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*番外*寒い冬の臆病者



 青い空に白い雲!アンド、目の前に広がる白銀の世界!


 私の宮である白梅宮はその名の通り白梅の木が多く植えられている場所だが、そこは現在すっぽりすっかり、雪に覆われていた。


 アグドニグルの本格的な冬が始まる前には大雪の予行練習としてヤシュバルさまが雪を降らせる「大寒冬アショク・ナンダ」というイベントがある。いや、イベント扱いしたら不謹慎なのか、まぁとにかく。ヤシュバルさまが首都ローアンに大雪を降らせ、市内のライフラインがきちんと通常通り機能するか、建物の老朽化の確認などなど。備えあれば憂いなしである。


 ちなみにこの大寒冬、他国にアグドニグルの力を知らしめる役割も担っているそう。それはそうだろう。何の予告もなしに、自分の所の首都、あるいは要所に大雪を降らせられたら、ほぼ間違いなく、大量の死者が出る。


 ……毎年行っていることなのに、なぜレンツェは……アグドニグルに喧嘩を売れたのだろうな、本当に……。


「わたあめー、わたあめ!うわすっごい、完全に、完璧に、雪と同化していますよ!わからない!完全に隠れられてる!わたあめすごい!!」


 まぁ、レンツェの愚かな振る舞いは、今はいいとして、私は太陽が真上になった頃、やっと部屋から出る事を許された。誰にって、ヤシュバルさまだよ!真剣な顔で「シュヘラを部屋から出さないように」とシーランに厳命されていました。


 おかげで私は雪が降り積もる様子を見る事も出来ず……お昼過ぎまで部屋で大人しく、ぬくぬくと火鉢に囲まれて過ごしたわけですね。


 しかし!もう十分太陽が昇ったので!!


「わたあめ見ーつけ!」

「きゃわわわーん!」


 私はわたあめとお庭で駆けまわり、かくれんぼや鬼ごっこをしていた。


 さすが雪の魔獣のわたあめはこの雪の中でも寒そうな様子を少しも見せず、大変元気だ。残念ながら雪合戦は出来ない。わたあめは……雪玉は握れないだろう……。


 イブラヒムさんあたりが来てくれたら雪玉を投げつけて強制参戦させられるのだけれど……イブラヒムさんやスィヤヴシュさんは大寒冬アショク・ナンダの記録作りやらなんやらでお忙しいらしい。皆ちゃんとお仕事をしていらっしゃる。


「……この、良い感じのタライ……これは、ソリになるのでは?」


 かくれんぼも一対一だとさすがに飽きてくる。私は広いお庭で新たな遊び方を模索していた。

 そこで用意したのは、金属製のタライ。そのまま座るとお尻が冷たいので座布団を敷く。


 それをわたあめに引っ張って貰うと……これは、良い感じのソリになるのではなかろうか?


「はっしれそりよ~。かぜのように~。おかのうえを~」


 ふんふん、と私はにっこり笑う。

 歌詞はうろ覚えだが、メロディーは完璧だ。雪の夜に白髪の老人が不法侵入して未成年に無差別に物資を提供するイベントはアグドニグルにはないが、冬!雪!という状況では……自然、私の気分はジングルベル。


「わたあめ、これに乗った私を引っ張れる?」

「きゃわん!」


 小さいが雪の魔獣。大人が引く力より何倍も強い力を持っているわたあめは私の意図を理解してくれたようで、シーランが用意した紐を体に巻き付けて駆けだした。


「まっ、うわっ、速いですよ!?」

「きゃわーん!」


 まさかの全力疾走。

 大変うれしそうなわたあめ。あれだ。言葉はわからないが……「ご主人様を乗せて駆けるぼく!有能!!従魔やってるー!!」とでも言うように、ご機嫌だ。


 普段ただの可愛いマスコット扱いされていることにわたあめご本人(ご本犬?ご本魔獣?)も思うところがあったのだろう。


 私はただ……ソリっぽいものに乗って、ジングルベルが歌いたかっただけなのだが……。


「っと、あまりはしゃぐと怪我をするぞ」


 お庭でジェットコースター体験をすることになるとは思わなかったなー、と素早く通り過ぎていく景色を眺める余裕もない私の耳に、どすん、と軽い音と、静かな声。


「きゃわっ?」

「元気があって大変良いが、この光景をヤシュバルが見たら卒倒するのでここまでだ」

「陛下!」


 全力ダッシュしていたはずのわたあめをひょいっと腕に抱き上げたのは、赤い髪に軍服姿のクシャナ陛下。

 私は黒子さんたちにタライごと持ち上げられている。


 お忙しい筈だが、何か御用だろうか。

 とりあえず私は白皇后から教わった「貴人としての挨拶」を行い、陛下は満足気にそれを眺め頷かれる。


「……今、そなたが……恐ろしいことをしてたと報告を受けてな」

「……恐ろしい事?」


 私は自分に陛下の監視があったことには別に今更驚かない。知らなかったが、まぁ、そういうこともあるだろう。


「……うむ」


 陛下が真顔になられる。

 なんだろう。雪遊びは駄目だったのか。いや、しかし、ヤシュバルさまじゃあるまいし、陛下はそこまで私に過保護ではない。


 何をしてしまったのだろうかと私が身構えていると、陛下は重々しく、ゆっくりと口を開いた。


「JA○RACが来るぞ」

「……はい?」


 え、何?ジャ……??


「正直、そなたのラジオ体操もギリギリだと思っていたのだ……しかしあれはまぁ、イブラヒムが関与しているので音楽だけが広まることにはならんだろうが……危惧していたのだ」


 ……なんの話だろうか。


 いや、なんとなく、わかるにはわかる。


 私は額を押さえて整理した。


「……つまり、私が前世知識で音楽を……「自作しました」と広めないよう、監視されていたんですか?」


 そういうつもりはないのだが、確かに、うっかり人に鼻唄を聞かれて「白梅宮の姫君が作られた曲だ」とかされる可能性も、あるかもしれない。


「具体的には、万が一、それが世に広まり、利益収入が出るようになってしまった場合だな。JA○RACが来たらまずい」

「……え、えぇ……?」

「私もな。こう、「陛下って音楽の才能もあるんですね♡」とチヤホヤされたくて、あの世界の有名な音楽の自作発言をしようかと思ったことがあるのだが」

「それは駄目じゃないですか」

「神が降りて来て教わったとか適当に言えば音楽の素養がなくてもいけるだろ」


 祝福とか神託がある世界ならではの言い訳である。


「だがな……ふと、思ったのだ。もし万が一……JA○RACに気付かれたらまずい、とな」

「JA○RAC」


 JA○RACとは、前世の地球の、日本に存在していた組織だ。ざっくり言うと、著作権を守り、作詞・作曲の権利を守り、それらが第三者に使用された場合の使用料の回収、権利者への分配をしてくれる団体である。


「いや、え、気付くもなにも……え?」

「ありえないと思うかもしれない。が、こうして、別の世界から私やそなたのような転生者が存在している以上……何かの拍子に、JA○RACがこの世界に気付くかもしれない」


 どういう理屈だろう。

 だが陛下は恐ろしいと言わんばかりに体を震わせ、本気で怖がっていらっしゃる。

 背後では黒子さん達が「無断使用駄目絶対」と書かれた板を掲げている。


「自作発言がまずいのなら、こう、どこか適当に滅ぼした国にモーツァルトとか美空○ばりという名の音楽家がいたという記録をねつ造しようとも思ったが……JA○RACは、JA○RACの回収は……そんな小手先のごまかしは通用しない……!」


 どんだけ怖いんですかJA○RAC。

 あれか、陛下、前世で何かあったのか。


「とにかく、そなた。今後気を付けるように。後宮は流行の発信地であるしな」


 咳払いをして陛下は私の頭を撫でた。


「うむ。雪の中で駆けまわる元気があるのは大変よろしい。顔色も良く、そなたが心から雪を恐れず楽しんでいるのがよくわかった。これならヤシュバルが来ても良いだろう」

「?」

「あれはそなたが自分の雪で怯え、恐れ、嫌うようになると思っていたようだ」

「あの人なんで自己評価が低いんですか?」


 まぁ、確かに、エレンディラはヤシュバルさまがレンツェに降らせた雪で死んだし、私も凍った池の中で震えていたわけですが……何を今更気になさっているんだろうか??


 成程、陛下のJA○RAC発言は言い訳のようなもので本題はこちらのようだ。


 態々陛下がいらっしゃることでもないと思うが、ヤシュバルさまは本気でこの大雪で、私がヤシュバルさまを怖がって嫌うようになるとお考えになられたのだろう。


「罪悪感と責任感だけで私を養うの、そろそろやめて頂きたいんですけど、どうにかなりませんかね??」

「そなたの接し方にも問題があると思うが、まぁ、良い」


 ちっとも良くありませんが、陛下にこれ以上何か言うのも、まぁ、意味はないだろう。


 私はその後、陛下と今夜お出しする料理の話、折角の雪なのでかまくらでも作って中でお鍋でもしようかと、そんな雑談をした。


 結局ヤシュバルさまが私と会ってくださったのは「これ以上都が冷えると陛下が風邪を召されるかもしれない」とコルヴィナス卿が都中の雪をすっかり溶かしてしまってからだった。


 

11月14日付けの活動報告に「千夜千食物語」のキャラクターデザインが公開されています!

是非ご覧くださいお願いします!!

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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
― 新着の感想 ―
一応言っておきますね! うわ、こわ……。
かまくらで鍋はできなかったのでは? 嫌われ墓穴掘ってますな…
[一言] 流石にジングルベルは管轄外では。と思ったけどいろんな歌手がカバーしてるか。
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