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第九十話 魔導師アークス・レイセフト



 ――幕切れが差し迫る中、唐突に身体を襲った熱は、そんな理不尽に対する怒りだったのかもしれない。



 身体が熱い。熱すぎるほどに。

 風邪を引いたときなど、比較にもならないほどの熱量だ。

 いつかレイセフトの家で熱を出して、寝込んでいたときのよう。

 こんな鉄火場に置かれたせいで、身体が悲鳴を上げているのか。

 それとも、死ぬという事実に心が堪えきれず、壊れ始めているのか。

 まるで全身が燃えているかのように、体温が信じられない速度で上昇していく。

 このまま動けば、二度と身体が動かなくなってしまうかのような、そんな危惧さえ抱いてしまうほど、この身は熱に囚われていた。



 ――身体が焼けついてしまうかもしれない。


 ――身体が燃え尽きてしまうかもしれない。



 そんな怯えが、囁きとなって己の心を引き締めていく。

 取り返しのつかないことになるのではないのかと。

 死んでしまうのではないのかと。



 だがそれでも、ここで負けてはならないのだ。

 そう、ここで負けては、これまで積み重ねてきた努力のすべてが、泡のように消えてなくなってしまうのだから。

 侯爵邸で戦ったあのときに。

 諦めないと言ったのだ。

 足掻いてみせると言ったのだ。

 ならば、この両腕が灼け落ちる最後の瞬間(とき)まで、己は抗わなければならないのだ――



 そうして己の心に喝を入れ直した瞬間、身体が帯びた熱が、さらにその温度を高めていく。

 しかし、なんとなくではあるが、自分はそれが悪いほてりでないように感じ始めていた。

 その証拠に、身体の熱に反比例するように、思考が徐々にクリアになっていく。

 それはまるで、いまここにある自分の身体を、別の場所で操っているような、自分を俯瞰するかの如き不思議な感覚。有名なアスリートたちが経験したという、ゾーンと呼ばれる極限の集中のただ中にでも置かれたようでもあった。



 ぼんやりとした空気の中で与えられた、ほんのわずかな猶予。目の前に見える帝国兵の動きは、水中に放り込まれたかのようにゆっくりと停滞している。

 その間に、いまの自分に残されている手段を模索して――意外とすぐに見つかった。



 体内に秘していた【練魔力】を即座に右拳に移動させて、右腕を振りかぶる。

 相手は槍持ち。間合いの関係上普通ならば当たるはずもないが、しかしこの拳が空振ることは決してない。



 ――遠当て。それがこの攻撃の正体だ。以前にラスティネル領都の倉庫で魔導師に使い、その身体をくの字に折ったのも、この技である。



 叩き込む場所に狙いを定める中、ふいに帝国兵の口元がゆがんだのが見えた。

 どうやら苦し紛れの抵抗と嘲笑ったらしいが、しかしその想像は空想だ。

 右拳を振り抜いたその直後、帝国兵は顔面に【錬魔力】の強烈な衝撃をもろに受ける。防御する術はない。そんな想像さえ働かない。だからこそ、帝国兵はその場でぐらりとよろめいた。

 なんとか倒れず踏みとどまったようだが、それでもそこから生まれてくる隙は殺しきれない。千載一遇の機会を利用し、一瞬取り落とした剣を再び持ち直して跳躍、帝国兵の首を袈裟斬りの要領ですれ違いざまに斬りつけた。



「ぐぎゃっ」



 重い水袋を斬ったような手応えと音が伝わり、悲鳴ともつかない声が聞こえてくる。

 ぱっくりと割れた首筋から一気に噴き出す鮮血を後ろにして、剣に付いた血を払う。

 背後から聞こえてくる、絶命を示すどさりと倒れ込んだ音。



 これで、一人減った。しかし帝国兵はセイランが倒した分も合わせても、まだ二十人はこの場に存在している。まだまだ、この窮地を切り抜けるには道のりは遠くあった。



 一方で、仲間が倒れたのを見咎めたのだろう、後方にいたらしい魔導師の一人がこちらを向いて呪文を唱え始めた。途切れ途切れに聞こえてくる【古代アーツ語】の単語と成語。【風よ】【ガウンの嘆き】【狂える叫びに招かれて】。それらから考えるに、これは風の魔法だ。呪文の流れからしておそらく、エピックは精霊年代から抽出、文言は七節以上のものとなる。

 距離があるからと不用意な判断を下したのか、呪文が無駄に長いのは、この場では致命的とも言える手落ちだろう。

 そんな魔法に対し、こちらが重ねる魔法は、



『――風。陣。連。衝。砕。空。破。風よ鉄輪を成せ』



 ――旋風発生型攻性魔法、【太刀風一輪(ハイブレイド)】。



 これはラスティネルの領都にある倉庫内にて、敵魔導師が使った魔法だ。つながりのない単語を重ねすぎたせいで呪文強度はひどく甘いが、魔導師が魔法を行使する前のこの状況ならば、使用に耐えうる範囲だろう。

 天に指さして、輪を回すように空気を撹拌。風圧に影響されて周囲に舞い上がった土煙を横目に、いまもって【古代アーツ語】を紡ぎ出すその口めがけ、風の戦輪を撃ち出した。



「はや――」



 幾条もの風塵の尾を糸のように後ろに引いて、風の戦輪が回転する。地面を引っ掻き、空を跳ね飛び、不規則な動きをもって差し迫るは魔導師が佇立する場所。

 魔導師の驚愕に染まった声言葉は口から紡ぎ出されるその前に、その身体と共に戦輪に切り裂かれてバラバラになって吹き飛んだ。



 ――残り、約700マナ。



 次いでこちらに敵意を向ける帝国兵がいないことを確認して、セイランを倒すために動いた帝国兵の横合いを突く方針に目的を転換する。

 ふいに、一人の帝国兵の武器が目に入った。黒槍の穂先に刻印。武器に火の力を与える【怒り】と【火者】の刻印が施されている。

 これは、ちょうどいい。



『――川場の粉ひき。小麦の粉ひき。手際は悪く、要領悪く。そのうえ横着だから手に負えない。結局麦粉は煙となって舞い散った』



 ――煙幕散布型助性魔法、【水車小屋での失態(エクスポージャーダスト)】。



 これは、ただ粉を撒いて、煙幕を生み出すだけの魔法だ。

 これ自体に攻撃力はないし、小麦粉の煙であるため容易に払うことが出来る。

 そのうえ呪文はネガティブな単語でまとめられており、果ては失態の名が入るという粗悪なもの。

 だが、この場においては、その手際の悪さや粗悪さは喜ばしいことこの上ない。

 魔法が発動すると、セイランに襲いかかろうとしていた帝国兵を包み込むように、小麦の粉がもうもうと立ち昇る。それらは風向きに影響されて、控えていた帝国兵のところにまで及んでいき、この場の帝国兵の大半を抱え込んでしまった。



「煙幕だ!」


「ひるむな! 吹き飛ばせ!」



 帝国兵は煙幕を嫌がり、払いのけようとする。

 粉の量が多いため、吸い込むことを恐れて魔法は使えず。

 不用意に煙幕から逃げればセイランに倒されるため、ままならない。

 そのため、どうしても手や武器で払うしか手段はない。

 当然、先ほどの刻印武器を持ったあの兵士もそうだ。

 反射的にかは知らないが、火の刻印を刻んだ武器を振るう。振るってしまう。

 そう、あまりに不用意に。



 瞬間、黒槍が発した火の粉が小麦粉に引火し、白い煙幕が鮮やかに染まる。爆発音と共に、耳から音が飛んでいき、駆け抜けてくる衝撃波。炎は可燃性のある粉末に連鎖するように引火し、やがてそれは巨大な火柱へと変じていった。

 発生した上昇気流が渦を巻き、小規模な炎の渦を作り出す。

 煙幕の爆発的な燃焼のただ中に閉じ込められた帝国兵に、そこから逃げ出す術はない。

 鎧も、悲鳴も、肉体も何もかもが燃やされて、炎が燻る臭いと肉の焦げた臭いが漂ってくる。炎の中に見えるのは、やはり黒い人影ばかり。

 帝国兵たちは、まったく阿鼻叫喚のただ中だ。



 ……粉塵暴発が起こるのには複数条件があり、これを人為的に起こすのは意外と難しいことで知られる。当然、粉末と火種があれば簡単にできるようなものではないのだが、この魔法は水車小屋での事故を再現したもの。

 それゆえ水車小屋で起こる可能性のある事故は、どうあっても起こしやすい傾向にあるという『欠陥』を備えているのだ。



 ……多くを巻き込んだかと思ったが、デュッセイア他、ほとんどの部下は、炎上の難を逃れたらしい。やはり自然現象を利用するため、【矮爆(ドゥワーフスター)】の魔法とは違って確実性に欠けてしまうのがこの戦法のままならないところか。

 やはり魔力が少ないというのが残念でしかたがない。



 ――残り、670マナ。



 生き残った帝国兵が何かしらを喚いているようだが、いまは爆発の影響で聞こえないし、聞く必要もない。どうせ「殺せ」だの「倒せ」だの物騒な言葉しか出てこないのだから、つぶさに聞いたところで意味がない。

 それに対してこちらは――そのままその場に立ち止まる。

 できるだけ脱力して、疲れ果ててしまったように。

 よろめき、バランスを崩して見せることも忘れない。

 当然、それを好機と見た帝国兵が、襲いかかってくる。



 たった一人で。



 予想外だ。囲まれればこちらもまったく困って仕方がないというのに、ここに来て出し惜しみ使用とするのはやはり自分が子供だからなのか。

 ともあれそれゆえ、こちらも動く必要がなくなった。

 不動として動かず、黙ったまま立ち尽くす。

 だからこそ兵士は、勝利を疑いもしなかっただろう。

 なんの憂慮もなく、間合いに踏み込むことができるのだから。



「これで終わりだ――」


「アークス!!」



 セイランの叫びと共に、耳に音が戻ってくる。

 しかし、なんら危惧するようなことなはない。

 無防備にしていれば、敵の攻撃は大振りになる。確実な殺害を期するために、けん制などもしなくなるのだ。

 だから兵士は、自身が頭に思い描いた通り、その場で槍を大きく振りかぶってくれた。

 そんな隙だらけの兵士の口元に向かって、鷹揚に手をかざす。

 そこから、大事な何かを奪うように。



『――奪え。奪い去れ。奴の致命となるように。あらゆる吐息はこの手の前に絶え果てよ。酸の源を攫う手のひらよ、お前は吸気の収奪者』



 ――酸素収奪系攻性魔法、【絶息の魔手(リバーサル・エアリア)



 呪文を唱えたその直後、息を奪われた兵士が昏倒する。

 突撃の勢い余って地面を転がり、そのままピクリとも動かなくなった

 【魔法文字(アーツグリフ)】の動きも少ないせいで、他の者は手をかざしただけで倒れたように見えただろう。



 この昏倒の正体は酸欠だ。酸欠は息が出来なくなるから起こるのではなく、空気中の酸素濃度が薄まることで起こる現象だ。吸い込む空気の状態が変化するだけで、人間は一瞬で倒れてしまう。



 ……人間にこれを防ぐ手立てはない。人体の酸素供給は肺胞と血液のガス交換によって行われるものであり、それが『交換』であるがゆえに、交換が行われると空気中の酸素と血中酸素が瞬時に入れ替わってしまうためだ。生命活動に必要な濃度が、空気を吸い込む量のいかんにかかわらず、変化してしまうのだからすでにどうすることもできないのだ。

 息を止めれば大丈夫など、これはそんな考えを持つ以前の問題。

 人体の穴を突いた攻撃である。



 また一人兵士が倒されたことで、小さな戦場が一瞬、しん、と静まりかえる。

 いつの間にかデュッセイアを含む残ったすべての帝国兵たちが、こちらに敵意を向けていた。いまだけ、いまだけセイランのことを眼中から外して、ありったけの殺意をぶつけてくる。



 ――残り、570マナ。



 さて次はどうするだろうか。

 直近で倒した以上、警戒するため積極的に近寄っては来ないだろう。

 なら、飛び道具に訴えるしかない。

 だから、それを見越して口を動かす。



「残った矢を番えろ! いしゆ――」



『――動くものを許さない。飛び交うものも許さない。人も鳥も、獣も虫も、逃れられない星の戒め。井戸よりの引き手はいついかなるときも強欲なり』



 ――重力積層式助性魔法、【井戸よりの引き手(グラビティウェル)】。



 デュッセイアの口から指示が飛び出すその前に、前倒しした呪文の詠唱を完了させる。

 バイオレットカラーの【魔法文字(アーツグリフ)】が前方の空間に広がって渦を巻き、やがてその中心に底の見えない穴が空く。

 果たして、覗けば奈落か深淵か。

 高重力の空間に差し掛かった矢玉は、倍増しになった重力に抗えず、その勢いを減殺。こちらに向かって飛来する矢玉のすべては、到達する手前で力なく墜落した。



 ――残り、450マナ。



 さて、これでいよいよ心許なくなった。あとは消費の少ない部類の魔法が一回と、【磁気揚羽(マグネティックフォース)】と【輪転する魔導連弾(スピニングバレル)】を一回ずつ使えればいい方か。余裕はない。むしろ、すべて倒すには到底間に合わない量だ。

 やはり、魔力が少ないのが悔やまれて仕方がない。



「な、なんだあのガキは……」



 ふいに聞こえてきたのは、恐れの交じった驚きの声だ。

 だが、そんなものはどうでもいい。いまはこの少ない魔力の量でどうやってここを切り抜けるかそれだけが、自分が常に固執しなければいけない事柄なのだから。



 行き先は……まだ遠い。



 自分が行き着かなければならない場所に目を向けて、ふいにそんな言葉が思い浮かぶ。

 セイランのもとまでほんの少しのはずなのに、いまはどうして遠くに感じて仕方がなかった。

 突撃してくる帝国兵たち。先頭に一人、その後ろにもう一人。計二人。

 どうやら、まだ舐められているらしい。



 先頭が、自分めがけて剣を振るってくる。

 だが、生ぬるい。伯父の剣撃や男の世界の老爺の剣に比べれば、どうしてこれが鋭いと感じられるのか。横薙ぎの剣閃を、わずか後ろに下がって回避して、すぐにすり抜けるように横合いへ。的が小さいため、帝国兵は一瞬姿を見失ったか。このときばかりは背が低いことに感謝しつつ、帝国兵の右足をゴルフスウィングの要領で刈り取った。



 膝から下の部分が、悲鳴と共に宙へと打ち上げられる。

 だが悠長にしてはいられない。

 今度は飛び散る血液を追い越す勢いで、後続、|二間強(3メートル)先にいる二人目に剣の切っ先を突き込んだ。



「なに――かはっ!?」



 驚きの声は、神速の右片手一本突きによって止められた。

 距離を一瞬にして詰めた技術の正体は、以前から練習していたあの動きだ。

 男の世界の読み物にある、相手との間にある距離をゼロにし、一瞬で間合いに踏み込むという歩法のもどきだ。まだ『もどき』だが、それでも敵からすれば、目が追い付かないほどではあったらしい。

 帝国兵はなんの抵抗もできないまま。

 鎧の隙間を縫うように突き刺され、突撃の勢いを受けて吹き飛んだ。



 ――かんなれ。そう、かんなれだった。



 いつか聞いたそんな言葉を思い出していると、デュッセイアの声が聞こえてくる。



「分散して掛かろうとするな! 囲んで殺せ!」



 そんな指示が上がる。今度こそ自分に全力を注ごうと言うのだろう。

 先ほどセイランにそうしたように、まとまって囲い込もうという算段だ。



 ――だがそのおかげで、ちょうどよく兵士たちが周りにまとまってくれた。



『――水が欲しい。いますぐ欲しい。我らの田畑に、天よりの恵みよ降り注げ』



 詠唱後、天に手をかざすと、水色の【魔法文字(アーツグリフ)】空へ空へと昇っていく。

 やがて水色の【魔法文字(アーツグリフ)】と入れ替わりに、空からバケツをこぼしたような水が辺りに降り注いだ。

 水が、撒かれた。そう、水だ。単に水を撒くだけの、それだけしか効果のない魔法。

 だが、その場にいた帝国兵のすべてが、絶望に顔を青褪めさせる。



「みっ、水っ……!?」


「ち、散れぇえええええええええ!!」



 デュッセイアの怒号が響く。この状況において、水を浴びるということが、どれほどの危殆を招くのかを、彼らは正しく理解しているのだ。電気の原理を理解していなくても、永く王国と戦争を行ってきた帝国の兵士だからわかることなのかもしれないが――

 そう、いまここには、雷鳴の魔法を操る人物がいるのだ。



「殿下」



 頼むように声を掛けると、セイランから「よいのか?」と言うように視線が向けられる。それにしっかりと頷いて応えると、セイランが呪文を唱え始めた。

 帝国兵がセイランの方を向くが、いまから止めようとしても間に合わない。

 当然だ。帝国兵の殺意のすべては、自分に対して向けられていたのだから。

 だからといって、通電を回避するため、水から逃げることも叶わない。

 当然だ。水は田畑に散布するように、広範囲をカバーするように撒いたのだから。

 辺り一面びしゃびしゃになったそんな中、



『――轟け。叫べ。龍王の意のもとに、眩き光が貫き通す』



 聞こえてくるのは、短い詠唱。

 電気を伝えるためだけであるため、長い呪文を使う必要はない。

 セイランの手から発せられた稲妻は、即座に水に通電。

 帝国兵に、稲妻が足元から浴びせられる。

 聞こえてくる、魂切るような悲鳴の数々。絶命し、水溜まりに倒れ込んでも、いまだ稲妻の蛇が獲物を守るようにその周囲を這っている。



 帝国兵が稲妻に焼かれて崩れ落ちたあと。

 靴を滑らせて、飛沫と共に稲妻の蛇を跳ね除ける。

 やがて、(うっす)らと立ち昇った白煙が晴れた。

 その先に見えるのは、驚きを張り付けたデュッセイアの絶望を予感させる面貌。



「……馬鹿な。何故そこに立っていて、無事でいられるのだ」



 そんなものは簡単だ。セイランの使う魔法が光と熱を合わせた魔法と聞いてから、あらかじめ刻印を施しておいたのだ。



「――【不導】」


「…………」



 その【古代アーツ語】だけ端的に口にするが、しかしデュッセイアは呆けた顔のまま。当たり前だが【電気】や【雷】という概念が一般的でないこの世界では、まず知る由もないのだろう。

 これで、電気は伝わらない。直撃でなく、間接であれば……という条件は付くが。



「ば、バカな……こんな一瞬のうちに精鋭十人がやられただと……?」



 デュッセイアが引き連れてきた精強な兵士の一人が、驚愕に震えながら、呆けた呟きを放つ。

 奇襲が成功し、近衛がすべて倒れたときに、彼らは勝利を確信していたはずだ。

 だからこそ、誰も彼も、こんなことになるなどとは、予想すらしなかったのだろう。



「お前は、一体何者なんだ……?」



 ふいに、そんな誰何(すいか)の声が聞こえてくる。

 その問いを口にしたのは、ギリス帝国東部方面軍副将、デュッセイア・ルバンカ。

 驚きに囚われた男の疑問に、返す答えは――


 

 ――魔導師、アークス・レイセフト。


 

 熱に囚われたまま、己の名前を口にする。

 自分はここに、こうしていると。

 こうしてここで、戦っているのだと。

 己が失格でないことを、ここで確かに証明するために。



 地面を躙って、今度こそセイランのもとへ。



「ッツ……!」



 踏み出すと、さすがに身体が悲鳴を上げ始める。

 疲労に、小さな身体でのかんなれ。様々な要因が重なって、困窮の鳴き声が軋みとなって身体を襲った。



 ――これだけやっても、敵の残りはまだ十人。



 道のりは、いまだ遠くあるらしい。




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