面接とオズワルドの災難
宿の食堂のテーブル配置を変えて、ここを面接会場としました。長机の奥に私たち面接官が座る予定で、机の前に簡素な丸椅子が一つ置かれています。ここにオズワルドさんの嫁候補が座るのです。
ロビーにも丸椅子を何個か運んで控え室とし、ベセリン爺やショーメ先生が誘導を務めます。ベセリンが連れてきた、諸国連邦で私の世話をしてくれた2人の娘、いつもはショーメ先生のメイド仕事のお手伝いをしてくれているのですが、今日は候補者の案内役に任じてお外に立って頂いています。
最後にオズワルドさんを食堂に呼んで準備万端。
「何ですか、メリナ様?」
「オズワルドさんの嫁候補に対する面接を今から行います」
「はぁ。何だか大掛かりですね」
「良いマッチングが出来たら良いですね。さあさあ、そちらの席に座りましょう」
「はぁ」
気概は感じられないけれども、堂々と椅子に座るオズワルドさんはふてぶてしいと思いました。
「ところで、メリナ様、私の希望する条件の方はいらっしゃいますかね?」
「勿論です」
「はぁ、期待せずにいますね」
なんて、答えたオズワルドさんですが、その目が少しギラついたのを私は見逃しません。このオズワルド、ただの冴えないおっさんに見えて、もしかして意外に抜け目ないのか。
「メリナ様、お客様で御座います」
しばらくしてから、ベセリン爺の嗄れた声が扉の向こうから聞こえてきました。
いよいよ1人目ですね。
私が「お入りください」という前に、ドアがガチャリと開かれました。
「ひっ!?」
オズワルドさんが短く悲鳴を上げます。
それを無視して私は入ってきた輝く金髪の持ち主に冷酷に告げます。
「失格です。全くノーノックとは、女性の、いえ、人としての慎みってのが欠如していますね。そのままお帰りなさい。時間の無駄です」
いやー、気持ちいい。大犯罪者を断罪している気分ですよ。
「ノック代わりに私の部屋の扉を蹴破る人が何を仰っておられるのかしら、ねぇ、メリナさん」
チッ。
帰れって言ったのに接近して来やがりました。
こいつはアデリーナ様です。最悪です。
「メリナさん、今日は毒についての学習だと言ったでしょ?」
うっさい。
「アデリーナ様、すみません。午前中は採用面接で忙しいのです。オズワルドさんからもこの不躾な人に苦言を申してください」
「あ、現人神たるアデリーナ様。本日はこの様な戯れに足を――」
「運んでおりませんよ。当然ながら別件で御座います」
オズワルドさんは震える声で返したのに、アデリーナ様はにべもない。
仕方ない。私がはっきりと言ってやりましょう。
「繰り返しますが、今日はオズワルドさんの嫁候補の面接日なんです。午前中に終わりますので待って頂けませんか?」
「その辺を飛んでる蝿と結婚させておきなさい」
鬼ですね。
「私としてはそれでも良いのですが、王都に住んでいるお母さんを呼び寄せる為なんです。息子から紹介された嫁が蝿だったら泣き崩れません?」
「明らかに異常でございますから、息子が自分を呼び寄せる為の方便と取られるでしょう」
「いやー、どうでしょうね。でも、もう良いです。アデリーナ様もこちらに座って、一緒に面接官をします?」
「ふむ。私の眼力に頼りたいと。メリナさんはそう言うのですね?」
「……はい」
そんな訳あるかと叫びたいところですが、面接に来られた方をお待たせするのは失礼です。だから、アデリーナ様との茶番はさっさっと終わらせたいのです。
アデリーナ様はオズワルドさんを挟んで、わたしの反対側に座りました。椅子はベセリン爺が持ってきてくれました。
「次の方をお願いしまーす」
私が座ったまま、扉の向こうに戻ったベセリン爺に指示します。
トントントンとリズミカルに、また相手の謙虚な心が分かる音量でノックがされました。
そして、ゆっくりと開かれる扉から現れたのは巫女服に身を包んだシェラ。見事に手入れされた金髪を揺らしながら一礼をし、そして、置かれた椅子へとたおやかに進みます。
完璧。完全なる淑女です。これですよ。私が成りたかった女性像は。
「シェラ・サラン・シャール・ディームディー・タブラナルで御座います。本日は私どもにとって佳日となりますように」
椅子の前で立ち止まって名乗り、それから、スカートに皺が入らないように整えながら、彼女にとっては粗末過ぎる木製椅子を気にもせずに座ります。
しかし、シェラの名前も私に劣らず長くなってますね。しかも最後はタブラナルとか付いてます。
勝手に付けられた私の本名はメリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロでして、デル・ノノニルがノノン村出身のって意味で、ラッセンは領地名で、且つ、そこを治める貴族は公爵と決まっているので位も表します。最後のバロは一代限りを表す限定語って、コリーさんに説明されたことがあります。
シェラ、もしかして王都タブラナルを領地に貰ったのかな……。スゲーな……。そこ、王の地ですよ。
「本当に来た……」
思わず、オズワルドさんが感嘆の声を出します。それで私は我に返ります。
こいつ、マジでシェラを狙って、あの条件を私に提示しやがったのか。
それをシェラも理解したのでしょう。
「我が友であり、永遠なる王国の主立であるメリナ公爵閣下にお呼ばれする光栄に感謝致します。ところで、ご事情をお察しするに、名もなき者の戯れにして愚かなる言葉を、シャールの湖の如く澄まされて優しき公爵閣下は聞き入れられ、一目でも、その者には僭越ながらも領主の娘である私を目にさせてやりたいとの篤き慈愛を賜られたので御座いましょう。そのような不届き者など打ち捨てるのが道理のことでありますのに、閣下の御心には普段より感銘するばかりで御座います」
ん? 婉曲的にオズワルドさんを殺せって言いました?
「それではご満足されたでしょうので、私めは失礼致します。アデリーナ陛下にも貴女様の親友たる私から改めてのお願いで御座います。その者に慈悲深き処分を」
シェラはそう言ってから、約束の金貨の入ってあるであろう皮袋を私に渡して退出致しました。
「アデリーナ様。慈悲深き処分って、一応、意味を聞いて良いですか?」
「内容は任せるって意味でしょうね。よくやる脅しで御座いますよ。ねぇ、オズワルド?」
「ほ、本当にいらっしゃるとは思ってなかったんです……」
「神殿に寄付金を入れればシェラも赦すでしょう。災難で御座いましたね」
「は、はい……」
オズワルドさん、凄い汗です。
「オズワルドさん、次から本当の嫁さん候補達ですからね。しっかり頑張りましょう」
「まだやるんですか? もうお腹いっぱいですので……」
「爺ぃ、次の方をお願いします」
扉から出てきたのは、汚い服の男でした。筋肉はあるみたいですね。冒険者か。
「おう。ペットのオズワルドちゃんはどこだ?」
呼ばれた主とアデリーナ様の視線が私に向けられました。
「痩せた豚みたいなのがいるんだろう? どこだ?」
「すみません。若くて美人で巨乳で優しい人を募集したんですが?」
念のために確認します。
「あぁ、俺、美人だろ。あと、ほら、巨乳」
自分の胸を両脇から押して盛り上げやがりました。
「不合格です。金貨一枚やるのでお帰りください」
「おっ、ラッキー」
彼は投げた金貨を片手で受け止め、そのまま部屋を出ていきました。
「マジで貰えたぞ。スゲーわ」
「マジ? 公爵いた?」
「いたいた、多分いた。黒髪のヤツだっけ。豚っぽいのもいた。あと、知らない金髪もいた。そっちは怖そうだから絡むなよ」
「マジか。さっき出てったのも貴族っぽかったもんな」
「だな。竜の巫女だったしな」
「この依頼を受けなかったヤツは大損だな」
「あぁ、結局、皆、受けねーんだもんな」
「で、魔物だったか?」
「自分で見な。んじゃ、帰るわ」
待合室としているロビーから聞こえるのは全て男の声でした。あいつら、図々しいな。依頼書の備考欄を完全無視して金貨を貰って帰るつもりなのか……。
腹立たしいが、これくらい逞しくなければ冒険者なんて命懸けの仕事は勤まらないのかもしれません。
「ベセリン、女性だけ選んで部屋の中へ全員入れてください」
「承知致しました」
残る男性陣4人からブーイングの嵐でしたが、報酬の中途金を配ることで収まります。
そして、今、ずらりと並んだ女性が5名。
意外に来ていましたね。
「はい。それでは、面接を始めます。名前は後で聞きますので、自己アピールを簡潔にお願いします」
左端から始めて貰いました。
「豚の世話は村にいた頃にやってました。屠殺もできます。ペットを殺したら、このホテルを貰えるって?」
「豚と寝るのは嫌なので、金だけくれ」
「あー、それが豚か。マジで似てる、ギャハハ」
「うわ、金髪のあんた、美人じゃん。あんたが豚の世話したら、あはは。笑えるー」
「……ご飯食べたいです。何でもします……」
一人だけ毛色の違う存在がいますね。良かった。他はアバズレとしか表現のしようがない酷い状況です。
ミーナちゃんは来ていないっぽいですね。お母さんに止められたかな。
「オズワルドさん、一番右の人で決まりでしょうか?」
「それよりも、私、さっきからペットだとか豚だとか言われて、心が傷付いているのですが」
「結婚する前から熟年夫婦みたいです。凄い」
「そんな殺伐とした関係、絶対に夫婦じゃないです」
彼女らから要求されたので、金貨をそれぞれに渡しますと、一人を残して皆さんは帰ってしまいました。「何でもします」と言った、汚ない服の女の子だけです。よく見たら片腕がありません。
「オズワルドさん、この子で決まりましたね」
「私にも選ぶ権利がありますし、この子、まだ結婚が推奨される歳じゃないと思いますね」
そうかな。私と同じくらいに見えますが……。
「目の挙動と足の筋肉の付き方からすると獣人。片腕なのは、そこが獣の部位で自分で斬り落としたんだと思いますよ」
目の挙動? いや、まあ、伏し目がちですけど、内気なだけじゃないかな。
足の筋肉は……あっ、確かに右脚の方が微妙に太いですね。そんなので分かるんだ、オズワルドさん、実は物知りだったんですね。
獣人は成長が倍くらいに速いと聞きますので、実際の年齢は私の半分くらい、8、9歳か。
「腕、治しましょうか? 魔法ですぐですよ」
私は震えて立つ少女に提案します。
「……要らない。あの腕のせいで辛かった。お金も要らないから、私を助けて……」
とても悲壮な声色でして、今はお嫁さん面接だったはずなのに、凄く深刻な雰囲気になってしまいました。何を助けて欲しいのか、体に反して幼い中身では説明できないのかもしれません。
「獣人と結婚しただなんて母親に伝えたら卒倒されますよ。はい、今回の縁談話はこれで終わりです」
オズワルドさんは立とうとしましたが、アデリーナ様が動かなかったので、それを気にします。
「オズワルド、助けを求める悪意なき者を無視するなど、私の名を穢すつもりで御座いましょうか?」
「いえ、そういう訳では――」
「王命で御座います。嫁にしろとは申しません。その者が幸せを感じるように善処なさい。2年前に私はお前を生かす判断をしましたが、お前の業績は私の期待を下回っております。最後の機会で御座いましょう。文字通り、懸命に取り掛かりなさい」
一気にオズワルドさんが青褪めます。
アデリーナ様のきつい言葉はシェラの「慈悲深き処分」を意識したものかもしれません。
部屋が静かになりました。
私としては獣人の子が笑えるように何か冗談を言いたい気分なのですが、良い案が出てきません。
なので、オズワルドさんの肩を優しくトントンと叩いて食堂を出ました。
頑張れ、オズワルドさん! 今、突然のプロポーズをアデリーナ様にしたら、良い感じに大爆笑を取れるんじゃないかな。
さて、ロビーに出た瞬間、ミーナちゃんがホテルに猛スピードで突っ込んできて私は大変にビックリしました。




