*番外*悲劇!それはエビフライ!!
「エビフライ一択!」
「いや、ちょっと、本当……お待ちください、陛下は……南極料理人という映画をご覧にならなかったのですか……!」
荘厳なる瑠璃皇宮の、皇帝陛下の寝所にて、私は小一時間ほど、陛下と言い争っていた。
黒子さん達が抱えている水槽の中には黄金に輝く甲羅を持つ、それは見事な……伊勢海老っぽい甲殻類が三尾カサカサと動いている。
以前、炒飯を作った際に海鮮である甲殻類もこのローアンに鮮度を保ったまま入って来て、それが高額だが手に入ると知った私は雨々さんのご機嫌取りも兼ねて発注を依頼した。
そうすると、それを知ったヤシュバルさまが……買ってくださいました。
……最高級品の……一年で、二十尾もとれない……貴重な……黄金海老を……。
『これは大変栄養のあるものらしいから、君も食べるように』と、お言葉を添えて。
もっとこう、気軽に……気安い、海老とかでよかったな!!
と、まぁ、それはもう良いとして……。
私が珍しいお高い海老を手に入れたと知った皇帝陛下は喜々として『エビフライで!』と、まさかのリクエスト。
どこの世界に伊勢海老でエビフライを食べる皇帝陛下がいらっしゃるんでしょう。
「折角……折角の、こんなに新鮮で活きの良い伊勢海老なんですよ!それを、みすみす……エビフライ!? 知らないんですか!? 南極料理人っていう映画で……伊勢海老のエビフライを作った後のあの、微妙な空気……!」
「実際に食べて見なければわからんだろう! パン粉もないし、なんかべちょべちょな天ぷらにしかならず、枕を濡らし続けた私がついに報われるのだぞ!? 伊勢海老のエビフライなんて、ロマンがあるじゃないかロマンが!」
私たちが伊勢海老発言するたびに黒子さんたちが『黄金海老です』と書かれたプレートを掲げる。
「シュヘラザード姫! 私は求める! 最高のエビフライを! タルタルソースをたっぷりとつけて、がぶりとやりたい! レモンをかけて食べるのも良いだろう! 可能であればトンカツにかけるようなソースも作ってほしい! 三尾あるから三種類の食べ方が出来るね! やったな!」
「一尾は私のものですが!? エビフライになんてさせませんが!!??」
「……もしや……シェラ姫……そなた……謀反か?」
私は皇帝陛下のことを敬愛してるけど、ぶん殴りたくなった。
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「刺身にしたり、殻を使ったグラタンにしたり、頭で出汁を取った椀物にしたり……あるじゃないですか色々……ッ! 伊勢海老ですよ伊勢海老ーっ!!」
バーン、と私は紫陽花宮を訪ねた。
鍛錬中だったヤシュバルさまは少し驚かれたご様子だったけれど、取り乱した私をひょいっと抱き上げて事情を聞いてくださる。
「折角……折角ッ、ヤシュバルさまが……くださった伊勢海老を……ッ!」
「シュヘラ。私は君ほど料理の知識がないのでわからないのだが……そのえびふらい、というものは陛下にお出しするに値しない格式の低い物なのか?」
エビフライが高級料理かと言われれば微妙な顔をしたくなるが、私が嫌がっているのはそういうところではない。
ヤシュバルさまのちょっと見当違いな質問に、私は苦笑して興奮していた心が落ち着いてくる。
「いえ、エビフライというのはとても美味しいですし、私も好きです。ヤシュバルさまがお好きかどうかはわかりませんが、ヤシュバルさまにも召し上がっていただきたいお料理ではあります」
「ではなぜそれほど嫌がるんだ? 陛下がご所望であれば、君にとってもそれは良いことだろう」
まぁ、レンツェの統治権のために陛下の気に入る料理をお出しする、のが前提ではありますね。
いや、でも……エビフライ……伊勢海老で、エビフライ……ッ!
私は前世の記憶を思い出す。
南極料理人という映画を観た。
西村くんという、海上保安庁の調理担当隊員が、南極の観測隊に参加して観測隊のメンバーにあれこれと美味しい料理を召し上がっていただく大変素晴らしい映画だった。
ラーメンが食べたいと悲しむ隊員の為に、ラーメンの麺を作るのに必須な「かん水」がなく苦悩し、科学者の機転で主成分が同等のもので代用し製作するシーンなど、涙なしでは見られない感動的な場面だった。
西村くんの美味しい料理を喜んで食べていた隊員たちも……微妙な反応になったしまった料理がある。
それが伊勢海老のエビフライだ。
刺身にしたいと思う西村くんの思い虚しく、民主主義という数の暴力により……伊勢海老はエビフライにされてしまった。
しかし西村くんは偉かった。美味しく食べて頂こうと努力を惜しまず、タルタルソースに海老の味噌を使用するなど工夫を行った。
……だが結果は……。
「ぅうっ……」
「シュヘラ!?」
西村くんの無念さを思い出し泣きする私をぎょっとしてヤシュバルさまが見つめる。
「そ、それほど嫌なのか……?」
「西村くんが可哀想で……!」
「にしむらくん……?」
そんな使用人はいただろうかと、ヤシュバルさまはシーランに視線を向けたがシーランも首を振る。
ひとしきり泣き終えた私は真っ赤になった眼をごしごしと擦り、大きく息を吸った。
「決心がつきました。アグドニグルの皇帝陛下がお望みであるのなら……私はどんなことでも、致します」
「シュヘラ……」
「シェラ姫様」
「良いのです……全ては、陛下が望まれるままに……」
いいよ作るよエビフライ。
ふて腐れているわけではない。
もしかしたら、映画の演出として「伊勢海老のエビフライはよくなかったネ」としただけかもしれないし、実際は……陛下のおっしゃる通り、食べてみないとわからない。
私も西村くんのように、美味しく頂いて貰える努力を惜しまず……作ろう。エビフライ。
「あ、ただ。綺麗な油が沢山欲しいのですが、ヤシュバルさま。紫陽花宮の食房から分けて頂いても良いでしょうか」
「……油……?」
「はい。エビフライというのはですね、大量の、熱した油の中に沈めて揚げる料理なんですよ」
「……それは、危険性が伴うのではないか?」
「まぁ、揚げるものの水分が多いと油が飛んできて熱いし危ないですけど」
「陛下には私が進言しよう」
すくっと、ヤシュバルさまが立ち上がった。
「君がそんな危険なことをする必要はない」
「つまり、ヤシュバルさまが揚げてくれる、ということですか?」
マチルダさんか雨々さんにお願いするつもりだったけれど、ヤシュバルさまが手伝ってくださるのなら嬉しいですね。
ペカーッと、私は素直に喜び笑顔を向ける。
黙り込んでしまったヤシュバルさまは、気難しそうに眉間に皺を寄せ、暫く停止した。
「……その方が、君が嬉しいのなら、そうしよう」
ややあってゆっくりと頷いてくださったので、私は「嬉しいです!」と全力で肯定する。
そして、折角良い油を揚げ油にするのなら、と頭の中であれこれ揚げ物にしたいブツをリストアップしていく。
ガラ揚げも出来るし、新鮮な野菜を天ぷらにしてもいい。
カスタードのフライも折角なのでやっておくべきだろう。
陛下には伊勢海老のエビフライしか出さないがな!!
頼まれても出さないがな!!
わーい、と私は全力で揚げ物ライフを楽しみ、きちんと皇帝陛下には二尾のエビフライを献上した。
「サクサクしてるし、味も濃くて美味しいんだけど……やっぱり、伊勢海老は、刺身だな」
案の定、一口食べてのたまいやがりました皇帝陛下。
私は助走をつけて殴りたくなりました。




