っています。
つまり、神殿を辞めてから数日しか経っていませんが、私はもう一人立ちしているのです。自信満々です。
しかし、いつまでもベッドでゴロゴロしていてはなりません。私は立派な人間なのです。門に並ぶ人達の列がなくなったところで、私はスクッとベッドから出ました。新しい職に就くためです。
そのタイミングで門から出て来る人がいました。驚く兵隊さん達に対して横柄に手で黙るように指示を出しながら歩いてきたのは、アデリーナ様でした。
顔を水で洗う私に向かってきた彼女はいきなり言います。
「メリナさん、今、ホームレス?」
「は?」
本当にビックリしました。この人にはこの整然と並んだ家具たちが見えないのでしょうか。
聞き間違いかと私は黙って、次の句を待ちます。
「せめて屋根のある場所で過ごされてはどうですか?」
えー、本気で言ってるのかな。
「私にはこれで十分ですので。驕奢は身を滅ぼします」
うん、とっても淑女なセリフ。言った私は満足です。誇らしいです。
「たまにメリナさんは、ご自分のおつむレベルに似つかわしくない難しい言葉を吐きますね。で、記憶はまだ戻らない。困ったもので御座います」
私でなければ殴り飛ばされていましたよ、アデリーナ様。青空のように広くて澄んだ、私の心に感謝して下さい。
「メリナさん、どうぞ林檎で御座います」
「ありがとうございます!」
でも、実はアデリーナ様が優しいことを私は知っています。
頂いた林檎は甘くて絶品でした。
「神殿に戻ってらっしゃい。その林檎が食べ放題で御座いますよ」
「わ、私を買収する気ですか!?」
「何をバカ言っているので御座いますか。記憶を失っても、バカはバカで御座いますね。バカだと言っても分からないくらいのバカだとは存じておりますが、それでもバカの相手をするのは疲れます」
……バカって何回言いやがったのでしょう。
私は深呼吸をして怒りを鎮めます。こいつが先輩巫女でなければ喧嘩が勃発していましたね。
「巫女長の耳にメリナさんの件が入りましてね、ご心配されていたので御座いますよ」
「……そ、そうなんですか」
巫女長というからには神殿で一番偉い人なんでしょう。そんな方が気を掛けてくれるくらいに私は凄い人だったのか。
「お会いされます?」
「はい――あっ、いえ、やっぱり結構です」
「遠慮しなくて良いので御座いますよ。フローレンス巫女長は気さくな方ですから」
「いえ。何でしょう。どんな方なのか会ってみようかなと一瞬思ったのですが、何だか嫌な予感がしたのです。本能的なところで拒絶反応みたいな……」
私の答えにアデリーナ様は満足な顔をされました。不思議です。
「少しは記憶が戻る気配があるようで御座いますね。喜びなさい」
「どういうことですか?」
「さあ? あぁ、あと、これ。神殿で行われる竜の舞の招待状で御座います。あなたの親友だったシェラから渡すように頼まれましたので」
……良かった。アデリーナ様じゃない親友がいて。恐らく、そちらが本当の親友です。
「竜の舞って何ですか?」
頂いた封筒をタンスの引き出しに入れながら、私は尋ねます。
「礼拝部が定期的に行っている儀式で御座います。聖竜様への畏敬、感謝を舞に込めて踊るのです。神殿に来た観光客向けの目玉にもなっておりますね」
「へぇ、楽しみですね。わざわざありがとうございます」
でも、参拝じゃなくて観光って言葉を使うなんてアデリーナ様の口は酷いですね。もっと神聖で厳粛な場であるべきです。聖竜様の御座す社なのですから。
でも、目の前の彼女は省みることなく話を続けます。
「シェラはメリナさんが急に姿を消したことを気にしているので御座いますよ。あと、私への償いの為にも気を遣っているのでしょうかね」
「償いですか?」
また言葉の選択を間違えてますね、この人。仰々しいです。
「えぇ。シェラは不遜にも私を見張っていた時期が有りましてね。その失点を取り戻したいので御座いましょう。……私に殺す気があるならもう殺していると言うのに」
…………。
私の親友と自称されるアデリーナ様と、私の親友と呼ばれるシェラ。
シェラはまだ見ていませんが、きっとアデリーナ様よりも良い人な気がします。
なので殺し合いが始まるなら、私はシェラに付きますよ?
「詰まらない話はここで終わりましょうか。それで、メリナさん、何か就きたい職業は出来ましたか?」
「あっ、はい」
「それは何でしょう?」
「お花屋さんになろうと思います。ほら、その辺に花が咲いているんですよ。元手なしで稼げますから大儲けですよ」
占い師の時には同じく花や石を売り付けようとしましたが、全く買ってくれる人はいませんでした。
今なら分かります。失敗の原因は私の下心が見えていたから。いえ、違いました。淑女の私に下心なんて有りません。金が欲しいという純真な想いです。
「先に申しておきます。売れませんよ。時間の無駄です」
「アデリーナ様みたいな無粋なお方にはお分かり頂けないかと思います」
正直な気持ちです。
「……無粋? ……この私が?」
あっ、怒った。でも、その後に少し唇を上げて笑った。怖いなぁ。
「それくらい無礼な方がメリナさんらしいですね。また来ます。いつまでもこんな所で寝泊まりしていてはなりませんよ」
そう言ってアデリーナ様は門の中へと消えていきました。




