アデリーナ様、考える
日記の読み返しが終わったのに、まだアデリーナ様は食堂から出ていきません。
「さて、困り事があるので御座います」
「結婚相手を探す前に、まず性格を柔らかくした方がよろしいですよ。はい、解決」
私は気が利くので、機先を制しました。
「それは困っておりません。昔の婚約者から未だに求婚される身ですので。そういう意味なら、困っておりますね、うふふ」
くぅ、何て余裕な顔……。一年前なら青筋を立てて怒りを見せてくれたのに。
一瞬の間が空きまして、それを機と見たルッカさんが立ち上がります。
「それじゃ、巫女さん。私は帰るね。グッバイ」
「帰ってはいけませんよ、ルッカさん。ここに座りなさい」
「もぉ、巫女さんはセルフィッシュね」
私の記憶を奪った件を追求し、理由はどうあれ部署から追放する目的があります。
そんな私の秘めたる想いも知らずに、ルッカさんは呑気に私の願いを聞いて着席するのでした。
「で、巫女さん、どういった用件なの? 私、息子のケアをしたいからビジーなんだよね」
フッ。お間抜けなヤツですよ。
「まぁ、仕方御座いませんね。それでは、そっちから処理していきましょうか」
アデリーナ様がやれやれといった感じで、ルッカさんを見ます。
「あら? アデリーナさんの用件?」
「えぇ。ルッカ、貴女はメリナさんの記憶を操作しましたね。何故で御座いますか?」
おぉ、アデリーナ様、ストレートですね。素晴らしい。
「してないわよ。未遂。聖竜様の雄化魔法が完成しそうだったから、巫女さんが興奮し過ぎて無茶をしないように鎮静魔法を打とうとしただけよ。イーブントゥルーなのよ、信じて」
それは聞きました。鎮静魔法と呼ばれる魔法が性格さえも変えるものだったことを剣王で試してもいます。
それらの情報をアデリーナ様に私は追加で伝えました。
「ゾルザックが『金持ちと結婚したい。ブスでも良い』と言ったので御座いますか? それ、鎮静魔法ではなくてクズ化魔法じゃ御座いません? メリナさんもいつも以上にクズになってましたし」
アデリーナ様の言葉を受けて、キッチンの奥からショーメ先生がクスリと笑った声が聞こえました。大変に腹立たしい。
「そんなことないって。魔法の影響で裏のキャラクターが出たのよ。ほら、アデリーナさんだって馬車に乗ったり、お酒を飲んだら性格が変わるでしょ」
ルッカさん、嘘を言っている雰囲気はないんだよなぁ。私ならここで諦めますが、アデリーナ様はどうでしょうか。
「メリナさんがルッカ姉さんと呼んでいた件は?」
「知らないわよ。巫女さん、お姉さんが欲しかったんじゃない?」
「……確かに帝国の者も勝手に姉さん呼ばわりしていたか……。ルッカ、今後もメリナさんへの敵意は私への敵意と見なしますが、それでよろしい?」
「フィアフルよ。巫女さんに敵意なんか見せたら殺意で返されるじゃない」
逃げ切ったか、ルッカ。
「承知しました。さて、では、ルッカはメリナさんが記憶を失くすことで何を得たのでしょう?」
「何を得たって、何も得てないわよ。メリナさんが暴れるのを事前にストップできたくらいかな。ほら、巫女さん、いつも突拍子でしょ」
「……残念ながら信用なりません」
「えぇ! ホワイ!?」
「聖竜様の雄化魔法の完成などメリナさん以外の方には極めて興味の薄い事象。口外したところで、誰の関心も得ないでしょうし、それを利用して何か悪さをしようとも思わない。なのに、ルッカはそれを周囲の者に秘匿した。その上で、メリナさんに精神魔法を仕掛けるという、何が起こるのか分からない危険を冒した。合理的なルッカにはあるまじき行動。少なくとも、私、若しくはアシュリンには計画を伝え、不慮の事態に備えたはず。それをしなかったとなると、私に言えない理由が隠れていると推測されます」
……アデリーナ様、凄い。屁理屈にも聞こえるけど、反論が難しい。私がルッカさんの立場なら惚けるしか選択肢はない。
「えぇ? 巫女さんに精神魔法がそんなに危険なの?」
「存じ上げません。しかし、予想外に重い攻撃を受けたとメリナさんが判断した場合、過剰に大暴れする恐れを否定できない。ルッカの単独犯行と思わず、周りを疑うかもしれない。貴女はそんな可能性が頭に浮かばない者ではない。だから、周囲に黙っただけの理由がある。そう思うでしょ?」
「うーん、そう聞くと、ちゃんと伝えた方がグッドだったね。ソーリーね」
「メリナさんだけを『巫女さん』と特別呼称を使うのは?」
「あはは、巫女さんは巫女さんだもの。って、嘘よ。牢屋で出会った時に竜の巫女と名乗ったから巫女さん」
「500年前に巫女長をやっていたルッカが、竜の巫女だと名乗る娘に巫女さんと呼び掛ける? 不自然で御座います」
「ほらぁ、巫女さんはスードワット様の声が遠くでも聞こえるリアルな竜の巫女だし」
「その条件ならフローレンス巫女長も同じ。巫女長は巫女ではないと言う――あっ」
アデリーナ様が途中で話を止め、何かを考えるように目を瞑ります。
そして、ゆっくりと再び目を開きました。
「巫女長は巫女ではない、ということか……。となると、やはりルッカは隠し事をしていますね」
「そうなるのかしら? でも、本当に何もないわよ」
「分かりました。今日のところはここまでで宜しいですよ。またお話ししましょうか」
「そうね」
ルッカさんはほっとした表情で立ち去りました。
気配がなくなったのを確認してから、私は告げ口をします。
「言いそびれましたが、あいつ、魔族じゃなくて天使らしいですよ。カマを掛けたら、そんなことを口にしました」
「天使? 聖竜様の使徒って意味でしょうかね」
「今更って感じで、おかしいですよね。天使だから私を監視せざるを得ないとか言ってましたし」
「ふむぅ。メリナさん、参考になりました。ありがとうございます。ところで、どんなカマ掛けを?」
「聖竜様から聞いたと言いました」
「……メリナさん、お手柄です。なるほど、聖竜様も天使について知っておられるのですね。ならば、聖竜様にお訊きしましょう。あの方なら簡単に口を割らすことができますよ。赤子の手を捻るようなもので御座います」
食堂が静かになります。不遜過ぎて、私が衝撃を受けたからです。
それはさておき、用は済んだから、アデリーナ様、帰ってくれないかな。
「さて、私の困り事の番ですね」
あっ、忘れてました。
「メリナさんの協力が必要となりました」
「喧嘩屋征伐が終わったところですよ?」
「料理人の方が消えないのです」
……やはり、そっちは生存していたか……。
「私の攻撃では死にません。何回でも復活するので御座います」
「魔剣で断ち斬れば良いのでは?」
「魔力の粒子となって霧散するのに、翌日には現れるので御座います。ノノン村のお節介でしたか、それや、喧嘩屋の時はどうでございましたか?」
「2匹とも負けを認めてからは、すぐに消えましたが……」
またもや沈黙です。
アデリーナ様が考えを纏め終えてから口を開きます。
「負けを認めさせるのが条件か……。料理対決で勝てば宜しいのでしょうか」
「そんな、まさか」
「話は通じる相手で御座います。尋ねてみましょう」
そう言って、ようやくアデリーナ様は宿を出てくれました。
ベセリン爺がお茶のお代わりを淹れてくれまして、私はカップに唇を付けます。
そして、ガランガドーさんに心の中で呼び掛けて、命令です。
帝国の岩砂漠なる場所の様子を観察し、人が死んだ痕跡があれば全て破壊して証拠隠滅しなさいと。邪魔する者は敵と見なして殲滅ですよ! 絶対に人間の死者がゼロであったことにするのです!




