17、あ~な~た~か~ら~
タントントン、トトトン、と大変手際よく鍋を振ってご飯を混ぜ合わせて炒めるのはカイ・ラシュ。私にはとても持ち上げることのできなかった大鍋をまるで重さなど感じないように操っていた。
「え、カイ・ラシュ……力持ちだったんですか??」
「……シェラは僕が獣人族だって忘れてないか?……僕の事、ちょっとふわふわした耳が生えてるだけのやつだと思ってないか?」
「違うんですか?」
「……レンツェに獣人族はいなかったのか……?まぁいいけど。獣人族は人の何倍も力があるんだ。僕は……獅子の外見をしてないけど、母上から頂いた兎族の脚は強いし、腕力だって、人間種の兵士よりずっと強いんだからな」
なので獣人族の子供が幼い頃から兵士になる文化も、部族によってはあったそうだ。
私が感心していると、カイ・ラシュはふとヤシュバルさまの方を見て、そして再び鍋に顔を向けた。
「叔父上には申し訳ないが、僕には勝算があるんだ」
珍しく強気な言葉である。
「……僕は肉が苦手だからな。こうした米料理は蒲公英宮では良く出るんだ」
お肉が苦手なカイ・ラシュのために、野菜では取れない栄養素を補おうとあれこれ春桃妃様が苦心なさったのだろう。米料理は確かにタンパク質を摂取する事も出来るし、肉を刻んで出すにも都合のいい料理だ。
そのためカイ・ラシュは炒飯を食べ慣れている、よく知っている、ということでアドバンテージがあると考えたらしい。
メリッサは絶望的ですが、カイ・ラシュは中々良いものが出来そうな予感だ。
私がにこにこと見守っていると、カイ・ラシュが少し顔を赤くした。
「……シェ、シェラ」
「なんです?」
「……僕が、その、叔父上より上手に出来たら、本当に蒲公英宮に来てくれる……?」
「陛下がそういう取り決めにしてますし、そうなったらお世話になります」
友達のお家に長期滞在、というのは中々前世ではなかったことなので楽しみ、ではある。まぁ、春桃妃様と最後に会ったのが例の鞭打ち刑の時なので……きちんとお話もしたいところ。
ご懐妊されたお祝いも言いたいし、それにカイ・ラシュがちょっと不安定なので側にいた方がいいかもしれないという考えもあった。
「……僕、頑張るから」
ぐっと、カイ・ラシュは何か決意するように頷いた。
*
そうして出来上がりました炒飯は真っ赤。
「なんで!?」
コトン、と審査員である私と皇帝陛下の前に出されたお皿を見て私は全力で突っ込みを入れてしまう。
「あー成程、赤唐辛子かー。蒲公英宮の者たちは好きだよな」
黒子さんたちに大量の水を用意させながら皇帝陛下は呟いた。
カイ・ラシュの作った炒飯。見た目は完璧だった。ご飯は良い感じにパラパラしてそうだし、卵もよく混ざっている。
ただし赤い!
全体的に赤!レッド!ド真っ赤!!
お皿を差し出したカイ・ラシュは自慢げである。
「シェラは基本的な炒飯と言っていただろう。だから僕は少し手を加えてみたんだ」
そういうタイプか~。
レシピ通りに作らずちょっとアレンジしちゃう系。いやいや、悪いわけじゃない。それできちんと基本を押さえられていて美味しい物を作れるなら問題ない。
ただし唐辛子は万人受けしないって知って欲しいな!!
「……」
実食。
私は真っ赤。もう、近づけるだけで目に痛い。呼吸を止めて一秒。だけどカイ・ラシュの目は真剣である。
そこから何も言えなくなるよ星屑ロンリネス。
というか獣人って嗅覚とか人一倍あるんじゃないのか??唐辛子とか大丈夫なの??という私の疑問は、自分が美味しいものを作ったと確信しきっているカイ・ラシュの前では無意味。
ごくりと私は覚悟を決めて一口、食べた。
最初に感じるのはご飯の風味。食感。ちゃんと水気も程よく、焦げていない。若干の甘ささえ感じるのは唐辛子特有のものだろう。卵が辛さを半減させてくれているのか柔らかな……
「うぐぅ!」
あ、これいけるんじゃない?と一瞬思った。
しかし辛さは遅れてやってくるもの。
一応舌は部分的に味覚を感じるという知識が蘇ったので、舌先は避けていたが、それでも……どうしようもない、口内の触れた部分に襲い掛かる、痛み!!
毛穴からぶわっと汗が噴き出てくるような刺激に熱さ!!
鼻を突き抜ける唐辛子の香り!!
「ふわぁーッ!!」
火が吹けるんじゃないかと思った。
私はゴクゴクと水を飲みほした。冷水ではない。それでは余計に口内が痛くなると黒子さんたちが有能だったのか、しっかり常温のお水が私にもご用意頂いていた。
「シェ、シェラ?」
「おぉ、辛いなぁ。六川のあたりはこうした唐辛子料理が多いゆえ、まぁ、私は食べられないこともないが……辛いな。酒が進む」
「そんなに辛くはしていないのですが……」
「蒲公英宮の者たちは獣人で色々強いからな。カイ・ラシュ。なぜここまで赤くした?」
皇帝陛下は案外大丈夫なご様子で、時折水を飲まれながらも炒飯を召し上がっている。
「お婆様は赤がお好きだし、シェラにも僕が好きな味を知ってほしかったんです」
「うむ、成程」
「く、口が……ひりひりするー……」
唐辛子を少し入れたくらいでは炒飯は真っ赤にはならない。真っ赤になるほどの量は私の想像を超える。美味しくないか美味しいかと言われたら、間違いなく『辛い』としか言えない。
「へ、陛下。私にこのジャッジは無理です……からっ……」
「そうか。まぁ、そうであろうな。しかし辛いが悪くはないぞ?」
問答無用で人の頭を殴りつけるような暴力的な辛さだが、これはこれで美味しいんじゃないかと陛下はおっしゃる。
折角カイ・ラシュが頑張って作ったものなので、私が白旗を上げまくっているのは申し訳ない。陛下がお気に召してよかった。カイ・ラシュも安心するだろうと顔を向けると、白いふわふわとした耳の男の子は泣きそうな顔をしている。
「え、え、え、カイ・ラシュ」
「……ごめん、シェラ。こんなつもりじゃなかったんだ……僕は、美味しいと思ったから」
「え、い、いいんですよ~。私はまだ子供なのでちょっと大人の味が早すぎたってだけですから~。それよりカイ・ラシュはちゃんと炒飯作りの基本が押さえられてて凄いですね!」
味はアレだったが、火加減やその他の炒飯のポイントはしっかり押さえられていての一品であることは私にもよくわかる。味はアレだったが。しかし不味いというわけではないのだ。私には無理だっただけで。
「……」
私の慰めにカイ・ラシュは顔をしかめたが、私が「はい、口あけてー」と私が食べられなかった炒飯を食べさせると素直に口を開く。
「あんまり辛くしたつもりはなかったんだが……シェラはこのくらいでも辛いのか」
「人それぞれですからねぇ」
もぐもぐと召し上がり、カイ・ラシュは頷いた。
さて、最後はヤシュバルさまの炒飯だけど……。
「……それなりに出来た、とは思うが」
私たちの一連のやり取りを見守っていたのか、一段落したと判断されたヤシュバルさまがテーブルの上にお皿を置く。
「「こ、これは……ッ!」」
そのお皿を見て、私と皇帝陛下は揃って声を上げた。




