表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】千夜千食物語  作者: 枝豆ずんだ
7章『神殺し』
61/175

1、事件発生二時間前


「……シェラ、僕の……僕を、君の同伴者にして欲しい」

「いいですよー」

「えっ!?」


 皇帝陛下の御帰還と戦勝をお祝いするパーティーまであと一週間となった頃、カイ・ラシュが遊びにきた。お土産に沢山の毛皮や貴重な織物を持ってきてくださったので何かお願いごとでもあるんだろうなぁとは思っていたけれど、少し挨拶をしてお茶を飲み、気が楽になる頃に申し込まれた内容。


 私が二つ返事でOKを出すと、カイ・ラシュは驚いた。


「い、いいのか!?」

「そうして欲しくてお願いしてきたんですよね???なんで驚くんです」

「……いや、お前は……叔父上と一緒に出られるかとばかり」


 アグドニグルの宴は百年程前は別に男女セットで出席とか、そういう、いわゆる西洋の夜会のような風習はなかったらしい。けれど様々な国と交流(侵略ともいう)していくにつれ、そういった海外の文化が宮中にも取り入れられ、いわゆるパーティーはパートナーあるいは異性の親族、友人の同伴で参加となっている、らしい。


 シーランにその話を聞いた私も、てっきりヤシュバルさまが当日エスコートしてくださるのだと思っていたけれど、皇帝陛下のご子息枠であるヤシュバルさまは当日は皇帝陛下とご一緒に出て来られる。(独身者のみ)なのでスィヤヴシュさん、あるいはイブラヒムさんあたりに頼もうかと、今日あたりくじ引きかジャンケンを二人にしてもらうつもりだったのだが。


 ジャフ・ジャハン殿下は春桃妃様やカイ・ラシュを伴っていらっしゃるだろうし、カイ・ラシュは私と一緒でいいのだろうかと、その事を聞くと、彼は顔を曇らせた。


「……」

「どうかしました?」

「……父上と母上は、今回の宴に参加されないんだ」

「え!?」


 いいのか、それ。


「……母上が懐妊された。表向きは、暫くは病床ということになる。――宴の暫く後に、正式な発表があると思う」

「あ……」


 レンツェを攻め込んだ理由を、私は思い出した。皇帝陛下の身に起きた事。このタイミングで春桃妃様がご懐妊されたという発表は皇帝陛下の御心にどんな棘を刺すかわからないという配慮ゆえ、だろう。


 ……皇帝陛下は、春桃妃様のご懐妊を喜ばれると思うけれど、お立場の弱いらしい春桃妃様は周囲の目や噂に敏感で、過剰ともいえるほど身構えていないとならないのかもしれない。


「えぇっと、カイ・ラシュ。おめでとう!弟か妹が出来るんですね!」

「……ありがとう」

「それで、つまりジャフ・ジャハン殿下の名代としてカイ・ラシュが参加するってことですよね?」

「……そうなる」

「大役ですね」


 先ほどから沈んだ様子なのは、その所為だろうか。

 まだ子供なのに父親の代役なんて大変だなぁ。


「でも、私でいいんですか?自分で言うのもなんですけど、私、今回の戦争の原因となった国の王女ですよ?心象悪くなりません?」

「……シェラがいいんだ」

「あら、まぁ」


 耳をほんのり赤くして言うカイ・ラシュ。


 大丈夫?その好意に、罪悪感を紛れさせるための生存本能含まれてない??と、私は疑ってしまうけれど、まぁ、それはそれ。


「……は、母上に、話したら、母上も……賛成してくださって、それで……宴の衣裳、ど、どうせお前は……アグドニグルの服をそんなに持ってないだろうからと……す、好きな色とか、あれば……蒲公英宮ババール・ディネイシュにもっと、沢山布がある」


 なるほど、それであの大量の布か。 


「カイ・ラシュはどんなのを着るんですか?」

「ぼ、僕は……母上の一族の伝統衣装を着ると思う。色は青で、あ、シェラは知らないかもしれないけど……アグドニグルでは、おばあさま以外は紫を多く使った服を着ちゃいけないんだ」

「赤じゃなくて?」


 クシャナ皇帝陛下といえば、その御髪の色から赤をイメージする。


「う、うん……本当はおばあさまも赤をご自分の色にされたかったみたいなんだけど、赤はアグドニグルでも人気の色だし、陛下が独り占めするのはよくないってなって。従来通り、一番作り方の難しい紫にされたんだ」


 庶民の方々にはかえって「皇帝陛下が自分たちに譲ってくださった最も高貴な色」として赤、朱がますます好まれるようになったとか。


「シーラン、私は宴の時の衣裳……レンツェのドレスで行くべきですか?」

「……わたくしの一存では決めかねることはではありますが……第四皇子殿下は、そのおつもりでご衣裳のご手配をされております」


 置かれている立場を考えてみる。

 皇帝陛下はその宴の席で、私が皇帝陛下に料理を捧げることなどを正式に発表されるとおっしゃっていた。それなら私はレンツェの王族として参加するべきなのだ。


 カイ・ラシュがレンツェの王族を同伴者として連れていること、憶測が飛ぶだろうし心象が悪くなると思わなくもない、が、ここで先日の鞭打ちの件も影響してくる。


 幼い皇子と王女の和解が、あの鞭打ち事件を知っている人たちの間に印象付けられるのだ。


 そして、それは次の世代のアグドニグルと、レンツェの未来に繋がる。


 カイ・ラシュは先日の駄々下がりになった評価を回復できるし、私にとっても悪い手ではない。もしかすると、春桃妃様はそれまでお考えになられて、カイ・ラシュをここへ送ったのかもしれない。


 一先ず私はカイ・ラシュに当日のエスコートをお願いし、その後は二人ですごろくなどをして遊んだ。アグドニグルのすごろく……これ、前世の人生ゲームに……すごくよく似ている気がするんですが、まぁ、娯楽は似通うものである。





 そのあと一週間、あっという間に過ぎた。


 問題らしい問題と言えば、イブラヒムさんが紹介してくれた商人が狐の獣人だった。金獅子一族がトップに立つアグドニグル獣人社会では「狐は嘘つきで信用ができない」という独断と偏見による差別で商売が広げられず困って(全くそんな様子はなかったが)いた所を拾われたとかで……「この御恩はお返し致します」と慇懃に、とても礼儀正しくお辞儀をされた時に「こいつ絶対裏切るタイプだ」と思ったくらいだ。


 まぁ、胡散臭い狐の商人さんの話はまた今度にするとして。


 私は宴のための料理の材料の手配や、当日のマチルダさんの動き、紫陽花宮の人たちに手伝ってもらいたいことなどあれこれ準備に追われた。


 当日私は宴の参加者になるため実際のところ私が料理を作るわけではない。

 私はあくまで料理を指示して、人に作って貰い、それを献上する。私の管理、指示能力も問われるということだ。


 失敗は出来ないし、けれど何かあった時に対処できるようにと様々な打ち合わせをして、当日を迎えた。


「シェラ、では、行こう」


 煌びやかな青と銀糸の衣裳で着飾ったカイ・ラシュはお伽噺の王子さまのように愛らしかった。美少年~、ピンと伸びた白い耳も素敵ですね、と褒めるのは嫌味なので黙るがとってももふもふだ。


「はい、カイ・ラシュ。迎えに来てくれてありがとうございます」

「……ぼ、僕は今日、君の同伴者だからなッ。母上が、シェラによろしくと言っていた。それと、この髪飾りを……」

「生花ですか?」

「魔法がかけてあるから、三日は枯れない。うん、シェラの真っ白い髪に、青い花が良く似合う……だ、だろうと、母上が!」

「ありがとうございます」


 対する私はレンツェのドレスだ。


 アグドニグルが中華風ファンタジー溢れる国なら、レンツェは西洋ファンタジーな国だった。ヤシュバルさまが用意してくださった(急遽仕立てたのだろう)レンツェのドレスはフリルやレースがたっぷりついている。


 主な色は青と白。白はアグドニグルでは死人の色とされているけれどレンツェでは高貴な色でもある。神聖ルドヴィカでも白は最も聖なる色とされているので、私が身に着けても不興は買わない。


 白いレースのついたボンネット帽子にカイ・ラシュが青い生花の髪飾りを着けてくれて、姿見に映る幼女は……よし、最高に美少女!


「カイ・ラシュ殿下。シェラ姫をどうかよろしくお願いします」

「あぁ、わかった」


 くるくると回って自画自賛する私を放置し、スィヤヴシュさんがカイ・ラシュに話しかけた。本日早朝よりヤシュバルさまは本殿に行かれていてそのまま宴に参加されるそうだ。それで紫陽花宮はシーランとスィヤヴシュさんが私の支度を受け持ってくれて、スィヤヴシュさんも私の後から特級心療師として参加されるらしい。シーランは当然私の侍女として一緒に行く。


「それじゃあ行ってきます!」


 お留守番の紫陽花宮の皆に「お気をつけてー!」「姫様ッ、大人しく、大人しくしているんですよー!」と心配されつつ、私はカイ・ラシュと馬車に乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
― 新着の感想 ―
[良い点] 「こいつ絶対裏切るタイプだ」で笑いました。裏切るタイプだと思われちゃう狐商人さん……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ