駆けるメリナ
前線の混乱が後陣にも拡大して、大きく崩れるかに見えた敵軍勢ですが、風が吹くように黒い魔力が戦場を駆け抜けた途端、持ち直します。
武具を捨てて逃げていた方々が一転して、一斉にこちらを向き咆哮を上げ、私を圧し潰すのか如く迫って来たのです。
戦意高揚的な魔法ですかね。
なお、巫女長の精神魔法の犠牲になっている一部の方々は今でも嗚咽とともに自分の罪を告白していて戦闘から脱落したままです。
敵の術者より巫女長の方が魔法の技量に勝っているのだと思います。つまり、そんなに大した相手じゃない。
しかし、このまま何もしなければ、数の暴力で私が倒されますね。仕方御座いません。敵意を持つなら打ち倒すのみ。
私は願う。
“炎の雲。広範囲で。動けなくなるくらいの火力で大丈夫です”
ほぼ感覚で放つ無詠唱魔法でも良かったのですが、ちゃんと威力調整したいのでお願いしたのでした。
こないだのガランガドーさんのブレスの誤射で私は実感しました。たくさんの人を殺したら、他の人からの視線が居たたまれなくて、大変に気まずい思いをすると。
私は淑女ですから大虐殺人の謗りを受けるのは、大変に苦手なんですよね。
燃え盛る炎。苦しみ、暴れ、崩れる多くの人影。
三階建ての関所よりも高く上がり、また横にも視界いっぱいに広がっている火勢。
叫び声はやがて呻き声となり、そして消える。
……あれ? うーん、あれ?
動けなくなるくらいの火力って、生きてる前提だったんだけど。
ガランガドーさん、またやっちゃってるよ。
はい、認めましょう。ガランガドーさんは正真正銘の死を運ぶ者です。私、ドン引きです。
私が巫女見習いの時、火炎魔法を唱えて、聖竜様の首がゴロリと落ちた事件を思い出す惨状です。
うん、あの時も聖竜様は無事だったし、もしかしたら彼らも無傷ですよ。そうだったら良いな。人間って、そう簡単には死なないしね。
ちょっとだけ驚きましたが、気を取り直して、ベリンダ姉さんの関所へと足を速めます。
段々と近付く関所の門は固く閉じられていて、オロ部長が守っています。火勢はそこまで到達していないとはいえ、遠くに見える大火を気にすることなく敵兵が突入を試みる姿は、やはり何かに操られているように思います。でも、むやみやたらに突っ込むだけの彼らは、門前に鎮座するオロ部長に跳ね返されていました。
部長は物語に出てくる宝物を守る竜の如く、足はないけど一歩も退かないご様子です。
それにしても、結構な兵力ですね。
私が帝国の地を去ってからまだ10日も経っていないというのに、どこから湧いてきたのかと疑問に思うほどです。
……この兵力だとソニアちゃんの出身の何とかって街はもう潰されているんでしょうね。あそこの人達、料理をくれたりして優しかったのに。
さて、オロ部長は強い。囲まれても体全体を回転させての尾の一閃で、全員をすっ飛ばします。
また、弓兵から放たれる矢に対しても毒を吐き出すことで、溶かし尽くしていました。
その毒の塊が落下する度にジュッ、ジュっと音を立てて地面をも冒すものですから、そこを踏んだ者は歩行不可になったりして、相手の進軍を止める素晴らしい効果を上げています。
兵士を食い散らかさないのは、部長がまだ本気を出していないからかな。
帝国にも魔法部隊がいるようで後方から火球などを射ってきていましたが、それは不思議な力で掻き消されています。
なんだろうと思いますと、関所二階のテラスに立派な服を着たデュランの偉い人、通称ボーボーの人が魔法を使っていたのです。
彼、中々やりますね。飛んでくる攻撃魔法に対してアンチマジックを唱えて無効化しているのです。
ボーボーの人なのに、すごいです。後で褒めてやりましょう。
「オロ部長、助っ人に来ました!」
私が兵士を殴り飛ばしながら声を掛けると、部長は背後の関所を指差します。
行けと言うことなのか?
「大丈夫なんですか?」
部長は指で丸を作る。
「分かりました! まだまだ味方は来るので頑張ってください!」
部長は門番に徹するのでしょう。
私は背後のベリンダさんの関所の中に進むことにしました。
閉じられた鉄門。私の強打を以てすれば、抉じ開けることは可能です。しかし、それではオロ部長が守ってくれているのに申し訳ない気持ちになってしまいそうです。
と言うことで、私は両足に力を込め大きくジャンプしてボーボーの人が立つテラスへと降り立ちます。
「おぉ、メリナ様。思ったより、お早い到着ですな」
複数の防御魔法を同時に扱いながら、ボーボーの人が挨拶をしてきます。
「イルゼさんでさえ深い傷を負っていましたよ。事態は緊迫しているのでは?」
私の言葉にはトゲを含ませました。彼には焦りがなかったから。メリナ王国を認める訳ではありませんが、少なくともこいつが従える国民が傷付いているのを何だと思っているのか。
不遜です。お前はアントンの陰部を見て、汗をダラダラ掻いていたくらいの小心者であったのですよ。可愛げをお忘れのようですね。
「私、ヨゼフ・カザリン・デホーナーはメリナ様の到着を確信しておりました。王国の窮地に必ず来る。我らが信じた神であるなら、それは当然でありましょう。そして、本日は新たに聖書に刻まれる一節になるのです」
話が通じないなぁ。もう良いです。知りたいことを訊きましょう。
「王国、あー、メリナ王国じゃないですよ。ブラナン王国側からの奇襲があったと聞いています。ここは無事なのですか? あと、ソニアちゃんの居所も知りたいです」
「敵兵はこの仮御所内に侵入しております。しかし、御子様は天使様が護衛しておりますのでご無事でしょう。いやはや、私が無事なのもお強い天使様のお蔭で御座いましょうな」
天使は剣王だな。あいつならば、多少は敵の攻勢を削いでいるかもしれない。
「分かりました。それから、ボーボーの人」
「名乗ったばかりなのですが、メリナ様は名を覚えてくれませぬな」
「お前、マイアさんに叡知を植え付けられたはずですが、昔より頭が悪くなってますよ。気を付けなさい」
「……手厳しい言葉を頂きましたかな。私にどうしろと?」
「自分で考えなさい。今後も調子に乗るなら破門の上で命を奪う。害悪になりそうですので」
冷たく言い放ち、私はガラス付きの扉から建物の中へと入ります。
そこのは武装した女性が2人。テラスに入る敵を警戒していたのでしょう。
「メリナ様!」
一人はベリンダさんですね。声で分かりました。お元気そうで何より。
「まぁ、天を従える絶対神メリナ様。私ですわ、私。レイラで御座います」
あー、もう一人はお前か。イルゼさんとともにメリナ正教会を作り上げた元凶。聖女決定戦の頃は、こんなヤバいヤツだったなんて思ってませんでしたよ。
「急いでいるので、後で!」
私は一気に駆けます。
魔力感知を用いて、剣王とソニアちゃんを探索。
居たっ! 一階の離れ! 生きてる!
ここに滞在していた時に、ソニアちゃんと稽古をしていた鍛練場か!!
黒い魔力! 魔族っぽいのも3匹くらい居る!!
急ブレーキから床に向かって拳を全力で叩き付ける。粉塵が立ち登る中、出来た大穴に身を投げ入れて、一気にショートカット。
そこから、一直線に2人の救出へ向かいます。
途中に出会った何人かの兵を一撃で伸し、走る勢いも合わせて鍛練場の扉を蹴破って突入します。
土の上をズサーッと滑りながら、私は叫びます。
「待たせましたね!」
「メリナっ!!」
ソニアちゃんの声が天井や壁に跳ね返って響きます。
その直後、片腕で血塗れになった剣王の胸に魔族の大剣が差し込まれました。
牛の頭をした大柄な魔族が乱暴にその剣を振るものですから、力を失った剣王は宙を舞って壁に叩き付けられました。傷口を確認するように剣を放した腕が動いたから、即死ではないか。
私は回復魔法を唱えます。でも、無駄でしょうね。魔剣で刺されたのでしょうから。
それよりも敵。私は体内の魔力を最大出力にして、本気で相手を殺しに掛かるつもりです。
(資格試験のため3/21まで休載します。すみません)




