1話 おっさんはどうやら死んだらしい
「お?」
気が付くと、そこは見知らぬ部屋だった。
オレは壁際の長椅子に座っていた。
なぜかいつものスーツ姿。靴までしっかりはいている。
ははぁ。さては夢だな?
ここ最近の忙しさのせいで夢の中まで仕事しているわけだ。
部屋というよりは、廊下かもしれない。長方形の空間に、扉があった。
そこには面接室、と書かれていた。
「おいおい。何、オレ転職願望あったっていうのか?」
今の仕事、気に入ってるつもりだったんだが。
「どうぞ、お入りください」
部屋の中から、女性の声がする。いやに若いな。
考えるべきはそういうことじゃない。
夢に付き合うかどうかだ。
「ま、今のオレは気分晴れやかだからね。付き合ってあげちゃいましょうね」
面接室のドアを三回ノックする。
「どうぞ」
就活思い出すなぁ。何度もやったんだよコレ。
「失礼いたします」
体は覚えているもので、危なげなく入室を果たす。
ああ、これは夢だな。わかりやすい。
不可思議な空間だった。床はあるが壁が無い。
本来壁があるはずであろう場所には、闇しかない。
ちらと振り返れば、入り口もなくなっていた。
面接官であろう人物は、スーツこそ着ているが、少女だった。
それも一〇代前半に見える。
スーツがぶかぶかで、そでが、あれだよ、あれ。
なんていったっけ。そう! あまえんぼそでってやつになってる。
最近言葉がすぐに出ないんだよなぁ……。
少女は薄緑色の髪を後ろにひっつめて、似合わないメガネをクイってやっている。
その髪の色すごいねって言おうか迷ったが、放置。
身体的特徴のことはとやかくいっちゃいけない。
たとえ夢の中であっても。
それより大きすぎるメガネが重すぎて、すぐずり落ちる方が気になるよ。
「おかけください」
あ、またクイってしたよ。クイって。
「……失礼いたします」
笑いこらえるの大変なんですがね。
あれですか、笑ってはいけないやつですかね?
「えー。では佐木佐次郎さん」
ごめんなさいね。呼びづらい名前で。
「笹木、佐々次郎です」
「さ、さ、佐次郎さん?」
木も抜けましたね。木だけにね。ツマンネ。
「違います」
「さっさっさー?」
掃かれてしまった。
「もうサジさんでいいでしょう! ハイ決定!」
業を煮やした少女はそう言い放った。なんか投げられそうな名前ですね。
はい、いいです。
でもそれ社会出てやっちゃだめだからね?
失礼にあたりますからね。
「コホン……では、サジさん。率直にお伝えしますが……」
少女が真剣な面持ちでこちらをみる。
なにこれ。
オレ、ぶかぶかスーツ姿の少女に面接されたい願望でもあるの?
明日病院行こうかな……。
「あなたは死にました」
知ってる知ってる。
確か自分が死ぬ夢っていい意味なんだよね。
あ、そうじゃないのね?
まぁ正直、予感はしていましたとも。
「……そうなんじゃないかなって、思いましたよ」
「驚かれないのですね」
「なんかこう。わかるんですよ。あ、自分もう死んでるんだなーって」
これちょっと死んだ人にしかわからないと思うけど、体からごっそり、何かが無くなった感じがするんだ。体から出ちゃったってことなのかな。
これ幽霊あるあるだと思う。
「こわいなぁ」
身震いする。オレ、幽霊ダメなんだよね。
あ、オレが幽霊か。ははは!
「お気持ちはお察しします」
勘違いされたみたいだけどまぁいいや。
まさか自分自身に怖がっているとは思うまいよ。
たとえ神様でもね!
「ちなみに死因は?」
「寝返りをうった際、ベッドから転落して、首の骨を折って死亡されました」
……そうかぁ。あのベッドのせいかぁ。
ちょっと背が高いかなぁとはおもったんだよなぁ。
オレは頭を抱えた。人生って難しいなぁ! ……難しかったなぁ!
それでも。
「原因が自業自得で良かったですわ。誰も恨まずに成仏できそうで」
「もっと生きたいとは思いませんか?」
「できるならそうしたいですが。死んでしまいましたからね。仕方ない」
死は不可逆。そう考えて今まで精一杯やってきた。
悔いが無いと言えば嘘だし、未練も多少ある。
しかし、恥は無い。あ、死に方は恥だわ。
「もし、生き返ることができるとしたら?」
「え、本当?」
クイってしてないで早く教えて! やっぱ未練だらけ!
「わたしが作った世界で、魔王を倒してくれたら、生き返ることができます」
え、なんて? なんとおっしゃいましたかね?
マオウ?
「……それは、いったいどういうことでしょう?」
「つまり、わたしの加護を持って、異世界転生してもらいたいのです」
なんですかそれ。転生? 赤ん坊になるってこと?
キリスト教徒はNGなの?
それってオレが生き返ったっていうの?
「わたしには少々解りかねるのですが……」
「察しが悪いですね。そういうパターンですか。成程。ではご説明しましょう」
少女は咳払いを一つ。
「わたしは女神なのです」




