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本気のメリナの異常な反応速度

 突撃。それからジャンプ。

 私の動きに付いてこれない牛頭の顔へ、鋭く足を突き出す。


 粉砕。気合いを入れすぎているのか、私の体から溢れた白と黒の魔力の粒子も肉片と一緒に飛び散るのが分かり、勿体無いので1部を集める。


 まだ敵を飛び越すまでにも至っていませんが、間髪入れずに魔力のブロックを進行方向に構築。それの壁面に蹴り足からぶつけて、全力で踏ん張る。体がギューと縮む感じを我慢して、一気に逆方向に跳ねる。



 次の敵へ向かう。鳥頭。デンジャラスさんの鶏冠だけとは違って、嘴も羽毛もある彩り鮮やかな鳥頭。


 この場にいる敵は3匹。いずれも動物の頭をしており、身長は私の倍くらいある化け物。魔力は真っ黒なので全員が魔族なのでしょう。


 時間が止まったみたいに敵どもは身動きをしない。鋭く大きな剣も私を襲わない。


 鳥頭は女性タイプの化け物。剥き出しの乳房が豊か。

 そこを私は拳で貫き、更に体当たりで地に倒す。次の敵に向かうため、肘まで入った腕を引こうとする。


 灼熱。鳥頭の体内にめり込んだ腕が焼けた。

 生意気。魔力を放出して内部を破壊し、それから鳥頭の体を持ち上げる。そして、その醜悪な頭を床に叩き付ける。何回も繰り返す。気が済むまで。


 呻きも上げない相手を投げ捨てる。ああ、声を出さないのは、頭が砕け散らばっているのだから当然か。焼けただれた腕を魔法で回復。



 動く敵はあと1匹。獅子の頭を持つそれは黄金色に輝く鎧を身に付けていて、化け物のクセに王者の物真似事をしているのかと不快に感じる。

 得物も長くて煌びやかな装飾の入った槍。そんな槍を私に向けようと構え始めていました。

 なんて愚かなのでしょうか。私に勝てるとでも?


 即座に横に回り込んでいた私は、充分に力を込めた回し蹴りを炸裂させる。鋭く重い一撃は、まるでミーナちゃんが持つ大剣のように、相手の胴体を鎧ごと断ち切る。

 血は飛び散らないから、やっぱり魔族。



 倒し終えたことを確認して、私は口から大きく息を吐き出し体を鎮めます。

 いまだ3体とも身動きしません。



「えっ、なに……」


 あまりにの速攻だったので、ソニアちゃんは何が起きたのか戸惑っていました。

 状況把握に少し時間が掛かったみたいでしたが、しばらくして、


「メリナ! 復活する! 油断はダメ!」


 と、いつも冷静だったソニアちゃんが叫びます。


「大丈夫ですよ。ちゃんと魔力を貼り付けてます」


 そう言ってもソニアちゃんには理解できないかもしれませんね。

 魔剣は斬った箇所に魔力の膜を構成して、回復魔法で傷が癒えるのを邪魔します。その原理を応用し、身から溢れた私の魔力を敵の切り傷に固着させていたのです。

 魔剣は魔族を殺すために造られたもの。なので、あながち間違った方法ではないと思います。


 ショーメ先生なら不思議な技で爆死させるんでしょうが。



「剣王が生きてるか、診ましょうかね」


「そうだ。ゾル……」


 壁際の剣王に駆け寄るソニアちゃん。私はゆっくりと追い掛けます。

 残念ながら剣王は死んでいるでしょう。あれだけ深く体の中心を突かれたのです。しかも、相手の剣は魔剣だったみたいで、私の回復魔法が働いていません。傷口がパックリです。


 途中、落ちていた剣王の片腕を拾う。


「ゾル……私を守って戦ってくれた……」


 ソニアちゃんが悲哀に満ちた呟きをします。


「……私を守らなければ、もっと戦えたのに……」


「次はソニアちゃんも戦えるように鍛えようね」



 石壁に付いた剣王の血糊を見る。それから、死体の周囲に広がる血溜まりも。


 ん? 違和感を持つ。


「悔しい……。私はまた生き延びた。また、誰かを犠牲に生き残ってしまった」


「死んだのと生き残ったのとじゃ、生き残った方が強いんですよ。剣王もそう言うでしょう」


「ゾルは弱くない!」


 キッと私を睨んだソニアちゃんの眼は真っ赤で、涙もいっぱい流れていました。


「そうですね。じゃ、治療します」


「えっ……」


 壁に(もた)れた形で頭を下げる剣王の腹を見る。やはり傷口に対して出血が少ない。それに魔力の減少が少ない。何かの術で仮死状態を維持しているのか。

 魔剣による魔力の膜は確認されて、それを腹に両手を突っ込んで剥がしつつ、小まめに回復魔法。

 何回か繰り返すと、突然、血が吹き出してきて焦りましたが、心臓が動いている証拠でもあります。


 ソニアちゃんはその間、黙って見守っていました。


 最後に腕をくっ付けて出来上がり。


 剣王は動きませんが、顔色や体温は生きている人間のものです。大丈夫そうですね。サブリナに兄の死を告げるのは気まずいなぁと思っていただけに良かったです。



「メリナ、すごい……。本当に神様?」


「あはは、まさか。神は聖竜様だけだよ、ソニアちゃん。よく覚えておくように」


「……めちゃくちゃなメリナや竜の巫女が崇める聖竜。絶対ヤバイやつ。でも、うん、聖竜が神って覚えた」



 さて、背後で物音がしました。

 機先を制して、私は氷の槍を射出して、狙い通りに、倒れた頭から切断された胴まで横向きに貫通します。


 魔法を唱えようとしていたのでしょう。しかし、それによって集まっていた魔力は私の攻撃により霧散しました。



「やっぱり生きてた?」


「魔族はしぶといんだよね」


「復活するって私はメリナに言った」


 私は立ち上がり、剣王の血で汚れた手を魔法で出した水で洗いながら、次の戦闘の準備に入ります。



 転移。獅子頭の上半身が消える。

 魔力変動の場所は私達の上。逃げた訳ではないか。ヤツに刺さったままだった氷の槍が乾いた音を立てて落ちようとした時には、私は次の槍を用意していた。



「グアァーッ!!」


 獅子頭の悲鳴は鍛練場に響き、土煙が上がる。またもや串刺しの刑みたいに、新しい氷の槍に刺さったのです。

 


「転移は禁止。したら殺す。追い掛けて殺す。大人しくここにいろ」


 (ほう)けた様に口を開けている、一見は屍に見える獅子頭に私は冷たく言い放つ。でも、この状態でも生きているのが魔族です。私の声は届いていると思います。

 私の命令を無視して転移するなら利用価値のないヤツとして排除。逆に私の言うことを聞いてここに残るなら、それだけの知能と欲がある者と判断する。


「メリナ、私が止めを刺す」


 ソニアちゃんには無理だよーーって、ああ、剣王の魔剣を手にしているのか。確かに動かない今なら殺せるかもですね。

 んー、でも、ダメです。アデリーナ様風に言いますと、獅子頭はまだ生きる価値がある。



「そろそろ剣王が目覚める頃合いかな。何が起きたのかを聞きたいんだ」


「メリナのお陰でゾルは大丈夫。でも、こいつが復活したらーー」


 ソニアちゃんが喋っている最中に物音がします。方向からすると剣王。


「おい、ソニア。俺の剣を勝手に持つんじゃねーよ」


 やはり剣王が復活したのです。首をゴキゴキと左右に鳴らしながら歩んで来ます。剣士としては小柄ではありますが、日頃の鍛練の成果である立派な腹筋が服の破れ目から見えていました。喧嘩屋フローレンスにやられた時は下腹部がモロ見えの惨事でして、今回はそうじゃなくて良かったと、心から感謝します。



「マジかよ……。3体とも1人でやったのか……」


 地に伏せる異形の頭をした魔族どもを眺めてから、剣王は悔しそうな顔で呟きます。


「メリナは異常。瞬きしている間に終わってた」


 またまた。ソニアちゃんは大袈裟です。



「おい、メリナ。ソニアを安全なところに避難させろ」


「ゾル、私も戦う」


「足手まといだ」


「守ってくれなくていい」


「あん? ガキがごちゃごちゃ言うな。安心しろ。俺がお前の分まで戦ってやる」


「嫌。戦う」


 ソニアちゃんの戦闘意欲はミーナちゃんとは違う感じですね。言葉には表れていないけど、なんか義務感とか悲壮感とか、そんな物を表情や口調から感じ取ってしまいます。それが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。


「メリナ、説得してくれ」


「理由はともかく戦いたいと言っている人は戦うべきです」


「あ?」


「剣王、あなたも足手まといだから下がれと言われたら辛いでしょ?」


「……そうだが、ソニアはまだ伸びる。ここで無駄死にしなくても良いだろ」


「実戦は良い経験になります。私もソニアちゃんくらいの歳には森に入って魔物狩りをしたものです」


「それはルーさんが滅茶苦茶だからだ。修行じゃなくて悪意なき虐待だぞ」


 それ、お母さんに言ってみなさいよ。軟弱者とみなされて、半殺しの刑を5回くらい受けることになりますから。


「私はメリナみたいになる。だから戦う。私の死に場所は私が決める」


 ソニアちゃん、まだまだ子供なのになんて覚悟なのでしょう。大人びるにも程がありますよ。

 でも、幾ら言っても聞きはしないとはっきり分かります。


 剣王もそう思ったのでしょう。だからわざとらしく溜め息を吐いてから、ソニアちゃんの髪をくしゃと掴み「仕方ねーな。俺じゃ守れねーかもだからな。覚えとけよ」と彼は言うのでした。

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