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深慮遠謀のメリナ

 一晩、考えました。

 若い、美人、巨乳、優しい。

 これらに合致する女性を私は知っています。


 現シャール伯爵の娘であり、竜の巫女として私の同期であるシェラ。

 しかも、美人の中のジャンルにおいても、清純派に当てはまります。更には、人に言えない嗜好までも合ってます。

 まるでオズワルドさんの妻となるために生まれてきた如くで、信じたくはありませんが、2人の間に運命的なものまで感じてしまいました。


 仕方御座いません。

 夜が明ける前から、私は鞄を背負って街の反対側に位置する竜神殿へと出発しました。



 歩きながら考えたものです。

 果たしてシェラがこの縁談を良しとするか。いえ、考えるまでもありません。

 「薄汚いおっさんの嫁になりませんか」などと、誰であっても拒否でしょうし、そんな紹介をした私に対しても不信感を持ち、大切な友情にヒビが入ってしまうかもしれません。


 しかしながら、オズワルドさんの希望を叶えない訳にもいかない。いえ、遠く離れた王都で独り暮らしの彼の老母を思えば、何としてもオズワルドさんは結婚しないとなりません。

 シェラには一応伝えまして、万が一ですが、彼女が了承すれば丸く収まるのです。


 しかし、万が一の事態です。人々から深慮遠謀の顕現と呼ばれてもおかしくない私は、次の手をちゃんと用意しております。



 巫女さん達の出勤時間に間に合いました。

 見習いさんは新人寮での集団生活ですが、お金のある巫女さんの大半は神殿の外に家を借りて、神殿に通われています。


 私としてはその出勤時間の分、余分に早起きしないといけませんし、お食事も自分で用意しないといけないから、寮生活の方が絶対に快適だと思うのですが、マリールは「オンオフの切り替えも必要よ」なんて言ってました。

 あぁ、シェラやマリールが新人寮を退去してしまった時は大変に寂しかったのを覚えています。



 今、思い返しても暗い気持ちになりますね。ブンブンと頭を振って、気を取り直します。


 ソニアちゃんの街で貰った若草色のワンピースを着た私は正門の前に立って、ぞくぞくとやって来る黒い巫女服に身を包んだ方々を次々に見送ります。


 しばらく待ちまして、もう神殿に入ってしまっていたかなと心配になるくらいの時、彼女はやって来ました。

 社交界では黄金メロンと異名を取る立派な胸が凄く目立っていて、魔力感知を使うまでも有りませんでした。


「シェラ、おはよう!」


「あら、メリナ。おはようございます。今日は珍しい服装ですわね」


「えぇ、貰い物なんです」



 私たちは並び歩いて、神殿の中庭から礼拝部へと向かいます。

 そして、他愛もない会話の後に、シェラへの用件を伝えました。



「えっ、私に縁談ですか?」


「そう。若くて美人で胸が大きくて優しい。この条件って、私にはシェラしか思い浮かばなかったの」


 少しだけ間が空いてからシェラが答えます。


「一応聞くだけですが、お相手はどなたです?」


「私が泊まっている宿の支配人」


「分かりました。お会いもせずにお断りではメリナの面子に関わりますよね。縁談が進むことはありませんが、了解致しました。明日に宿へ向かえばよろしいですか?」


「醜いおっさんですよ……?」


「会うだけですので」


 そう言ったシェラの微笑みは大変に輝いて見えました。

 そして、今になって、ようやく私はこの大切な友人をオズワルドさんの毒牙にだけは掛けてはならないと誓ったのでした。


「ところで、メリナ」


「何?」


「お貸ししているお金なのですけど、元金4010王国ディナル、それに1割の手数料を加えて4411。トゴで2回回りましたので、今は9924なの。メリナがお忘れないか不安でして……」


 倍以上になってる……。聞いたことのない手数料も加算されてる……。えっ、何? 悪徳高利貸し?


「メリナ、利子だけでも頂きたいの。今、払える?」


「……いえ、ちょっと厳しい……かな」


 この背中の小さな鞄に金貨がぎっしり入ってる訳ないよね? 分かってるよね?


「だと思いますわ。だから、私、用意しておりました」


 シェラは胸元から紙を2枚出してきます。ぷるるんと胸が揺れます。

 それにしても準備が良い。もしかして、いつでも出せるように携帯されていたのでしょうか。


「メリナの領地代官から取り立てる為の証文です。代官は友人ではありませんので、以後の利子はトゴからトトに変えさせて頂きます。ここにサインをしてから拇印で割印をお願いしますわね。大丈夫だから」


「え?」


 戸惑う私をシェラは優しく私をベンチへと導き、どこにどうすれば良いのか教えてくれました。

 条文はとても短くて、先程シェラが説明してくれた通りのことが書かれています。なお、トトとは10日で倍になる利子のことでした。


「勝手に借金が移るの?」


「忠実な家来なら喜んで払いますよ。貴族の常識だから大丈夫ですわ」


「本当?」


「疑われたら困りますわ」


 ペンを持たされても躊躇していた私なのですが、シェラの優しい顔を見て、サインを決意します。サラサラと書きまして、彼女が渡してきたインク壺に指を入れてペタペタと押印しました。


 コリーさん、ごめんなさい。私の借金が貴女に与えられました。当人が不在でしかも認知していないのに、凄いです。


 しかし、何だか肩の荷が下りて、清々しい気がします。心のどこかで借金を気にしていたのかもしれません。

 青空って、こんなにきれいだったんだ。


 コリーさん、借金の返済を頑張ろうね。私も可能な限り応援するから。



「そう言えば、中途半端な金額でしたね。金貨76枚を更に借金して1万枚にしましょう。コリーさんに付けておいて下さい」


「はい、了解です」


 明日、宿に来るときに残りを渡すという約束でシェラの手持ちの金貨を頂きました。

 

 借金返済のみならず、お金まで手に入れてしまいました。素晴らしい。貴族の世界って素晴らしいんですね。初めて貴族になって良かったと思いました。



 さて、シェラも去り、私も神殿での用は済んだので次の所へ行こうとした時です。座る私の前に人影が掛かります。

 金縁の巫女服はあの人ですね。


「メリナさん、お元気?」


「はい。巫女長はお体、変化ないですか? 更に分裂とかないですか?」


 平静を保てました。


「ありがとう。ないわよ、うふふ。暴れん坊の私も倒してくれたみたいね。残りは、あの竜喰らいの悪魔だけ。滅ぼすことを頼りにしているわね、メリナさん」


 穏やかな表情。でも、意思と単語は強烈。


「仲良くされてはいけないのですか?」


「ダメなのよ。会うと無性に殺したくなるの。私、呪われているのかしら」


 精神魔法のスペシャリストでも呪われるんだ。……それもそうか。どちらも気持ち悪い魔法ですが、呪いの方が禍々しくて、魔法としても系統が異なりそうですものね。


 そうだ! 呪いなら聖竜様にお願いして解いてもらえば良いですね。アデリーナ様の足が激臭になる猛烈な呪いさえも、あっさりと聖竜様が解決されましたのを覚えております。


「巫女長、すみません。本日は忙しいのでここで失礼します」


 しかし、私は巫女長にそのアイデアを申しません。言えば、竜好きの彼女は聖竜様に会いたいと騒ぐ可能性があるからです。


「あらあら、そうなの? 残念だわ。でも、今後とも頼むわね、部長候補さん」


 っ!? 立ち上がったばかりの私は巫女長のお言葉に驚きました。


「アデリーナさんからご相談を受けたのよ」


 ……おぉ、アデリーナ様、私の前では憎まれ口でしたが、組織のトップに相談する程にまで、前向きにメリナ新部長案を進めていたのですか。

 あいつに人事権があるのかと極めて疑問ですが、その思いは褒めてやりましょう。



 巫女長と別れた私は、心軽やかに次の目的地へと向かいました。

 場所は街の外の冒険者ギルドのある地区。


 相変わらず汚ない建物が道沿いに並んでいますが、行き交う人の数は多く、活気に溢れていました。ギルドの中も人の熱気を感じさせるものでした。仕事を選ぶ彼らの喧騒が心地よい。



 人波を掻き分けて職員の立つカウンターへと向かいます。


「すみません。仕事を依頼したいのですが?」


「こちらにお書きください」


 カウンターのお姉さんが書類をくれて、私は書き書きするために端っこに寄ったのでした。

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― 新着の感想 ―
どう考えてもイカレた契約書なのに違法性ないってすごいな 暴力特化の詐欺師が一番儲かりそう
[一言] 140日後には金貨8千万枚、約1メリナになる計算ですね。トゴがお友達価格であったことに動揺を隠し切れない
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