*番外*お師匠様がやってきた!【後編】
トントントンと、手際よく食材がカットされ、まるで踊るように調理台の上を流れていく。同時進行で温められた深鍋、平鍋、竃の中にはそれぞれ完璧なまでに下処理のされた食材が過熱調理されていく。
単独調理、ではない。自身の手を動かしながら、集めた料理人たちにはそれぞれ下処理、ソース作り、肉焼き、魚担当などポジションを振り分けられた。
コルヴィナス卿はメイン料理を手掛けながら、それらのポジションの仕事ぶりを正確に把握し、彼らの報告を聞き、調理を見事に進行させていく。
「……うわ……プ、プロじゃないですか……」
なんだこの人。
結局紫陽花宮の食房をお借りすることになり、始まりましたクッキングバトル。
以前の炒飯選手権の参加者とはまるでレベルの違うコルキス・コルヴィナス卿のあまりの手際の良さ……いや、そんな程度の言葉では表現できない、存在感に私は顔を引き攣らせた。
「あ、あれは……っ、塩漬け肉!?それを、玉ねぎやら香草と叩いてミンチにして……目玉焼きを乗せたー!!はっ、次は!?鰻!?あれ鰻!?あるの!?あるよね!川あるもん!鰻を吊るして……燻製にした!?かば焼きと違ってそれじゃあ脂が落ちないんじゃ……まさか……スープの具に!?脂がそのままうまみになるじゃないですかー!!えっ、輪切りのレモンをスープに!?そんな……ちょっとさっぱりしてコクが出るー!!」
隣のブースでコルヴィナス卿一団の調理を見る私は大興奮だ。
別に実況しているわけではないが、驚きの連続と、そして漂ってくる美味しそうな匂いに大変お腹が空いてくる。
「シェラ様、お姫様。ご主人様、あっしらも準備しないとまずいでしょう」
「はっ……マチルダさん!そうでしたそうでした……目の前で堂々と広げられる……あまりの完璧な光景につい……っていうか、なんなんですあの人……あれで貴族の武人は無理がありますよ??」
「いやぁ、それは、あっしに聞かれましても……コルキス・コルヴィナス様と言えば、雲の上の方でございますし……」
なんであんなに完璧に料理を作れる貴族の中年がいるんだ。
ちょっと料理を齧った、趣味人として長年続けてきたというタイプではない。
私の前世が食堂のアルバイトで、料理を嗜んでいたからできる手際とは次元が違う。
例えるなら、ガチでどこぞの星付きレストランの総料理長でもしていましたか??というレベル。
食材を見極めるその目、自分の手元だけを意識せず、同時に十数人の人間を使い料理を作るその管理者の能力……。
「ぐっ……わ、私だって、マチルダさん一人か、もう一人くらいだったら……一緒に、作れますけど」
しかし、自分で言って自覚しているが、私の場合は人を使う、というより「手伝ってもらう」というニュアンスの方が強い。
「師匠は完璧主義者だからな。一つの事に挑戦すれば、それをご自身で納得するまで磨き続ける。大変努力家でいらっしゃる」
「ヤシュバルさま」
「すまないシュヘラ。師が迷惑をかけた」
「ヤシュバルさま謝ることなんて一つもありませんよ~。私がレンツェの王族であることは間違いないですし、こういうことがなくなるわけないってわかってますし」
「……」
この人、私に対しては甘いよなー、と私はヤシュバルさまが気の毒になる。
私を傷付ける者がこの世からいなくなるわけがないのに、全てから守れるわけがないのに、そのたびに一々こうしてお辛そうな顔をされる。
私はそれだけでとても満足だ。私が傷付くと悲しんでくれて、自分のことのように傷付いてくれる。体の痛みは嫌だし怖いけど。
「ところでヤシュバルさま、あの人……なんでこう、やりたい放題なんですか?」
「やりたい放題……というより、師匠は……アグドニグルにおいて、少々特殊な方なんだ」
特異な方というのは、まぁ見てわかりますと私が頷くとヤシュバルさまは苦笑される。
「私の生まれる前のことだから、私も聞いた話でしかないのだが……遡ること、三十年近く前……当時、アグドニグルにとって大敵であったドルツィア帝国とのかつてない大規模な戦いがあった」
四百年の歴史を持つドルツィア帝国は広大な土地に、高い身体能力を持つグルド人たちの軍事力。
人間種の国家の中では最もアグドニグルにとって「脅威」であり、何度も侵攻を受け、実際に大敗して国土を奪われた事もあるほどの「宿敵」だったという。
建国時から王家に仕える大貴族、大公家コルヴィナス。その嫡子であった若きコルキス・コルヴィナス公子。
「……詳しくは知らないのだが、なんでも、戦場でまみえた皇帝陛下に、師匠が一目で心を奪われ、その日の内にドルツィアの当時の皇帝の首と、自身の父親の首を持ってアグドニグルに亡命してきたとか……」
「ストーカーじゃないですかそれ」
思わずつぶやく私にヤシュバルさまは「スト……?」と小首を傾げられた。
普通に聞いていれば、そんな自分のところの王様と父親を裏切ってやってきた人間なんぞ怪しさ抜群、一切何も信用なんぞ出来ず門前払いにするところだが、当時のアグドニグルにはちょっと複雑な事情もあったらしい。
皇帝陛下はコルヴィナス卿を受け入れ、仕官の望みの叶ったストーカー……じゃなかった、コルヴィナス卿はその後のアグドニグルにおいて「英雄卿」と称される程の武勲を上げていった……そうだが。
これだけ聞いていると、皇帝陛下の御威光の賜物。良き家臣に恵まれた徳の高さですね、と、素敵エピソードに思えなくもないのだけれど。
私にとってコルヴィナス卿は突然やってきて新居を焼き払い、治ったから良いものの幼女の両足を消し炭にした糞野郎だ。
「……」
ちらり、と私は再びコルヴィナス卿陣営の進行状況を確認した。
次々に作られていくのは、前世の一般人ならテレビや雑誌の中でしか見たことのないような豪華な料理の数々。同じことを同じ時間内でやれと言われたら私にはまず無理だろう。
「……」
料理人としての技量の差を突きつけられ、自分が何を作ればコルヴィナス卿に勝てるのかのヴィジョンが私には湧かなかった。
私が作る事の出来るのは、所詮下町の食堂で出すレベル、メニューのレパートリーとて家庭料理の域を出ない。
コルヴィナス卿の作業台の上に並べられていく完成品は、盛り付けから食器の配色にまで気を使った一流の料理だ。
『格が違う世界に入ってきたと理解したなら、さっさと出ていけ。目障りなんだよ、お前みたいなのがここにいるのは』
……一瞬、フラッシュバックする記憶は、前世のものだ。
思い出すのは磨き上げられた銀色の世界。白いコック服。熱気。飛び交う怒号。刻まれる時計。
「……」
それはもう今は関係ないと振り払おうとした私は、体が震えていた。
「シュヘラ。もし君が、困難であると考えているのならコルヴィナス卿の首を私が取ろう」
「……はい?」
それをどう考えたのか、私の隣に立っているヤシュバルさまが私の顔を見ないままいつもとお変わりのないお声でおっしゃる。
「良い機会だ。師はいつまでも私を赤子か何かだと思っているようだし、私が殺めてはならないものの名に、師は入っていない。私が師を殺せるのなら、この国にとってもはや師は不要の人物となるだろう」
「え、いや、あの……なんでそうなるんです??」
「考えてみたのだが、君の未来にコルヴィナス卿は邪魔ではないか?」
さらり、とおっしゃるヤシュバルさま。
………………。
「もしかして、怒っていらっしゃいます?」
「私が君にしてやれることは少ない」
「師匠殺しはよくないと思いますと。道徳的に」
どっちがお強いのかというのはちょっと気にはなるものの、それは今わからなくてもいいことだ。
「ヤシュバルさまは、私はコルヴィナス卿に勝てないと思いますか?」
「私は料理のことは詳しくはない。ただ、君が顔を曇らせて、不安に感じていることはわかる」
ちょっと落ち込んでいる理由はそれだけが原因ではないのだけれど、そこはまぁ、誰かにわかって貰えるようなものでもない。
「私は君に出会うまで、料理というものは栄養を補給できればいいと思っていたし、今も……効率よく、短時間で摂取できる物が優れているという考えは変わらない」
「ヤシュバルさまは武人さんなので、そういうお考えも、らしくて良いと思います」
「だが……君は料理をするとき、実に楽しそうに笑う。誰かの口に入り、それが気に入られた時に、君が浮かべる表情はとても良いものだ」
……おや、まぁ、と、私は驚いた。というよりも、気恥ずかしい思いにかられた。
真顔で淡々と、ヤシュバルさまは話されるのでまるで天気の移り変わりでも真面目に語られているような、そんなぎこちなさ。
「私は君に、怯えながら料理をして欲しくはない。そう思う自分の欲求に従うと……これは君が言い出したことではあるが、コルヴィナス卿との料理勝負は何もかも、なかったことにしてしまえば、君は辛い思いをしなくて済むと考えた。君が勝てる、勝てないということは私には問題ではない」
「……そこは、嘘でも『シュヘラの料理が一番』とか、それくらい言ってほしいです~」
「ふむ……そうか。そういうものなのか?」
「そうです~」
あはは、と、私は笑いながら、くるりと背を向けた。
……この人、本当に私のこと、よく見てるなぁ。
振り返ると、ヤシュバルさまはちょっと困ったようなお顔をされている。私が不機嫌になったとでも思っているのか、ややおろおろ、とするような、そんなご様子。
「実際のところ、今の私に、コルヴィナス卿と同じレベルの料理は作れません」
「そうか」
では殺してくるか、と剣を構えるヤシュバルさま。
私はぐいぐいっと、その服を引っ張った。
「で、でも、勝てるか勝てないかって問題でしたら……勝てると思います」
私が口に出した途端、ぞくり、と悪寒が走った。
「っ!?」
殺気。敵意。そんなものを故意にぶつけられたとわかるのは、私の両足ががっくりと恐怖から崩れてそれをヤシュバルさまが支えてくださって少しした後だ。
「……こ、こわっ」
「コルヴィナス卿!」
私の言葉、というよりも、先ほどからの私たちのやりとりは聞こえていたのだろう。ただ、私が勝つ、という言葉だけは「気に入らない」と殺気をぶつけてきたご丁寧なコルヴィナス卿。
すかさずヤシュバルさまが声を上げるが、私はぐいっと、顔を上げて立ち上がり、自分の調理スペースに駆ける。
「マチルダさん!お仕事ですよ!」
「へい、ご主人様!なんでもおっしゃってください!あっしはなんだって、ご主人様の作りたい物をお手伝いしますよ!」
個人の能力と、財力と人材に物を言わせたスペシャルディナーに、真っ向勝負で勝てるわけがない!!
しかし、私は知っている。
これらの素晴らしい料理の数々を……全て無効化してしまえる、最終兵器を!!
*
「カレーは卑怯だろ。だが、その形振り構わなさ、嫌いじゃないぞ。優勝、シェラ姫」
「いぇ~い!!」
夜半。視察からお戻りになられた陛下が「何をどうしてそうなった?」と、事の詳細を聞きながらも首を傾げられた後、魔法で保存されていた料理が陛下の御前に届けられた。
真っ白いクロスのかかったテーブルの上にはコルヴィナス卿の作った、なにこれフランス料理?というレベルの料理が並べられた。
磨き上げられた銀食器に、年代物だという葡萄酒。使用される食材はどれも高級食材で、このテーブルの料理だけで平民の年収など軽く吹き飛ぶという程のもの。
美食。豪華絢爛。王族の口に入るに相応しい料理の手本のような品々は「コルヴィナスの作った物とか食べたくない……」と難色を示していた皇帝陛下でさえ「……うわ、美味いなこれ……」と呟かせ、コルヴィナス卿の冷たい顔にほんの僅かに人間らしい温かみのある色が差した。
対して私の料理は銀色のお盆に載った大きな平たいパンのようなものと、小振りの銀色の器によそわれた三種類のスープ。色は全体的に茶色で華がなく、こんなものを並べて正気か、と、居合わせた給仕さんたちは顔を引き攣らせた。
が、しかし。
保存の魔法を解除した瞬間、周囲に漂うのはアグドニグルでは馴染みのないスパイシーな香り。
「こ、これは……!」
どよめく周囲。
ふ、ふふふ……私はこの驚きを得る為だけに!調理中もにおいがバレないように風の魔法を使ってにおいを閉鎖させて頂きました!
アグドニグルでは、香辛料を使う料理は多くある。
けれど、香辛料はあくまで味付けするためのもので、例えば唐辛子などを「食べる」文化はない。薬としても数多くの香辛料が手に入る環境ではあるが……香辛料を粉末状にして、肉や魚に味付けして煮込んだ料理、は、ない。
そして更に、コルヴィナス卿の作っていた料理は……見た感じ、ソース文化。焼いた食材に、美味しいソースをかけて食べる、という形式。それはつまり、様々な……繊細な味のハーモニーを楽しむ、とてもお上品な……複雑なお料理だろう。ワインとのマリアージュまで考えられているであろう料理の前に……私が出来る唯一の対抗策。
それがカレーだ。
「ほう、しかも……これは、もしや手で食べる物では?」
「そうです!ナン、という少し変わったパンの一種です。今回は更に中にチーズを練り込んで、チーズナンというものにさせて頂きました」
「ほう……」
手で食べるという文化は、饅頭などを除けばほぼないこの国だが、皇帝陛下は抵抗なくもっちもちのナンを手に取り、千切って見せる。
「……ほう」
湯気が立つほどあっつあつのチーズナンは、千切ればトロットロのチーズが垂れた。ナンの表面にはバターが塗られており、テカテカと輝いている。表面は窯焼きしたからこそのカリカリとした焼き具合に、中はふっくらもちっとした、もうそれだけで食べられるほど美味しい一品。
やはり、パン類を作らせたらマチルダさんにかなう者はいないのでは、と思うほど完璧な仕上がりだった。
「カレーは定番中の定番の、バターチキンカレー。陛下のお好きな海老で出汁を取ったシーフードカレー。唐辛子系の充実したアグドニグルで挑戦させて頂いた……激辛カレーの三種類です。三つ目の激辛カレーは、以前カイ・ラシュの激辛炒飯を割と好んでいらっしゃった陛下であったので作ってみました!味見はしましたが汗が噴き出て二度目は食べられませんでした!」
「そんなに辛い物を私に食べさせるのか?」
「陛下はお好きだと思いましたので!」
まぁ食べるけどな、と陛下は頷き、最初から激辛カレーにナンをつけて食べる。
「……くっ、くぅ~……脳天に来る……辛っ、噴き出る汗……っ、辛い物を食べてると、私もまだ人間の機能があったんだな、と実感するなァ……」
陛下の額に浮かんだ玉のような汗を黒子さんが拭う。もぐもぐと召し上がりながら「うんうん、美味い美味い。やはり暑い夜はカレー。この場合カリーか?」とおっしゃり、召し上がっていく。
コクのあるバターチキンカレーも、甲殻類のエキスのたっぷり入ったシーフードカレーも大変好評。
もう匂いだけで勝負のついているカレー。
「……ふっ、どんなに、どんなに美味しいお料理を前にしても……カレーは別次元の存在……どうですコルヴィナス卿!私の料理は!」
「……」
「さて、コルヴィナス。貴様、なにゆえこの私が態々褒美として下賜した白梅宮を灰燼と化したのか。その審議をせねばならぬな」
ふきふき、と、口元についている脂を布で拭い、皇帝陛下は椅子にもたれかかりコルヴィナス卿を眺めた。
陛下が座られているとちょっと豪華なだけの椅子も立派な玉座に見える皇帝マジックである。
「……と、言うても、貴様は罰を与えようが、何だろうが気にせぬし。……このシェラ姫は自らの有能さをこの料理で貴様にも示して見せた。貴様がどう感じるかは私の関心のあるところではないが、これこのように、シュヘラザード姫は面白い」
「……」
……私は「オモシレー女」枠だったのか。そうなのか。
淡々と言葉を発する陛下。コルヴィナス卿は無言、無表情でそれを聞いている。
陛下が口を開かれる間、他の人間は粛々と頭を垂れている中で(ヤシュバルさまは別として)コルヴィナス卿は畏まった態度をしているのみで頭を下げてはいない。それは不敬であると思うのだけれど誰も咎めない。
……あれかな。
一分一秒でも、陛下を見つめていたいとかそういうので、注意しても無駄だったから、とかかな。
「私の考えは変わりません。レンツェの王族は何もかもことごとく塵にすべきでございましょう。これらは害虫、一片の価値もなしと燃やすべき存在です」
「貴様にとってはそうなのであろうな。が、シュヘラザード姫は私にとってはそうではない」
「この小娘の口車に乗った目的はただ一つ、私の作った料理を貴方に召し上がって頂く機会を得る為。それが叶った今、私にとってこの小娘はもはや何の利用価値もなく、燃やすべき屑です」
「その点。貴様自身自覚していような。私はシュヘラザード姫の為でなければ貴様の触れたものなど何一つ口にしたくはないし、今も貴様の面をこうして前にしたくない。が、貴様が白梅宮を燃やした事、私の可愛い姫に敵意を抱いている事、私が貴様に抱く嫌悪より、姫への情が勝っている故の結果であると貴様は噛み締めるがよい」
……うん?
ちょっと、待ってほしい。
私は何か引っかかった。
下がれ、と陛下がおっしゃるとコルヴィナス卿は素直に出て行った。
……おい、ちょっと待てや。
「ところでシェラ姫、ラッシーとかないのか?やはりこういうカレーにはラッシーが必要だと思うのだが??ないのか?」
「……陛下……ちょっと、ちょっと……待って、頂けますか……まさか……私は、もしかして、いえ確実に…………ダシに、されたんですか!?」
コルヴィナス卿が出て行った途端、ぐーたら陛下モードになった皇帝陛下に私は詰め寄る。
「陛下がコルヴィナス卿を散々無視したり、遠ざけたりするから……コルヴィナス卿が、強硬手段として……陛下のお気に入りの私にちょっかいかけたってことですか!?陛下が無視すれば私は排除できるし、しなかったらお会いできるから、とか、そういう……はぁあああ!!?」
「いやぁ~、あいつ本当怖いよな!領地も地位も権力も財産もマジで興味なくて、罪人のレッテル貼られようが何だろうが気にしないから飼うしかないんだよ。有能だから他国に放流するのももったいないし……」
「師匠はその陛下の「もったいない」と思われている一念を全力で維持しているので、私が倒せられればこんなことにならなかったのだが……」
うわ、こわ……。
「うわ、こわ」
「声に出ているぞ、シェラ姫」
「あ、すいません」
謝らなくても良い気はするが、反射的に謝っておいた。
なるほど……コルキス・コルヴィナス卿。あの傍若無人っぷり……開き直ったストーカー精神からきているのか。
自尊心の高い人間に罰として領地を没収したり、何かしらの刑罰を与えたりするのは当人にとってそれが堪え、反省し、あるいは周囲に見せつけることができるからという意味があるだろう。
しかしコルヴィナス卿は一切そういったことがない。そんな奴を抱え込んでいいのかという疑問は、殺すには惜しい程の人材という点が何もかもを覆してしまっているらしい。
「……つまり、コルヴィナス卿は……陛下の関心を引くことしか考えていないってことですか」
「……これうまいな!おかわりいいか!普通のナンでもいいぞ!」
ぺろり、と三種のカレーを食べ終えた陛下が、私から視線を逸らしつつマチルダさんの方に問いかけた。
恐縮しながら、ナンを直ぐに焼きますと請け負うマチルダさん。
いや、私の新居は焼かれたし、足も怪我したんですが!?治ったけど!!
この国にまともな人間、いないんじゃないかと私が気付き始めた季節。
新居はコルヴィナス卿の全額負担で急ピッチで仕上げられたけれど、結局謝罪は誰からも頂けなかったよ!!
つまりあのオッサン、レンツェの王族の手作り料理を陛下が食べるんだから、自分のだって食べて貰えるだろ、とやってきただけなんですか?
→ そうです。




