表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/391

オズワルドの理想

 さて、アデリーナ様もお帰りになられましたし、何をしましょうかね。

 神殿でお仕事をしたいのは山々ですが、この宿からは遠いし、移動に便利なガランガドーさんも不在となりました。なので、無理です。誰も文句は言えない完璧な理由です。


 うふふ、まだお昼にもなっていないのに、この状況。……サイコーです。

 私は自由。空を飛ぶ鳥のように自由。

 よく考えると、久々にやって来た有閑です。人間には休息が必要で、それは当然に私も欲していたものでした。


 ショーメ先生から余計な揉め事を引き受けさせられる予感がしたので、早々に日記帳を持って食堂を出ます。ベセリン爺が扉を開けてくれました。



 出た先はホテルの玄関口、ロビーです。赤毛の絨毯がふかふかで、そこに上部にある窓から日光が差していました。

 そんな穏やかな場所なのに、カウンターに座るオズワルドさんは下を向いて、ウンウンと唸っているのです。


 声を掛けるべき否か。

 私は迷いましたが、このホテルの支配人が苦しんでいるのです。もしかしたら倒産の危機とかで私の安寧を脅かす事態であれば、極めて一大事です。なので、優しく問い掛けます。



「お悩みごとですか?」


「メリナ様……いえ、お気遣いなく」


 チラッと見ると、オズワルドさんの前には何かが書かれた紙が置かれていました。


「まあまあ、ご協力しますよ。何せ私はオズワルドさんにお世話になっていますから。恩返しさせて頂きます」


 そう言って、私はその紙を取り上げます。



 手紙でした。

 繊細な文字からして、書き手は女性でしょう。

 ふむ、恋文と直感します。


 中年のオズワルドさんが年甲斐も考えず、若い女に恋心を抱き、それを相手は気持ち悪く思って、丁重にして辛辣なお断りの文を頂いたのだと、私は読む前から判断しました。



“そんなにあなたは筆まめでしたか? 何にしろ、こちらは安全です。活気は以前と比べるまでもありませんが、食べ物は欠けていません。”


 ん? なんだ? 一応、何かを断っているみたいですが……。


“優しいあなたは一緒に住もうと言ってくれますが、住み慣れた王都を離れることは老体の私には厳しくあります”


 同居を断られているけど、老体ってあるから恋沙汰ではないか。


“お父さんの墓も守らないとなりませんし、あなたが生まれ育った家を手離すのも忍びなく思います。でも、遠く離れたシャールにいる可愛いオズワルド、あなたにお願いしたいことがあります”


 オズワルドさんは決して可愛くありません。どちらかと言うと醜いです。


 老体過ぎて、ボケが始まっているのでしょうか。って、これ、オズワルドさんのお母さんからの手紙ですね。


 お願いってのが気になります。


“早く私に孫の顔を見せて欲しいの。それに、いつまでも独り身だと歳を取ってから困るわよ。私と一緒に暮らす前に、あなたが一生の伴侶を見つけなさい。話はそれからです”


 なるほど。中年のオズワルドさんは、その年なのに独身。結婚相手を見つけて安心させろと言っているのですね。



「ふむ。これを読んでオズワルドさんはどう思ったのですか?」


「いや、まぁ、どうってことはないんですが、ババァは片意地を張らずに息子の言うこと聞いて、トットッと黙って引っ越してこい、って思いました」


 は? 親の心、子知らずとはよく言ったものです。


「ったく、オズワルドさんには幻滅ですよ。そんなことでは決してお母様はシャールに来ません。考えを改めるべきですね」


「しかし、メリナ様。年老いた母を一人息子が心配するのは当然でしょ。なのに、何回言っても意固地に王都から動こうとしないんです。ハァ、歳を喰うと、こうも頑固になるもんなんですね」


 ダメダメです。全く母心が分かっていない。


「オズワルドさん。ヒントはこの手紙に書いてあるのです。孫の顔を見せたいとか、結婚するから式に出てくれとか、そう言えば、お母様もシャールに来てくれますよ。『話はそれから』って書いてあるじゃないですか」


 私の言葉にオズワルドさんは暫し沈黙してから答えます。


「分かっています……」


「恋人とか居ないんですか?」


 私は尋ねます。


「残念ながらいません」


「昔から?」


「王都に居た頃は愛人を何人か囲っていましたが、恋人じゃなかったです」


 いけしゃあしゃあと、よくもそんな言葉を吐けましたね。お前、鏡でよく顔を見てから嘘を言いなさい。


「その時に結婚する気は?」


「昔はなかったんですよ。気を悪くされたらすみませんが、ほら、こちらが気を許せば、女って面倒になるじゃないですか。自由時間は減るし、金は頼るし、急に不機嫌になったりするし。結婚なんてしたら損をするって考えていました」


 まぁ!

 なんて傲慢! お前のその偉そうな態度を先ず省みろってんです!


「今は違いますよ。結婚相談所に行こうかと悩んでいました」


 ふむ。なるほど。


「オズワルドさん、ここに結婚したい女性像について書いてください」


 私が手助けしてやりましょう。

 なぜなら、このオズワルドさんの見た目を考慮するに嫁を紹介するなんて、大変に困難な仕事。痩せ気味の豚と結婚しろと言っているも同然。

 結婚相談所からお断りされ兼ねない事案です。


「えっ、良いのですか? 期待してしまいますよ」


 私は日記帳を手渡し、今日の欄に彼の理想を書いて貰いました。これで、日記のノルマも達成してウィンウィンです。


「はい。書き終わりました。どうぞ宜しくお願いします」


「条件はこれだけですか?」


「はい。贅沢は決して申しません」


 

 うふふ、楽しみです。彼がどんな人が好みなのか見てみましょう。そして、私は愛の伝道師となるのです。竜の巫女に次ぐ天職となるやもしれません。



「まずは若い娘ですか……。ショーメ先生くらい?」


「もっと若いのが良いです」


「は? 先生に殺されなさい」


 お前からしたらショーメ先生でも20、いや、30くらい離れているでしょうに。


「お言葉ですが、自分は理想を高くして生きる方針ですので」


「お前、贅沢は言わないって言ったばかりでしょ」


「贅沢ではありません。世の常識で御座います」


 口先は達者ですね。



「次は美人?」


「はい。連れて歩いたら、他の男どもが皆、振り向くくらいの美しさです。欲を言えば、清純派が好ましい」


「清純派?」


 不思議な響きの言葉でした。


「はい。純粋に清純なのは好みません。大概は頭がおかしいヤツか、生活力のないヤツですので。そうですね、理想は見た目だけ清純で、2人きりになれば乱れまくりが良いです」


 死ね! 腐乱死体になってしまえ!

 ……しかし、あくまで理想です。願うだけなら許してやらないこともない。



「3番目は巨乳って……。何の意味があるんですか……」


「男にしか分からないロマンです。あぁ、そうだ。先程の青い髪の女くらいが最低ラインでしょうか。あくまでギリギリですけどね」


「お前、母親が悲しみますよ。ここまで外見しか書いてないじゃないですか?」


「あれ? ふむ、そうですね……。メリナ様の権力に期待して、無意識ながら、自分の心に正直になり過ぎましたかね」


 ふぅ。こいつ、クズなんじゃないでしょうか。いえ、こいつは真性の隠れマジクズだと断言しましょう。



「メリナ様、どうしましたか? やっぱり難しいでしょうか?」


「難しいってレベルじゃない気がします。しかし、考えます」


「あと、最後、優しい方が良いと書いていますのでお忘れなく」


「はいはい。検討します。数日頂ければ、候補者を連れて来ます。それまで楽しみにしていて下さい」


「えぇ、お願い致します。でも、自分の努力も忘れません。やはり結婚相談所にも行って参ります」


 止めはしませんでした。

 私の手にも余る予感がしていたからです。これは、かなりの難易度ですよ。

◯メリナ観察日記21


・若い

・美人

・巨乳

・優しい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] オズワルドさんの縁談は当初からのプロットでありましょうか(笑) [一言] 混乱爆発の予兆を予測しておりましたが、ここで新たな混沌を持ち込むのが著者様で御座いましたね(笑)
[良い点] 理想が高すぎて女性に誑かされることはなさそうなオズワルドさん [気になる点] メリナはどんな人を連れてくるのか・・・ [一言] 2人きりになれば乱れまくり(鞭乱舞)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ