14、友達ですがそれ以上ではないのです
「……うーん、うーん、私の素敵なシャンデリアが……うーん」
苦し気に呻きながら顔を顰めていらっしゃるのはクシャナ皇帝陛下。
どういうわけか、私を助けるために……あの陛下の立派なシャンデリアが台無しになってしまったらしい。
カイ・ラシュが落下させたとのこと。
しかし当人は「また作らせればいいだろう」とセレブ発言をかました上に製作費についても全く心配していなかった。これが……生まれながらの王族……。
などと、そんなことはさておいて。
「陛下、陛下ー」
「う、うーん……あぁ、シェラ姫か……そうかー助かったかー、そっかー……私のシャンデリアー……」
ぽんぽんと声をかければ陛下は気が付いて、状況を確認する。
「色々例外的だが、まぁ、結果は結果。過程は後程報告を受けるとして……シャンデリアー……」
はぁあああ、と盛大にため息をつかれる陛下。
そういえば御自慢の一品だと話にあったし……なんというか、申し訳ない事をしたな……。
「とりあえずシェラ姫は診察を受けるが良い。黒化した者が生還したなど前代未聞。なんぞ体に異常があっても不思議ではない」
「あ、はい。陛下。あの、ところで……えぇっと、そうですね……あの、陛下」
アグドニグルに五十年前いた人の話を、陛下にしてもいいものだろうか?
そもそも私はあのおじいさんのお名前を知らないままだし、あのご老人の姿が五十年前のものなのか、それとも泥の中で五十年過ごして老けた姿なのかそれもわからない。
「うん、どうした?」
「いえ。その、シャンデリアとか……色々、ご迷惑をおかけしました」
「そなたに非のあることは何一つない。まぁ……シャンデリアは……うん、とても、残念……しかし、まぁ……うん……はぁああぁああ……」
大変深いため息をつかれる皇帝陛下。
よ、よほど大切なものだったんだろうな……本当、申し訳ない。
バタバタと兵士さんやら何やらが集まって来ていて、会場の後始末をしている。
豪華絢爛だった会場は黒く泥や煤のようなもので汚れていて、掃除だけでも大変そうだ。
「シェラ!」
「カイ・ラシュ」
「僕と蒲公英宮に行こう!母上も歓迎してくれる!」
「え、いや、私は紫陽花宮に帰りますけど……」
「叔父上、よろしいですよね?」
ぐいぐいと、駆けて来たカイ・ラシュが私の腕を掴んだ。
私はヤシュバルさまの婚約者になったのだし、帰るのは紫陽花宮だ。しかしカイ・ラシュは強く粘って、私の隣にいるヤシュバルさまを睨んだ。
……なんかあった??
「どうしたの?カイ・ラシュ」
「……別に。ただ、シェラが心配なんだ。母上のところには腕の良い治療師もいるし、庭も綺麗な花が沢山咲いてる。休むなら蒲公英宮が良いだろ?」
「シーランやアンも待ってますし……」
「侍女なら連れてくればいい」
……カイ・ラシュの目に浮かんでいるのはヤシュバルさまへの不信感。
私がヤシュバルさまのところに戻ったら酷い目に遭うとでも思っているようだ。そんなことは万に一つもあり得ないと私は思っているけれど、カイ・ラシュはそうではないらしい。
「こらこら、カイ・ラシュ。シェラ姫は今宵よりレンツェの正当なる王位継承者として我が国に滞在する。そうポンポンと居住は変えられぬぞ」
困っている私に助け船というわけではないだろうが、陛下が会話に入ってきた。
しかしカイ・ラシュは恐れ多い事に皇帝陛下にも不信感まるだしの、睨むような目を向ける。
「お婆様、私はシェラを安全な場所に連れて行きたいだけです」
「この私をも睨むのは若さか?まぁ良い。シェラの身に起きた事を顧みれば、私がすぐさま捕らえて隅々まで調べ尽くそうとしていると思うのだろう」
……確かに陛下は私に診察を受けるようにと仰った。それは私は普通の健康診断だと思ったけれど、違う意図があるとも取れるのか。
私が泥の中でおじいさんとお話している間に、何かあったんだろうな……。カイ・ラシュが陛下とヤシュバルさまのところに私を置きたくなくなるような何か。
……でもまぁ、大丈夫だと思うけど。
「あ、そうだ。陛下、ラーメン食べませんか?何か、作りたい気持ちが今とてもあるんです」
「ほう、良いな」
「シェラ!」
「まぁまぁカイ・ラシュ。あれですね、お腹が空いてて寒くて暗いから、いろいろ考えてしまうんですよ。とりあえず、食べましょうよ、ラーメン」
良いですよーラーメン、と私はカイ・ラシュに笑いかける。
……私の為に陛下やヤシュバルさまにさえ牙を剥いてくれてるのはわかるけど、カイ・ラシュの立場でそんなことしたら、困るのは自分だろうに。
出会ったときは身勝手だった男の子が、好きな女の子のために一生懸命になっている姿はとても好ましいけれど、対象が私なのが何もかも良くない。
(私はカイ・ラシュに何も返してあげられないんだから、私の為に何かしたりなんかしないでいいんですよ)
何を観たのか、何を聞いたのか知らないけど、陛下とヤシュバルさまを疑うのは良くない。例えば、そうだな……お二人が、泥に呑み込まれた私を諦めたとか、危険だから始末してしまおうとお考えになられたとしても、その為にカイ・ラシュが傷付く必要は一切ないのだ。
「カイ・ラシュも食べられるようにお野菜多めのさっぱりしたラーメンにしますからね!」
ぽんぽん、と私は怒っている様子のカイ・ラシュの肩を叩いた。
そうじゃない。違う、と、言いたげな少年の瞳に気付かないふりをして笑い続ければ、相手の心の内側まで読むことはまだ出来ない素直な男の子。「……シェラは、仕方ないな……」と、そういう目をして、息を吐いた。




