*番外*お師匠様がやってきた!【中編】
「さて、焦土と化した私の新居ですが……死人が出なくてよかったですね」
わぁい、女神メリッサの回復チートは万能ですね、と私は全力で笑顔を振りまいた。
「……」
「……」
「……」
目の前には焼け野原、の、無事に消火された跡地。柱の一本も残さない業火は水の祝福を受けている第二皇子殿下の御手によって綺麗にされたそうだ。
さて、私の目の前には三人の人物。
眉間に皺を寄せ、私の前に立っているヤシュバルさま。
私をぎゅっと抱きしめて離さないメリッサ。
二人はきつく眦を上げて、三人目の人物を睨んでいる。
銀色の髪に青い瞳の大変顔の良い美中年。
コルキス・コルヴィナス卿とおっしゃるそうだ。
お名前であれば度々耳にした事がある。元々はヤシュバルさまが担当していた北方の地を、現在は治めていらっしゃるとか、炎の祝福者だとか。
お名前の響きからわかるように、アグドニグルや近隣の方ではなく、ドルツィアという外国の大貴族だった方だそうだ。
「退け、ヤシュバル」
「いかに師の御言葉でも従えません」
「この子に近寄るんじゃないわよぉおぉ!!この不審者!呪うわよぉおお!!」
「わんわん!!きゃわわわん!!」
冷え冷えとした、感情の一切含まれない声を発するコルヴィナス卿。
私を守ろうと立ちふさがるヤシュバルさま達に苛立つ様子はなく、淡々と作業をこなす機械的な冷たさがあった。
わたあめにさえ威嚇され、完全にアウェーな状態だというのに怯まない!
一触即発といった、大変危機感溢れる状況なので私はなんとかこのシリアスムードを和ませたく、幼子が健気に笑顔を振りまいているというのに、大人たちは全く顧みてくれないのですが。
「あ、あはあは、あの、あのですねぇ。何か誤解もあるようなので……まずは対話をしませんか。人間、まずは話し合うべきかと思うので、うわぁっ!前髪焦げたぁああ!!」
「黙れ。口を開くな。大罪人が」
「あ、あたしの守護をぶち破ったぁあ!?人間辞め過ぎでしょ!!なんなのこの国!」
女神の腕の中という、かなり高い防御力を誇る場所にいるはずの私の前髪が、チリチリと焦げた。一瞬で焼けるというほどではないが、手加減したらしいのはメリッサの動揺から察せられる。
「ちょ、ちょっとぉ!氷の皇子!こんなときに……クシャナはいないの!?」
「……母上は早朝より視察のためローアンから離れられている。シュヘラとの約束のため、夜には戻るとおっしゃっていたが……」
「陛下は今日はちょっと暑いのでさっぱりしたものが食べたいとおっしゃっていましたね。止めてください!前髪がこれいじょう無くなるわけにはいかないんですが!!」
「なら口を開くな。頭が悪いのか?」
「別にあなたに話しかけてるわけじゃないんですけど!!」
どんどん短くなっていく私の前髪を必死に押さえる。
「……ヤシュバル。ある程度の知らせは当然、私の耳にも入っている。レンツェの王族をこの国に連れ帰るなど、何を考えている」
「……」
「貴様の存在理由はこの国、アグドニグルの為利益を齎し、外敵を悉く打ち破る事だ。そうと決めたのは貴様自身。その意思を持って、私に教えを乞うた貴様が、何故レンツェの者を生かしたのか」
このコルヴィナス卿には、私の外見が幼女だろうと褐色の肌で、レンツェの王族たちからどう扱われていただろうが、そんなことは関係ないのだ。
感じるのは、アグドニグルへの圧倒的な忠誠心。
レンツェという存在がアグドニグルにしたことを正しく報復すべきという、絶対的な意思。
「……」
それがなぜ、宮を与えられるような待遇になっているのかと。周囲はなぜそれを諫めなかったのかと。皇帝陛下の行動そのものを責める程の響きさえあった。
……私は内心、こういう人がいることを考えていないわけではなかった。
ただ、アグドニグルにおいて皇帝陛下が絶対的な存在であると考え、その陛下が「良い」と決めたことなら、なんとなく、大丈夫なような。私はレンツェの王族だが、それでも、陛下との間に友情があるのだから……許されるとでも思っていたのだろうか?
「………………いやいやいや。許されるんですよ、私は」
私はぐいっと、メリッサの腕の中から離れて一歩前に出る。
「レンツェの罪に関して、陛下は王宮にて首切りパーティを行い、王宮を氷漬けにして、それでよしとされました。コルキス・コルヴィナス卿。私は、陛下に千夜料理を献上することで、レンツェの罪を償うと、認めて頂きました。卿はなぜ、何の権利を持って、私を私刑するのでしょう」
「罪人は罪人らしく振る舞えと当然の義務を説いたまでだ」
宮を与えられ、大切に扱われる必要はないと。うん、まぁ、正論といえば正論である、
「ご自分が宮を与えられていないから私が羨ましいのですか?」
そんなことはまずないだろうが、軽口を叩く。
びくびく怯える幼女とは思われたくないし、何より、これまで散々あれこれして得た現状を、ぽっと出の、顔がいいだけのナイスミドルになぜ非難されないといけないのか。
「……」
しかしなぜか、コルヴィナス卿は黙ってしまった。
「……………シュヘラ」
「……あんた」
なぜだかヤシュバルさまやメリッサが、私を責めるような顔をしている。
……なんかこう、他人にとって、地雷というか、絶対に言ってはいけないことを言った……こう、例えば、親無し子に……「やーい、お前んち、とーちゃんもかーちゃんもいねー!」と、こう、とても、酷いことを言ったような……反応ではないか?
「……それと、貴様の待遇に関しての苦言に、関係はない」
「あ、はい。えぇ、そうですよね。すいません」
ややあって、絞り出すような声でコルヴィナス卿が答えた。
う、うん。関係はないよね。ごめんね……。なんか……ごめんなさい。
「私が宮を得られない事をどう感じているのかはともかく……貴様のようなレンツェの王族が……」
「あの……とりあえず、私の宮はなんかもう、こうですし……それに関しては、私より、閣下が直接陛下とよく話し合って頂くとして……ちょっと、私と料理で勝負しませんか?」
「ヤシュバル。この小娘は……頭がおかしいのか?」
私の提案に、コルヴィナス卿は何故か気の毒な者を見るような目を向けてから、ヤシュバルさまに問いかける。
「会話が成立しない」
「シュヘラは食に関して少々、前のめりなだけです」
「……命乞いをしないのか?この小娘の今の言葉では……自分の生死を、陛下に委ねているように聞こえるが」
「……そういう娘ですので」
「危機感、緊張感がまるで無い」
「……わかっています」
なぜかヤシュバルがとてもつらそうなお顔をされる。
危機感とか緊張感?ありますが!?
どうしてそういう評価になるのか私はちょっとわからない。
「私は料理の腕……アイディア? まぁ、とにかく、陛下は、私の作るお料理が「楽しみ」で、私を側においてくださっているんです。コルヴィナス卿もご存知の通り……陛下は有能な者がお好きなんです。それで、閣下が私より素敵な料理を陛下に提供できるのであれば……私は陛下にとって無能な者になるわけで、そうなると、閣下のお望み通りの待遇になることもあるでしょう」
「……つまり、この私に料理人の真似事をしろと?」
「直接お作りになられる必要はありません。閣下のお持ちの権力を用いて頂いて構いません。ただ、単純に……閣下のご用意された料理でもって、私から陛下の寵愛を奪えばいいというだけです」
私が優遇されるのが間違っているというのであれば、私の存在価値を否定すればいいだけのこと。
態々宮を焼く必要などなかっただろう、と、私は少しだけ……怒っている。
まだきちんとひも解いていなかった贈り物はあるし、ヤシュバルさまやカイ・ラシュから貰った物は……私にとって、大切な物になるはずだった。新居探検もままならない内に火災に見舞われるとか、さすがに想定していない。
「……ほう。つまり、この小娘は……この私に、挑むというのか?」
「逆ですね。どちらかといえば、閣下が私に挑むんです」
「料理如きでこの私が遅れを取ると思うのか」
「……はい?」
あれ、なんか……意外な言葉を聞いたような……。
「……シュヘラ。師匠は……それなりに、いや……かなり、食に関して……お詳しい」
「……なんで?」
私に対して自信たっぷりなご様子のコルヴィナス卿に、私が首をかしげているとヤシュバルさまがぼそっと、教えてくださった。
「……なんで???貴族のお偉いさん、それも男の人が……料理できるんです????」
特にこのコルヴィナス卿なんて絶対に、料理なんてしたことないようなタイプじゃないのか???
私は猛烈に、嫌な予感に襲われた。
……なぜレンツェ侵攻に、ヤシュバルさまが同行したのか。
確かにヤシュバルさまはお強いのだけれど、そのヤシュバルさまの師でいらっしゃるらしいコルヴィナス卿でもよかったはずだ……。
それがなぜ、コルヴィナス卿は北方の地に追いやられたのか……。
レンツェに今もはっきりと敵意を持ち続けているほどの忠誠心のあるコルヴィナス卿こそ……レンツェ攻略に最適だったのではないか……。
……あれ!?
なんだろう!なんだろうなこの、地雷を踏んだ感じ!!
「全力で挑ませて貰うぞ、小娘。常々私は、手料理を陛下に召し上がっていただきたいと、この二十年間思い続けていたからな」
私は見誤っていた!!
コルキス・コルヴィナス卿!!
アグドニグルへの忠誠心じゃないなこのオッサン!!
他に例を見ない、皇帝陛下超過激派だ!!
しかも同担拒否と見た!!
気晴らしに「最弱魔女の逃亡生活」という、他人を不幸にしながら逃亡し続けるバカップルの話を書いているので、残酷理不尽描写が大丈夫な方は読んでください(大の字)




