16、炒飯をなめるな!
さすがに料理初心者二人、王族男性でこれまで料理どころかお皿だってまともに並べたことのなさそうなセレブに鍋を振り回す炒飯を米から作れというのは酷だろう。
まずは私がお米を炊いて食材を揃える準備をすることになった。
アグドニグルではお米も食べるが、炊くという食べ方はしない。水気の多い汁物と一緒に煮たり、蒸したりと、そういう食べ方で、当然炊飯器やそれに準ずるような設備もなかった。
なので私が行うのは、まずは洗っていないお米をよく熱した大平鍋の上で油と一緒に炒める。透明感が出てくる頃に、調味料や水と一緒にぐつぐつ煮込んで、粘り気が出てきたら蓋を閉めて大体6~10分程度。スペイン料理で言うところのパエリアと同じ作り方をして、炒飯に適したボソボソッとしたご飯を作る。
調味料はシンプルに塩コショウ、具に刻んだ葱の炒飯。
トントントンと葱を刻んでくださったのはヤシュバルさまで、手慣れたご様子だったので意外に思って聞いてみると、私の質問には即断即決で回答してくれるヤシュバルさまが珍しく躊躇った。
「?」
「……」
「あの、どうかされました?」
「……………………こうしたことに、慣れておけば君の助けになるだろうかと。まだ、あまり上達していないのだが……」
最後のほうはやや小声で、面目ないと、呟かれるヤシュバルを見て、私は無言で額を押さえた。
ツカツカとメリッサの方に歩いていく。
調理などしたことのない女神様は「へぇー、なに、ここから火が出るの?へー」と竃を覗き込んでいらっしゃる。私はぐいっと、メリッサの肩を掴んだ。
「え!?なによぅ!ちょっと!?何!?」
「成人男性に可愛いと思う自分の心を懺悔したいのですが……!」
「は?」
ぎゅうぅうっとメリッサに抱き着き呻く私を、メリッサは胡乱な顔で見下ろす。
「へー、あーそう」
「ほら見てくださいよメリッサ!あの可愛い人!ちょっと「……余計な事を言ってしまったかな」って今ちょっとほら!照れていらっしゃるあの人!フーイズヒー!イッツマイハズキャン!」
お顔が宜しいと常々思っていたヤシュバルさま。以前よりちょっと天然入ってるんじゃないかとも思っていた私は可愛らしいご様子にとても、とても、動揺してしまっていた。
「心底どうでもいいわぁー。そんな事よりシェラ、ねぇ、そのチャーハン?っていうの。女神たるこのあたしが直々に作る物が一番だっていうのは当然よね?」
「作る前から何言ってるんですか?寝言は寝て言いましょうね??」
私の動揺を一蹴したメリッサの寝言を私は一蹴する。
次の瞬間お互いに渾身の右ストレートがハマったが、女友達同士の戯れって大事ですね。
「さて、材料も揃いましたし……炒飯の作り方のレクチャーをしますね」
「シェラ、材料は全て事前に揃えた物を使うのか?」
と、手を挙げて質問をするカイ・ラシュ。
「それだと三人とも同じ味になると思うんだが……」
「なりませんね」
「?」
日本食であれば例えば卵焼き。
誰にでも作れるし、作るのは簡単、だから「卵焼きくらい作れるよー!」と自分の料理レベルをはかる時に言う人間もいるだろう。
しかし、たかが卵焼き。されど卵焼き。
きちんと、ちゃんと、しっかりと、「たまごやき」という料理として昇華するのは熟練の腕がいるし、卵や火力、道具に対しての理解力も必要とされる。
私の前世の日本では家電が大変便利になって、スイッチ一つで火が出て焦げ付かないフライパンに火力調整もスムーズ、そこに落とせば簡単に、卵を焼いたブツは作れた。
だが、その卵焼きと……料亭で出てくる卵焼きは同じ「卵焼き」と言えるか?
当然、否である。
全く同じ材料を使ったとしても、作り手によって全く良し悪しが異なる料理……それが卵焼き。
チャーハンも同じこと。
誰にでも作れる。簡単に作れる。
なんなら冷凍ご飯と卵さえあればちゃっちゃか作ってお手軽気軽お腹いっぱい嬉しいな、な料理。
だが、炒飯をなめるな!
「マチルダさん!」
「へぇ、ご主人様!」
私は調理補助の為に大調理場から呼んだマチルダさんに指示を出す。
心得たマチルダさんは私の代わりに、熱した大なべを振るう!
もうマチルダさんの雇用形態がパン職人からオールマイティな料理人になっているけれど、ご本人が今の所不満を訴えないのでOKですね!
ラーメンを仕込むにあたって炒飯の話もさらっとしていたので、「まぁ、あっしがいずれ作るんでしょうね」と心構えのあったマチルダさんは嫌な顔一つせず、お鍋を振ってくれる。
まずは卵を薄く伸ばして半熟へ!
そこに落とすご飯!
塩コショウ!
葱!
「事前にご飯と卵をからめておくとお米が黄金になるのでとてもめでたいですね!」
「え、そういう理由で混ぜていいの?」
「卵の甘味が際立って……好みです!」
お米がパラッパラになるのが炒飯の「美味しい感じ」だとされていて「打ち上げ花火どこから見るか?」かのような「チャーハン卵、いつ入れる?」という深いお考えもある。
でも、正直、好みですね。
さっさと、マチルダさんが良い感じにお鍋を振ってくれる。
とても良いタイミングです。
有能で性格も明るくて良いし、紫陽花宮の皆ともいい感じに打ち解けてるし、本当に良い人材を雇用できたものです。
なおマチルダさんの義足は「王宮に出入りするので」とイブラヒムさんがそれなりに良い義足を用意してくださったので踏ん張りもきくようです。
「こ、れ、が、炒飯です!」
トンと、私は最後にふんわりと丸くお皿の上に盛り付けて(ドーム型使用)調理台の上に置いた。
「おっ、早速出来たか。良いな、良いな。ラーメンの後にこのご飯物。良いな!」
「陛下お酒何本飲んでます??」
「歳の数までなら良いってことになってるのでまだ半分も飲んでない」
陛下おいくつなんだろう。
「さぁ実食だ!匙を持て!」
既に何本も酒瓶が転がっていて、それをササッと黒子が片付け……
……黒子???
「え、なんです……あれ」
「陛下の側仕えの者たちだが?」
「……」
全身真っ黒でお顔も四角い布で隠している怪しい方々。
それがササッと陛下の服を整えたり食事の邪魔にならないように素早く髪を結ったり、なんならサッと座り心地のよさそうな椅子まで差し出して、陛下はそれを当然のように受け入れている。
……聞けば陛下の日々の生活のサポートをする黒子さんたちだそうで……紫陽花宮のお風呂場にいなかったのは、基本的に全員男性だそうなので(一応女性で未婚の)私がいる場は遠慮してくれたのかもしれない。
まぁ、それはさておいて。
「良いな、この炒飯……コクが……あるんだが?!」
「あ、はい。調味料として伊勢海老……じゃなかった、黄金海老の味噌を使っています」
「美味いわけだよ!!」
カッカッ、と再び皇帝陛下がレンゲを動かす。
「うむ!美味いな!この、パラッパラとした食感に、しかしふわっとしている卵……!うむ、これは実際に作るのは難しいのではないか!ただ火力で焼かれた卵ではない、一度ふわっふわに半熟卵になったものを絡めている、これは匠の技……!」
きちんと食レポをしてくださる陛下、大変素晴らしいですね。
見れば黒子さんの一人が小さなメモ?帳のようなものを持って陛下の感想をメモメモしている。
あ、そうか。
私が陛下に献上する物は後日新聞、あるいは雑誌の記事になって国民の目に触れるようになるんだっけ。
既にそのための下準備をしてくださっていることに感謝しつつ、私は卵黄と御酢、油に塩コショウ、お砂糖と少しの辛しを混ぜて作ったソースをそっと陛下に差し出す。
「こ、これは……シェラ姫……!?」
「ローアンは新鮮な卵黄が沢山入手できるので……こちら、マヨネーズと言いまして……」
「生野菜を持てー!!具体的には胡瓜とか!」
私の説明が終わる前に、陛下は指示を出す。
するとササッと黒子の方々がどこからともなく緑色の曲がった胡瓜を持ってきて、スティック状にカットした。そのまま器に刺して陛下に出す事、十秒以内。黒子。神業。
私の自作したマヨネーズを胡瓜につけてポリポリと食べ始める皇帝陛下。
「……へ、陛下???」
「うん、いや。なんでもない。こうしたらきっとおいしそうだな、という私の冴えわたる皇帝能力の発動ゆえのことである。美味いな、胡瓜」
ポリポリポリポリポリと胡瓜を召し上がる皇帝陛下。
……私は炒飯にちょっと混ぜて食べると口が変わるので良いですよ~と思って差し出したのだが、まぁ、陛下が美味しそうにされているのでOKです。
「うーん、良いな……良いなァ、マヨネーズ……本当……」
ぺろりと炒飯を平らげた皇帝陛下は、黒子さんたちにイカやら海老を塩焼きにさせて持ってこさせるとマヨネーズをつけて召し上がっている。ぐいぐいと、お酒が更に進むご様子。
それはまぁ、とても楽しそうなので何よりですね。
さて、作った炒飯の大部分は陛下が召し上がられたが、小皿にはヤシュバルさま、カイ・ラシュ、メリッサ用に盛ってある。
「これと同じ物じゃなくてもいいんですけど、基本はこんな感じですー」
「成程、要は炒めた飯に具を絡める……」
真面目な顔で頷かれるヤシュバルさまは、じっくりと炒飯を召し上がり、火加減や混ざり具合を確認している。
ここまで神妙に炒飯と向き合う方もそういないだろう、大変真面目な姿だ。
メリッサは「少なくない???女神たるこのあたしの分、少なくない??」と首を傾げ、何を思ったか、おもむろにお皿をテーブルの上に置くと、両手を合わせて祈り始めた。
「何してるんです??」
「奇跡で増やせないかと思って」
「増やせるんですか……」
「どうかしら……聖人だか聖女は石とか水をパンと葡萄酒に変えられるし……女神たるこのあたしが祈ったら増えるくらいしてもいいと思うの」
「祈ると両手が塞がって鍋振れませんよ」
「祈るより鍋を振れって……不敬過ぎない????」
剣を振れ、より平和的だと思うのですが駄目ですか。
メリッサが祈っても炒飯が増えることはなく、ご飯も他の材料もあるのだから自分で作った方が早いのではないだろうか。私の提案にメリッサはぶつぶつ言いながらも調理に取り掛かった。
大丈夫かな……。一応、あれでも女神だから……大丈夫かな……。
料理などしたことながいだろうにノリと勢いで参加しているメリッサ。当然、その手つきは恐ろしい程に……雑だ。
「えぇっと、あれでしょう?火をつけて、そこに卵を入れて、この白いのと、あと混ぜてある汁を全部入れればいいのよね?」
うわーい、大惨事。
まずは鉄鍋を熱する、という発想がない。というか私のレクチャーできちんと「熱した鍋に」って説明したんですけど聞いてない。やはり神には人の言葉が届かないのか……。
案の定、べっちゃべちゃになった鍋の中。それでも頑張って火で熱された所から焦げて張り付いて、どうしようもなくなっていく。
「え!?なんで!?どうして!?黒く……焼けちゃってるじゃない!ねぇなんで!?」
「なんででしょうね、一応三回作れるだけの量は用意してありますし、次は良く考えながらやってみましょうね」
チャーハンは難しい料理なのだ。
それを見様見真似一回勝負、なんて鬼のようなことは言わない。一応ちゃんと初回・考察回、最終戦と三回作れるようにしてある。
あたふたするメリッサから離れ、私はカイ・ラシュの様子を見に行くことにした。
4日くらい前に一回書いたのがパソコン落ちてデータ飛んで「つら……」となりました。
メンタル持ち直すまで4日かかりました。内容も変わりました……。




