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交渉の失敗と成功

 突如、現れた料理人フローレンス。いえ、姿は小柄な中年おばさんのままですが、中身は得体の知れない何かです。


「ンだ、テメーは?」


 睨みを効かせて剣王が威嚇をします。


「リュノナハイコナオムノハネニノンサ。コヌマフサッワリュカイ」


 返ってきた言葉は精霊語ってヤツで何を言っているのかは分かりません。


「答える義理はないとのことです」


 クハトが代弁するが、その真偽は不明。


「フシトレキキヌサマンノテゴム」


 こいつ、人間の言葉を喋れつーんです。何も伝わってこないです。

 そういうつもりなら、こちらから積極的にコミュニケーションを取ってやりましょうか。そう、原始的ながら拳による語り合いで。



「皆様、お分かり頂けましたか? 有難い天の言葉をそのままにお受け取りください」


 クハト、理解して欲しければ、ちゃんと通訳をしなさい。

 しかし、そんな事はどうでも良い。貴様の余裕の微笑みが今から歪むのが楽しみですよ。


「えぇ、よく分かりました」


「メリナ、凄い」


「ぜってー分かってねーぞ」


 分かるはずがないでしょ。まだ犬の方が吠え方と態度で考えていることが読めると思います。



「交渉をしましょう。こちらの要求は今すぐに軍を退くこと」


「ハリユゴークハトユ」


 はい、意味分かりません。交渉は決裂しました!



 料理人フローレンス、うーん、偽フローレンスとしましょう、私はそれに襲い掛かります。


 距離にして10歩くらい。それを瞬く間に詰めて、顔面に向けて拳を振るいます。

 が、後ろに避けられる。


 悪くない反応。最小限の動きしかしなかったのは、余裕を見せているからでしょうね。

 それが致命傷になるとは知らず、愚かです。


 拳の先から氷の槍を鋭く射出。

 見事に顔へ突き刺さるも、血は吹き出さず。精霊も魔族的な感じか?

 しかし、狐型の精霊リンシャルと戦ったことがありますが、あの時のリンシャルは流血していたはず。


 些細な疑問を考えていましたが、体の方は意識せずとも追撃の体勢に入っておりました。


 偽フローレンスの腕を掴み、力任せに引っ張ります。そして、近寄ってきた頭部へ頭突き。連続して5回くらい。頭蓋骨を破壊し尽くした感触はある。

 果たして、精霊も頭部は急所なのでしょうか。


 そんな疑問があったので、腹に膝を激しく入れておく。剣王なら即死くらいの威力です。


 良し! 偽フローレンスが脱力して体が傾くのを確認して、私は次の獲物を狙う。

 クハトです。


 この時点で剣王も反応できておらず、立ち位置は交渉開始時のまま。

 クハトのヤローは机に向かって座ったままですので、その机と椅子ごと足払いで攻撃しました。


 余りに速い私の回転で部屋中に突風が吹き(すひ)びます。剣王さえも机に押されて壁に激突していました。

 狙いのクハトは逃さない。後頭部から転げるているところを胸を強く踏んで加速させ、床に落として足で固定する。これで、ヤツは動けまい。



 ふぅ。体が暖まる前に戦闘は終わりましたね。しかし、私の目的はまだ達していない。


 発した突風により全開になった上でガラスが全て砕け落ちた窓から、遠くでの戦闘の音が聞こえます。

 ネオ神聖メリナ王国には親に連れられて移住した子供たちもいました。彼らが死んだり、痛め付けられたりするのは不憫でなりません。

 あちらの戦場にはアデリーナ様がいるので安心とはいえ、早く戦いを止めたい。



 未だ書類が舞う中、私はクハトを観察する。

 うん、生きてる。両足の先が失くなって血溜まりができておりまして、うふふ、苦悶の表情をしています。



「これが拳王メリナ……。喧嘩屋もびっくりの不意打ち」


 ソニアちゃん、何を言っているのでしょうか。悪いのは交渉に不誠実だった向こうですよ。


「クハト、何が起きているのか説明ーー」


「そのまえにゾルを治療」


 えっ? あっ、はい。

 巻き添えを喰らう形になった剣王へ回復魔法を唱えます。


 邪魔が入りましたが、改めてクハトに問う。



「お前が知っていることを言いなさい」


「……クッ、天の祝福がメリナ様にも訪れることを祈っております」


 苦々しい。まだ従わない気ですか。

 私が少し力を入れたら、お前の命は失くなるのですよ。


「あぁ……。たった今、天より命じられました。天の御言葉を……メリナ様にお伝えなくては……」


 聞く必要はない。でも、今回の事態を収拾するヒントがあるかもしれないと期待し、私は短く「言え」と答えます。

 こいつ、痛みに耐えているのか、脂汗が酷いですね。


「……天はメリナ様の心を読まれました。メリナ様の聖竜様への熱き想いに心を打たれた天は……是非とも応援したいとのこと……」


 えっ? ふーん、えっ?

 心を読まれたとか最悪なんですけど、でも、えっ、応援?


「騙されるな、拳王! お前を懐柔しようとしているだけだ!」


 ……ですよね。

 でも、私の反応が悪くないことに気付いたクハトは少し表情を緩ませました。気分が高揚して痛みも和らいだのか、次の句は饒舌でした。


「しかし、竜と人とでは結ばれることは永遠にないのも事実。それでは、メリナ様の悲願である『世界を聖竜様との子で埋め尽くす』が叶うことはありません」


 あっ。思い出した。そんな事も言ったなぁ。私の心を読んだのは本当か。

 キャッ。えー、私、大胆な願いを公言しちゃってたなぁ。


「不幸にもその願いに蓋をされたメリナ様に天は心を痛めておられます。そこで、メリナ様の願いを叶えるため、メリナ様を竜の姿にしたいと申されております」


 ほほう。興味深い。


「メリナ、ダメ。明らかな甘言。メリナはバカだから分からないかもしれないけど、それは罠」


 そんな発言をしたソニアちゃんに私は優しく言います。もちろん、視線をクハトに鋭く向けて、ヤツが逃げることのないように注意しながら。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず。良い言葉だと思いませんか?」


「思わねーよ。バカなことを考えるんじゃねぇ!」


 剣王が瓦礫を払いながら這い出てきました。


「ちょっと識者に聞いてきますので、クハトを押さえるのを代わってください」


「あん? あっ、ちょっ、お前!」


 私が足の力を緩めると剣王が慌てて寄ってきました。そして、剣を倒れたままのクハトに突き付けます。


「ソニア、獅子頭の魔族を呼べ。声に出して呼べ。助っ人が至急欲しい」


「ミミちゃーん! ミミちゃーん!」


 ソニアちゃん、素直になってきましたなぁ。出会った頃なら「バカやろう。お前が叫べ」って言ってたと思うなぁ。うんうん、成長しましたね。



 さて、私は部屋の端っこに移動して、胡座をかいて瞑想に入ります。

 そして、自分の体内を意識し、魔力が溢れてくるところに集中します。ドンドンと奥を見詰めていくと、やがて私は真っ暗な所に移動したと認識します。魔力の流れに逆行した先に存在する私の魔力の源の地です。


 ガランガドーさん、いますかー?


 何も返答はありません。

 なので、私は浮遊するがごとくフワフワしながら更に深部へと進んでいきます。

 ここに来るのは2回目。前は、料理人にやられたガランガドーさんを迎えに来たんですよね。ご主人様のお手を煩わせてばかりで、全く手の掛かる下僕ですよ、ガランガドーさんは。


 ガランガドーさん、出てきなさいー。今なら怒りませんよー。引きこもってるのを嘲笑(あざけわら)ってやるくらいですよー。


 あっ、いた。魔力の塊を発見。なので、近寄ります。



『残念。またもや私よぉ』


 ネットリと纏わりつく声の主は邪神。こいつが消え去ることは無いのだろうか。今は魔力の塊でしかないですが、顕現した時の姿は人面の竜で、大変に気持ち悪く邪悪なヤツです。


『ガランガドーは散り散りになってるから、いないわぁ。500年くらい待たないといけないかしらぁ』


 あぁ、死んだも同然なんですね。了解しました。


『うふふ、スードワットに依頼なさいぃ。すぐにガランガドーの欠片を集めてくれるわぁ』


 は? お前、聖竜様を呼び捨てにした大罪をまず贖してやりましょうか。


『ガランガドーはいないのぉ。だから、私が助けてあげる。見てたわよぉ。竜になれるかもよぉ』


 っ!?

 お前の言うことなんざ信じられません!


『今の私は嘘を言わないわよぉ。とてもすっきりしているもの。協力の条件だけでも聞かないぃ? ほら、何か有用な情報を知れるかもよぉ?』


 ……一応、言ってみなさい。


『神が存在するってスードワットが言ったじゃない?』


 お前! また聖竜様を呼び捨て!!


『面倒な娘ねぇ。聖竜が言ったじゃない?』


 「様」がありませんが、まぁ、ギリギリ許してやりましょう。


『その神が現れたら、私達で殺しましょう。それを約束してくれたら、私、全面的に貴女に協力するわぁ』


 何故?


『憎んでいるからァ。この世に私を生んだことを』


 了解。言葉が通じるって偉大だなぁ。交渉成立です。

 私も神を殺したいと思ってました。こいつ、それも知っていて断られないと提案したんでしょう。


『これも持っていてぇ』


 何ですか?


『私の肉片よぉ。丈夫そうな人に食べさせてぇ』


 お前、そいつも私みたいにするつもりじゃないですか。よくもそんなふざけた願いをぬけぬけと言えましたね。


『貴女達の世界で共闘するには必要だわぁ。じゃないと、貴女の体を貰わないといけないものぉ。貴女みたいに丈夫な人がいれば良いのだけどぉ』


 ふん。それでも、持っていく訳がないでしょ。



 私は意識を表層に持っていく。よく分かんないけど、そんな風に願ったら、ヒュイッと元の部屋に戻っておりました。


 手に邪神の肉片が有ったのは誤算ですが、即座に床に投げ捨てます。更にはグリグリと踏んづけまして、剣王が間違っても食べないように工夫しました。

 それから拾い上げる。


「ソニアちゃん、これ、捨てておいて。ゴミです」


 投げ渡します。


「ゴミを渡さないで。今、大事なシーン」


 と何の捻りもない発言をしつつ、ソニアちゃんは受け取ってくれました。



「さて、結論が出ました。クハト、私を竜になさい」


「おいっ!」

「メリナ! 貴女はバカ! 本当にバカ!!」


「ははは、メリナ様は流石です。天の素晴らしさをすぐに理解して頂き、私も伝言した甲斐があったというものです」



 頭の中に誰かの声が響く。


『リヌユンミャヌヘタ。リユナマタゴトング。リヌソジュキアエデヌ……』


 私の体の中の魔力が暴走するかのように膨れ上がります。そして、同時に体が膨張し、一張羅の巫女服を破り、慌てて大切な所が見えないように手で隠します。でも、その腕に鱗が生えてきたりします。


 わっ、私の鱗は金色。ゴージャスな感じです。


 体は大きくなり続け、天井を破壊し、重みで床が抜ける。建物も粉々にする。


 祝福の咆哮を一発かますと、その凄まじい音量でベリンダ姉さんの関所も上の方から一部が損壊していきます。



 背中に生えた翼をバサバサして空へと舞い上がります。

 ゴマ粒みたいな人々が戦場に見え、私はこの美しい体を自慢しにアデリーナ様の上へと向かいました。


 なのに、光の矢とか巫女長の精神魔法とかで迎撃されたのは大誤算です。

 あいつら、すっごく殺意に満ちています。竜の巫女なんだから竜である私も敬えと思いました。

 あと、凄く視線を感じる。それは邪神なのか偽フローレンスなのか。どちらにしろ、ぶっ殺してやります。この完璧体メリナの力で。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  あと、凄く視線を感じる。それは邪神なのか偽フローレンスなのか。どちらにしろ、ぶっ殺してやります。この完璧体メリナの力で。 [一言] メリナが竜になった…金色の竜に。脳は元々竜だったんだか…
[一言] 普通の主人公なら少ししたら元に戻れないとか何とかで絶望する所だろうけど。 メリナなら魔力パターンを覚えることで何とでも成りそうww
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