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お料理対決の朝

 平衡感覚をやられて覚束ない足下、あらゆる方向に投げ飛ばされそうで緊張しきった体。

 料理対決の前から私は疲労困憊の状態です。


 朝っぱらからアデリーナ様操縦の暴走馬車に乗せられ、対決の地まで運ばれたのです。

 アデリーナ様は馬車を運転することを趣味としています。日頃のストレスを解消しているのでしょうが、エキセントリックに叫びながら馬車が痛むのも無視して、道なき道を駆けるのです。


 そんな彼女の姿を見た国民は完全に頭のイカれた女王様と判断するでしょうので、その内、暗殺されるんじゃないかな。


 なんて事を切り株で休憩しながら思っていました。アデリーナ様は会場設営の確認とか言って、どこかに去りました。



「おはよう、メリナお姉ちゃん」


 転移魔法の気配がして、顔を上げるとミーナちゃんが居ました。連れてきたのはイルゼさん。傍らにはサブリナも立っています。


「イルゼさん、私もそっちでの移動が良かったです」


「すみません。観衆として他の方も運ぶ必要があり時間が足りなかった上に、アデリーナ陛下が直接お送りになられるとお聞きましたので。しかし、メリナ様、お顔が優れませんがどうかされましたか?」


「分かるでしょう? あいつの仕業ですよ。さぁ、イルゼ、アデリーナ様と一緒に空高くに転移しなさい。そして、そのまま落下死させましょう」


 そんな物で死ぬタマではないでしょうがね。

 落下する勢いも加えて、取り出した剣で私を一刀両断にしようとするでしょう。あー、恐ろしい。


「メリナ様、陛下に逆らっては王国建設に支障が出ますので、お受けできません。大変に申し訳ないです……」


 チッ。こいつ、使えねーです。

 やってから支障が本当に出るのか考えろって思いました。



「メリナ、これもどうぞ」


 サブリナが桶を差し出してきます。

 私の拳よりも一回り小さいサイズのカニがいっぱい蠢いていました。


「ほら、メリナがカニ料理を作りたいと言っていたから。私の地元では花卵蟹って言うんだよ」


 ミーナちゃんがピクリとします。同じカニ属としてライバル心でも湧いたのでしょうか。

 それを傍目にしながらも無視をしまして、赤褐色の地に白い斑紋の入ったカニを眺めます。沢山いて気持ち悪いですが、甲羅がツルツルしているし、体も丸みを帯びているし、単体で見たら可愛いかも。


「カニ料理って、やっぱり言ったんだ……」


 ミーナちゃんが呟きます。思い直して提供して頂けるのなら嬉しいのですが。

 でも、そんな雰囲気ではなさそうですね。


「言ってないよ、ミーナちゃん。それから、ありがとう、サブリナ。で、どう調理するの?」


「胴と脚に分けるの。で、脚は相手に食べさせて、胴は水でよく洗えば自分で食べても大丈夫だよ」


 ……サブリナの国でのおもてなしの風習かな……。美味しい所は客人にあげましょう的な。そうであって欲しいのですが、分かります。こいつも有毒なのでしょう?


「効果は……?」


「昨日渡した魚を覚えてる? あれ、虎球魚って言うんだけど、あれと同じだよ」


「同じ……?」


 私の疑問に対してサブリナは私の横に来て、耳許で囁きます。

 彼女の柔らかそうで小ぶりな唇から発せられたのは、「全身麻痺からの呼吸停止」という物騒なお言葉でした。


「……死ぬのかな?」


 サブリナを見ずに真っ直ぐに前を向いて質問した私へ、サブリナは小さな小さな声で答えます


「……私の計算ですと、魚とカニを合わせて全部で40人分の致死量……」


 どんな計算なのか、一瞬気になりましたが、訊かないです。


「あ、ありがとう」


「いいえ。メリナ、私たち友人ですもの。気にしないで。あっ、これ、美術部の先輩2人からのお手紙です」


 可愛らしい封筒を頂きます。

 美術部の先輩となると、アンリファ先輩とエナリース先輩ですね。どちらも能天気だったけど、裏がなくてとても気持ちの良い人達でした。

 1年前、邪神との対決を終えた私に真っ先に抱き付いて健闘を称えてくれたのは、エナリース先輩だったかな。


「後で読むね。あっ、サブリナ、私からも」


「ノート……。私へのプレゼント? スケッチブックかな」


「いいえ、私の日記帳。昨日の分を忘れたので、サブリナに書いて欲しいな」


「え? メリナの分を私が書くの? 聞き間違えた?」


 確かに混乱しますよね。他人の日記を書くなんて、今までに誰からも依頼されたことは無いでしょう。

 戸惑うサブリナに私は説明します。

 つまり、「巫女見習いの方々が立派な巫女である私に敬意を払うようにするため、私の日々の活動を他人に書いて貰っている」、「後日、巫女見習いはこれを見て勉強する」と伝えたのです。この日記帳の誕生秘話はそんな感じだったと思います。


 それを聞いたサブリナは快く了承してくれました。ありがたい。持つべき者は友ですね。

 あと、「良かった。宿題を代わりにして欲しいってことかと思いました。そうじゃないんですね?」って言われたことは忘れてやります。



 さて、私の日記に反応したのはサブリナだけではありませんでした。


「メリナ様、それは福音書ですね。ベリンダから聞いておりました。イルゼにもお手にする光栄を頂きたく存じます」


「あー、これ、1日1人なんですよ。イルゼさんはまた次の機会にお願いします」


「まだ私には触れる権利がないと言うことですね。今後は更に精進致しますので、できるだけ早い時期にご許可を頂けることを、神に祈っております」


 メリナ正教的に、その神は私ではないかと思わなくもないですが、あまり突っ込みたい話題ではないので流します。



「メリナ姉ちゃん、敵はまだ? ミーナ、準備してるよ」


 こいつも問題児ですね。


「まだかなぁ。ミーナちゃん、強敵だから気を付けて。私が両手を挙げて、頭の上で2回手を叩いたら、斬り付けるんだよ」


「うん、分かった」


 そんな動作を私がする訳はなく、ミーナちゃんの気合いは空振りに終わるでしょう。



 ここで魔力感知が働きます。ゾクリとした感覚は、本能が相手を警戒したからでしょう。


 ようやく登場してきましたね、料理人フローレンス。アデリーナ様が何回かぶった切ったのに復活したらしい化け物です。



 見た目は小柄な中年のおばさん。一見、シャールの市場でよく見る無害無臭な存在に感じます。

 しかし、紛れもなく巫女長の分身であり、驚異的な戦闘力を有します。

 竜を愛するのは同じながら、愛し方が異なる料理人と飼育係の戦いが激しかったことは記憶に新しい。



「ごきげんよう、メリナさん」


「はい。今日はよろしくお願い致します」


「えぇ。あと、喧嘩屋を始末してくれたようで、ありがとうね。助かったわ」


 それが分かるのか……。遠い異国での出来事だったと言うのに。


「あらあら、不思議な顔をされるのね。ほら、敗けを認めた喧嘩屋の魔力が私に入ったのよ」


 なるほど……。えっ?

 つまり、巫女長2人分と戦わないといけないのか。


「お節介屋の魔力もよ」


 ……辛いなぁ。殺されそう。

 いや、本来の4分の3の力だと思えば良いのか。



「お二人とも準備は宜しいでしょうか?」


 会場設営の確認を終えたアデリーナ様がやって来ました。毒を盛ることを決定した張本人なのに涼しい顔で、こいつは本当に冷血な女です。


 さて、いよいよ対決ですか。

 うふふ、皆さん、お忘れのようですが、私は王都にて天才パン職人をしていたのですよ。

 この料理対決、勝機は我に有りです!

☆メリナ観察日記23

 メリナに虎球魚を差し上げました。

 速効性を考えると附子が好ましいのですが、苦味が強いことと加熱により効果が低下することを考慮すると、あまり今回の使用に適しません。

 量によっては味に影響のある砒霜や雌黄も、そもそもの料理が美味しくなくなってしまうかもと思い、避けました。企みが失敗した時でも、メリナには料理の美味しさで勝って欲しいからです。

 鉛糖は甘いですが、慢性症状を狙うものですし、やはり今回の選択は最良かと思います。

 頑張って、メリナ。どう調理しても逝けるから。



注)

お分かりかもしれませんが、サブリナの用意した食材の日本語名は以下の通りです。


虎球魚…(tiger globefish)…トラフグ

花卵蟹…(floral egg crab)…スベスベマンジュウガニ

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