気の合う連中の会話
「剣王、状況を説明しなさい」
私は厳かに言います。淑女ですから。
「は? んなことよりも、他の敵を倒しに行くぞ」
「外の大軍に関してはアデリーナ様達がどうにかしてくれているので大丈夫です」
「この建物の中にもいっぱいいるだろ」
「雑魚しかいません。それよりも大本を断ちたいと考えています。イルゼさんに依れば、王国側から攻撃されたらしいですね」
私の質問に反応したのはソニアちゃんでした。
「そう。ゾルと大蛇が前面の敵を押さえてくれていた。関所からも魔法が使える人間が掩護射撃をしていたら、背後から襲われた」
「なるほど。重要な情報です。で、関所の前を守っていたはずの剣王が何故にここに?」
「チッ。まだ他では戦闘が続いているんだぞ。……仕方ねーな。あの蛇に任せて俺はここの救援に来た。イルゼは魔族に斬られたが、ソニアの命は救えた。劣勢を変えるために逃げてここまで来たが、魔族に追い詰められて、今に至る。俺が知っているのはこれだけだ」
「王国兵も攻めて来ていましたか?」
「いいや。武具からすると、全て帝国式だったな」
ふむ。王国側の関所の偉い人、名前は忘れましたが、あの男性は物腰が柔らかくて理知的でしたので、魔族と手を組むとは思えませんでしたものね。
王国側からの奇襲と聞いた時に真っ先に彼の顔が浮かんだのですが。
「しかし、不思議なんだよな。正面の敵な、あれだけの兵力をこの短期間で動員できたなんて信じられねーぜ」
「魔法で移動ですかね?」
「あの大軍だ。聖女様の転移の腕輪でも無理だろ。しかし、それを調べねーと今回を凌いでもまた攻めてくるぞ」
ふむ、やはり情報が足りない。よく分からないなぁ。
「おい、もう良いか? 蛇も限界だろ。建物の中はお前とソニアに任せたから、俺は行くぞ」
「そっちは本当に大丈夫ですよ。アデリーナ様は弱者なら皆殺しにできる光の矢を使えます」
「あれか……俺も何もできずに倒れたな」
「ゾルが……? 信じられない……」
あら、ソニアちゃん、意外にショックなお顔ですね。
「しかし、あっちにも魔族が何匹かいたぞ。耐久性の高い魔族相手ではあの魔法でもきついだろ」
「魔族に関しては、ショーメ先生が対応しますから。一撃で仕留めてくれますよ」
「ショーメ? ……あの諸国連邦の貴族学院にいた教師か?」
おっ、覚えていましたか。
「そうです。剣王、お前が先生の色気に騙されて『明日には俺の女になるぜ』って痛々しくも高々に宣言したことのある女性です」
「ゾルが……? 信じられない……」
ソニアちゃんがさっきよりもショックを受けたお顔をしました。当時の剣王の生意気さを知れば絶句しますよね。
さて、そんなどうでも良いことは捨て置いて、私の考えを述べましょう。
「この獅子頭に詳しく聞きましょう。敵方なのですから、私達よりもよく知っているはずです。首謀者は誰で、何故にこの関所を襲ったのか。帝国の王様ーー」
「帝国だから皇帝な」
むっ、些末なことで言葉を遮られました。
「その皇帝が悪いのならぶっ殺しましょう」
ソニアちゃんの育ての親の仇でもある訳ですしね。
「そうならないよーにうまく立ち回りたかったんだが……しゃーねな」
過去には帝国で活躍していた剣王です。帝国のお偉いさんに知人もいると言ってました。その者達と殺り合う覚悟を「しゃーねな」という軽い言葉で表しました。つまりは、命のやり取りを軽く考えないと辛い思いを抱くのでしょう。
私はそう感じました。
「しかし、こいつ動かねーぞ」
獅子頭の魔族を見ながら剣王は言います。
「ルッカさんも足首だけになった時は復活に時間が掛かりましたよ」
「ほんと、お前ら化け物しかいねーのな」
「ゾル、竜の巫女はおかしい」
「心底そう思うわ」
「サブリナも竜の巫女に推薦されてるみたいですよ」
「は? はぁ!?」
「サブリナって誰、ゾル?」
「妹ですよ。諸国連邦の学生さん。たぶん私と同い年で、薬のエキスパート」
「今度、止めとけって手紙書かねーとダメだな。まともな嫁の貰い手が居なくなるぜ」
「お前、それ、竜神殿を敵に回す発言ですよ。あと、サブリナは良い人ができていてベッドインしたって学院の先輩がーー」
「殺す! 誰だ、そいつは! ぶっ殺す! サブリナを傷物にした大罪は命をもって贖ってもらおうか!」
突然に剣王が激昂しました。血走った目が凄い。
「……冗談です。先輩の冗談です」
この私が気圧されるとは。
「本当だろうな!」
「えぇ。それよりも剣王。お前、どうやって出血を抑えたのですか?」
「あ? あぁ、戦闘前に剣の滑り止めの革に薬を染み込ませていた。サブリナ特製の心臓の動きを鈍らせる効果のあるヤツな。致命傷を受けたら擦り込めと言われていたが、結構効くもんだな」
「ゾル、もっと早く言って。私の手にべったり」
えぇ、それ、心臓の動きを強制的に止める猛毒の類いだと思いますよ。
「さっき頭を触られましたから、ソニアちゃんの髪の毛にもべったりですよ。毒にやられて、そこだけハゲるんじゃないですか」
「バカなことを言うんじゃねー。サブリナがそんな半端なモンを作る訳ねーだろ」
お前、半端じゃないって主張するなら、即死するんですか? その方がヤベーでしょ。
「メリナ、手が痺れる」
「ほらぁ」
私の出した魔法の水で2人ともバシャバシャと手洗いをしました。念のために回復魔法も。
「しかし、この化け物、どうするんだ? 全く動かねーぞ。死んでんじゃねーか」
ふむ。そうですね。でも、魔族がこんな簡単に滅ぶ訳がない。ルッカさんやフロン、ヤナンカを知っている私はそう思います。
「ちょっと危ないかもしれませんから下がって下さいね」
2人を私の後ろに行かせて、魔族に回復魔法。氷の槍で串刺しになっている上半身に続いて下半身が構築されます。胴の下がすぐ床だったので、すんごい角度で折れ曲がっていて、回復したのにいきなり背骨が損傷しそうでした。
「これで喋れるでしょ? 黙っていたら殺す」
私の最後通牒にようやく獅子頭が反応します。目が開き、瞳孔が動いて私を見ます。
「グルグァル」
ん? 精霊語か?
「ちゃんと人間の言葉で応答しなさい」
「グァ、グアガルゥ……」
あっ、こいつ、私を舐めてますね。どちらが圧倒的に強いのか、その大きな頭に刻むが良い。
しかし、腕を振りかぶった私をソニアちゃんが止めます。
「待って、メリナ。その化け物、頭が人間じゃないから喋れない」
なるほど。そういう考えも有りましたか。
私は振り抜いた余韻の中で納得しました。
串刺しにされたまま化け物は壁へと激しく激突します。
「そうなのですか?」
衝撃で発生した土煙の中、獅子頭は頭をコクンコクンと何回も頷きました。
「だったら、最初から言いなさい!」
「喋れないのに理不尽」
「ソニア、今更だろーが、その理不尽さが拳王メリナだぞ」
しかし、どうしたものか。この獅子頭の魔族から今回の騒動の原因とか黒幕とかの情報を得られると思って生かしたのですが、最早、その価値はなくなりました。
「殺して良いですかね?」
「いーんじゃね」
「でも、メリナ、あいつは服従のポーズをしてる」
ん?
あぁ。串刺しにされているのに、微妙に動いて仰向けになりましたね。
「犬も諦めたら腹を見せる」
「そうですが魔族ですよ。あいつら嘘しか吐かないからなぁ」
と言いつつ、私は大きく四肢を広げて転がる獅子頭に近付きます。
怯えているのが分かる。ボロボロの金色の鎧が震えます。頭側まで来て覗き込むと、涙さえ浮かべている有り様でした。
「ふんぬ!」
刺さった氷を引き抜きます。同時に獅子頭が激しく悲鳴を上げました。すぐに回復魔法。
「私に従います?」
獅子頭は再び、何度も頷いて意思を表しました。
「では、黙って付いてきなさい」
「マジかよ。お前、死竜の次は魔族を下僕にするのか?」
「ぶち殺すのは簡単ですが、何かの役に立ちそうな気がして。裏切ったら即座に殺しますので」
「私が止めたのだけど、本当に従わせるなんてヤバい。でも、凄い」
まぁ、ソニアちゃん、貶して褒める作戦ですか。うふふ、何もあげませんよ。
「で、どうするんだ?」
「やっぱり王国側の関所が気になるんですよねぇ」
「だな」
「私もそう思う。クハトはゾルを見て不快な顔をした」
クハト? 誰だっけ?
「あぁ、それにあの関所、王国側からの襲撃を警戒していた」
それは覚えています。あそこの偉い人が「守るべきバンディールの民からの襲撃に備えている」と言ってましたもの。
あっ、あの偉い人がクハトさんだっけな。連日、ソニアちゃんがお寝坊してお世話になりましたね。
「では、行きますか」
私たちは獅子頭以外の動かない魔族を残して鍛練場を去ろうとします。
「待って」
またもやソニアちゃんの制止です。こいつは一度に用件を全部言えないのでしょうか。そんなことでは立派な大人になれませんよ。
「やっぱり頭皮がヒリヒリする」
あっ、サブリナの毒でやられてましたか。それはいけませんね。




