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獣を求めて

 私が緊張しながらハサミを女の子の髪に入れようとしていたら、若い女性兵士さんが代わりにやりましょうかと申し出てくれました。

 安心しました。私、他人の髪を切る経験をしたことがなく、変な髪型になったらどうしようと思っていました。うん、理髪師にはなれないなぁ。


 2人の髪の毛を切ってくれた若い女性兵士さんの手際は大変に良くて、生意気なソニアちゃんも自分の髪を撫でながら満足そうな顔をしています。


「ありがとう」


「いえ、どう致しまして」


 女性兵士さんは笑顔で対応します。

 他の門番さんと違って皮鎧じゃなくて、質の良さそうなズボンとシャツという姿です。腰に差した細身の剣も含めて装飾が多く、隊長さんクラスの偉い人なのかもしれません。

 赤い髪を後ろで簡単に束ねた髪型なのですが、それさえも粗野ではなく優雅に見えました。



「それで、メリナ様! 私達はどうすれば大金持ちになれますか!!」


 お母さんは髪がキレイになった事よりもお金でした。顔立ちは良いのですが、前へ前へとやって来るこの人の勢いがそれを台無しにしている気がします。


「お任せください!」


 私はそう答えましたが、ノープランです。

 困ったものですね。


 しかし、ここで私の頭にグッドアイデアが浮かびます。



「魔物を狩りましょう! そして、それの皮とか肉を街に持って帰って売れば良いんですよ!」


「バカ。そんなので金が貰えれば、誰も困らない」


 ……こいつ、クソガキですかね。否定するなら対案を出せって言うんです。我が儘を続けるなら、さっき口に入れたパンを返しなさい。


「私はとっても良い考えだと思うわ! 流石よ! 流石、伝説の占い師メリナ様だわ!」


 なお、お母さんのノリノリ具合に私は困惑を隠せません。

 この親子、バランス悪いです。



「あの、私もご一緒しましょうか?」


 まだ仕事場である門に帰っていなかった女性兵士さんが申し出てくれました。


「いえ、お仕事を休まれてまでは結構――」


 返事をしている最中に私は気付きます。

 ハッとした表情を兵士さんも確認されたのでしょう。


「メリナ様、やっとお気付きになられましたか?」


 にっこりと笑顔を私に向けてくれます。

 えぇ、私は本当にうっかり者です。何故に忘れていたのでしょう。

 私が口を開く前に彼女が言います。


「コリー・ロバンです。どうです? 何か思い出してきましたか?」


 はい。謎の自己紹介ありがとうございます。


 それよりも私は占い師。

 この人を占ってお金を巻き上げ――いえ、お金を頂けば良かったのです。


「占って欲しいんですよね? 分かります。だって、私、凄腕の占い師ですから。うーん、コリーさんの運命の人は……ぴこぴこぴこーん、もうあなたの前に現れていますね。身近な方です。ところで、その方がどなたか知りたいと思いますよね? この石を手にすれば、なんと! その運命の人を教えてくれます! その特別な石が、な、なんと!! ぬぁんとぉぉおお!! 今なら、金貨60枚で買えます。これは、お買い得!! お買い得ぅ!!」


「本当に、お買い得だわ!!」


 お母様の掩護射撃も頂きました。

 どうでしょ、これ。いつもより少し多めの金額を提案してみましたが、食い付いて頂けると有り難いのですが……。


 何ッ!?

 心配そうな眼っ!? 哀れみに溢れる表情っ!? どういうつもりですか、コリー!

 とてつもなく心外な対応をされました!!



「……メリナ様……。お変わりないと言うか、変わられたと言うか……凄く微妙だと思いました。でも、お元気そうで嬉しく思います」


 ……もしかして私と知り合いの方だったのかな。居心地悪いです。



「メリナはバカ。よく分かった」


 偉そうなガキですね。お前はミニアデリーナですか? ……いえいえ、すみません。言葉が過ぎました。どうして、私は唐突にアデリーナ様を悪く言ってしまったのでしょう。

 ふぅ、淑女たる私らしくありませんでしたよ。



 さて、私達は街を離れて森の中を歩いています。お母様も娘のソニアちゃんもちゃんと付いて来ています。私だけで狩りに行っても良かったのですが、お母様が幸運の草を手にした効果を知りたいと言い張るもので仕方なしです。2人の靴は半ば壊れていて移動速度が遅いんですよね。

 ソニアちゃんに至っては私があげた服もブカブカでして、より歩きそうにも感じます。


 コリーさんも来たいとは言っていましたが、「お仕事を疎かにするのは感心しませんね。上司の方が悲しみますよ」とお伝えしましたら、僅かな抵抗で辞退してくれました。



 ところどころ、木の根っこが張り出したりしている道を進みます。私達以外の人は見掛けません。でも、(わだち)はあるので、それなりに往来のある道なのかな。だから、安心して通っています。



「ソニアちゃん、大丈夫?」


 私は優しいのでクソガキでも心配してあげます。母性本能の塊みたいです、私。


「辛い。おんぶして」


「まだ限界まで行ってないですね。良かった。無意味に笑いだしたり、泣き出したら考えます」

 

「鬼」


「ソニア、お母さんが肩車しようか?」


「いらない。こないだ、それで後頭部を打ち付けられた」


 苦労されているみたいですね。うふふ、思ってはダメなのに愉快な気持ちになりました。


「ろくなヤツがいない」


 ソニアちゃん、それ、こっちのセリフですよ?



 大型の獣を求めて、私達は進みます。しかし、気配もしません。道沿いだからだと思います。魔物も人間の反撃を考慮しているのか、街道から外れないと出現率が低いんですよねぇ。

 そんな中、前方から馬車の音が聞こえてきます。



「あっ、良かったです。馬車の人に頼んで、シャールに戻りましょう」


「バカ。収穫なしで帰ったら無意味」


「お腹が空いてきたんです。ごめんなさい」


「無計画。こんなヤツに頼った私が愚かだった」


 本当に一度ちゃんと教育しないといけませんかね。クソ生意気だと今後の人生も辛いですよ。



 私が思案していると、隣のお母様が急に騒ぎます。


「もしかして、私の王子様が馬車に乗っているのかしら!」


 お母様、あなた、もう既婚者でしょうに。あっ……旦那さんと死別とかされてるのかな。


「乗ってない。お父さんに失礼」


 ソニアちゃん、適切な突っ込みをありがとうございます。



 馬車が見えてきました。


「イヤッホー! ここ、ここよ! 私の王子様ー!!」


 お母様は通常運転のハイテンションです。

 村には居なかったタイプの人なので、どう接して良いのか分かりませんね。

 走る馬車に駆けて行くのもソニアちゃんと見守っていました。森の中、突然接近してくる奇声の女性。恐怖から無視されて、馬車に跳ねられる可能性もありますね。回復魔法の心構えをしておきましょう。



 馬車は無事止まり、御者の人が降りてきました。私とソニアちゃんは遠くから眺めています。


「お母さん、凄いね」


「そうね。命知らず。あれ、ゴロツキ」


 ん? ソニアちゃんのご指摘を受けまして、私は男の人を観察します。

 男の人もこちらを見ていました。



「おい! 上玉の女だ! 野郎共、一仕事するぞ!!」


 野太い声をあげました。


「やれやれ、私は上玉か。綺麗になったのも罪なものだ」


「いや、ソニアちゃん。上玉って私のことですよ。ソニアちゃんは眼中にないですって。子供らしくない発言は良くないって言うか、薄気味悪いですよ」


 軽口を叩いていると、事態は急変します。


 男が腰から抜いた剣でお母様を撫で切ったのです。鮮血が木々に飛び散ります。



 お母様、とても陽気で元気な人でしたから、もしかしたら立ち上がるかなと思ったのですが、激しく痙攣していますね。

 私は回復魔法を掛けてあげました。

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