両者入場
1年前、今よりも生意気だった剣王と急造の闘技場で決闘をしたことがあります。速攻でボコボコにしてやったのですが、あの時のと同じ様な木製の簡易闘技場が出来上がっていました。簡易とは言え、お料理対決という目的に反して、かなり大きいのですけどね。
警護で王国軍の皮鎧を来た人達が多く動員されていまして、アデリーナ様は2日前からは準備していたのでしょう。
魔力感知を用いることもなく、大勢の観客の存在が、場外にまで届くざわめきで分かります。
アデリーナ様に従って近付くと、料理人フローレンスと私の入場する所が異なるみたいでして、係の人によって別々の場所へと案内されました。
闘技場の外で私は呼ばれるのを待ちます。横にはミーナちゃんがまだ居ました。
「メリナ姉ちゃん、頑張って」
「うん。ありがとう」
「ミーナも頑張るよ」
「私が首を傾げてウインクしたらストップって合図だからね」
ミーナちゃんの背中の大剣が振るわれることはないと思います。しかし、ミーナちゃんが勝手に暴走することも考えられたので、万一に備えたのです。
「うん。任せて、お姉ちゃん。じゃ、行くね!」
キラキラした笑顔を見せてから、ミーナちゃんは先に席を確保しに観覧席に向かったサブリナの下へ走り去りました。
「何を企んでいますか、メリナさん?」
これまで黙って佇んでいたアデリーナ様が口を開きます。
「違いますよ。戦闘狂のミーナちゃんが剣を振りたいってうるさいからです」
「メリナさんに狂っていると評価されるとは中々の逸材で御座いますね」
「まだまだ弱いけど、あのまま大人になると危ない気がしますね。正直、お母さんのノエミさんだと頼りないから、私が指導しないといけないかな」
「大丈夫で御座いますよ。狂犬と呼ばれた娘も一進一退ながら成長しておりますもの」
「は? 天衝く山頂からの如く、思っきし上から目線で、私のことを言いませんでした?」
「そうで御座いますか? その様なつもりは御座いませんので悪しからず」
ふん。
「メリナさん、健闘を祈っております」
「負けてもガランガドーさんを取られるだけなんですよね。凄く心に余裕があります」
「勝ちなさい。あれは悪で御座います」
アデリーナ様の眼は真剣でした。
「そうですか」
自分にとっての悪なんでしょうね。
「事情を訊きましょうか?」
間を置いてから、優しい私は、一応そう尋ねてあげました。
「料理対決の中で明らかになるでしょう。あれが巫女長だったフローレンスとは到底思えず、精霊が人間の敵ではないかという私の仮説が実証されるやもしれません」
「今は言えないのですか?」
「聞けば心が乱れます。あれは自身が敗北を認めるまでは不滅かもしれません。メリナさんはやるべきことをやりなさい」
「それが毒殺?」
「効けば幸運くらいの気持ちで御座いますよ」
「そうですか……」
アデリーナ様の含みは理解できませんでした。しかし、アデリーナ様の人を見る眼は確かだと思わなくもないです。
天才パン職人であった私の料理は料理人フローレンスを凌ぐ。そんな思いがあるからこそ、この戦いに私を選出したのでしょう。きっとそうです。
「料理人フロォォォーレェェーーンスーー、登場ォォオ!!!」
大音量で男の叫びが突然に轟きます。そして、打楽器や弦楽器などでの威勢の良い音楽が鳴り響きます。
「始まったようで御座いますね」
「……何ですか、これ?」
「料理人のリクエストですよ。派手な場を用意して対決させろって話です。飲まなければ交渉成立しそうになかったので御座います」
えー、マジっすか?
「メリナさん、私は解説者に指定されておりますので向かいますね」
えー、アデリーナ様もそんな汚れ役っぽいのするんですか?
戸惑う私を係の人が呼びます。
私も遂に入場なのでしょう。
サブリナに貰ったカニ入りの桶を持ち上げ、丸い魚を入れた皮袋を肩に掛けます。
良し! 行きましょう!
客席の下に設けられた薄暗い通路をしっかりとした歩みで進みます。
そして、闘技場に足を踏み入れる。日光が眩しくて私は少し目を細めます。
「さぁ、出てきたーっ!! 反対側の門から出てきたのは、竜の巫女にして元聖女で元拳王、世界最強にして最凶の女! モンスタードラゴンガールゥー、メリナァアア!!」
ズンダカダン、ズンダカダンとリズミカルな音が私の戦意を高めるように背中を押してくれます。
観客席からも皆さんが「「メ、リ、ナっ! メ、リ、ナっ!」」と大変な熱狂ぶりで私を応援してくれています。
真っ直ぐに前を向いて進む。大型の調理台が2台、その背後に大量の食材があるのが見えます。
そして、料理人フローレンス。彼女は微笑んだまま立っておりました。
ふん。この大歓声にも怯んでいませんか。
しかし、どうでしょう。ゴングが鳴る前から勝負は始まっているのですよ。
観衆がどちらに味方するのか、これが大切なのです!
「ハイ! ハイ! ハイ! 声が足りない! もっと私を崇めよ!!」
私は大声を張り上げて、観衆どもを煽ります。
「「メ、リ、ナっ! メ、リ、ナっ! メ、リ、ナっ!」」
「もっと、もっと!! もっっとぉーッ!!」
「「メ、リ、ナっ! メ、リ、ナっ! メ、リ、ナっ!!」」
うわぁ、気持ち良いな、これ。
「足りない! 全然足りないっ! 手拍子と足踏み! ハイ! ハイ! ハイ!」
私は両手を挙げて手を叩きます。
原始的で野性的なバンバンバン、ドンドンドンという音が場内を支配します。料理人フローレンスには結構な威嚇となるでしょう。
って、あっ、何を思ったのかミーナちゃんが闘技場に跳び降りてきて、一気に料理人との距離を詰めます。
が、理解しました。私が頭の上で手拍子したのを戦闘の合図だと勘違いしたのでしょう。
万が一の事態に備えていて良かったです。
私は首を横にしてウィンクを2回。
結果として、こちらを見ることの無かったミーナちゃんは止まらずでした。
大剣を横からフルスィング。殺意が全力で込められた一撃。
鋭く重く振るわれた後、風圧で周囲に土埃が円形に生じました。
「アァーッと! いきなりの乱入者!! 世の中の全てを切り裂きたいとばかりの一振りは、フローレンスの純朴な笑顔も切り裂いたのか!?」
何ですかね、この実況は……。
あっ、パットさんだ。
過去何回か、こんな仕事をされているから慣れているのかな。
「あらあら、可愛いお嬢さん。今日はお料理対決なのよ」
チッ。料理人は無事でしたか。ギリギリで見切ったようですね。
分裂する前の巫女長も老年にしては中々の体術を持っていました。料理人は若い体なので俊敏性はより増しているのかもと思いました。
止めましょう。アデリーナ様の計画が台無しになります。なっても良いとも思いましたが。
「ミーナちゃん、ストップ! 料理人さんが言う通りだよ」
「そうなの、メリナお姉ちゃん?」
振り向いた問題児に、私は再び首を傾げて片目を瞑ります。
「分かった。ごめんね、おばさん。ミーナの勘違いだったみたい」
ミーナちゃんは構えを解いて、自席へと戻りました。闘技場の周りには結構な高さの壁が巡らされているのですが、ジャンプ一つで大剣を持って飛び越える身体能力は目を見張るものがありました。
「あの大剣使いは、何だったのでしょうか!? 破天荒ドラゴンガールの手下だったのか!! フェアな戦いを望みます!!」
うるせーな、パットさん。
チラリと見ると、アデリーナ様がその隣に着席するのが見えました。黒い巫女服だから目立つんですよね。
あっ、ぐるりと見回して気付きます。観客席には他にも私の知り合いが座っていました。
「メリナーっ! 聞こえるか!? 何事でもあっても勝利しか許さんぞっ!」
アシュリンさんの叫びも聞こえてきました。しかし、横にいる息子のナウル君がお前の汚い言葉遣いに対して悲しい表情をしたことに気付きなさい。
さて、私は近い方の調理台にカニの入った樽と魚の入った皮袋を置きます。
もう少ししたら、お料理対決が開始されるのですね。
……嫌だなぁ、こいつら、毒を持ってるんですよね。触りたくないなぁ。




