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第二夜



「うむ。この舌触りの滑らかさ。プリンとはまた異なる美味たるもの」

「……」


 今夜の献上品として、作りましたパンナコッタ。それを金の器に入れてお出ししたところ、皇帝陛下の高評価。


 ……もし、続けて二夜同じ物を出していたのなら、陛下は不快感をあらわにされていただろう。それが、初めて食べたという反応。


 昨晩のからあげについても再度「あれは本当に良かった。また頼む」と昼食での希望を出されたので、やはり、私が昨日作った料理はからあげで間違いないのだろう。


 うーん?


 ……デジャヴ? そんなことがあったような気がしただけ。

 あるいは、夢で今日のことをぼんやり見たのか。


 女神や魔法のある世界なら、そういうこともあるのだろうか。


「どうかしたか、シェラ姫」

「いえ。なんだか……ぼんやりしてしまいました」


 申し訳ありません、と謝罪すると、陛下は「夜、子供を付き合せるのはよくないか?」と今更ながらな疑問を口にされる。


「朝にするとか?」

「それでは千夜一夜のマネができません」

「それはそうだな。そなたは私のシュヘラザードなのだから、やはり夜、寝所に招こう」


 器を下げて、陛下と歓談して、いつものように退室する。

 新白梅宮に戻りながら、見える外の景色を眺めると冬の空は寒々しく鳥もいない。


 うーん。


 自室に戻って、私は日記を広げた。


「朝起きて、神官さんたちから牛乳や生クリームを貰って。今夜のメニューを雨々さんと話して、マチルダさんの作ったサンドイッチを朝食に食べて……」


 午前中は白皇后のところで礼儀作法の勉強。午後からはスィヤヴシュさんの診察と治療を受けて、その後軽く体を動かす。

 おやつを食べて夕方までの少しの時間にパンナコッタの仕込みをして、陛下にお会いするための湯あみやら何やらの準備をする。これが一番時間がかかる。


 いつもとあまり変わり映えのない日だった。


 なのに違和感。同じ日を一度経験したような覚えがあるからか、違和感。


「うーん」


 *


 げほり、と咳をすると、掌に白い歯が零れ落ちた。小さな歯だ。唾液と血液が混ざって、ピンク色のねばっけのあるものが一緒だった。


 これは夢だなと、私は頷く。

 抜けたのは奥歯で、舌で口の中をさぐるとぶよぶよとしたものが、抜けた歯の隙間にあった。

 私は幼い女の子なのだから、歯が抜けることもあるだろう。けれど、抜ければ新しい歯が下からぐいっと、タケノコのように伸びてきているはずなので、何もないこれは、成程夢なのだと合点が行く。


「と、なると、夢の中の私はエレンディラでもシュヘラザードでもないのでしょうか」

「と、おっしゃいますと」


 目を開けて、すぐに入った視界には真っ白い布で顔を覆った白子さんがいる。背の高い、ぼうっとしていればでくの坊にも思えてしまうほど、大きな体が礼儀正しい視線であるので、品がある。


「白子さん」


 私が呼ぶと、白子さんはお辞儀をした。

 名前は白子さんではないだろうに、私がそう思っているので否定はしないということだ。


「これも夢ですか?」


 覚えのない部屋。いや、昨晩来た、いや、あるいは、夢の中で入った?部屋。今は丸いテーブルの上に、鍵が三本置いてある。部屋の向かい側には扉が三つ。


 ザァザァと雨の音。外は大降りのようだった。


「鍵があるって、扉がある。ってことは、使ってあけろ、ということでしょうか」


 夢の中で夢を見て、その夢から覚めたら今で、これも多分夢だと思うのに、今は意識がはっきりしている。歯が抜ける夢。口の中に広がった鉄っぽい味をよくよく覚えているけれど、あれは夢だったと、折り合いがつく。


「ご主人様のご自由に」


 私が鍵を三つ、ガチャガチャとさせていると白子さんは静かにそれを見守った。シーランやアンではなくて、この人が夢の中に出てくる理由はなんだろうか。そんなことも考える。私に対して敵意はないし、この夢の中に「鍵」と「扉」という、意味ありげな物があって、その場所まで連れて来てくれたということは、味方ととらえていいのか。


「……まぁ、意味ありげな鍵に扉、ですからね。使ってみるのがいいでしょう」


 夢の中なのだから、何かあっても起きればいい。

 そう思って立ち上がって、鍵を手に取る。


 鍵は三色。金色の鍵は、金色の扉に使えるのだろう。合わせてみるとガチャリと開いた。





「……これはなんの行列ですか?」


 明るい光が一瞬。

 場所が変わった。夢の中なので、何でもありなんだなぁと感心する。


 大きな、宮殿のようだった。ただし、朱金城ではない。

 アラジンと魔法のランプにでも出てきそうな……アラビアンチックな、どこぞから歌やらお香の良い香りが流れてくるお城の中。


 長い階段があった。そこには行列が出来ていて、私は踊り場の下に立っているようだった。


 ガヤガヤと騒がしい。並んでいるのは老若男女。活気があって、皆何か言っているけれど、夢の中なので、それはよくわからない。


 近づいてみると、私に気付いた男の子が一人、ぐいっと私の腕を引っ張った。


「あれ?カイ・ラシュ?」

「?誰だよそれ。おれは違うよ」


 顏はどう見てもカイ・ラシュなのだが、声もそうなのだが、当人は違うという。着ているものもカイ・ラシュが着る筈のない、平民が着ているような質素なものだった。


 ……夢の中なので、まぁ、登場人物の顔が知っている人の顔になることも、あるのか??


「おまえ、横入りする気だろ。駄目だぞ」

「いえ。そういうつもりはなくて……なんですか、この行列」

「なんだ知らないのか?」

「教えてくれますか?」

「仕方ないなァ」


 カイ・ラシュの姿の男の子は、カイ・ラシュらしくない口調で肩を竦める。お兄ちゃんぶっているのが可愛い。


「金のガチョウをくれるっていうんだ。だから、並んでんだよ。王様がさ。何でもいいから、自分に「そんなことはでたらめだ!」って言わせる話をしたらくれるって」


 ははぁん。暇を持て余した金持ちの戯れですね。


 それで、参加資格は誰にでも、ただし一度きり、あるので皆が列を成しているそうだ。


「おれの兄ちゃんや父ちゃんが先に並んで挑戦したんだけど、駄目だったんだ。で、しょうがないからおれもいって来いって」

「お兄さんたちはどんな話をしたんです?」

「兄ちゃんは「自分の妹は世の女性たちと同じく、長い髪をしているのですが。並と異なるのはその長さが塔のてっぺんから下まですっかりついてしまうほどでございます」って話したんだ。もちろんでたらめさ。そんなやついるわけないだろ?そうしたら、王さまはさ。「お前の話はつまらないな。そんな女はどこにでもいる。私の知る長い髪の女は塔の中で暮らしていて、その塔にははしごがない。だから、育ての親が下にくると、女は長い髪を垂らして、親はそれを使って登るのさ」だってさ。兄ちゃんは思わず「そんなことはでたらめだ!」って叫んじゃって、まぁ、駄目だったわけ」


 父親の方の話も「その話より、私の知るこちらの方が」と上位互換を語られて終わったらしい。


 男の子が話すと、並んでいる他の挑戦者の人達も「自分の家族も」「自分の知人も」と、あれこれ失敗談を語ってくれた。


 髪の毛のない男が夢に見た、色とりどりの髪が咲いている樹の話。

 人の言葉を話すクジャクがくれた虹色の木の実の話。


 私からすれば、どれも奇天烈で面白い話ばかり、ではあるが……王さまは彼らの話より「もっと詳しく、面白い話」を御存知なのだ。


 成程。王様にとって真新しさがない話は失格なんですね。


 この長い行列。いつからあるのか知らないけれど、すくなくとも男の子の家族がならんで話し終わって、また行列が出来ているのだから、既にかなりの人間が王様にあれこれと奇想天外な話をしているはずだ。

 それでも挑戦は終わらない。


「……これ、悪循環では??」


 列から少し離れ、私は首を傾げる。


 夢の中のことなので、まぁ、普通に考えて……この金のガチョウゲット!が私の目標になるんだろうけれど……。


 次々に人のいろんな話を聞いて行けば、当然王さまの話のストックがどんどん増えるだけだ。そこから更に「こんな話はでたらめだ!」と思わず言ってしまうような話を……王さまより話のストックが少ない人間が達成するのは、ほぼ無理では?


「うーん」


 でもまぁ、並んでみないことにはどうにもならないので、大人しく列には並ぼうか。


「なぁ、おまえさ。ちょっと変わった格好してるし、きっと変な話も知ってるんだろ?だから一人で来たんだろ?」

「え?」


 私が列の最後尾を探そうとうろうろしていると、カイ・ラシュの姿の男の子が手招きしてきた。


「あのさ。もしおまえが上手くいったら、ガチョウの羽根を何枚かわけてくれよ。そうしてくれるなら、おれのところに並ばせてやってもいいぜ」

「え?いいんですか?」


 折角ここまで並んだのにもったいなくないか?


 私が驚いていると男の子は肩を竦める。


「兄ちゃんや父ちゃんより面白い話をおれができるわけないし。可能性があるならこういうのも作戦ってやつだろ?」

「成程……」


 カイ・ラシュという私にとって「味方」の姿をしていたのは……この夢でのお助けキャラ、という設定故なのか……。私は妙に納得してしまい、男の子に順番を譲って貰った。


 そうすると、夢の中は便利なもので、あれよあれよと列がさばけていく。


「おまえの話はつまらないな」


 と、ついに、王さまらしい人の声が聞こえてくるまでの距離になった。


「王さま、王さま。どんな顏かな~」


 ひょいっと、私はがんばって列の先頭の方が見えないかと背伸びするが、無理そうだ。

 きちんと順番になるまで見えない、そういう仕様なのかもしれない。


 それから暫くして、やっと私の前の人が話しに行って、失格になって、私は王さまのいる玉座の方へてこてこと歩いていくことが出来るようになった。


「なんだ、次は。異人の女か」


 玉座というか、大きなクッションを何個も重ね、金銀財宝をあたりに散らばせた、いかにもアラビアンチックな王さまの風体。長いガウンに、ゆったりとした服装。ごちゃごちゃとした装飾品。


 ……眉間に寄った深い皺。


 丸い大きな眼鏡。


「王さま役、イブラヒムさんかーーーーーー!!!!!!!!」


 私は全力で叫んだ。




 

今日が11月29日なので……明後日、やっと……書籍一巻発売ですね……販促のために夢十夜連載して集客しようとしたのですが、ポケモンダウンロードしてしまいました。


購入前から気に入っていたニャオハを選ぼうとしたのですが、ニャオハはしっかりしてるし、ひとりで生きていけるくらい強いけど、ホゲータのことは私が守ってあげないといけないんです。

変わらずの石を抱かせてレベル100にすればいつまでも可愛いホゲータのままですね。可愛いね。


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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
― 新着の感想 ―
[一言] そりゃ上位互換のお話がきますよね、と最後の叫びで納得しました。 続きをたのしみにしております。
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