竜となった代償というか証
ダメだ。巫女長とアデリーナ様は私を敵だと見なしています。
「メリナです! メリナですよ! アデリーナ様に親友を強制されるメリナですよ!」と叫んでいるのに、口から出るのは咆哮の波動ばかりで、周囲に多大な被害を与えております。ネオ神聖メリナ王国の方々があちらこちらに暴風で転がっていくのが見えました。
ならば、態度と行動で敵ではないことを証明しなくてはなりません。じゃないと、極悪な魔法に撃ち抜かれます。
敵陣へと向かう。そして、高速での低空飛行で敵を片っ端から薙いでいきます。
背を向けて逃げる者達を追い越すと、風圧で左右に塵のように左右に吹き飛んでいくのです。果敢に矢を放つ者もいますが、滑空する私の速度にはまず追い付かないし、当たっても鱗に弾かれて痛くもない。
あー、なんだろ? この絶対者みたいな感覚。どこかで味わったことがあるなぁ。
あぁ、あれだ。蟻の観察!
うふふ、行列を足でぐりぐり踏み締めた時の慌てふためく蟻さんと同じだ!
たまに魔族が湧きます。彼らは不遜なので、愚かにも私に襲いかかろうとします。なので、私はベチッと長い尾っぽや鋭い爪で叩くのです。
すると、どうでしょう。大概の魔族は粉々になって消えます。少し強めの個体は、そのまま地面に墜落し、大きな穴を作って動かなくなります。復活しないように二撃目を入れると体を維持できる者はいませんでした。私、最強です。
走るアシュリンさんとパウスさんを敵の中に発見しました。向かう先は敵陣の最奥ですね。
とても良くなった視力でそちらを確認しますと、デンジャラスさんやショーメ先生が魔族と激しく闘っていました。
苦戦ではないですが、手こずっているようです。何せ魔族が数匹いますし、近くの魔法陣から新しい魔族が現れたりしていますから。
ん? 魔族だけじゃないな。普通の人間の兵士たちも何もない所から現れていました。
目を凝らしますと、あぁ、なるほど。
大きな転移魔法陣っぽいのがあります。普通の魔法陣ってのは光る文字や記号がぐるぐる円形に回るものなのですが、これはどういう訳か何も見えません。隠蔽系の魔法も使っているのかな。
デンジャラスさんとショーメ先生はそこを守る女型の魔族を倒そうとしているけれども、周囲の魔族に邪魔されて思う通りには行ってない感じです。
うふふ、私がチョイチョイとお助け致しましょう。
頭の足りないアシュリンさんが無条件で私を襲う可能性が怖くて、少し迂回してからデュランの元偉い人コンビへと急ぎました。
さて、竜と言えば強烈なブレス。
何でしょう。まだ竜になりたてなのに、吐き方が分かるのは本能なのかな。
空気を掴むように羽を大きく振って体を縦に傾斜させ、背を思っきり反らせて口の中に魔力を十分に溜める。その間も体勢を保つために、バサバサと翼を動かします。
よし。いけー!!
極大の火の玉が火の粉を残しながら放出され、狙った女型の魔族を直撃。ちょっと思ったより大きくて焦りましたが、デンジャラスさんもショーメ先生も私の攻撃を察して、何とか攻撃範囲から離脱してくれました。
地面を穿つ火の玉。魔族でさえも耐えきれずに全てを焼き尽くしたみたいで、当たったところには何も残しませんでした。土さえも。
加えて、その勢いはとても元気いっぱいで、地の底にも到達するのではという深い深い大穴を作ったのでした。上から眺めると、地中を進む火の玉はまだ燃え続けているのが分かります。
うーん、小さくなってきているけど、遠ざかってるからそう見えるだけかなぁ。どこまで行っちゃうんだろ…………ま、いっか。
その後、誰も居なさそうなところにブレスをお見舞いしながら、縦横無尽に飛び回ります。
綺麗な私を見て欲しいという欲求と、帝国軍の戦意を削る目的です。
しばらくすると、私の目論み通り、敵兵隊達は降伏しました。地べたに座り、武具を置いて項垂れています。私の威容を恐れ過ぎてか、失神している者も多数です。
ふぅ、これで王国の皆さんも私が敵ではないと悟りますね。バカと戦闘狂ばかりで心配ではありますが、いくらあいつらでもこれで分かると思います。
そう信じて、地上に降りて伏す私。疲れたので寝ておりました。
日差しが眩しいのですが、今の私の巨体を隠すほどの日陰はなくて、聖竜様が地下にお住まいである理由を知ります。
それでも、私は熟睡。
目を覚ましたのは日が暮れようとしている頃合いでした。王国軍が見えましたので、イルゼさんの転移魔法で何個かの部隊が来ているのでしょう。
ソニアちゃんを連れてアデリーナ様が歩いて来るのが見えました。
私は少し首を持ち上げてから頭をペコリとしました。
「ソニアから聞きました。メリナさん、貴女は勇敢と申しますか、向こう見ずと申すか、大変に考え知らずで御座いますね」
『生まれ変わった美しい私に嫉妬ですか、アデリーナ様? 笑えるくらい狭量ですね』
私は返答したのに、グルガガルとか喉が鳴るだけでした。
「肯定の時は両方の翼、否定の時は片側の翼を上げなさい。メリナさん、その姿に満足しておりますか?」
私は無論、高々と両翼を空を突くように掲げます。
「ふむ。その姿は精霊の祝福に依るものでしょう。ならば、表裏一体の呪いは何か分かりますか?」
『えっ。あっ、そっか。忘れてた』
とりあえず片側を上げます。なお、私の声はやっぱり喉が鳴るだけで伝わりませんでした。
「ったく、また明日来ます。頭を冷やして反省しなさい」
は? 何様? 生物として完璧体の私に対してタダの人間が上から目線とは、相も変わらずアデリーナ様は無礼ですね。
が、早くご帰宅してほしいので、私は両翼を勢い良くビシッと立てるのです。突風が両脇で発生して、色んなものを吹き飛ばしていますが、それはご愛敬です。
「メリナ……人間には戻れない?」
「ソニアさん、戻る気がないのですよ」
おぉ、その通りです。
「アデリーナ、私もここに残る。メリナが寂しがらないように」
「そうですか……。止めはしませんが、体にお気をつけください」
「シャールまで放浪した時に野宿と悪臭には慣れてるから」
野宿はともかく悪臭って。あはは、ソニアちゃん、そんな余計な情報を入れてまで自分語りしたかったのかーー違うッ!
今、アデリーナ様は唇をあげてニヤリって笑った! 本人はスマイルのつもりの気持ち悪い笑い方をした!
慄く私にアデリーナ様は告げます。
「メリナさんの足の裏、更に強烈になっておりますよ。巨大化したからで御座いますかね。失礼になるかと思い、鼻を摘まんでおりませんでしたが、悶絶死しそうで御座いますので、失礼致しますね」
なんて言った!! お前、あれだけ自分の時は「屈辱です!」とか叫んでいた現象ですよ!
鼻を摘まむな! 私だって足の裏が臭かったお前にそんな非道なマネした覚えはありませんよ!
「祝福で御座いますねぇ。あー、メリナさん、風上には行かないで下さいな。強烈な臭気が目に染みますので」
『ふざけんなっ!!』
私の怒りの咆哮は、雲を突き破って星の世界にさえ届きそうでした。真上に向けていなければ、多数の死者が出たかもしれません。
でも、私にはどうしようもなくて、不貞寝をするしかないのでした。無言で巫女長が鱗を磨いてくれているのが気持ちいい。
○メリナ観察日記26
遂に福音書を触ることができました。
真の聖竜となられたメリナ様はサイズ的に宿屋に入ることができませんので、気を遣いまして、不肖ながら私イルゼがメリナ様のお部屋に入り、手にしたのです。
震える指で表紙を撫でます。瞬間、幸悦しました。
今晩は負傷者を除いた信者全員で朝までお祈りをすることにしました。どうか我々の想いが真の姿を得たメリナ様に届きますように。世界にメリナ正教会を広め、一切の悩みから救われたいのです。
末筆で御座いますが、匂いの染み込んだシーツと手の脂が付いたペンを頂きました。メリナ様、ありがとうございます。聖蹟として大切に使わせて頂きます、個人的に。




