おまけ 兄妹喧嘩
「お兄ちゃんのばかーっ!」
という声が響いたのは、ある日の午後だった。
グレースは、グノー家の兄妹を眺める。二人とも立ち上がって、ぎゃんぎゃんとやりあっている。
グレースはため息をついた。
今日は用があってロワイエ洋品店に呼ばれてきたのだ。俺も暇だしとフィデルもついてきたのは、予想の範囲内だった。店にいたのは妹のクレアで、ほかに店員はいなかった。
お茶を飲みながら、戴冠式参列用のドレスのデザイン案を新しく提案された。以前、もらったものはあるが、義姉さんに似合うのは絶対こっちと熱意があふれていた。
そこでそのデザインが気に入らんとフィデルと揉めた。
用語が飛び交う会話に加わることもできず、グレースは冷めかけたお茶を口に運ぶ。
クレアから提示されたものは流行りからは外れて、この国のスタンダードからも離れているのでわからなくもないが。
グレースはドレスどころか服一般について疎いほうなので口出しする気もなかったのだが、これでは決まるものも決まらない。
さすがに仲裁しなければとグレースは口を開く。
「それでなんで喧嘩しているの?」
「義姉さんのデコルテについて」
デコルテ。
胸元から肩、首まわりのあたりを指す言葉。
今回、選ばれたのはがっつり開いているデザインだ。博物館収蔵の祖母のドレスを参考にと作られたもの。わりとぎりぎりまで開いているのが当時の流行りだった。しかし、その緑のドレスが毒性がある染料を使っていることが判明し、一度も着用せず博物館送りとなっている。
「兄さんは、見せたくないっていうんですよ。その至宝のデコルテを!」
「美しいのは否定しないけど、そこ、俺の」
「独占欲は一度収納して。義姉さんの美しさを見せつけてやるんでしょ!? ここをアピールしなくてどこをするのよっ!
この立派なお胸があるからって太ってるとか言ったバカを見返してやるんでしょ!」
「でも、見せんのもヤダ」
「ばかなの」
呆れたようなクレアにグレースも同意できる。
ただし、これは、二人ともバカなの? である。
「とにかく素肌露出反対」
「じゃあ、レースとか薄絹つければいいの?」
「まあ、妥協する」
「……黒かな」
「白」
「白だと清楚だけど」
そういってクレアはグレースへ視線を向けた。
「清楚でわがままボディ、ギャップがだめじゃない? なんか、ダメな感じの信奉者増やしそうじゃない?」
「……確かにな」
「わがままボディってなに?」
聞きなれない言葉にグレースは口を挟んだ。
兄妹は顔を見合わせ、視線でちょっと譲り合った、いや、押し付け合ったようだが諦めたようにクレアが口を開く。
「ばーんきゅばーん、抱き心地良さそう? みたいな?
私みたいなほどほどスタイルからすると羨ましい迫力」
「迫力……」
清楚さと迫力は同居しそうな気がしない。グレースはそれ以上聞くことをやめることにした。
なんだか、この二人の中のグレースはとんでもなく美女であるという認識であるらしいと察したので。
そんなことないのに、というと、即違いますねと返答が来るのはこれまでで学習している。
いや、黒もなんかあざとくないか、とか言い出しているが、グレースは総スルーしようと思った。よそでやってくれないかしらと追い出すべきかもしれないが、知らないところで大変なことになりそうな予感がしたのだ。
そんなことをしている間に義両親がどうしたんだい? と心配顔で顔を出し、グレースはほっとした。
話が終わってくれると。
間違いだった。
この家にいるのは、その道のプロである。家族であっても容赦なく指摘し合うド修羅場が発生したのである。
「帰りたい」
ぼそっと呟いたグレースをほっといてドレスの話は続いていくのだった。
ある種職業病。
最終的に首元まで覆う白い薄絹で覆い、先祖伝来のネックレスをつけることで決着。
なお、同行する予定の王弟殿下もついでだからと礼服を新調されて送り付けられている。サイズがぴったりなの怖いとビビらせた。




