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新たな敵

 鍋のスープが空になる頃には、料理人フローレンスは完全におかしくなっていました。

 激しく震える手足、嘔吐を我慢する喉と口、焦点が合わない眼球。なのに、まだ食べ続けます。竜を愛するという自称に違わず、聖竜様の鱗を全て平らげようとする、その根性だけは尊敬に値するかもしれません。


「ふぅ、ふぅ。メリナさん、あなたも罪だわ。私が死んでも食べたい物をこんな酷い料理に仕上げるなんて。でも……やっぱり感謝してるのよ」


「そうですか」


「私の負けよ、メリナさん。私は何の悔いもなく消滅できるの。あー、不味くて、死にそう! 食材だけで勝つなんて、本当は反則なのよ」


「料理にされた獣人の方々への謝罪は?」


「何それ? ないわ」


 ふむぅ、やはり相容れませんね。消えてもらいましょう。


 聖竜様のお住まいを訪問した時に、アデリーナ様が「精霊の肉を喰らわば、意識の一部を乗っ取られる」って言っていました。

 料理人の中には、とても攻撃的な精霊が中に入っているのでしょうね。


「さようなら、メリナさん」


 料理人は言い終えて限界に達したのか、椅子から仰向けに倒れました。



「フローレンスが墜ちた! 勝者は今回もメリナ! クレイジードラゴンガァールゥー、メリナ!!」


 パットさん、破れかぶれですね。


 ここで「ウォーーー!!」と会場が沸きます。万雷の拍手も頂いたのですが、私の心はまだ晴れておりません。



 まだ料理人フローレンスが魔力の粒子になっていないのです。



「ルッカさん、魔力を吸いましょう!」


 後ろで控える吸血鬼に私は提案します。喧嘩屋の時も、こいつが止めをさしてくれたのを覚えていますから。


「人遣いが荒いわね、巫女さんは。でも、ラジャー。終わらせてあげる」


 こうすることにより、私は安全なところから勝利を見届けることができるのです。

 巫女長は油断ならない人物でしたからね。分裂後の料理人も同じく警戒することに越したことはないです。



 ルッカさんが料理人の上半身を起こします。そして、首元に噛みつこうとした時でした。


 それまで身動き一つしなかった料理人なのに、バネが跳ねるように鋭く動きます。そして、顔全体が裏返ったのかと思う程に大きく開いた口でルッカさんの頭を破壊しました。更には、咀嚼して飲み込みます。


 頭が失くなったルッカさんの体が乱暴に投げ捨てられました。

 観客からの悲鳴は少ない。

 魔族であるルッカさんの体の中は魔力で充満しています。血も存在しません。だから、頭部が破壊されても遠目には何が起きたのか分からなかったのかもしれません。


 そして、私も冷静でいます。彼女は足首だけになっても再生するくらいに不死身ですので、これくらいの攻撃は平気です。ルッカさんにとっては派手に転げて膝小僧をケガしたくらいの事故ですよ。


 私は両手を挙げて手を2回打つ。

 ミーナちゃん、再度の出番ですよ!


「ミーナ、頑張る!」


 頼もしい声を聞きつつ、私も臨戦態勢に入ります。


 もう間合いを詰めて、料理人に向けて大剣を振り回したミーナちゃん。この攻撃に対する料理人の反応は何度も見ました。そして、今回もそうでした。

 地に尻を付いた無理な体勢でしたが、体を反らしてギリギリで刃先を躱す。


 もしかしたら、分裂前の巫女長だったら、そんな隙は見せなかったかもですね。勘が鋭かったから。


 移動を終えた私の全力の回し蹴りがその逃げた頭部に炸裂します。



 殺ったかっ!?


 砂塵を激しく散らしながら地面を削っていく料理人を注意深く観察します。


「メリナお姉ちゃん! 私の獲物っ!」


「ダメッ! ストップ!!」


 獰猛な大剣娘が追おうとするのを私は大声で制止します。



 料理人の魔力の質が塗り変わる。巫女長だった何かは、更に異なる何かに生まれ変わったようでした。


「アシュリンさん! フロン!」


 私が無意識に呼んだ応援は、奇しくも魔物駆除殲滅部の連中でして、大変に悔しい。完全に私は毒されていますね。



「ガハハ! 救援を求めるとは、まだ立派な戦士に成れていないなっ!」


「私に助けを求めるなんて殊勝になったわね、化け物。雨が降るんじゃない? 血の雨が」


 2匹とも戦意満々で闘技場内に飛び込んできました。


「すみません。私の盾くらいにはなるかと思いまして」


「戯れ言は後だっ! フロン、結界! メリナは魔法準備。私は前に出るっ!」


 アシュリンさんが仕切るのはムカつきますが、よくよく考えたら、これが最後かもしれません。アシュリンさんは退職するのですから。

 ここはメリナ新部長就任の際の勉強をさせてもらいましょう。



 が、敵は既に体勢を整えていました。

 その生気のなさ過ぎる顔を見て、アシュリンさんも無謀に突っ込むのを止めます。明らかな異常を感じたのです。


「アヤナヌュダフラヤ、カラセデヤヮラトゥ」


 何!? 精霊語!? 強烈な魔法が来るのかっ!?


「イーイノルョヴンサヲグロェッナ、バナカマカソリユノ」


 身を硬くして反撃に備えようとしたところで、料理人は消えました。魔力の気配は一切無し。転移魔法か?


 不意の攻撃を警戒して全神経で集中する私でしたが、ここでアデリーナ様に指示を受けたのであろうパットさんが宣言します。



「勝者はメリナっ! 竜の巫女長フローレンスの若かりし頃に化けた、魔物の皮を剥がしたっ!! 我らの平和と希望は、またもや聖衣の巫女にして幻の聖女メリナによって救われたのだ! さぁ、皆さん、祝福の喝采を彼女にィ!!」


「「ウォーーー!! メッリッナッ! メッリッナッ!!」」


 狂ったように喜びを叫ぶ観衆を余所に、私に魔物を追わせなかったアデリーナ様を睨みます。

 が、今更どうしようもないので、私は拳を下ろしました。



「ミーナちゃん、お疲れ様。助かったよ」


「うん! また呼んで! 今度はもっと強くなってるから!」


「うむ。お前は磨けば光りそうだなっ! どうだ! 竜の巫女にならないかっ!?」


「ちょっとアシュリン。私が言うのもなんだけど、うちの掃き溜めみたいな部署に若い娘を誘っちゃ酷よ」


 えぇ、お前が掃き溜め代表ですけどね、フロンよ。私も早く脱出したかったですよ。



 会場の外へと出ます。

 シャールからの観客は自分の足で帰るみたいで、道には行列が出来ていました。デュランや諸国連邦など遠方からの客はイルゼさんの転移魔法の順番待ちで、まだ闘技場に残っています。


 ガヤガヤとうるさい中、私は日陰に腰を下ろして休憩します。

 ちょっと疲れましたから。


 そして、楽しみにしていた料理人フローレンスが作った氷菓子を地面に置きます。

 ガラスの容器に入っているのは、細かくしたリンゴを凍らせた何か。十分に観察と魔力感知を使って安全を確かめます。


 行けるかな? うん、きっと大丈夫。


 スプーンで掬うと、シャリっと良い音がしました。そして、ゆっくりと口へと持っていきます。


 うまっ! 興奮した体に冷たい氷が染みていきます。そして、一気に溶けると同時に口の中全体にリンゴの甘味と香りが広がるのです!


 料理人フローレンス、決して良いヤツではありませんでしたが、料理の腕は一級品でしたね。



「メリナさん、お疲れ様でした」


「えぇ。本当に疲れました」


 有毒生物を扱った緊張も残っているのかもしれません。体が重い。


「最後のアレ、何ですか?」


「存じ上げません。しかし、思い当たることは御座います」


「……何でしょうか?」


「聖竜様の鱗。聖竜様も精霊の一種であるならば、それを喰らえば?」


 っ!?


「眷属化と祝福!? えー、再分裂ですか!?」


「可能性の1つで御座いますね。最後、ヤツは何かを喋っておりました。そこにもヒントがあるかもしれません」


「何を言ったのか、分かるのですか?」


「専門家に任せましょうかね。記録は残しました」


 アデリーナ様の手にあるのは、見覚えのある石。記憶石です。手にした者の記憶を映像化することのできる大変に高価な魔力式の道具です。


 過去に私も使ったことがあって、アデリーナ様の即位を祝う作品であるぶりゅぶりゅ動画は、今でも好事家の間では大変な人気を博していると聞いたことがあります。

 誰かがどうにかしてコピーを取っていたものがブラックマーケットで取り引きされているらしいのですが、完全な発禁物で、所持しているだけで即刻処刑される危険な代物です。

 それでも手に入れたいというのですから、趣味人達は凄いですね。


 アデリーナ様がその記憶石を見せてくるから、昔のことを思い出してしまいましたよ。

 そして、私と同様に、アデリーナ様も絶対に思い出しているはずです。こいつは鋼のメンタルですね。



「ルッカさん、治ってました?」


「えぇ。再生していましたよ。明日、聖竜様の所へ向かうことになりましたので、メリナさんもご同行を」


「分かりました! おめかしして待ってます!」


「神殿に集合ですので」


「はい!」


 その後、宿に帰りまして、私は日記帳にエナリース先輩からの手紙を貼り付けて今日のノルマを達成致しました。

◯メリナ観察日記

 親愛なるメリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロ様


 いつになく晴れ渡る日々が続くナーシェルの空を眺めております。いつか燦然と輝く貴女が竜を伴って訪問されるのではと期待しているのです。

 時間が経つのは早く、貴女が卒業されてから早1年。貴女という太陽が居なくなった学院は、あの半年間が夢だったかのように、静まり返っております。

 遥か遠いシャールの街は湖の美しい土地と耳にしております。貴女を映す水面はさぞかし神秘的なのでしょう。可能ならば、私もその傍らで高貴なお姿を拝見したいものです。


 さて、堅い挨拶はここまで。

 メリナ、聞いてよ。貴女が去ってから学院は恋愛ブーム。私は後ろで太鼓を叩いていただけだから分からないけど、前線にいた人達は命の切なさと大切さを知ったのかな。皆、愛に目覚めたみたいなの。すごいわ。私の胸もキュンキュンって言うのかな? 見てるだけでドキドキしちゃう。


 アンリファもラインカウ様の熱烈なアタックに根負けして、婚約者になったのよ。未来の公爵婦人様よ。偉い人になるのよ。アンリファが。私、自慢の親友だわ。でも、私だって、マールデルグ様と進展して結婚式を挙げちゃった。えへへ。

 サブリナも同郷のトッド様と良い感じだって聞いてるわ。もう、ベッドインしてるの!!って嘘だよ。

 サルヴァ殿下の婚約はメリナも知ってるわよね。


 で、本題。サルヴァ殿下、ラインカウ様、トッド様とあと、オリアス殿下を入れて、ナーシェル貴族学院のイケテル男軍団なのよ。

 でも、オリアス殿下だけ相手がいないの。


 メリナはどうかな? きっとうまく行くと思うのよ。本当に絶対。

 ほら、メリナは少しだけ、ほんの少しだけ頭が弱いかもじゃない? オリアス殿下は賢いけど固いでしょ。合わさったら、すっごく良い感じになるんざゃないかなぁ。


 じゃあ、またね、メリナ。いつか、またお茶しようね。

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