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死相と反省

 緑の平原。

 始まりはアシュリンさんと同じでした。

 映像の中では、短い草を踏み締めて立つ私が拳を前に出して構えていました。

 戦闘訓練でしたので、フロンは相手役である私を注視していたのでしょう。


「メリナっ! 気合いを入れろっ!!」


 視点はそのままに、アシュリンの声が飛びます。


「ふん、どこからでも掛かってきなさい。地べたに這いつくばる貴女方の姿が目に浮かびます」


 堂々とした私を見詰めながら、フロンが思います。


『へぇ、えー胸しだしたやん』



 私は即座にストップをお願いしましたが、アデリーナ様も同感だったようです。

 真剣な眼差しで敵に対する私の画像で止まります。


「フロン、おまっ! 何ですか、今の!?」


「ちょっ。マジで本当の心の声が入るなんて知らなかったんだって」


「本当の心の声って言うな! 戦慄ですっ!」


 私は全力で抗議して、それから、椅子をずらして隣のフロンから離れます。


「メリナを倒すならば、精神への攻撃だからなっ! フロン、次はちゃんと声に出すが良い」


 私の気持ちも考えずに、アシュリンさんが不愉快なアドバイスを告げました。


「嫌よ。化け物に色目なんて、気持ち悪い」


「お前、それは私のセリフっ! 今まで、そんな目で見られていたなんて信じられないです!」


「……メリナさん、我慢しなさい。あの可愛らしいふーみゃんの心の声だと思えば、耐えがたきも耐えられましょう」


 当事者になってみてください、アデリーナ様!

 いや、いつもは当事者か……。なんて精神力……。


「堪え忍んだ先に何も得るものがないです! こいつはふーみゃんじゃないですもん!」


 しかし、私の抵抗むなしく、アデリーナ様は映像を再開しました。



「早く来てください。欠伸が出そうです」


 何も知らない私が挑発する。体の中から外へ黒っぽいモヤモヤが出ています。私の魔力をフロンは可視化できているのでしょう。


「間抜けな面をして、何をほざくかっ!」


 アシュリンさんが突撃。

 こちらも黄色い魔力を身に纏っています。

 戦闘に入ったフロンの眼は、常に魔力が捉えられているのかもしれません。


 草木の色も先程とは少し違うものとなっていました。


『おっ、アシュリンのうなじ、赤いマークあるやん。お盛んですなー』



「止めろっ!!」


 突然、アシュリンさんが激昂しました。

 そして、フロンを睨み付けます。

 アデリーナ様が映像をストップしたので、背中を見せるアシュリンさんの首から上が大きく映し出されています。


「アシュリンさん、どうしました? 蚊に食われているのが恥ずかしいんですか?」


 何となくフロンが低劣な言葉を吐いたのだとは感じております。


「……ふ、ふむ、そうだなっ! そうだ、蚊だっ!!」


 アシュリンさんは振りかぶった腕を静かに収めました。この人もストレス溜まっているのかな。急に怒り出すからビックリしましたよ。


「そういうことにしといてやるから」


 対して、フロンは余裕の表情でした。明らかに弱みを握ったと言わんばかりの顔です。


「ところで、フロン。この心の声は冒険者ギルド長のガインみたいで不快なので御座いますが、何故、こんな話し方を?」


 アデリーナ様が不快と言ったのが、言葉の訛りなのか、ガインさん自身のことなのかは分かりませんでした。


「アディちゃん、よく聞いてくれたね。遂に人間の私に興味を持ってくれた? そうなのよ。昔、住んでたとこの言葉なの。まだ心の中はあの言葉なんだ。でも、細かく言えば、ガインとは少し系統が違う言葉なんだよ」


「猫でないお前に興味は御座いません。疑問を口にしたまでで御座います」


 氷の女王とも陰口を叩かれているアデリーナ、大変に冷たい。



 続きです。

 アシュリンさんの飛び出しをバックステップニ、三回で華麗に避ける私。


『始まってもうたわ。あたしに化け物を倒せへんわな。適当にやっとこ』


 心の思いとは違って、風と一体化した様な速い動きと殺傷能力十分な鋭い爪で、フロンは私の腹を引き裂こうとする。


『はいはい。お約束やで。いつも通りの防御しぃや』


 私は魔法の壁でフロンの攻撃を防ぐ。爪がそれに突き刺さり、魔力の粒子が飛び散ります。

 意外なことにフロンは私が防御用の魔法を使うことを事前に察知していました。貴族学院のクラス対抗戦でショーメ先生と互角にやり合っただけの実力は、やはり本物です。


『あとは任せたで。アシュリンはん、ルッカはん、よろしくやで』


 アシュリンのハイキックが私の頭部を狙う。


『カーッ、アシュリンはんがスカートやったら丸見え、マル得やな!』



 映像は止められませんでしたが、フロンの頭に拳骨が落とされました。



 アシュリンさんの足先は私に当たらない。後ろに倒れる程に重心を背中側に傾けている私の額を掠めます。

 そして、その無理な体勢から私は浮き上がって、体を横回転させアシュリンの肩を狙って蹴りを出します。


『ケツもエー感じに育ってんやな。こりゃ、逸材やで。惜しむらくは、これが化け物やってとこやな』



 再び聞くに耐えなかったので、映像をストップして貰いました。



「お前、戦闘訓練中にずっとこんな事を考えていたんですか? マジ死ね」


「あん? 褒めてやってんじゃん。光栄に思いな」


「アデリーナ様、もう止めましょう。何も得るものはないです。って言うか、早くこいつを追放しましょう。本気で私の純潔が危ないです!」


「大丈夫で御座いますよ。メリナさんは血塗れの汚れ役ですから、純潔という言葉には値しません。それよりも、ここをご覧ください」


 アデリーナ様は映像の中の私を指します。

 そこは私の頬でして、薄いピンク色をした不思議な丸印が浮いていました。まだペンを持つのに慣れていない子供がグリグリとして中を埋めきれずに書いたような感じです。

 注意されないと気付きませんでした。


 私がお化粧失敗した記憶もありませんし、アシュリンさんの回想にはなかった物でして、明らかな異状です。

 しかし、私はピンと来ました。


「こいつ、頭がおかしいから、こんな幻覚を見てるんですよ。ヤッバイですね」


「後で説明してやるわよ。ちゃんと感謝することね」


「フロン! お前、まさか薬師処の怪しげな粉薬を飲んでるんじゃないだろうなっ!」


「お二人の言う通りでしたね。納得で御座います。フロンはおかしい。それを考慮せず、自信満々に指摘した私が大変に恥ずかしいで御座います」


 あのアデリーナ様が素直に自分の誤りを認めたのです。

 恐ろしい、そこまでさせるフロンの愚かさが。


「それでは再開致します」



 私のちょっと強引な蹴りを当然に無視して、アシュリンさんが腕を振るいます。

 しかし、空中で急加速した私の回転はアシュリンさんの体を先に捕らえます。ダメージを与える意図ではなかったようで、その足先を起点にして、空高く私は舞います。そうすると、どうでしょう。私の体から魔力の粒子がキラキラと降ってきます。黒いのに光っているって不思議で綺麗です。


 なお、素早い攻防の中、一瞬だけ捉えられた私の横顔で、ピンクの粗雑な丸の赤みが増しているのが見えました。


『化け物、速ッ。体内の魔力が追い付いてへんやん。カーッ、アディちゃんが気に入るのもよー分かるわ。しかし、不吉やでな』


 いまだ空を舞っている私を眺めるフロン。


『しゃーない。やったるかいな』


 一回転している最中の私は地上にいるフロンに背を見せていて、ヤツはそれを隙と見たのか、またもや爪で攻撃をしてきました。

 しかし、それを予想していた私はフロンを見ることもなく、氷の槍を射出して牽制。その魔法の反動で私はより遠くに着地します。


 そして、優雅に宣言します。


「うふふ、皆様、ウォーミングアップは終わりましたか? 私はまだまだお寒いのですが」


『寒いのはお前のセリフやっちゅーねん』

「死ねっ!」


 フロンの不快な感想と同時に、アシュリンさんが遠くから拳を振るいます。明らかに私に届かない距離なのは先程見た通り。


 フロンの視線はまた頬の赤い丸に向かう。


『ありゃ、まだかいな』



 何がだ? 見ている私の疑問を置いて、映像は先に進みます。

 アデリーナ様やアシュリンも同様でして、黙って映像を見詰めます。



 先程のアシュリンの記憶と同じ様に、彼女の拳から放たれた魔弾が私の顔面を襲います。私はギリギリで顔をガードして直撃を避ける。


『手の掛かる化け物やわ。化け物の癖に死相が出てるで』



 さすがに聞き捨てになりません。映像停止です。


「死相とは、どういうことで御座いましょうか?」


「この赤いヤツ。何て言うかな、私、ちょっと先の死が見えるんだよね。子供の頃のアディちゃんも助けたでしょ」


 あれか。小さなアデリーナ様がまだ王都に住んでいた頃、当時の王の刺客に館を襲撃された事件があったと知っています。その時、飼い猫のふーみゃんが身を挺してアデリーナ様を救ったのだと聞いたことがあります。


「ふむ。フロン、喜びなさい。猫に戻らない上に、下らぬことをほざき続けるお前を私の傍に置く価値を疑問視しておりましたが、その疑念は消えました」


 えっらそう。


「やった! えっ、私、認められた?」


 喜ぶフロン。考えようによっては健気です。


「ちょっと待ってください。何であれが私の死相なんですか?」


「私がそう感じるからよ。結構当たるわよ」


「フロン、お前が実は仲間想いな点を以前から評価をしていたっ! しかし、態度に表せていない! 反省するが良い!」


「は? アシュリン、あんたもじゃん」


「魔物駆除殲滅部全員がそんな感じで御座いますよ」



 映像再開。フロンが私の背後を取りましたが、瞬時に私は物凄い速さで回し蹴り。


『化け物、強過ぎやっちゅーねん。でも、そのまま行ったら死ぬで、あんた』


 心の中で偉そうに呟きながらフロンが吹っ飛びます。


「メリナ! お前、見習い連中に嫌われているらしいな!」


「えっ! えぇ……そんなことない……もん」


『もぉ一回行ったるさかい、行動を変えるんやで』



 明らかに動揺する私へ、足が地に着いた途端に反転したフロンが攻撃を加えますが、気を取り直して、それを素早く躱した私。しかし、完全には避けきれず、頬に赤い切り傷が入りました。


『あかんか』


 赤い丸が黒みを帯びて来ました。


「聞いたぞ! 3日後に寮を追い出されるそうだな!!」


「知らないっ!」


『殺すんはアシュリンはんか? ほんま忍びないなぁ。夜もお盛んやのに当分はお預けになりまっせ』



 フロンへの拳骨が響きますが、映像は続きます。



「ガハハ! ホームレス生活を堪能するが良いっ!」


「ぶっ殺す!!」


『ちゃうちゃう。殺されるのはあんたやで、化け物』


 突進する私。蛮勇を誇るアシュリンが構えを取る。


『2人とも止まるんやで。悲劇やで』


 フロンが数枚の魔法障壁をアシュリンと私の間に出しましたが、物ともせずに両拳で打ち砕き、怒りに満ちた私は勢いそのままにアシュリンを狙います。


 丸は真っ黒になってました。


『あちゃあ、ほんまにあかんか。化け物のバワーは規格外やな』


 ルッカさんが私の後ろ上方に現れる。その手には既に魔力が込められているみたいで、白く光っていました。


『カーッ、なるほど。姉さんでしたか。ほんなら』


 私が割って空中に飛び散っている魔法障壁。その無数の欠片の中に紛れさせて、フロンが薄い膜を魔法で作る。

 アシュリンさんの記憶映像にはなかったもので、彼女はそれを認識していなかったのでしょう。


 その膜は弾力があるみたいでして、ルッカさんの伸ばした腕は邪魔されて、速度を出せませんでした。だから、私は当たる寸前に体を捻って回避。


『ふぅ、これで、あっーー』


 ルッカさんの拳から魔力が真っ直ぐに迸り、倒れる最中の私の頭を貫く。


『うわ、えげつないわ。死んだら終わりやで』


 フロンの目は私が頭から激しく地面に転げるところを眺めているのでした。死相と呼んだ、それはもう消えていました。


『まぁ、生きとるみたいやから、えっか』


 フロンは私の胸が上下しているのを確認してそう思ったのでした。




「どう? 感謝しなよ、化け物」


 それどころじゃありません。


「ルッカさん、鎮静魔法どころか私を殺すつもりだったんですか……?」


 数日ぶりにヤツへの殺意が目覚めます。


「それは知らない。殺す勢いで戦闘訓練とか、うちの部署はよくやってるじゃん。化け物もよくアシュリンに死相を付けてるし」


 は? そんなつもりないし!


「途中で打撃から魔法発動に切り替えておりましたね」


 アデリーナ様の指摘です。


「騙されてました! ルッカのヤロー、当たってないって言ってたし、剣王に鎮静魔法を使う時もわざわざ殴っていたから、そういうモンかと思ってましたが、普通に飛び道具じゃないですか!?」


「メリナ、自分の未熟さを省みるのだっ!」


「クソォ、とんでもない屈辱です!」


 私が怒りで打ち震える中、アデリーナ様が仰ります。


「ルッカが嘘を吐いていたことは明確になりました。そうなると、ガランガドーが本件について惚けた点が気になります。メリナさん、ガランガドーを呼びなさい」


 ガランガドーが惚けた?

 あぁ。私が巫女長の精神魔法で記憶を取り戻す直前、エルバ部長の力で再会した時ですね。

 そうだ。あいつ、前日の話ばかりして、この戦闘については語らなかったんです。

 あん? ガランガドーめ、ひょっとして共犯か。

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