料理作りは終盤へ
私の料理は出来上がりました。黙々と白い湯気が立ち上っております。
これ、絶対に食べられないなぁ。
チラリとフローレンスの動きを見ると、果物を切っている姿が認められました。
なるほどデザートですね。
サラダ、スープ、デザートと作って、メインディッシュはまだ。最後に調理するつもりなのでしょう。
「フローレンス、見事な包丁捌きです。リンゴを回す度に、切られた皮が一筋の滝のように伸びてくる! さて、この剥いたリンゴをどう使うのでしょうか? 何個も並べておりますね」
「メリナさんなら、一纏めにして握り潰してジュースでしょうね」
ありがとうございます、アデリーナ様。それ、採用させて頂きます。
「フローレンス、包丁で更にリンゴを細かく刻んでおりますね。汁も捨てずに皿へ。どんな料理を作ろうとしているのか。摩訶不思議。スプーンで一口大に盛っていますね」
私は食材置き場に赴き、オレンジを手にします。リンゴを選ばなかったのはオリジナリティーの為です。それがメリナクオリティー。
「おぉっと! フローレンス、これは何だ!?」
パットさんの叫びが響きます。そして、調理台に戻ろうとしていた私も目撃します。
料理人フローレンス、口から白い何かを吐き出していました。ドラゴンのブレスみたい……。
みるみる内に、刻まれ盛られたリンゴ達に霜が付きます。一瞬で凍りついたのです。
口から冷気を放出したのか? 巫女長、人間をお辞めになられていたのですね……。
「見事な技! まさに魔法! マジカルミラクルフローレンスは健在だ!」
「氷菓子で御座いますね。問題は口の中での融け具合。私としてはシャリシャリとしたものが好みで御座います」
……いや、えっ、それよりも魔物みたいに口からブレスしたんですよ……。料理よりもそっちに注目致しましょうよ……。
私がオレンジを絞ろうとした時に、またラッパが鳴ります。前回は一度でしたが、今回は2回に分けられての音でした。
「さぁ、残り時間は半分! 現在の状況をインタビューして貰いましょう。それでは、お二人、宜しくお願いします!」
私や料理人フローレンスが入場してきた門がそれぞれ開かれ、その両方に魔導式拡声器を持った人が見えました。
どちらも知っている者で、フローレンス側からはシャールの冒険者ギルドの偉い人ガインさん、私側からは現拳王サルヴァでした。
変な人選です。
「ウォーー! 巫女よ、巫女よ!!」
大声で喚きながら駆け寄る、図体のでかいバカが余りに鬱陶しく、私は殺意を抱きます。実際にそれが迸りました。
「お、おぉ……何たる迫力……」
進撃を止めることに成功。私は作業に戻ります。
「メリナ、物凄い鬼気迫る雰囲気でしたね。心臓をキュッと掴まれたかのような衝撃が、遠くから見ている私も感じました。眼力だけで殺されそうです」
「あれでも本気ではないので御座います。やはりメリナさんは戦闘に関しては抜きん出たものが御座いますね」
「いやはや、恐ろしい少女です。さて、フローレンス側にはインタビュアーが到着したようですね。宜しくお願いします、ガインさん」
私は両手にオレンジを持って握り締めます。ボウルにジュワーと果汁が滴り落ちました。
深い皺が顔に刻み付く歳であるガインさんの声が、拡声器を通じて聞こえてきます。
「ほな、始めるわな。フローレンス、久々やな。今日の調子はどないや?」
「まぁ、ガインさん。順調よ、順調。どう食べていく?」
「嬉しいんやけどな、一応、仕事中やから遠慮しとくわ。で、メインはまだ作らへんのか?」
「お肉は生か焼き立てが一番美味しいのよ。今回は焼き。だから、最後に作るの」
「そうか。何の肉やろ?」
「魔力たっぷりの獣よ。本当は竜が良いのだけど、持ってたのは食べ尽くしたのよね。私、大好きなの。知ってるでしょ? 獣も美味しいのだけど、本当に残念だわ」
「ほんまな。ほな、帰るわ」
ガインさんはそこで立ち去りました。ちょっと盛り上げに欠けるやり取りでしたが、そう感じたのは私だけでは有りませんでした。
「今のインタビュアー、ガインさんも冒頭に私が申した、若かりし頃の冒険者パーティーの一員だったんですよ。大変にお世話になりました。しかし、2人はもう少し冗談を言い合う仲だったと思うのですが、どこかよそよそしく、少々寂しい思いです。これが時の流れなのでしょうか」
パットさんの感想に料理人も「そうなのよぉ。つれないわ」とボヤきます。
それはさておき、私の番が回ってきました。サルヴァが私のところにまでたどり着いたのです。
「巫女よ! 愚かな弟子ではあるが、俺の言葉に耳を傾けてくれまいか」
冷たくあしらうことも可能です。実際に、先程はぶち殺してやろうかという気持ちさえも表に出しました。
しかし、ガインさんと料理人のインタビューは盛り上がらずでした。
そのため、ここで会場を沸かせれば、流れが私にやって来る気がします。
この岩塩スープでも勝てるかもしれないのです!
「はい。何でもお聞きなさい」
「おぉ!! サンドラとの婚約が決まった時と同じくらいに幸せである!」
いや、その比喩は気持ち悪い。
が、諸国連邦の人達が集まっていると思われる観客席のゾーンから、やんやと喝采と冷やかしが飛びます。
あー、あそこ、ナーシェル貴族学院の男子生徒達が中心になっていますね。もう名前も忘れましたが、確か私の先輩に当たる人達で、嫌われ者だったサルヴァとも最後は親交を深めていました。
「巫女の屋敷では、蟻の卵スープを頂いたのを記憶している。大変に美味であった。今回も自信作であるか?」
「よく覚えていましたね。あのスープはアデリーナ様も絶賛しーー」
「メリナッ!! 黙りなさい!!」
激しい怒気を含んだ鋭い声でアデリーナ様は私を制しました。続けても良いのですが、それよりも場を暖めるのです。
「はい。このスープ、とっても美味しいんですよ。さっきの試食ではパンチが足りないって言われましたが、まだ途中でしたからね。今はほぼ完成形です。あー、皆に食べて欲しいなぁ」
「ふむ。巫女の料理とあらば、何としてでも食べたいものであるな」
ルッカさんは無事そうですが、たぶんお前は死にますよ。
「うふふ。そうでしょ、そうでしょ。さあ、皆! このスープを飲みたいかぁ!!」
大きく叫びます。すると、どうでしょう。
「「おぉ!!」」
なんと、私の掛け声に会場が大歓声で応えました。
一部の人達は冷静ですね。主に竜の巫女関係者がそうです。意外に恥ずかしがり屋なのかな。
「勝つのはメリナ!」
私は煽る。
「「勝つのはメリナ!」」
「敗北宣言、今すぐしろっ!」
私がビシッと料理人を指差すと同時に、
「「敗北宣言、今すぐしろっ!!」」
と揃った声で、皆が料理人フローレンスに厳しい言葉をぶつけます。
これ、あれだな。仕込まれてます。
私を勝たそうとアデリーナ様が画策して、観客達は私の完全なる味方に違いない。
審査員による判定まで行けば、口にした人達は死亡でしょうが、私の勝ちが約束されていますね。イカサマは好きではない。でも、負けるのはもっと好きではないので、このままで良いです。
「凄い声援で地響きさえ感じました。英雄メリナが皆から好かれているのが分かります。しかし、フローレンスも負けていない。皆様も見えたでしょうか。何もない宙から獣の脚を出しました。フローレンスが得意とする収納魔法ですね。あれは牛でしょうか。牛の後ろ足ですね」
ふむ。フローレンスは気にしないか。
私も続けましょう。オレンジの次は人参を絞ります。デリシャスなミックスジュースにするのです。
「華麗に包丁を入れていきます。モモ肉を使った料理のようです。それを塩と卵白で練ったもので包む!? そして、オーブンに入れました!」
「塩釜焼きで御座いますね」
何それ? えっ、聞いたことのない料理ですね。えー、敗けは認めませんが、食べてみたい。
私は芋を握り潰しながら思いました。
「フローレンス、次は豚でしょうか」
「一見、豚の脚と思えますが、よくご覧なさい」
「アデリーナ様はご存じなのですね。さて、豚ではなく猪なのか……いや、何です、あれ? 人間みたいな指がある……?」
アデリーナ様は黙ったままです。
魔物の肉でも使っているのかな。
私は卵を割りながら考えます。
「フローレンス……次は鱗のある……蜥蜴の肉でしょうか。……アデリーナ様、あれ、また人間の指が見えますよ。しかも指輪もしています……」
そういった魔物もいるでしょうね。
しかし、私は知っています。そういうのは肉が固いのです。美味しくない。普通に勝てるかもしれません。
鶏の肉を千切り入れながら、私は安心します。
「いえ、フローレンスのことです。魔物肉であっても見事な料理に仕上げてくるでしょう! 期待して見守りましょう!」
私が使い終わった卵とエビの殻を捨てていますと、ラッパが3回鳴りました。
目の前には岩塩スープと、何故か見た目は最悪なジュースが出来上がっています。
「さあ、残り時間は僅か。ここで助っ人タイムです!」
何っ!? 助っ人だとォ!?
料理の上手なヤツを呼びたい!
「さあ、両者は誰を指名するのか!?」
ショーメ先生はいないか……。ベセリン爺も、彼が呼び寄せた女中さん達もいない。
巫女連中は……ダメだ。変人しかいないから奇天烈な炊事になりそうです。
諸国連邦の学友も未知数。
手をまっすぐに伸ばして立候補しているのはイルゼ。しかし、あいつに料理が作れるのでしょうか。転移魔法で誰かを連れてきてもらうという手もあるし、うーん、でも反則になるかも。
あっ、王都のパン屋の連中!
その中でもこの惨状を打開できそうなのは、魚のパンを開発した奇才ビーチャ!
私は彼を指名しました。
「ボス、本気ですか。光栄っちゃ光栄なんですが、俺なんか役に立ちませんよ」
「いえ、私はお前の実力を認めましょう。さあ、改善策を言いなさい」
「改善……? 沸騰した塩水と、気持ち悪いエキスの組み合わせですよ。正直、食いもんじゃねーですわ。料理人の端くれとして言わせてもらうと、これは糞みたいもんですぜ。いや、糞は肥料になりますから、塩水に至っては糞以下です。どうもなりません」
「今のを最期の言葉としてクソみたいな人生を終わらせて欲しいのですか? 早く助けなさい」
「もう、あれですよ。対戦相手が竜を好むなら竜の食材を追加しましょう。ボスの手下に竜がいたでしょ。それを潰すんです。賭けですが、それしかないです。この塩水と謎エキスは捨てましょう、ボス」
「躾が足りなかったみたいですね。私が作ったものを捨てるなんて発想、お前がして良いはずがありません」
「思い出しただけで股間が痛くなってきましたが、今回は脅しに負けないですよ。何せ料理についてですからね。では、そのスープに竜の食材を入れてはどうですか?」
ふむ、なかなか良いですね。
ガランガドーを煮込むか。……いや、あいつ、抵抗しそうだなぁ。
「メリナ、思案しています。ここでフローレンスも助っ人指名です。ん? なんと、開始前に乱入した少女を呼んでおります。何者でしょうか!?」
「パット、お忘れですか? 2年前にお前が救えずマイアに祈っていたロブスターの獣人で御座います」
「なんと!? あー、そうですね! 昨年もデュランで彼女とは会っておりました! あんな大きな剣まで背負っているなんて、本当に驚きです! 子供の成長は早い! さて、フローレンスは彼女をどうしようと言うのか!?」
「調理で御座いましょうかね」
「ハハハ、アデリーナ様、冗談がきつい! いくら滅茶苦茶なフローレンスでもさすがに人は食べませんよ」
今の発言は私への当て付けか、アデリーナ。
いや、怒りよりも、まずは食材とする竜です。
フローレンスの動きを止めるため、私は両手を挙げて手を2回叩く。
ミーナちゃんの戦意が高まり、可愛らしい声で喜びの雄叫びを発するのが聞こえました。ミーナちゃん、マジ獣。
さて、心優しい私ですので、ガランガドーは外してやりましょう。となると、私の知っている竜となると、邪神か聖竜様。
どうする? 聖竜様に「肉をお分けください」とか言えるのか、私は。言えないこともないですが、それは私が食べたいし、料理人フローレンスの口には入れさせたくない。
この時、私は閃いたのです!
「イルゼさん、至急来てください!」
「はいっ!」
聖女はもう目の前に来ていました。
「宿に! グレートレイクシティホテルに飛びなさい!」
「はい! メリナ様のお部屋に参ります!」
「お前、私の部屋に入ったことないだろ」と不思議に思いましたが、すぐに「お前、私の部屋に無断で入っていたのか!?」と驚愕を覚えました。
が、そんな些細なことはこの際、スルーです。すぐに転移させてもらい、物を1枚だけ回収して闘技場に戻る。
ミーナちゃんと料理人フローレンスが縦横無尽に闘技場を使って暴れているのを視界に入れないようにします。
「何ですか、そのでかいの? ボスの背丈くらいあるんじゃないですか」
しばらく見ない間にビーチャも肝が座ったみたいで、近くで行われる戦闘を気にしていない様子でした。
「聖竜様の鱗です。イルゼさん、ありがとうございます。大変に助かりました」
「いいえ。我が身はメリナ様に捧げる為にあります。何なりとお申し付けください。その料理も是非とも口にさせてください。福音書に私も記させてください。私の肉もお食べください」
無視して観客席へ戻るよう、イルゼさんに命じます。
「それじゃ、ボス。あっちの戦いも怖いんで、俺も戻ります。またパン屋来てくださいよ。メリナパン、進化してますから。中に肉も詰めました」
この鱗、王国を長年に渡って影から操っていた魔族ヤナンカを改心させた褒美として聖竜様から頂いたものです。
諸国連邦から戻った直後の出来事で、それ以来、大事に私の寝床に保管しておきました。記憶を失くしている時期でさえ、私は大切に扱っていたくらいです。
それは私が本能として聖竜様を想っている証拠でしょう。照れますね。
さて、私は鱗を砕く作業に入ります。
大変に硬い。さすがは聖竜様。
地面に置いて、上から全力の拳を叩き込んでいるのに、陥没はしてもヒビも入らない。
「メリナ! なんだ!? 何回も拳を入れる! 怒り狂う雷神も斯くやという凄絶な音が響きます!」
良し! 同じ箇所に何度も打ち込めば、いけそうです!




