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今の日記

 巫女長の謝罪の文は不幸の手紙、報復宣告と呼んだ方が良い内容でした。

 日記帳に貼り付けた後、確認のために読んだら身震いしました。


 巫女長就任の辞任って言いながら、20年は続ける気じゃないですか。

 大体、部長をすっ飛ばしてヒラの私やアデリーナ様が巫女長? そんなの誰も認めないでしょ。


 幸いなことにアデリーナ様はこれを読んでおりません。押し付けて、20年もの長きに渡る懲役刑はアデリーナ様に受けて頂きましょう。


 さて、えーと、今日は何か用事あったかな。ガランガドーさんを引っ張り出すくらいか。

 料理人フローレンスの成れの果てについてはルッカさんの報告待ちですしね。

 うん、今日はのんびりデーですかね。



 食堂へと向かい朝食を取っておりますと、そこにはアデリーナ様がいらっしゃいました。最悪です。


「いつも暇にし過ぎてませんか、アデリーナ様? この国は大丈夫なのでしょうか」


「巫女長からの手紙を確認しておりませんので。昨日は、どうでも良い神殿の細かい歴史のレクチャーまで受けさせられて疲れました」


「へぇ。アデリーナ様は気に入られているんですね。さっすが!」


 懲役刑が執行されているのですね。

 巫女長は動きが早い。



「こちらからは余り近付きたいと思わない方なのですがね、巫女長は。で、メリナさん、早く持ってきなさい」


 仕方ない。隠し通せるものではありませんものね。


「爺、すみませんが、私の日記帳を持ってきて頂けませんか」


 ベセリン爺に依頼します。


「お嬢様、畏まりました」


「何故に観察日記を?」


「昨日分として糊付けしました」


「……手紙を日記帳に貼るって斬新で御座いますね」


「えぇ、書いて貰う手間が省けて楽なんですよ。褒めて頂き有り難う御座います」


「申し訳ありません、メリナさん。褒めた様に聞こえたなら、頭が腐っておりますよ」


 

 静かに食堂の扉が開き、ベセリンが一礼して恭しく私の日記帳を持ってきて差し出します。


「いつもありがとう、爺」


「こちらこそ、お嬢様に再びお仕えできる喜びを感謝しております」


 まぁ、お手本のような主従愛ですね。気持ちの良い会話です。


「では、観察日記の確認も同時に行いましょう」


 何故かアデリーナ様が日記帳を受け取ります。こいつ、ダメですね。



◯メリナ観察日記21(オズワルド)

・若い

・美人

・巨乳

・優しい



「何で御座いますか、これ?」


「オズワルドさんの理想のお嫁さんです」


「ふーん。胸以外は私も当て填まりそうです」


「…………」


「どうしましたか?」


「正直に申しますと、アデリーナ様の強気な発言が居たたまれなくて……」


「強気も何も真実で御座いましょう?」


「初っ端にアデリーナ様が登場したんですよね。オズワルドさん、『ひっ!』って心臓を握り潰されたみたいな声を出してましたよ」


「私の高貴さに押し負けたのでしょう」


「そういうことにしておいて上げます。私、優しいですから」



◯メリナ観察日記22(旋風のミーナ)


 めりなおねえちやんわつよいいちばんつよいおとなになつたらわたしもおねえちやんみたいないちばんになりたいまたたたかつてねめりなおねえちやんつぎはまけないぜつたいまけないからよろしく



「あら? ミーナさん、もう少しお勉強が必要で御座いますね」


「そうですね。良い教師を紹介して上げてはどうですか?」


「ふむ。メリナさんにしては良い提案です。考えておきましょう」


「適した人に思い当たりありますか?」


「私で良いでしょう」


「はぁ? ミーナちゃんはマイアさんに戦闘についてばかり教えられていたんですよ。その上に、性格まで殺戮マシーンにしたら、魔王が誕生します!」


「失礼な。世界で一番魔王っぽいのは、今、私の目の前に居ますし」


「ふん、聖女であった私に何て単語を浴びせるのですか。神聖メリナ王国の方々が聞いたら八つ裂きにされますよ!」


「邪神を身に宿していたことをお忘れなく。八つ裂きにされるのは貴女でしたのですよ、メリナさん」


「ぐむむむ……。あいつ、まだ、私の中にいたんですよね……。あっ、そういや、オズワルドさん、元気にしてます? 今日もお姿を見ませんでした」


「話題に繋がりが無さすぎて、少し戸惑いました。オズワルドはノノン村近くの森に向かいました。あの片腕の獣人も同行しています」


「新婚旅行ですか? 楽しそうですね」


「本人に言ってやりなさい。悲壮な顔をしていましたから」


「そう言う顔にさせた張本人からお伝えください」


「今回はヤツもそれなりに良い仕事をするのではなかろうかと期待しております」


「いや、だから、そういうのを直接、本人に言ってやってくださいよ」



○メリナ観察日記23(サブリナ・マーズ)


 メリナに虎球魚を差し上げました。

 速効性を考えると附子が好ましいのですが、苦味が強いことと加熱により効果が低下することを考慮すると、あまり今回の使用に適しません。

 量によっては味に影響のある砒霜や雌黄も、そもそもの料理が美味しくなくなってしまうかもと思い、避けました。企みが失敗した時でも、メリナには料理の美味しさで勝って欲しいからです。

 鉛糖は甘いですが、慢性症状を狙うものですし、やはり今回の選択は最良かと思います。

 頑張って、メリナ。どう調理しても逝けるから。



「薬師処からサブリナを巫女に招いてはどうかと提案が御座いました」


「それ、巫女って言うか毒薬のエキスパートを増やしたいだけですよね」


「メリナさんはどう思います?」


「良いと思いますよ。私の友人だし。でも、聖竜様の声が聞こえないと巫女にはなれませんよね」


「あー、それは大丈夫で御座います。聞こえなくても聞こえるって言ってれば、誰も否定しません。実際に聞こえるのは巫女の中でも数人ですからね」


「酷い採用条件ですね。ザルにも程がある」


「それは兎も角、メリナさんの知人であるサブリナが新人寮に入ると、イジメが発生するかもしれませんね」


「……それはまずいですね」


「えぇ」


「サブリナはあー見えて過激派テロリストです。見習いから巫女になるのに邪魔になると判断したら、苛めた人間が次々と毒薬で倒れていきますよ」


「えぇ。『どう調理しても逝けるから』ってお書きになる人ですものね」



◯メリナ観察日記24(エナリース・ノーゼルバルク)


 親愛なるメリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロ様

 いつになく晴れ渡る日々が続くナーシェルの空を眺めております。いつか燦然と輝く貴女が竜を伴って訪問されるのではと期待しているのです。

 時間が経つのは早く、貴女が卒業されてから早1年。貴女という太陽が居なくなった学院は、あの半年間が夢だったかのように、静まり返っております。

 遥か遠いシャールの街は湖の美しい土地と耳にしております。貴女を映す水面はさぞかし神秘的なのでしょう。可能ならば、私もその傍らで高貴なお姿を拝見したいものです。

 さて、堅い挨拶はここまで。

 メリナ、聞いてよ。貴女が去ってから学院は恋愛ブーム。私は後ろで太鼓を叩いていただけだから分からないけど、前線にいた人達は命の切なさと大切さを知ったのかな。皆、愛に目覚めたみたいなの。すごいわ。私の胸もキュンキュンって言うのかな? 見てるだけでドキドキしちゃう。

 アンリファもラインカウ様の熱烈なアタックに根負けして、婚約者になったのよ。未来の公爵夫人様よ。偉い人になるのよ。アンリファが。私、自慢の親友だわ。でも、私だって、マールデルグ様と進展して結婚式を挙げちゃった。えへへ。

 サブリナも同郷のトッド様と良い感じだって聞いてるわ。もう、ベッドインしてるの!!って嘘だよ。

 サルヴァ殿下の婚約はメリナも知ってるわよね。

 で、本題。サルヴァ殿下、ラインカウ様、トッド様とあと、オリアス殿下を入れて、ナーシェル貴族学院のイケテル男軍団なのよ。

 でも、オリアス殿下だけ相手がいないの。

 メリナはどうかな? きっとうまく行くと思うのよ。本当に絶対。

 ほら、メリナは少しだけ、ほんの少しだけ頭が弱いかもじゃない? オリアス殿下は賢いけど固いでしょ。合わさったら、すっごく良い感じになるんざゃないかなぁ。

 じゃあ、またね、メリナ。いつか、またお茶しようね。



「長いですわね」


「はい。エナリース先輩の思いの丈が溢れたのでしょう」


「メリナさんが頭が弱いって、書かれてますよ」


「あいつ、頭が悪いから勘違いしてるんです」


「類友ってヤツですか?」


「は?」


「ほら、メリナさんも聖竜様に恋い焦がれてますでしょう。愛という名の生殖本能に飢えている類友で御座いますね」



○メリナ観察日記25(フローレンス巫女長)


 簡潔に言うと、ごめんなさい。

 私、巫女長失格ね。だから、辞めて若い方に譲ろうと思うの。アデリーナさん、どうかしら?

 メリナさんでも良いわよ。大丈夫。私が手取り足取り、巫女長とはなんぞやをばっちり教えてあげるから。20年くらい掛けてみっちり。頑張りましょうね。



「これか……」


「アデリーナ様、陰ながら応援しております」


「20年って巫女長は寿命でしょうに」


「生きる気満々ですね。怖いです」


「メリナさんを巫女長とか混乱の極みですが、私が就任するのも良いことではないでしょう。代々神殿長となるシャール伯爵の血筋、アシュリンやシェラが好ましいと進言しておきましょう」



 さて、柔らかな香りが漂うお茶を飲み終わり、私はアデリーナ様をお見送りしようとしました。


「何をしておるのですか、メリナさん? 貴女も竜の巫女なのですから、記憶が戻ったなら神殿にお勤めの時間ですよ」


「後で行きますので」


 気が焦ったのでしょう。良い言い訳が口から出てきませんでした。


「何を気にしているのです。一緒に行きましょう」


 ……こいつ。


「いえ。女王様と同じ道を歩くなんて畏れ多いのでご容赦ください。私は裏庭から出ますので」


「うふふ。メリナさん、遠慮なさらず一緒に参りましょう」



 ここでがチャリとドアが開きました。魔力感知で予測がついていましたが、やはり、ここを目指していたか。


「あらあら、アデリーナさん。迎えに来ましたよ」


 巫女長です。アデリーナ様も分かっていたことでしょう。だから私を道連れにしようとしたのです。

 私は嫌ですよ。


「それでは、アデリーナ様。お勉強、熱心になさいませ」


 そそくさと立ち上がり、食堂の奥キッチンを通って外へと行く作戦です。

 なのに、アデリーナ様が強く私の腕を握り引き留めます。


「逃がしません」


「そうよ、メリナさん。貴女も一緒に勉強しましょうね」


 巫女長からの死刑宣告が聞こえ、私は覚悟を決めたのでした。逃げたらもっと酷くなると知っているからです。

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