オズワルドの理想
さて、アデリーナ様もお帰りになられましたし、何をしましょうかね。
神殿でお仕事をしたいのは山々ですが、この宿からは遠いし、移動に便利なガランガドーさんも不在となりました。なので、無理です。誰も文句は言えない完璧な理由です。
うふふ、まだお昼にもなっていないのに、この状況。……サイコーです。
私は自由。空を飛ぶ鳥のように自由。
よく考えると、久々にやって来た有閑です。人間には休息が必要で、それは当然に私も欲していたものでした。
ショーメ先生から余計な揉め事を引き受けさせられる予感がしたので、早々に日記帳を持って食堂を出ます。ベセリン爺が扉を開けてくれました。
出た先はホテルの玄関口、ロビーです。赤毛の絨毯がふかふかで、そこに上部にある窓から日光が差していました。
そんな穏やかな場所なのに、カウンターに座るオズワルドさんは下を向いて、ウンウンと唸っているのです。
声を掛けるべき否か。
私は迷いましたが、このホテルの支配人が苦しんでいるのです。もしかしたら倒産の危機とかで私の安寧を脅かす事態であれば、極めて一大事です。なので、優しく問い掛けます。
「お悩みごとですか?」
「メリナ様……いえ、お気遣いなく」
チラッと見ると、オズワルドさんの前には何かが書かれた紙が置かれていました。
「まあまあ、ご協力しますよ。何せ私はオズワルドさんにお世話になっていますから。恩返しさせて頂きます」
そう言って、私はその紙を取り上げます。
手紙でした。
繊細な文字からして、書き手は女性でしょう。
ふむ、恋文と直感します。
中年のオズワルドさんが年甲斐も考えず、若い女に恋心を抱き、それを相手は気持ち悪く思って、丁重にして辛辣なお断りの文を頂いたのだと、私は読む前から判断しました。
“そんなにあなたは筆まめでしたか? 何にしろ、こちらは安全です。活気は以前と比べるまでもありませんが、食べ物は欠けていません。”
ん? なんだ? 一応、何かを断っているみたいですが……。
“優しいあなたは一緒に住もうと言ってくれますが、住み慣れた王都を離れることは老体の私には厳しくあります”
同居を断られているけど、老体ってあるから恋沙汰ではないか。
“お父さんの墓も守らないとなりませんし、あなたが生まれ育った家を手離すのも忍びなく思います。でも、遠く離れたシャールにいる可愛いオズワルド、あなたにお願いしたいことがあります”
オズワルドさんは決して可愛くありません。どちらかと言うと醜いです。
老体過ぎて、ボケが始まっているのでしょうか。って、これ、オズワルドさんのお母さんからの手紙ですね。
お願いってのが気になります。
“早く私に孫の顔を見せて欲しいの。それに、いつまでも独り身だと歳を取ってから困るわよ。私と一緒に暮らす前に、あなたが一生の伴侶を見つけなさい。話はそれからです”
なるほど。中年のオズワルドさんは、その年なのに独身。結婚相手を見つけて安心させろと言っているのですね。
「ふむ。これを読んでオズワルドさんはどう思ったのですか?」
「いや、まぁ、どうってことはないんですが、ババァは片意地を張らずに息子の言うこと聞いて、トットッと黙って引っ越してこい、って思いました」
は? 親の心、子知らずとはよく言ったものです。
「ったく、オズワルドさんには幻滅ですよ。そんなことでは決してお母様はシャールに来ません。考えを改めるべきですね」
「しかし、メリナ様。年老いた母を一人息子が心配するのは当然でしょ。なのに、何回言っても意固地に王都から動こうとしないんです。ハァ、歳を喰うと、こうも頑固になるもんなんですね」
ダメダメです。全く母心が分かっていない。
「オズワルドさん。ヒントはこの手紙に書いてあるのです。孫の顔を見せたいとか、結婚するから式に出てくれとか、そう言えば、お母様もシャールに来てくれますよ。『話はそれから』って書いてあるじゃないですか」
私の言葉にオズワルドさんは暫し沈黙してから答えます。
「分かっています……」
「恋人とか居ないんですか?」
私は尋ねます。
「残念ながらいません」
「昔から?」
「王都に居た頃は愛人を何人か囲っていましたが、恋人じゃなかったです」
いけしゃあしゃあと、よくもそんな言葉を吐けましたね。お前、鏡でよく顔を見てから嘘を言いなさい。
「その時に結婚する気は?」
「昔はなかったんですよ。気を悪くされたらすみませんが、ほら、こちらが気を許せば、女って面倒になるじゃないですか。自由時間は減るし、金は頼るし、急に不機嫌になったりするし。結婚なんてしたら損をするって考えていました」
まぁ!
なんて傲慢! お前のその偉そうな態度を先ず省みろってんです!
「今は違いますよ。結婚相談所に行こうかと悩んでいました」
ふむ。なるほど。
「オズワルドさん、ここに結婚したい女性像について書いてください」
私が手助けしてやりましょう。
なぜなら、このオズワルドさんの見た目を考慮するに嫁を紹介するなんて、大変に困難な仕事。痩せ気味の豚と結婚しろと言っているも同然。
結婚相談所からお断りされ兼ねない事案です。
「えっ、良いのですか? 期待してしまいますよ」
私は日記帳を手渡し、今日の欄に彼の理想を書いて貰いました。これで、日記のノルマも達成してウィンウィンです。
「はい。書き終わりました。どうぞ宜しくお願いします」
「条件はこれだけですか?」
「はい。贅沢は決して申しません」
うふふ、楽しみです。彼がどんな人が好みなのか見てみましょう。そして、私は愛の伝道師となるのです。竜の巫女に次ぐ天職となるやもしれません。
「まずは若い娘ですか……。ショーメ先生くらい?」
「もっと若いのが良いです」
「は? 先生に殺されなさい」
お前からしたらショーメ先生でも20、いや、30くらい離れているでしょうに。
「お言葉ですが、自分は理想を高くして生きる方針ですので」
「お前、贅沢は言わないって言ったばかりでしょ」
「贅沢ではありません。世の常識で御座います」
口先は達者ですね。
「次は美人?」
「はい。連れて歩いたら、他の男どもが皆、振り向くくらいの美しさです。欲を言えば、清純派が好ましい」
「清純派?」
不思議な響きの言葉でした。
「はい。純粋に清純なのは好みません。大概は頭がおかしいヤツか、生活力のないヤツですので。そうですね、理想は見た目だけ清純で、2人きりになれば乱れまくりが良いです」
死ね! 腐乱死体になってしまえ!
……しかし、あくまで理想です。願うだけなら許してやらないこともない。
「3番目は巨乳って……。何の意味があるんですか……」
「男にしか分からないロマンです。あぁ、そうだ。先程の青い髪の女くらいが最低ラインでしょうか。あくまでギリギリですけどね」
「お前、母親が悲しみますよ。ここまで外見しか書いてないじゃないですか?」
「あれ? ふむ、そうですね……。メリナ様の権力に期待して、無意識ながら、自分の心に正直になり過ぎましたかね」
ふぅ。こいつ、クズなんじゃないでしょうか。いえ、こいつは真性の隠れマジクズだと断言しましょう。
「メリナ様、どうしましたか? やっぱり難しいでしょうか?」
「難しいってレベルじゃない気がします。しかし、考えます」
「あと、最後、優しい方が良いと書いていますのでお忘れなく」
「はいはい。検討します。数日頂ければ、候補者を連れて来ます。それまで楽しみにしていて下さい」
「えぇ、お願い致します。でも、自分の努力も忘れません。やはり結婚相談所にも行って参ります」
止めはしませんでした。
私の手にも余る予感がしていたからです。これは、かなりの難易度ですよ。
◯メリナ観察日記21
・若い
・美人
・巨乳
・優しい




