*番外*お師匠様がやってきた!【前編】
絢爛なる華の都ローアンは朱金城。
真夏の太陽の輝きを受けて燦燦と輝くのは、先日完成したばかりの新宮殿。後宮の他の宮が全て植物の名が付けられているように、この新しい宮も当然植物の名を冠した。
“白梅宮”
位置としては第四皇子ヤシュバル殿下のおわす紫陽花宮の隣の宮。規模としては皇帝の寝所である瑠璃皇宮の四分の一程度の小さなもの。しかし第四皇子から贈られた見事な数々の調度品が飾られ、庭には珍しい東の国の白い梅がわざわざ神殿の移動魔法を使って持ち込まれた。
アグドニグルの力に怯える諸国にとって、新たな宮の誕生はただの他国の新築情報というだけのものではない。
宮の主というものは、アグドニグルにおいて一種の権力の象徴だ。
偉大なる皇帝陛下により認められ、宮を持つ者は外交においてその国の王と同等の扱いをされる。
新たなる宮が建てられた。
諸国の情報官たちは、そこの主たる者は何者だろうかと、白梅宮の主人の情報を必死になって探った。
これまでの朱金城においては皇帝陛下を除き、独自の宮を持てるのは養子となった皇子ら六人だけであったが、今回は異例なことに「女児」だった。
それも、皇子らの子というわけではなく、よりにもよってアグドニグルに、皇帝陛下に弓引いた敵国の姫君である。
わざわざ第四皇子が見初めて大切に保護され本国に連れ帰り、皇帝陛下が寵愛されて宮を建てて贈られた。
レンツェを滅ぼしたアグドニグルの皇帝は何を考えているのかと、諸国は困惑したものの、皇帝クシャナが何を考えているのか、並の人間には理解できぬとそれだけはわかっていた。
新設した宮の情報を諸外国に知らせたということなら、祝いの品を贈っておくにこしたことはなかろうと、為政者たちは玉座においてそう判断したのだった。
*
「以上が、本日届けられた贈り物の目録にございます」
「おっ……多いいぃいぃい……」
今日も今日とて、部屋中に積み込まれた新居祝いの品々を前に私はぐったりとしてしまった。
私のお家、こと、新しい宮。
白梅宮というとても綺麗な宮を戴いて、えぇ、大変うれしかったのは本当です。
引っ越し祝いにヤシュバルさまからはふかふかの寝具や珍しい食材を、春桃妃様からは沢山の布を、カイ・ラシュからは遠くの国の野菜の種や苗を頂いた。
それだけで十分だったのですが、宮を戴くということはとても、大それたことらしくあちこちから、具体的には私と全く付き合いのない方面からも贈り物が届いた。
アグドニグルという国の規模の大きさを再確認させられると同時、きちんとどなたから頂いてどんな返礼の品を返すべきかと頭を悩ませられる。
「何をおっしゃいます。まだまだ、足りぬ程でございますよ。皇子殿下たちの宮入の際は……」
シーランは昔をよくご存知のようで、思い出すように目を細めて回想を始めた。
まぁ、実際のところ、この大量の贈り物、私は全て確認する必要はない。
全て一度は白皇后陛下が確認してくださって、私が直接お礼文を書くべき相手、返礼の品を考えるべき相手、そうではないものは白皇后がまとめて対処してくださるそうだ。
それでも私がお礼状を書く相手は三十人近くはいる。白皇后の方が遥かに大変なのはわかっているが……それでもこう。面倒くさいね!!
前世の私は成人する前に死んでしまったが、社会に出るということは……こうした人付き合いや、色んなやりとりが……大変なんですね。
まさか幼女の身の内からこんな気苦労をするとは思わなかった。
カイ・ラシュでも遊びに来てくれれば王族として生まれた彼にこんな時の対処法を聞けるのだけれど、春桃妃様の出産日の近づいた蒲公英宮は厳重態勢となっており皇子といえども頻繁に出入りできなくなっているそうだ。
「わたあめもスコルハティ様と訓練に行っちゃってるし……」
この贈り物の対処が忙しく、私はお引越しして三週間もたつのにまだこの白梅宮の探検も出来ていない。
普通子供が新居に入ったら、広い建物の中を散策しまくるのではないか?それが正しい子供の姿なんじゃないだろうか……。
なんだかなー、と私は部屋の窓から外を見る。
白梅宮自慢の庭は当然ながら、梅の木が沢山植えられている。陛下のお計らいだろう、お庭の造りは前世の日本庭園を彷彿とさせる、石や池が品よく使われた……派手さはない、こう、わびさび??的な大変趣味の良い。私にとって落ち着く造りになっている。
「ちょっと息抜きにお庭に出てもいいですか?」
「もちろんでございます。この宮の主人はシェラ姫様でございますもの、お好きなようにお過ごしになってくださいませ」
にこりとシーランは頷く。
アンがいないところでは私に優しく接してくれる。そのアンと言えば、最近はこう、私の弱点というか、何か第三皇子殿下に有利になる情報がないので焦っている様子。
私がレンツェの残党と接触したり、アグドニグルの情報を漏らしたりすればいいと思っていらっしゃるようで、時々「姫様の故郷は~」とか「御存知ですか?この国の重要人物は~」など水を向けてくる。多分、アンは密偵に向いてないと思う。
そんな感じで大丈夫なのかと思うが、アンのあんまりにもダメダメっぷりにシーランも「……もしや、考えの足りない第三皇子殿下の側室のどなたかが適当な娘を密偵に仕立てたのでは」と呆れている。
まぁ、それはいいとして。
「わー、うーん、広いですね~」
お庭に出て、私は手ごろな石の上に腰かけて足に水を付ける。
中には亀とか魚が泳いでいて、私が足を入れると興味深げに近付いてきた。
鳥の声も聞こえる。耳をすませば、遠くの訓練場で兵士さんたちが訓練をする声も聞こえた。
平和~平和~、平和は良いね~。
今晩の陛下への献上物は何にしようか。
昨晩お出ししたお好み焼きも大変好評で「次は餅も入れて欲しい」とリクエストまで頂いた。
陛下は味の濃い物を好まれるのだろう。辛いのも好きだし。
一応食房には一週間のメニューを大体考えて発注を依頼しているが、その日の陛下のご様子や趣味趣向を顧み得て、私はギリギリまで「今日は何を作ろうか」と考え続けている。
次の瞬間。
ゴゥッ、ジュワッ!
「……ひっ!?」
辺り一面、焼け野原。
池の水は蒸発し、水につけていた私の脚は……ひえっ…………見れない……う、うわぁあああ……。
「姫様!!」
「シ、シーラン!私の脚……うわ……か、感覚がないのが怖い……ど、どうなってます!!!?」
「うっ……アン!アン!直ぐにスィヤヴシュを!それに、ヤシュバル殿下に……」
私の脚を見たシーランの顔から血の気が引く。
えぇええ、ど、どうなってるんです、どうなって……。
「シーラン、こっちは火の勢いが強いので、近付いちゃだめです!私のことは良いので、消火活動の指示と、屋内にいる人たちの避難指示を!!」
「何をおっしゃいますか!姫君様の御身を第一にすべきでございましょう!」
とは言いますが、私の周囲はぐるりと炎に囲まれている。熱いというレベルではない。こちらに来ようとするシーランを目で制して、私がさてどうするかと考えていると、人の気配。
「必要ない」
「!?」
次に感じたのは酸欠。
首の痛み。
首を掴まれて宙づりにされたのだと気付くと、血ぐるぐると頭に溜まって目の前がチカチカと光った。
え、誰???
「っ……何を……何をなさいますか……!!コルヴィナス卿!!」
シーランが悲鳴交じりに叫ぶ。
私は炎の熱気も痛みも何もかも、一瞬忘れる。
首を絞めてきたのは銀髪に真っ白い肌の男の人。中年期に入っているだろう、こんな状況でなければ渋めのイケオジだな、と感心した美しい造形。青い瞳には私への敵意と憎悪と悪意があった。
「レンツェの血を持つ者が。いかなる理由があろうと、朱金城の内にいて痛みも与えられず息をする事などまかり通らん」
「ぐっ……そ、その……ネタは……古い、かと」
この顔の良いオッサンがどなたかは全くわからないけれど、炎を自由自在に扱い、ご自身は全く燃えていないご様子。炎の祝福をお持ちの方だろうというのはわかる。
(髪とか目の配色的に水とか氷っぽいのに炎なんですね!)
などと、全く関係のないことを思って無理に心に余裕を作る。
レンツェを憎んでいる人。
私を痛めつけるべきだと考えている人。
けれど、殺害するつもりはない、のだろう。
殺す気なら、首を掴まれた瞬間そのままへし折られているはずだ。
いや、まぁ、できるだけ苦しませてから殺そうとしているタイプというのもあるのだけれど。
「シュヘラザード!!!!」
冷気。
「シェラーっ!あんた、もう!!なんでそう、ほっとくと怪我すんのよ!おバカ!!」
「きゃわわわん!」
ふわりと花の匂い。と、雪の匂い。
火の海だった周囲が凍り付き、私の体は虚空から現れたメリッサに強奪され、メリッサの肩に張り付いていたわたあめが即座に氷の結界を張る。
「コルキス・コルヴィナス卿……ッ!!」
「この私に剣を向けるか。愚か者が」
ドン、と、何かがぶつかり合う大きな音。怒号が聞こえた。聞いた事もないくらい大きな声で、ヤシュバルさまが何か叫んでいらっしゃる。
私は力を振り絞り、メリッサの服を掴んでなんとか声を発した。
「きょ、今日の……日付が変わる前に、陛下にお料理を作らないと……メリッサ、絶対、今日中に治して……!」
なんかよくわからない展開になってるが、私がここにいてやる事に変更もイレギュラーもない。
食材の仕込みの指示は出せなかったが、メリッサが顔を引き攣らせながらも承諾してくれたので、私は安心して意識を手放した。
本日のMVP:わたあめ。主人の危機を察して自分が駆けつけるより、回復チートの女神を呼びに行った。
「出ていけ、と言われたので出ていきます」の番外に「アグドニグルの皇帝陛下は」という小話をUPしております。陛下とイブラヒムさんがスターシステムで登場しておりますのでよかったら見てください。




