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第百五十話 正体



 アークスがミリアと対峙していた折、耳をつんざく轟音と地揺るぎにも似た震動が、彼を襲った。



 肌を騒がすビリビリとした感覚と足下のぐらつきを、軽く踏ん張るような体勢で堪え、音が聞こえてきた方向に目を向ける。

 すると、明確な異変が捉えられた。



 土くれや残骸が降り注ぎ、そこかしこに飛び散っている。

 どうやら魔法院の敷地の一角が何かしらの要因で吹き飛んだらしい。

 いまはまるで火山が爆発したかのように、建物の向こうに粉塵が噴煙の如く舞い上がっていた。



 宙に浮かんだままのミリアが、そちらに冷めた目を向ける。



「どうやら、うまくいったみたいね」


「うまく行っただって? それは一体どういうことだ?」


「どういうことって、ここの地下に封印されていたものが解き放たれたのよ」


「なんだって? いや、そもそもなんでお前が地下の話を……」



 知っているのか。その訳知り顔な態度が得心できない。

 自分だって地下の話は先ほどスウに聞かされたばかりなのだ。それを外から来た人間が把握しているのは合点がいかないし、知っていてはおかしい。

 いや、知っていたからこそ、こんなことをしているのだろうが。



 ミリアはそぞろに地面を見下ろす。

 そして、しょうがないとでも言うように、一つため息を漏らした。



「ここの地下には、魔人が封印されているの。アークス、グロズウェルのお話は知っていて?」


「グロズウェルって……悪魔の下僕、人間を裏切った魔人、グロズウェルの話か?」


「そう。双精霊や三聖たちと戦い、最後は三聖の一人である聖賢によって封じられた。その封印の地が、ここなのよ」


「それって上下逆さの天地の底に突き立つ、大水晶の墓標のことか? じゃあ魔法院の地下の秘部って」


「……! やけに詳しいわね。まるで見てきたみたいじゃない」



 こちらの解き明かしに、ミリアが驚く。

 それも無理はない。その文言は紀言書にも載っていないものなのだ。

 これは以前、屋敷で見つけた()()()で読んだ一文である。

 しかもご丁寧に挿絵付きだったのを覚えている。



「つい最近それ関連で資料を見つけたんだよ」


「そんな物が残ってる……いえ、存在しているなんて不思議ね。ずっと隠しておきたければ残さないのが利口なのに」


「だが、そこに行くのを邪魔したってことは、それの解放がお前の目的ってことか」


「そう。アークスが考えていることとは少し違うけど」


「違う?」


「あの男や他の連中は地下のものを利用しに来たみたいだけど、()()()()()はそれを倒しにきたのよ」


「倒すだって? お前が? あそこにあるものを?」


「そうよ。あれはこの世にあってはいけないものなの。だから、ミリアの力で消し去るの。あの連中が変な計画を動かさなかったらこんなことにはならなかったのに。本当に愚かな連中。人間こそ度し難い存在とはよく言ったものね」



 ミリアは何かしら愚痴めいたことを口にして、鼻を鳴らす。

 年相応に幼く、可愛らしい声だからこそ、言葉は辛辣さを帯びているが――



「ミリア、お前はいったい」


「そこまで丁寧に教えられるほど、ミリアは暇じゃないの。小鳥くらい小さな脳みそじゃないのなら自分の頭で考えるのね」


「だからいちいちお前は――って、おい! 待ちやがれ!」


「待てるわけないでしょう? ミリアはあれを倒しに来たって言ったの」


「そうじゃない! そうじゃないんだって! おい! 聞けってば!」



 ミリアは鷹や鷲のような機械仕掛けを背負い直し、その鋼鉄の翼を羽ばたかせて、くるくると数度回転しながら上空へと飛びあがってしまった。


 重力もへったくれもない急上昇だ。


 もう声も届かなくなってしまった彼女に対し、悪態が止まらない。



「あのバカ、人の話は最後まで聞けよ……そっちは反対方向だっての」



 ミリアが飛んで行ったのは、噴煙が上がった方とはまったく逆の方向だ。



 ……見れば、先ほどまでもうもうと立ち上っていた土煙はすでにない。

 たちどころに消えしまったということは、おそらくは誰かが魔法を使って吹き飛ばしたのだろう。

 それゆえ、ミリアは彼女が向かうべき場所を見失ったのだ。

 こんな重大なときにまでお得意の方向音痴を発揮しなくてもいいだろうに。



「くそ……土煙が上がったのは別棟の方向か? いや、向こうは第一訓練場か!」



 第一訓練場と言うことは、リーシャたちがいる。であれば、あの衝撃の直撃を受けている可能性があるし、そのうえ肉塊に魔人だ。無事であればいいが。



 ただ、ありがたいのは肉塊の動きが目に見えて鈍くなったことだ。何のせいかはわからないが。うぞうぞ不気味に蠢いてはいるものの、膨張を止めてその場に停滞している。



(いや、逃げてるのか?)



 肉塊共は、大きな力が吹き上がった方向から、こちら側に向かってきている。むしろ逃げているような節さえあった。まるで、何かに恐れをなしているかのように。



 いや、やはりそれよりも気になるのは、爆発的に膨れ上がった力の方だ。そちらの方が飛躍的に危機感を募らせる。



 第一訓練場に向かって走っていると、ふいに名前を呼ばれた。



「アークスさん! アークスさーん!!」



 この声は、セツラだ。そういえばミリアだけでなく、彼女も手伝いに駆り出されていたのだった。

 振り返ると、セツラは自分の後ろを追いかけるように、手を振りながら走って来ていた。

 立ち止まると、やがて彼女も自分の前で止まる。

 そして、いつもぶーぶー文句を言うときのように、不満げな様子で唇を尖らせた。



「アークスさんったらもう! 探しましたよ! いったいどこ行ってたんですかもう!」


「悪いけどいまお前に構ってる暇はないんだ。文句ならあとで聞くから行かせてくれ」


「いえ、そうじゃなくてですね」


「だからいまは急いでるんだって。もう行くぞ」



 彼女とのやり取りの詫びは一言二言交わすのを落としどころにして、再度駆けだそうとしたそのときだ。



「――導士さま。そうお呼びすればご理解していただけますか?」



 聞いたこともないような声音が奏でたその言葉に、ぎくりと足を止めたのは。



「――!?」



 その呼び名は、いつか誰かが言っていたもの。

 驚きで弾かれたように後退って振り向くと、セツラはまるで臣下のようにその場に膝を突いていた。

 その行為の理由や思い当たる節を探して視線を向けると、彼女の額には確かに小さな角のような突起があった。



 いまはいつも付けていた髪留めが外され、片目が隠れた状態。陰気さが強くなっており、どことなく気配も薄い。ともすれば見失ってしまいそうなほどの希薄さがある。



「お前、額のそれ……」


「ヒオウガ四鬼天の一人、セツラと申します。これまでの無作法、平にご容赦を」


「ヒオウガだって……?」


「は」



 こちらの訊ねに、セツラは小さく頷く。

 ということは、だ。



「っ、じゃあお前もあのアーシュラって奴の仲間なのかよ」


「大族長は我ら四鬼天を統べるお方です。仲間というには語弊があるでしょう」


「そんなことはどうでもいいっての。つまり、お前が俺に近づいてきたのは――」


「導士さまのお考えの通りです。そして、勝手ながら御身をお守りしていた次第」


「守る? 俺を?」


「はい。直近ではドネアス王国の間者から御身を守るために動きました」


「ドネアスの? いやそうか、あのとき都合よく巡回の人が来たのはお前の仕業だったのか……」



 だろう。あの状況での警備たちの登場は、あまりにもこちらに都合が良すぎた。

 もちろんギルドの周辺を巡回しているため、そのうち訪れはしただろうが、それにしたって計ったようなタイミングだった。



 いや、まずそもそもの話、どうしてドネアス王国の人間が入り込んでいるのか、だ。

 ライノール王国と同じく魔法技術を主要とする国であるため、確かに狙われる要素はあるだろうが。



「お前、どうしてあいつらがドネアスの人間だったと知っている?」


「我らヒオウガ族にとって、ドネアスは長年の仇敵。それゆえ彼らのことは熟知しております。言葉の訛りや特徴から、間違いないと判断いたしました」


「なるほどな」


「そして今回騒ぎを起こしたのも、ドネアスの間者です。おそらくはすでに地下に侵入しているのかと」



 なるほど。では先ほどミリアが「あの連中」と言っていた者たちが、ドネアスの人間なのだろう。

 だが、



「知ってたんならもう少しやりようがあったんじゃないか?」


「私の役目は導士さまの影として動くこと。氏族とドネアスが敵対関係にあるとはいえ、お役目に関わらないことは私の裁量では判断いたしかねます」



「忠実って言えば聞こえはいいがよ……」



 気付いた時点で止めようとするとか、もう少し何か行動の幅がなかったのか。

 だが、それは言っても仕方のないことか。彼女たちにとってライノール王国のことなどどうでもいいのだろう。

 それに、この場合だと一人では止めることが難しいと判断したため、まず報告という手段を取らざるを得なかった……ということも考えられる。



 一概に彼女を責めることはできないか。



「ですが、導士さまのご命令となれば違います。私にやらせたいことがあるのでしたら、なんなりとお申し付けください」


「む……」



 セツラの申し出を聞いて、わずかに心が揺れる。

 しかし、だ。以前アーシュラとの出会いのときにも思ったが、これは自分にとって埋伏の毒……いや、大きな爆弾だ。下手に自分の懐に仕舞い込めば、一緒に爆発する可能性も否めない。

 だが、いまは猫の手も借りたいような状況なのだ。この申し出がありがたいものには変わりないし、手段がどうこう言っていられる場合でもない。

 明言を避けようなどという棚上げは、いまは一時捨てるべきか。



「さっきから校舎内にいる肉塊はなんだ?」


「ドネアスの間者が放ったものです。わかりません」


「規模はどの程度かわかるか? 止める検討は?」


「私が近くにいた生徒を避難させている間もあれは膨れて広がっていました。止める手立てについては予想も付きません」


「そうだな……」



 もともとが何かわからないのだ。止める手立てを聞いてもわからないのは当たり前か。



「さっきの爆発は……デカい音が鳴った場所はどこだ?」


「部下の情報に寄れば、別棟の裏手とのこと」


「やはり第一訓練場か。入口があっちなのに、飛び出したのはそんなところなんだな」


「私の調べた限りですが、地下の空間はかなりの広さだと思われます。おそらくは魔法院の建物がすべて収まるほどかと」


「なら端っこの天井をぶち抜いたってことか。何が起きたかはわかるか?」


「地下からなんらかが噴き上がったとしか。詳細についてはまだ報告は上がっておりません」



 いまだ全容は掴めない。だが、嫌な予感はしている。当然だ。ミリアの話が本当ならば、魔人グロズウェルから分離された力の影が解放されたことになるのだから。



「ドネアスの連中がグロズウェルの力を狙って、その力を手に入れてしまった……か」


「グロズウェルの力……ですか? ここにあったのはグロズウェルなのでは?」


「いや、封印されていたものは違うんだ。それはあいつ(ミリア)も勘違いしてたみたいだが……」


「なるほど。さすがは導士さま。そのご慧眼、敬服いたします」


「…………」



 セツラが口にしたのは、やたらと慇懃な遜りの言葉だ。

 彼女の口からこんなのを聞くと、なんかいつもの調子で煽られているような気がしないでもないが――それはともかく、だ。



「……なあ、俺を守ってたんなら、俺の屋敷がどこにあるかは知っているな?」


「はい。存じ上げております」


「屋敷からノアとカズィを呼んできてくれ。緊急事態だと伝えてな。あと、籠手とG装備を持ってきてくれと伝えて欲しい。二人にはそれでわかると思う」


「従者のお二方と、籠手に、じい装備……ですね。承知いたしました」


「じいじゃない。ジーだ。語尾を伸ばせ、よろしく頼む」


「は」



 あらかたセツラに伝えると、彼女は風のように消えてしまった。



 出会ったときからいままで、少しうざったいくらいの少女だと思っていたが、まさかヒオウガ族だったとは思わなかった。

 いや、だからこそ、彼女はこちらに接触してきたのだろう。多少の不自然さを押してでも、任務のために近づき、結局はたまり場の住人というポジションを得ることになった。



 先ほどのミリア同様、とんでもないものがいたものである。



そんなことを考えていると、目の端に影が映る。



「……またか」



 現れたものを見て、うんざりとした息を吐く。

 粘膜を思わせるピンク色。それは新鮮な色味をしており、生物的な湿り気を帯びている。

 やはり、自分の前に立ちはだかるのは肉塊だ。

 動きは停滞しているものの、最初に膨れ上がったものの残りはまだまだあるということだろう。いまもうぞうぞと(うごめ)いており、気味が悪い。



 先ほどは原因を叩こうと考えたが、それではおそらく間に合わない。

 そもそもこちらは原因の目星さえ付いていないのだ。セツラに訊いたものの、解決の糸口は掴めなかったし、やはり前に進むにはこちらを先に片付ける必要があるだろう。



「肉が増える。増殖。細胞分裂……なら、アレか。嫌だよなこういう魔法を使うのはさ」



 いま自分が思いつく対処法を口にし、そしてこんな短絡的な回答しか出せない自分に対し辟易する。

 だが、いまは選り好みしている暇はない。リーシャたちの無事が最優先だ。最も早く打開できる手段を取って、たどり着くべきだ。



 人に当ててはならないゆえ、周囲をよく確認しつつ使うことにはなるだろうが、考え得る中ではこれが最も効果を発揮するだろう。

 使用魔力量は素の状態で400は持っていかれるし、これが連続、継続使用となればさらに消費はかさむ。先ほどの太刀風一輪(ハイブレイド)浄妙坊の太刀(ブレイドディレクション)と合わせても、600以上は消費する計算になるはずだ。もろもろを考えると、残りは1000~1300の間程度と考えた方がいいだろう。



 これから何があるかわからないゆえ魔力は温存しておきたいが、背に腹は代えられない。



(効果範囲調整および指向性限定。威力減衰値最大。呪文への組み込みは【魔術師たちの挽歌】の一節から【古代アーツ語】を抽出、抜粋(ピックアップ)。よし、これで……)



《――舞い降りる凄惨。降りかかる戦慄。立ちはだかる凄絶。推し及ぼす叫喚。それは終わりの光であり、終わりへの一瞬。ともし火は頼りなく、四周を淡く照らし出す。許しはなく、咎めはここに。あらゆる仮借を退ける、永なる烙印を享受せよ。ならば青白い輝きの行き着く先を知る誰しもよ。禁忌に立ち入ることへの夢と痛みを心せよ》



 呪文を唱えると、足元に青色の魔法陣が回転しながら展開し、やがて魔法が発動する。

 そこから生み出される発光はどこまでも澄んだ海のようにもかかわらず、ひどく白けた色味を帯びていた。

 そう、ただ目を刺すような輝きだけが、いつまでも残像として目に焼き付くほどに。


 ひどく美しい。だが、ひどく恐ろしい。


 人が手を伸ばしてはいけないような、そんな類の光だ。

 それでもいまは、いまだけは、これが自分が縋らなければならない希望の兆しなのだろう。



「…………」



 果たして、【精霊年代】に描かれる、多くの人々を呑み込み、そして苦しめた伝承の一端は、アークスの魔法によりその果てのない質量という絶対(ちから)を失ったのだった。




失格から始める成り上がり魔導師道! 第六巻が5月30日に発売します!

よろしくお願いします!

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