食材入手
「ミーナちゃん、ごめんね。お仕事終わったの」
息を切らすミーナちゃんに事情を説明します。あらあら、それを聞いて泣きそうになる彼女。どうにか宥めないといけませんね。
ベセリン爺とショーメ先生の援護も頂きたく、おかし等を持ってきてくださいと頼みます。
「あっ、ほら、ミーナちゃん。ミーナちゃんに頼みたい仕事が別にあったの」
「……ほんと?」
「うん。ほんと! 明日だからね。ミーナちゃんじゃないとダメなんだ。だから、お願い!」
「う、うん」
ふぅ、何とか収まりましたか。ミーナちゃん、中身は凄く子供ですからね。喜怒哀楽の切り替えが早いです。
2人が持ってきた焼き菓子も美味しかったようで、ポリポリと食べておられます。
しかし、安堵の時は束の間だけ。あいつが背後から声を掛けてきたのです。
「メリナさん……もしかして、カニ料理ってそういう話で御座いますか……。唐突に『本物のカニ料理』とか、何故にカニなのか疑問ではあったのですが、まさか、こんな話だったなんて……。物事に動じないように常に心得ている私でも、さすがにドン引き……。もう人であることを諦めたので御座いますか……? しかも、その娘はカニではなくエビに近い生物の獣人ですので、本物のカニ料理になりませんし……」
失礼で無礼なアデリーナ様です。
「えっ……メリナお姉ちゃん……」
ほら、ミーナちゃんが驚いているじゃ有りませんか。
「メリナ様、何となく察しましたが、それは宜しくないですよ。絶対にダメですよ。とても怖いですよ。道を外れてます」
いつもの張り付いた笑顔だけど、ショーメ先生まで止めに来ました。
すごく居たたまれない気持ちになります。ベセリン爺でさえ、申し訳なさそうな初めて見る表情をしていましたので。
「……いやだなぁ。皆、誤解してる? ミーナちゃんのカニ腕を調理する訳ないじゃないですかぁ」
私は折れました。折れてやりました。
「……カニ料理……ってメリナお姉ちゃん、言ったって……」
「言った記憶はないから、アデリーナ様の冗談ですよ。ミーナちゃん、明日は凄く強い人が来るから、合図したらぶった斬ってね」
「う、うん……。うん!」
うふふ、まだ動揺が残っていましたが、それを振り切って、一転しての満面の笑み。
ミーナちゃん、単純です。
さて、私とアデリーナ様は神殿へと向かいました。イルゼさんの転移魔法での移動だったのですが、彼女、良い顔をしていました。
楽園の構築が順調なのだそうです。巨大なメリナ像を造る計画だと聞かされまして、そんな恥ずかしい物の完成を許す訳なく、絶対に破壊してやると誓います。
向かった先は薬師処。礼拝部や本部の建物は石造りなのですが、ここは木建て二階の造りです。
そこで、私は神殿の外の親友と再会します。
「サブリナ!!」
水色の長い髪。華奢な体。後ろ姿で分かりました。
「メリナ。本当にお久しぶり。少し大きくなられ
ましたね」
私の呼び掛けにゆっくりと振り向きます。長い髪がサラサラと揺れ流れます。
「サブリナも! 学校、どう? サルヴァのバカが悪さしていたらぶっ殺しに行くから!」
「うふふ。殿下も無事に進級されましたよ」
さて、サブリナをここに呼んだのは、間違いなくアデリーナ様です。サブリナは優しい外見に反して毒物に詳しい女性。
料理人フローレンスの毒殺を試みるに当たり、私に彼女の知識を学ばせるためでしょう。
サブリナは私の横にいたアデリーナ様に気付きます。慌てて視線を落とし、両膝を床に付けます。
アデリーナ様をこの国の王とサブリナは知っています。私の日記の朗読会に参加されていましたから。
自身が諸国連邦を独立させようとしていた罪を詫びているつもりなのでしょう。
それをアデリーナ様は鷹揚に赦します。軽く会話も交わし、サブリナを自らの手で立たせたりもしました。
礼儀正しいサブリナは感謝の言葉をアデリーナ様に伝えます。
「はい、メリナ」
平静を取り戻したサブリナが一匹の魚の尾ひれを持って、私に寄越しました。
お腹が膨らんでいて、全体的に丸い変わった魚。動かないので、もう死んでいるのでしょう。
「今朝、私の国許で水揚げされた新鮮なヤツだよ。氷で冷やしておくと良いから」
……毒ではなく、普通に食材なのでしょうか。
「……美味しいの、これ?」
見たことのない形で、私が知っている魚と比べるとコミカルな印象がします。
「美味しいよ。でも、メリナ、美味しいけど食べちゃダメ。凄いから」
ここでアデリーナ様が会話に入ってきます。
「サブリナ、調理方法をお願いします」
「はい。そのまま焼いても良いのですが、内臓ごと、ぶつ切りにして少なめの水で煮ますと、スープや具材にも溶け込みます。念のために3尾持ってきました」
……何が溶け込むのか……。
「気を付けることは?」
「特にないです。メリナでも簡単に効果を発揮できます」
……効果……?
「そう。薬師処のケイトさんがお薦めした人材ですので、貴女には期待しております」
ケイトさん、薬師処所属のベテラン巫女さんですね。あの人も穏和な顔と口調をしているのに毒物の専門家です。魔物駆除殲滅部の隣の畑で毒草を育てたりしていました。
「はい。ケイト師に認められるなんて嬉しいです」
……師とか呼んでる。あの人も魔物駆除殲滅部の者共とは系統が違うけど危ない人ですよ。サブリナ、戻ってきなさい。
「他にメリナさんが学ぶべきことは?」
「すみません。メリナは、その学業には向いてないと感じてまして、余り多くのことは覚えられないって思うか……えーと……記憶力は悪い訳じゃないんですが、難しいことは不得手と言うか……」
「分かりました。学友としての率直な意見、ありがとう御座いました」
「は? サブリナ、誤解してません? 私、面積を求めるテストではトップでしたよ!」
主張はしておきます。まるで私がバカだと言われた気がしましたので。
「ご、ごめん、メリナ! そうですよね。メリナは何でもできるもんね。あんなに一緒に居たのに、メリナと授業を受けた記憶が一回しかなくて、勝手に学業が苦手な方なんだと思ってしまったの! 本当にごめん」
「構いませんよ。貴女の眼は真実を見抜いているので御座いますから」
歯軋りをしそうになりましたが、親友の前で行儀悪くするのは良くないので堪えました。
「メリナ、気を悪くしないで。私が勘違いしていただけだから。お詫びと言っては違う気がするけど、私、貴女の活躍を絵にしているのよ。完成したら是非見にきて欲しい」
マジで詫びじゃなくて嫌がらせですよ。
「はい……」
私は、しかし、サブリナを深く傷付ける言葉を発することはできませんでした。
「えぇ、サブリナ。照れて嬉しさを表現できないメリナさんに代わり、お礼申し上げます。メリナさんは貴女の絵を宿の廊下に飾るくらいに好んでいるので御座いますよ」
魔除け的な意味合いで。あと、好んでない。
「そうなんですか!? 嬉しい、メリナ! そうだ! 失礼ながら、アデリーナ陛下にも私の絵をプレゼントしてよろしいでしょうか?」
次は私が即座に反応します。
「まぁ、素晴らしい! うん、グッドアイデア! 私なんかよりアデリーナ様を描いた方がいいよ!」
過剰なくらいに同意しました。
「私、丹精込めて素敵な陛下の絵を作り上げます!」
「……ん、えぇ。そうで御座いますね……。メリナさんの次でよろしいかと……」
アデリーナ様であっても、サブリナの純真な瞳を見てしまえば断ることができなかったみたいです。面白い。
絶対に凄い絵になるはずです。国宝と致しましょう。
「シャールにお兄様がいると手紙を貰っていたのですが、お会いできるでしょうか」
兄とは剣王のことです。兄を慕っているサブリナとしては表情では隠していますが、非常に気になることなのでしょう。
「すみませんね、不在です。遠くで仕事中です」
私の返答にサブリナは顔を曇らせましたが、すぐに気を取り直します。
「メリナが言うのだから、本当に遠いのでしょうね。お仕事なら私も手伝えたら良かったのですが」
「剣王はネオ神聖メリナ王国の建国中で御座います」
っ!? アデリーナ、貴様ッ!!
その恥辱にまみれた国名を既成事実にしようとしているのかッ!!
「まぁ、大役ですね!」
そう言いながら、口に手を持っていって驚くサブリナは大袈裟だと思いました。女王の面白くない発言に対しておもてなしの心を見せたのでしょうか。
「私もマイア正教メリナ派の信者として、建国に携わりたいです。でも、私の才能なんて使い道あるかな」
毒の知識も、呪われた様な絵を描く技術も不要ですね。自覚がある分、ましだとは思いました。
その後、知己のマリールに会いに行くとサブリナは去りまして、アデリーナ様も彼女の案内をすると言って居なくなりました。
私の手元には有毒と思われる魚が残り、桶を借りて、その中に入れました。
素手で触ったのが大変に怖くて、丹念な手洗いも忘れません。
明日の対決会場はシャールの郊外。
アデリーナ様が迎えに来てくれるそうです。あの人、本当に暇なのかな。




