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コリーが知っているメリナ

 私が宿泊場にしているシャールの街壁までやって来て、ようやくお母様は体を動かし始めます。もうすっかり太陽が明るくなっている時間でして、朝から並んでいるはずの商人さんや農家さんの列は解消されていました。



「おはよ――あーっ!! 私の王子様は!?」


 あー、解放してしまいました。


「うるさい。王子じゃないし」


 ソニアちゃんは辛辣ですねぇ。


「ところで、お母様、魔物は無事に狩り終わりましたよ。時間がありませんので、私が買い取って、後で街のお店に売っておきますね」


「まぁ! ありがとう!! こんなにお金が貰えるの!? うっひゃー、嬉しーい!!」


 ……私の手持ちの銅貨の半分ですが、どうにか喜んでくれました。でも、私の占い師としての実績になったと思います。そう信じたい。



「ソニアちゃんもお元気で。もっと言葉遣いを学びなさいね」


「余計なお世話。でも、世話になった。……ありがとう……」


 最後の「ありがとう」は照れた感じでして、クソガキだと思っていましたが、私はほんわかしました。



 2人は門番さんに話し掛け、そのまま街の中へと入って行きます。私は見送ってあげました。

 そして、彼女らに入れ替わるかのように、赤毛のコリーさんがこちらへ歩いて来ます。



「馬車を手配されたのですか?」


「えぇ。運良く盗賊の人に出会って、快く譲って頂きました」


「そうでしたか……そんな稀有な事もあるのですね。…………すみません。メリナ様の人徳を信じたいところでしたが、無理でした。強奪しましたね? それよりも、荷台に乗っている大量のゴブリンの死骸は?」


「今回の狩りの獲物です。お幾らくらいになりますか?」


「誰も買いませんから捨ててきた方が宜しいかと」


 っ!?


「だ、誰も買わないんですか! どうして!?」


 そうだと思ってはいましたよ! 私だって、こんな美味しくもない魔物なんて要りませんもの! でも、何かに、何かには利用できるんじゃないですか! じゃないと、本当に昨日の狩りが無駄に終わるじゃないですか!


「肌の色は違いますが、ほぼ人間ですからね。それを加工するのはちょっと気が引けるからではないかと思います」


 ……くぅ……。普通に真っ当な回答してきやがりました。

 大損ですよ。私、お母様に銅貨を半分くらいあげたんですよ……。


 はぁ、分かりました。私には占い師の才能は御座いません。諦めます。転職します。



 手を洗い、木陰で服を着替えてから、私はベッドで不貞寝です。一昨日の残りのパンをモグモグしながら、夢の世界へと入ります。おやすみなさい。


 ゴブリンの始末はコリーさんが買って出てくれたので、喜んでお願いしました。あの人、偉そうな服装なのに腰が低くて、私は好きです。



 とは言え、少ししか眠れませんでした。

 眩しいのと暑いのとで寝苦しかったのです。


 あー、日除けが欲しい。

 コリーさん、気を利かせて準備してくれないかなぁ。



 そんな願いが天に届いたのでしょうか。

 用事を終えたコリーさんが馬車で戻ってくるのが音で分かりました。

 私は上半身を起こして出迎えました。



「メリナ様、記憶はまだお戻りになられないのですか?」


 彼女、手ぶらでした。ゴブリンの死骸をどこかに捨てに行っただけです。無能です。何故に私の悩みを察することができないのか。


「えぇ。微かにも戻る気配がないです。コリーさんは前の私を知っている感じですね。少し教えて貰えませんか? 私がどんな淑女だったかを」


「はい。畏まりました」



 コリーさんは直立不動のまま、話そうとします。対して、私はベッドで上半身を起こしている状態。

 流石に私の態度が悪すぎるので、コリーさんを促して、私のベッドに座って貰いました。もちろん、私もその横に座ります。



「メリナ様は私の上司でした」


「えっ、そうだったんですか?」


「はい。メリナ様の領地であるラッセンの街に派遣され、私はその領地管理を代理で行っておりました。アントン様は覚えておられませんか? アントン様と私に委任されていたのですが……」


「いえ、全く」


 私が任せる程の人なのですから、そのアントンという方も優れた人格者だというのは間違いないでしょう。



 ……しかし! 私は騙されませんよ!

 私が村を出たのは15歳。アデリーナ様によると、それから2年近くが経っているとのことです。

 なのに、その短期間で只の村人であった私が領地を持っているだなんて、そんな出任せを信じるはずがないのです!!


「でも、私が領地をねぇ。どうして、そんな街を私が貰えたのですか?」


「やはり女王の信任が厚いからでしょう。それに……前王を殺した功績が――」


 ちょっと待ちなさい。私、先代の王様を殺しているのですか!?

 おかしいでしょ!

 下手しなくても大犯罪者じゃないですか!! それが本当なら、きっと今でも前の王に仕えていた方々に恨まれまくってますよ!!


「へぇ……面白い話ですね」


「そうですね。私も自分で説明しながら信じられない思いです」


 ふん。私を騙そうとしていますね。今のも共感して私を信じ込まそうとしている演技です。きっとそうです。


 狙いは何だ?

 私の大切な何かを奪おうとしているのか?

 ……尋ねてみるか。



「すっごいお金持ちだったんですね、私。ところで、私は何を一番大事にしていましたか? これだけは他人に譲れないとか、そんなヤツ」


「そうですね……。やはり聖竜様に関する事でしょうか」


 あぁ、私は竜の巫女だったみたいですからね。その情報はコリーも知っていて、無難な答えを選んできたか。


「何せ人間の身でありながら、聖竜様と結婚したいと申されたのですよ」


 ……まぁ、熱心な信徒なら、そんなことを口にするのも異常ではないでしょう。少し妙なことだとは思いますが。


「へぇ」


「本当にお忘れなのですね。メリナ様は聖竜様と結婚するために、竜化魔法を覚えようと努力され、更には聖竜様には雄化魔法を習得するようにお願いされたと聞いているのですが」


 …………ん? すごく複雑ですね。

 よく考えましょう。私が竜化魔法は、うん、分かりました。相手が竜だから、そうした訳ですね。

 で、聖竜様には雄化魔法? つまり、今の聖竜様は雌で御座いましたか……。

 えっ、雌なんですか。聖竜様、意外です……。


 ……信じられません!! だって、夢の中では野太い声で男らしい口調で私に語り掛けてくれていたんですよ! 幼いながら、淡い恋心さえありました!!


 ハッ! これが、もしや、コリーの狙いか!?


 聖竜様を私から遠ざけるべく、こんな大嘘をほざいたのですね! 巫女を辞めたとは言え、聖竜様をお慕いしていることには変わりがないのに! むしろ、お慕いしているからこそ、未熟さを恥じて自分で身を引いたのですよ!



 ふん。このメリナを見くびってもらっては困ります。お前の魂胆は完全に見抜きました!


 くくく、その策に乗せられたよう、逆に演技してやりましょう。



「なるほど。流石は私です。合理的な判断をしていますね」


「……そこはお変わりないようで安心……して良いのでしょうか」


 ふん。澄まし顔で何を考えているのか分からないですね。



「ありがとうございます、コリーさん。他に私に関することを教えてください」


「はい。一番最初に伝えるべきだったのかもしれませんが、身分差の愛に悩む私を察したのか、メリナ様は『蛾はどうやって蝶になれるのか』という課題を私にお出しになられました」


 ?

 蝶にはなれないでしょ。蛾は蛾ですよ。蛾として生まれたなら、永遠に蛾のままです。


「蝶になりたいと思う気持ちこそが、蛾である証拠なのですよね。蛾であろうと蝶であろうと私は私。自然体で受け入れることが大切なのだと学ばせて頂きました」


 ……意味不明なので、とりあえず静かに頷きました。コリーさん、満足そうなお顔です。


○お仕事手帳 占い師

 不思議な力や勘を駆使して、相談者の運命や悩みごとの解決に携わります。私が占った方も一人、お金持ちになったと喜んでくれまして、仕事冥利に尽きます。

 でも、あまり儲かりませんでした。むしろ赤字です。


 今、思えば、唐突に物を売り付けようとしたのが失敗だったかな。もっと不安感を植え付けてから提案すれば良かったと反省しています。

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