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守りの手袋  作者: あかね


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逃した魚の大きさ

 揺れるシャンデリア。揺らめくドレスと音楽。さざめく声は音としか聞こえない。

 戴冠式を終えたばかりの王が玉座に座る。かつてグレースと婚約していたが相手の都合での婚約解消をした。しかし、円満な解消であり、相手を祝えるほどに両国が良好な関係であると示すための茶番。

 グレースは連れを横目に見た。表面上は穏やかな微笑をしているが、なんとなく機嫌が悪そうな雰囲気はした。


「壮麗ね」


「虚構って感じがするな。なんだか、長居したくない」


「ではさっさと挨拶して帰りましょう」


 グレースはフィデルと連れ立って新しい王の前に立つ。


「君は」


 怪訝そうな表情で見られてグレースは笑いだしたくなった。誰か本気でわからないらしい。


「グレースですわ。陛下。お久しぶりですね」


「あ、ああ。とても、美しくなられた」


 驚いたように目を見張る姿を見て少しだけすっとした。ただ、その次の舐めるような視線には不快感を覚える。


「今も独り身かい? 良ければ」


「夫がいますの。とても幸せにしてくれます」


 見せつけるようにするのは少々悪趣味だとグレースも思っているが、幸せなのは確かだ。

 王の隣にいる新しい王妃は虚ろな目だった。それもそうだろう。今、結婚したばかりなのに側妃がもう数人もいて、子もいる。グレースはその顛末を知っているが、知らないふりをして笑う。


 不幸の始まりは、公国の土地を求めたこと。その土地に埋まっている宝石を欲したのは彼女だった。愛しい相手の望みをかなえるために、前の王太子は何もかもを失った。


 相手の望みをかなえることだけが良いことではない、ということをグレースは忘れない。

 そして、容易く加護は失われる。友である、ということは、何でも言うことを聞いてくれるわけではないのだ。


「そ、そうか。しばらく滞在するのであろう。昔話の一つでも」


「申し訳ございませんけど、明日には出立いたします。

 今夜はレイラ嬢とのお泊りですの」


「両国の今後について話をする必要がある」


「良かった」


 ぱちりとグレースは手を叩いた。

 それを合図にグレースの背後からもう一人現れる。


「ラングスが詳細を詰めてくださいますわ」


「久しぶりですな」


 グレース一人が祝いの席に出ることはない。王の代理人として騎士団長かつ王弟でもラングスがついてきている。そのことは彼も知っているはずだが、やはり驚いていたようだった。


「おじさま、よろしくお願いしますね」


 グレースが言えば、ラングスは頷いて新しい王へ向き直る。


「陛下、ボードゲームは嗜まれますかな?」


 そんな会話を始めているのが聞こえた。さすがに無碍にすることもできず、相手をしなければならない。足止めにはぴったりだ。


「俺、無視されたうえにすっごい睨まれた」


「あら、未練がましい。あんなに、美しくないと言っていたのにね」


「そこがすでに見る目がないというやつだよ。

 まあ、思い知らせてやった、というとこは成功したかな」


 少し機嫌を直したようなフィデルにグレースはちょっと呆れた。今日のドレスをめぐって兄妹げんかをし、グレースは巻き込まれたのだ。

 あれは疲れた。仲裁を頼んだ義両親もあら、それは、と言い出して全く少しも収拾がつかなくなってしまった。

 その結果、この戴冠式用のドレスは計り知れない価値があるグレース専用装備となった。


「逃した魚の大きさに悔しがればいい」


 訂正が必要なようだ。

 とても機嫌が良くなった。グレースはちょっとばかり呆れる。確かにグレースもすっとしたが、フィデルほど機嫌が良くはならない。


「面識もほとんどないのに嫌いよね」


「そりゃあね」


 そこはいつも同意するが、その理由を言うことはなった。明確に答えないと言われていればそれ以上に聞くこともはばかられた。


「さて、今日、俺が暗殺されないか不安になってきたから、一緒に居てくれない?」


「女装するなら?」


「……大人しく一人で寂しく寝ることにする」


「騎士団のところに転がり込みなさいな。

 おじさまのゲームの付き合いとか」


「ぬいぐるみ抱えて寝ますのでお気遣いなく」


 よほど嫌らしい。グレースは小さく笑った。こうして、戴冠式の夜は更けていった。

レンナルト王は後世、類稀な女好きとして記載される。

若いうちに亡くなるが、死因は刺殺による失血死。犯人は、不明のままである。

そのあとのごたごたに紛れて公国が独立を果たし、初の女大公が生まれるのはもっと後の話。

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