仲良し夫婦
☆パウス・パウサニアス・ポーリオ視点
久々の妻と2人きりでの食事を邪魔された。喉を潤すためにジュースを1口、2口飲んだだけだぞ。
アシュリンが珍しく仕事に行く時間を遅らせてくれたのに。女王の依頼でなければ決して仕事を受けないタイミングだ。
妻ともども聖女に連行された先は燃え盛る戦場。ヒリッとした感触が肌を走り、魔族が近くにいることを知る。
「何だ、これは?」
横にいた女王に尋ねる。聖女にぶつけていた不愉快さは消した。結構マジな状況みたいだからな。
「帝国軍が攻めてきたので御座います。突然で申し訳有りませんが、手を貸して頂きたく」
「いいが高くつくぞ」
「パウス! アデリーナの願いだ。素直に聞いてやるぞ」
アシュリン、昔から女王と気が合うんだよなぁ。俺には分からんよ。
俺達が喋っている間に聖女は姿を消す。次の助っ人でも呼びに行ったのだろう。
俺は戦場を眺める。こちらサイドは素人がほとんど。対して、相手は帝国軍か。
しかし、後ろが気になる。離れたところから、連続して何発も高出力の魔法を射っているヤツがいた。
敵ではなく空に向けて、何をしているんだ?
「巫女長も絶好調であるなっ!」
あぁ、竜の巫女長フローレンスか。軍にいた頃、仲間内で強さランキングなんてふざけた物を作っていたが、いつも上位に位置していたな。老けた将軍どもから、若い頃はかなりの武闘派だったと聞いたことがある。
ふむ、なるほど。その魔力量は確かに今でも素晴らしい。
「えぇ。魔族が空に涌いた瞬間に墜ちて行きます」
「魔族が涌く?」
「はい。どこからか魔族が転移してくるので御座います。帝国がこんなにも魔族を飼っていたとは驚きます」
……王国も魔族を兵器利用することはあったが、アデリーナが驚くくらいだから、帝国の魔族は2匹3匹ではないのだろう。
「メリナはどこだ?」
最強生物がアデリーナの立つ戦場にいないはずがない。しかし、気配がしなかった。
「あちら。剣王とともにあちらの建物におります。今は王国側国境のシュトルンの砦街に入っているかもしれません」
「シュトルン? そっちにも敵が出たのか?」
「聖女イルゼ曰く、シュトルンからの挟撃にあったとのことで御座います」
「シュトルン関所の管理者は?」
「クハト・ムーラント。優秀な軍人で御座います」
あぁ、あいつか。軍で何回か会ったことがある。腰は低いが度胸があって、軍の理屈よりも国家全体を考えて行動ができるヤツだった。だからこそ、左遷されて、こんな辺境の防衛部隊に回されたんだろうがな。
「あいつなら帝国に負けまい。反撃の策でも練っているだろうさ。分かった。とりあえず、俺達は前面の敵を退かせば良いのか?」
「お願い致します」
炎の海に遮られてはいるが、その向こうに無数の敵勢がいる。
あの中に腕の立つ者が何人いるのかは分からんが、楽しませてくれよ。
アシュリンと共に草原を駆ける。ナウルが居なくて良かった。あいつ、母親が戦うのを恥ずかしがってるみたいだからな。
砦、いや、その奥はシュトルンと言っていたから帝国側の国境の関所か、そこの門前に近付く。
細い腕を持つ白い大蛇が門を守っていた。あれも竜神殿の一員だったかな。よくもこの大軍を一匹で凌いでいるものだ。
ん、あぁ、関所の上に魔法使いもいるのか。そいつが魔法で援護しているのも大きいな。
それにしても、夥しい数の敵兵が地面に倒れている。戦陣を組む足場もないくらいだ。全部、あの蛇がやったのだろうか。
ったく、うちの嫁も含めて竜神殿は豪傑を集め過ぎだろ。そのまま軍部にしてしまえよ。
「部長っ! 派手にやっておりますな!」
いつもの軍服姿で嬉々として、俺の嫁が叫ぶ。
蛇も反応して顔をこちらに向ける。
その隙を敵が突く。しかし、おお、素晴らしい。槍が蛇に刺さったが、槍の方が折れた。攻撃した槍兵も驚いて動きを止めた。
「貴様っ! 部長に何をするっ!?」
戦場だから仕方がないだろ。
瞬時に動いたアシュリンがその哀れな槍兵を蹴り倒す。
これも戦場だから仕方がない。根は優しいアシュリンのことだから、手加減はしているだろう。
「無礼者っ!! 武具を捨てろっ!! 死にたいのか!!」
その脅しに怖じ気付く者が何人か出る。実際に武具を投げ出したヤツもいる。
アシュリンは平等に彼ら全てを殴り蹴り投げる。何のための掛け声だったのか、全く意味不明で理不尽だが、結果として先方は大混乱だ。
門前に群がっていた連中はアシュリンに追い返され、白蛇はとぐろを巻いて鎮座する。あくまで門を守るという、俺達に対する意思表明だろう。
たまに赤い舌を細かく出し入れしている。
しかし、アシュリンの上司に当たる方か。俺も挨拶をしていた方が良いな。
「どうも。いつもうちのアシュリンがお世話になっております。夫のパウス・パウサニアスと申します。予々、部長のお噂は嫁から聞いております。今日は随分と矢が飛んできますね、ははは」
媚びへつらうのは趣味じゃなかった。しかし、俺も成長する。
これが大人の対応ってヤツだ。生意気を言うと鉄拳が飛んでくる、もう一匹の最強生物、メリナの母親ルーフィリアと過ごすことで学んだ。
何を勘違いしたのか、棒立ちの俺を襲おうとした兵士がいた。剣を抜く必要もなく、拳で地に眠らせる。
文字を書いていた蛇から手紙を渡される。丁寧な文字だ。
“こちらこそ、いつもお世話になってます。さて、デンジャラスな人が魔族を倒しに向かいました。ここは私に任せて先に追い掛けてください。まだ魔族が涌き続けてる”
「了解しました。それでは、部長、また静かな日にお会いしましょう。それで、えーと、あちらの方ですかね。魔族の気配がします」
剣と同じく腰は低く構えるのが良い。それが職場の上下関係の鉄則だ。
蛇は両腕を上げて、丸を作る。
ふん、当然だ。俺は間違わない。
「アシュリン! 行くぞ!」
「パウス! 偉そうだなっ!」
疾走する俺達の勢いに兵どもは怯え、自ら道を開ける。俺達が目指しているのは、敵陣のど真ん中。魔族が何匹かいる。
突然に敵兵を寸断しながら大斧が飛んできた。無論、俺もアシュリンも軽く避ける。飛び去った後、魔力で軌道を変えて戻ってくるのもお見通しだ。
魔族の出迎えだ。転移と同時に攻撃してきた。
「アシュリン!」
「あぁ!」
俺達が散開したところを再び高速回転する斧が襲う。
「舐めるなっ!」
気合いと共に放った剣撃で重厚な斧を両断する。魔族の姿を確認。人間の胴体から犬と魚の頭が生えている化け物。
背は俺くらいだが、あの速さで斧を投げるのだから膂力は良いようだな。
跳躍していたアシュリンの飛び蹴りが敵に炸裂する。岩をも破壊する威力を仰け反ることもなく受け止めたのは褒めてやろう。
しかし、甘いな!
既に接近を終えた俺の剣が化け物の足を斬る。ついで、敵を飛び越えたアシュリンが背中を連打する。
その威力は化け物の腹や胸に彼女の拳の形が浮き出る程だった。
魚の口が開き、そこに魔力が集まるのが分かる。ブレスまたは毒液の類いか。
そんな事をさせる訳もなく、俺は剣で両の頭を削ぎ落とした。
だが、俺は止まらない。そのまま薙いだ剣を地面に突き立てて、潜んでいた何かを殺す。背後に転移してきた別の個体もアシュリンが先回りして連打。動きを止めたところを、振り向き様に下から斜めに斬り上げて仕留める。
「パウス、次だっ!」
「応よ!」
子を持つ者が思うべきでないことと重々に知っているが、愛する者と共に戦えるというものは、何と幸せなことであろうか。互いの絆を深く感じられる。
俺達に敵う者などいない。……いや、2人いるな。メリナとルーフィリア。あいつらはおかしい。
周囲の敵を一通り倒す。魔族はその後も何匹か現れたが、ほぼ瞬殺である。他愛が無さすぎて、せめて勝てずとも同時に掛かかってくるくらいの知恵を見せろと思ったが、この状況は竜の巫女長のお蔭だった。
魔族は空高くから涌き出ている。それを巫女長フローレンスが長距離魔法で叩き落としている。
高所から落下してそのまま生き絶える者もいるが、頑丈なヤツから意識を回復次第に戦線に復帰していた。だから、単発の出現になっている。
後ろを振り返り、蛇の様子を伺う。また兵に囲まれているが、無事だな。やはり強い。あとで一戦を交えたいと丁重に伝えてみるか。
もう手応えのある敵はいなくなり、剣を肩に担ぎ、暴れる場所を探していた時だった。
戦場に魔力が波のように押し寄せる。生暖かい風も一緒で、気持ちの良い物ではない。
その魔力の影響で、逃げ惑っていた敵兵達が戦意に満ちた目でこちらを睨む。そして、一斉突撃を開始してきた。
兵士を奮い立たせる魔法か……。いや、そんな良いものではなさそうだ。
死体かどうか分からんが、倒れている者を平気な顔で踏み潰している。足の骨を折っている者さえ転びながらも無心で迫ってきている。
正常な意識を刈り取って戦闘継続を強制してやがるクソがいる。
そいつを殺さないと、この戦いは終わらんな。
「アシュリン! 移動だ! 奥の魔族にーー」
既に空へ舞って衝撃波を兵士達に炸裂させていた妻に呼び掛けた瞬間、瓦礫が崩れる音が背後から戦場に響いた。
そして、先程の生ぬるいものとは違う、一気に肌を焼くような鋭い悪寒が走る。
俺の戦闘本能と経験が尋常でない強者を警戒したのだ。
振り向くと、金色の巨大な竜が出現していた。
足が止まる。それは美しさだけでなく、全てを超越するような圧倒的な迫力を感じたから。
おおよそ人間に敵うヤツじゃない。聖竜ってのを俺は見たことがないが、アレじゃないかとも思った。
「構うな、パウス! あれはメリナだろう!!」
「何故、メリナと分かるっ!?」
「ガハハ! 訳の分からん事態はだいたいメリナだっ! 私達は奥へ行くんだろっ!!」
謎の自信だな、アシュリン。俺には理解できんよ。
戸惑いながら俺はアシュリンが殴って作るスペースを走り、共に敵本陣へと向かうことにした。




