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昔の日記

 ガランガドーのヤツめ、また反応しなくなりました。あれか? 何度目か忘れましたが、誰かに負けて異空間に引き込もっているのか?

 引き摺り出してくれるわ。


 と、決意したところでドアがノックされます。魔物駆除殲滅部を訪問する人は珍しい。

 一番扉に近かったアシュリンさんが応対するために立ち上がります。


 そして、私とアデリーナ様はフロンの後ろへ。何故なら薄い木の板を挟んで向こうにいるのは巫女長だから。魔力感知、便利です。


「メリナさん」


「お任せください」


 身を捻ろうとしたフロンの背中に指の第2関節まで刺し、ヤツの中の黒い魔力を私の方へと手繰り寄せる気持ちで操る。

 痺れて細かく震えるフロンが段々と小さくなって黒猫へと姿を変えます。


 以前にもこれを行なってフロンを猫に簡単に戻せたと喜んでいたのですが、ヤツの魔族たる黒い魔力を私の体の中に混ざるのが気持ち悪くて、何となく実行していなかったのです。


 しかし、今は背に腹は変えられない状況です。


 黒猫ふーみゃんの優れた耐魔法性能を持つ毛が必要なのです。それが巫女長の精神魔法から身を守る唯一の方法なのです。



「あらあら、アシュリンさん、ありがとうね。それから、アデリーナさん、メリナさん。ごめんなさいね。びっくりさせちゃって」


 アシュリンさんが開けた扉から飼育係フローレンスがその老けた顔を覗かせて、私達に挨拶をしてきました。


「ふーみゃんもお久しぶりね。食べないから安心してね」


 獣人でさえ調理していた料理人フローレンスを意識したブラックジョークでしょうか。

 油断できませんね。



「中に入りますね」


「汚い所で申し訳ありませんが、どうぞ」


 何故かアデリーナ様がそう答えました。

 ここは魔物駆除殲滅部の小屋で、こいつは部外者ですし、ここのお掃除はほとんど私が担当しているのに!


「それじゃ、失礼しますね」


「ハッ! 案内します!」


 スッと背筋を伸ばしたまでで、案内すると言ったのに直立不動のアシュリンさんの前を豪華な巫女服姿の巫女長が通ります。

 そして、ゆっくりと椅子に座る。



「ご苦労を掛けたわね。全部、分かってるわ」


「難しい話は後にしましょう。お茶をお入れ致します。特製の食器を持ってきますので、メリナさん、その間は巫女長とご歓談を」


 お前、ふーみゃんを持って逃げる気でしょ。知ってます。


「いえ、大丈夫です。アシュリンさん、お茶を淹れて下さい」


「あ? 上司にさせることかっ! バカ者!」


「はい。そうでしたね。畏まりました」


 くくく、読み通り。アシュリンさんの返答は予想されたものでした。私は笑顔で棚から食器を取り、茶っぱをポットに放り込みます。

 半立ちだったアデリーナ様は悔しそうな顔を少ししてから、大人しく席に着きます。


 テーブルの2人の動きを横目で確認しながら、私は魔法で出した水をポットに入れ、そこに火炎魔法を弱火でぶちこみます。


 はい、お茶の出来上がり。

 ……はっ! 「最上級の茶っぱを取りに帰ります」って、街の反対側の宿に向かえば良かった!!

 大失敗です!!


 巫女長が不気味で、その緊張で震える手でカップをテーブルに置き、私も着席します。アシュリンさんの分も淹れたのに、ヤツは立ったまま座らない。

 扉の前にいるから邪魔なんですよ、あいつ。まるで私の逃亡を防ぐつもりなのかと思ってしまいます。



「メリナさん、ゆったりして。本当に大丈夫ですよ。今の私はスッキリしていますから」


 あれだけ大暴れすれば、そうでしょうよ。


「巫女長の回復は大変に喜ばしい話で御座います。メリナさん、お祝いに何か余興をなさい」


 ムチャ振りです。

 ……アデリーナ様、もしかして私に巫女長を暗殺しろって言ってます? 適当にダンスを舞って、隙を突いて、巫女長の頭部を破壊しろとか? 私、頑張ります?


「これをどうぞ。謝罪のお手紙です。それから、こちらはお詫びの品。たぶん、この本を欲しがる人がいるから、2人にあげるわ」


 何それ? その欲しがる人に上げてください。中身次第では余計なトラブルに巻き込まれそうです。


「大切なもので御座いましょう。気持ちだけお受け取り致します」


 私と同じく、その古めかしい装飾の書籍を怪しく思ったであろうアデリーナ様は丁重にお断り致しました。


「いいの。私は老い先短い身なのですから」


 巫女長は優しい目でそう言います。

 思い出します。私が見習いになりたての頃、心から尊敬していた巫女長の雰囲気です。


「うふふ、メリナさん。ごめんなさい。そして、ありがとう。お仕事を強制したり、遠く帝国の地で勝負をしたり、酷い味付けの聖竜様の鱗を食べたり、ガランガドーさんの体を磨いたり。私、もうやりたいことはやり尽くしたかしら」


「……もしかして、消えた分裂体の記憶を共有しているのですか?」


「そうね。お仕事しなさいとか、最強になりたいとか、竜を食べたいとか、もう言わないわ」


 全部の記憶を維持しているのか……? 怖い。


「巫女長が元に戻られた件、アデリーナは大変に喜ばしく感じております。早速、聖竜様に感謝の祈りを本殿で捧げたく、名残惜しいのでは御座いますが、ここで退席させて頂きます」


 アデリーナ様が私を犠牲に逃亡しようとします。


「まぁ、アデリーナさん。大変に結構なことね。私もご一緒するわ。それでは、メリナさん、またお話ししましょう」


「はい! 楽しみにしてます!」


 表情を変えなかったアデリーナ様は流石です。反対に私はニコニコですよ、ニコニコ。気持ちが素直に現れてます。



 さて、今日の用事は終わりましたので、巫女長のお詫びの品とかいう古い本を持って宿へと帰りました。観察日記も巫女長の手紙を貼りましたので、本日の業務は終わりです。


 うふふ、今日は聖竜様とお会いしました。夢の中でもお顔を拝見できるかな。


 夕食も頂き、早々でベッドに潜り込んでゴロゴロタイム。


 巫女長から貰った古い本でも読んでみるか。「読んでないの、メリナさん? それは良くないわ。罰を与えましょうね」とか理不尽なトラブルに巻き込まれるかもしれませんし。



 紙から微量の魔力を感じるのも怪しいですが、デュランの書庫で読んだ書籍にも同じような魔法が施してありました。紙が破れたりしないようにという意図の保存魔法でしょう。


 開けます。

 むっ、古語ですね。

 ちょこざいな。お父さんに教わっていたから、私はちゃんと読めますよ。



○1日目

 聖竜スードワットの声に(いざな)われた竜の巫女が地下迷宮に挑むという。彼女を慕う私達は、断られるも強引にお供することにした。総勢10名もの経験豊富な猛者である。数日で余裕をもって踏破するであろう。


 日記? いや、冒険記録でしょうか。



○3日目

 広い。マッピングの紙が足りなくなった。誤算だ。


 うふふ、私、地図作りは得意ですよ。いやー、仲間に私が居たらこんな事を書かなくても良かったのにね。



○5日目

 食料が尽きる。

 帰り道も分からない。イラつきが元となって、喧嘩が激しい。

 しかし、ロルカがいつも通りの調子の陽気さで、ロルカの存在が我々の救いだ。


 ロルカ? うん、誰だっけ? この人が竜の巫女っぽいけど。



○7日目

 魔獣の血は却って喉が焼ける。

 そう忠告したのに、テデスとユアンクスは我慢できなかった。動けなくなった為、脱落。真水を求めて湿った床を舐め続ける姿が哀れだった。

 獣がいるからにはどこかに水場があるはず。希望は捨てない。

 ロルカも健気に笑顔を振りまいている。


 字が震えていて、この人も限界が近付いていますね。



○9日目

 岩を舐める。俺も狂い始めた。

 この状況でも平静を保つロルカは本当に偉大だ。水を隠し持っているのか。いや、そんな事はない。


 よくよく考えたら、水魔法使いとかマジックバッグとか、対策を怠ったのが原因ですね。この人は地下迷宮の恐ろしさも舐めてたのですよ。



○11日目

 ロルカの他は俺しか生き残っていない。

 もう動けない。


 遺品とかだと嫌だな、この日記。



○13日目

 気付けば、目の前に白い竜がいた。聖竜スードワットだ。

 ロルカが俺を背負って進んだのだろうか。

 ロルカと聖竜の会話が聞こえる。

 「死ねないの、私。辛い」「私もだよ。うん、でも、死ぬのはいやだよね。痛そうだし」聖竜の答えにロルカは笑った。子供っぽい可愛らしい笑い声で、俺は彼女が本心で笑ったと感じた。


 あー、思い出した。ロルカはルッカさんの昔の名前だ!



○15日目

 1日休憩した後、俺とロルカは地上に転送された。ロルカは死ねないと言っていた。魔族なのだろうか。王家に迎えて良いのか。

 いや、関係ないな。俺は国よりもロルカを愛している。国を捨てよう。

 なお、迷宮に挑戦した仲間達は生きていた。意識を失った後、気付けば地上に戻っていたらしい。聖竜の奇跡を知る。


 王家だと!? あっ……これ、ルッカさんの旦那さんの日記か!? 巫女長が言っていた欲しがる人ってのはルッカさん! 取引道具に使えってことなのですか、巫女長!?



 ハッ! ルッカさんは、聖竜様と初めてお会いした後、日を置かずに、フォビとかいう生意気なヤツと出会ったって言ってました。この日記にその記述はないでしょうか。

 敵の情報を何でも良いから知りたい。



 私はパラパラとページを繰り、そいつが出てくる所を探す。



○迷宮を出て22日目


 ベッドで寝ていた俺達の前に突然、男が現れる。切り殺そうとしたが敵わず。俺の魔剣が指先で止められた。

 ロルカも魔法で応戦したが、信じられないことに発動をキャンセルされた。あのロルカの精霊語ベースの魔法が。

 男は現れた時と同じく突然に消え去った。

 敵なのか? それにしては馴れ馴れしい態度で、俺達に対する害意は感じられなかった。


 ……なるほど。魔法のキャンセルか。

 中々に手強そうですね。腕が鳴ります。

○メリナ観察日記


 簡潔に言うと、ごめんなさい。

 私、巫女長失格ね。だから、辞めて若い方に譲ろうと思うの。アデリーナさん、どうかしら?

 メリナさんでも良いわよ。大丈夫。私が手取り足取り、巫女長とはなんぞやをばっちり教えてあげるから。20年くらい掛けてみっちり。頑張りましょうね。

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