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【書籍化】千夜千食物語  作者: 枝豆ずんだ
6章『イブラヒムの災難』
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8、もっちもち、トロットロチーズのピザァア!



 窯で焼かれたピザ生地は表面はカリッとしていて、しかし中はもっちりとしっかりとした弾力。香ばしいトマトの香りの中にはニンニクや香草のアクセントが混ざっている。カットの仕方は三角形になるよう、真ん中から切っていく方法を取った。


「おいしい……おいしいぃいいい……ッ!!」


 あっつあつの、トロけたチーズに、トッピングはキノコと茄子、アスパラガスっぽい野菜。お皿を使って口元に寄せてぱくりとやれば、そうそうこれこれ……ッ、この味ですよ……ッ!


「おいしい、おいしい」


 もぐもぐと、私は只管ピザを食べるだけの幼女となる。


 この味だ。


 ニンニクがたっぷりと効いたトマト多めのソースに、もっちもっちなピザ生地。クリーミーなチーズがこれでもかというほど載っていて、伸びる伸びる……!


 窯焼きはしたことがないのでマチルダさんの絶妙な焼き加減に期待するしかなかったが、さすがパン職人!最高!グッジョブという以外何も言えない……!


「これが……ぴざ、なるもの」

「チーズを焼くのは知ってるけど、こういう風に食べるのは考えたことなかったなぁ」

「熱いのでお気をつけて。ヤシュバルさまは手から食べるのに抵抗とかありませんか?」

「……問題ない」


 カトラリーを使ったお上品に食べられなくもないけれど、ピザはこう、こう、被り付いて食べるべきではないだろうか。


 炭酸飲料が飲みたい~。


「こってりしてて、でも野菜がたくさんだからさっぱりもしてるね。赤茄子の味がすごく爽やかだ」

「あぁ、悪くない」


 よし、スィヤヴシュさんとヤシュバルさまに高評価ですよ!


「でも、こういうの……お酒が欲しくなるなぁ。冷たくした、ほら、フランツ王国の葡萄酒。白いの、あれ美味しいんだよねぇー」

「私の宮で酒が出る事を期待するなよ」

「皇子なんだからお酒の一本や百本あるくせに……!」


 言いながらお二人はぺろっと、ピザをまるまる一枚あっという間に食べてしまう。


 この間にもなんとかマチルダさんがピザを窯に入れたり出したりで続々と焼けはするのだが……成人男性の胃袋の容量を舐めていた。


「どうです、イブラヒムさん。お口に合いますか?」

「……あなたはまた、妙な物を」

「ピザがですか?」

「……この料理は……歴史に残る、文化の一つとして、扱われる程の、現在のアグドニグルの文化を変えてしまうほどのものだと自覚はありますか?ないんでしょうね。あなたは。一体なぜ、どうしてこんな……現代の常識を超えたものをそうやすやすと出すのか」


 ピザがですか???


 私が首をかしげていると、イブラヒムさんはため息をついた。


「……一度作り方さえわかってしまえば、あとは誰にでもできるものでしょう。このソース?なるものを常備しておけば、いつでも気軽に焼けるものです。あなたの口ぶりから、上に載せる具はなんでも構わないのでしょう?それこそ、焼いた生地の上に生野菜を合わせてもいい」


 ぶつぶつとイブラヒムさんはピザについてあれこれ「利便性」「合理的さ」を語った。手で食べられる所。窯で焼いているので食中毒のリスクも少ない。チーズ、野菜、肉を使い栄養面でも問題なく、食べるのは片手でも可能なため野外活動時に食べることもできる。


 上に載せる材料を豪華なものにすれば、もてなしの料理にもなるのだろうとまで言って、イブラヒムさんは額を押さえた。


「あの毒芋と同時に流行ればどうなるでしょうね。栄養価が高すぎるピザに、ほとんど栄養価がなく体の掃除をしてくれる毒芋の料理。……流行るでしょうね。夜会や食事会で食べ過ぎた者が、家では簡素な料理を望むのは、当然のことですから。そうなれば、これまで麺に使用していたものとは違う小麦の需要も増えていくでしょう。我が国ではパン食はそれほど盛んではありませんでしたが……場合によっては商会の力関係が変わります」


 そこまでは考えていなかったですね。

 ピザに関しては私が食べたいから作ったまでのこと。美味しいじゃないですか、ピザ。

 

 けれどここで否定してもイブラヒムさんは納得してくれなさそうなので、私はにこにこと笑っていることにする。


「……なるほど、わかりました」


 私が黙っていると、イブラヒムさんが何やら、頷く。不本意だが、というお顔をしながらも、ピザを手に取り、私の顔と見比べて、目を伏せた。


「明日までに、商会を探して来ましょう」


 なにが分かったのかまったくわかりません。

 でも商会はお近づきになりたかったし、イブラヒムさんが探してきてくれるなら間違いはない……だろう。多分。私はとりあえず笑ってお礼を言うと……


「乳製品を焼いて伸ばして生地の上に載せた料理のにおいがするんだがー!」


 バーン、と、窓から、皇帝陛下が入ってきた。





「見舞いにやったイブラヒムが中々戻ってこないからどうしたものかと思っていれば……なぜこの私を差し置いて……お前達はピザパーティーをしているんだ?うん?」


 乱入してきたのは赤い髪に青い瞳の、この国の最高権力者である皇帝陛下。クシャナ陛下は今は素早く用意された椅子にふんぞり返って、テーブルの上に並べられたピザを前に不満そうな声を出した。


「し、試作品なので……」

「レンツェの、じゃなかったな。確か新しく名を……シュヘラザード。シェラ姫か。シェラ姫の作る物なのだからうまいに決まってる。試作でもなんでも、私にも寄越すが良い」


 とりあえずイブラヒムさんがいそいそと陛下にピザを取り分ける。皇帝陛下はなぜか酒瓶を持参されていたので、金の杯にトクトクと赤いお酒が注がれた。


 ……何しに来たんだろう、この人……。


「おぉ、まさにまさしく、この艶やかなチーズの濃厚さに、これは鶏肉か?普通のパンや饅頭とは違う生地が合わさって、なんとも美味なることよ……!」


 もぐもぐと皇帝陛下が上機嫌でピザを召し上がられる。


 ……大変お喜びになられて何よりではありますが……皆が一生懸命作ったのを……当然のように、なんの労働もしていないのに一番良い席でたらふく食べようとするこの勢い……。


 ……メリッサだ!

 女神メリッサと同じ感じだ!!


 さっすが皇帝陛下!女神様と同じ傍若無人さだね!


 私が感心していると、三種類のピザを一切れずつ食べて満足された皇帝陛下が、口元を布で拭きつつ、私に顔を向けた。


「うむ、美味かった。これでよいぞ、シェラ姫」

「はい?」

「本来ならもう少し意地悪をしてやりたかったが、先の刑罰の件もあるゆえ、戦勝会にてそなたの出す料理、このピザでよい」


 体調からの、準備期間の短さを考慮してくださるという意味だ。


 ピザ……確かに、色んな種類を用意すれば誰でも好きな味の一つくらいはあたる。


「しかし、陛下。冷めてしまうと……あんまり美味しくないです」

「そなたの料理だけ保温の魔法をかけないと言った件か。――聞くが、本来はどういう料理を作ろうと考えていた?」

「海苔巻きにしようと思っていました」


 私は素直に答える。


「海苔巻き、というのは……お粥などに使うお米を、“炊く”という方法で調理して、竹で作った道具で具と一緒に巻き込んでいくものです」


 本当は海苔巻きを沢山作ってお出ししようと考えていた。


 アグドニグルのお米は、多分私の知るインディカ米に近くてジャポニカ米のように炊いてももちもちはしない。


 だからチャーハンには適していても、海苔巻きには向かない。が、水を多めにして塩やオリーブオイルなどを加えるとパサパサするインディカ米でも海苔巻きを作るくらいの粘度を出す事が出来るのだ。


「具はエビや、野菜、お肉、なんでもいいと思いました。切ったものをくっつけたまま大皿に載せていれば、表面が乾燥するのを少しは防げると思いました。お米の外側には海苔を板状に乾燥させたものを張り付けています」

「……のりまき……」


 私の説明に、イブラヒムさんたちは首をかしげていたが、皇帝陛下はなぜか片手で顔を覆い肩を震わせてしまった。


「そーかー、あの米でもできるのかー、諦めてたわー、そっかー……食べたかったー……」

「あの、陛下?」

「うむ、何でもない」

「しかし陛下、とても不思議な料理のようでございますが、致命的な問題が」


 そっとイブラヒムさんが陛下に耳打ちした。


「致命的な問題……?」

「その表面に使用すると言うノリとやら。おそらくパツェルだと思いますけれど……原材料の岩苔猪ガンローモは冬の間は海底深くに沈んでおります。近海に迷い込んだ種の討伐予定もありません」

「……はい?」


 海苔の話をしていますよね?

 なぜそこで生き物?の話が出てくるのか。


 私が首をかしげているとヤシュバルさまが説明してくださった。


岩苔猪ガンローモというのは海に生息する巨大な魔獣だ」

「……まじゅう」

「その巨体、とりわけ角の周囲に生えている苔は珍味とされていて、高級品だ。三十メートルほどの大きさの岩苔猪ガンローモの角から取れる加工された海苔パツェルは、そうだな、このくらいの壺一つ分だ」


 その大きさなんと私(幼女)の掌サイズである。


 そんな珍味が……さすが異世界。


 しかし、いやいや、いや。

 違います。私の言ってる海苔はそういうものじゃありません。


「違います、私が使いたかったのは……藻とかを加工したノリです。ありますよね??」

「……ありませんが?」

「港町とかにないんですか?!」

「聞いた事がありませんね。というか、なぜそんなものを食べる必要が?」


 どうして……。


 海苔……ないのか。


 嘘だろ、と私はショックを受けた。


 岩苔猪ガンローモの角についた藻は高級食材なのにその辺の岩に生えてる藻は食べないとか何でですか……!!


 しかし私は唐突に思い出した。


 海苔文化のあった前世ジャパン。そういえば、海に面したその他の国々にも……なかったわ。海苔。

 そもそも日本人は消化できるけど海外の人間は消化しきれないとかなんとかそんな話も聞いた記憶がある。


 ……蒟蒻に引き続き「どうして食べようと思ったクレイジージャパン」代表、海苔だったのか……ッ!


「シュヘラ……どうしても、海苔が必要だというのなら、私が岩苔猪ガンローモを討伐してくるが……?」

「うぅ……ヤシュバルさま……ありがとうございます。でも、海の底なので……お気持ちだけで」

「海水を凍らせて割れば海底も歩ける。問題はない」


 ???


 あまりにさらりと言われるので「そっかー」と頷きそうになりますが、モーゼしたあとに更に凍らせるとか言ってます???


「……えぇっと、大丈夫です。お気持ちだけで……」


 とりあえず、今回はピザにしますから大丈夫!

 メリッサに人間辞めてないはずと言われたヤシュバルさまだ。どうかそのままでいて欲しい!


「ところで、このピザ。持ち帰りたいのだが、十枚ほど。良いか?」

「まだ続々と焼いて貰ってるので問題はないと思いますけど……陛下、十枚も召し上がるんですか?」

「美味い物ゆえ、私の元で働く者たちにも配ってやりたくてな」


 当り前だけれど、この紫陽花宮のように皇帝陛下にもご自身の寝所を構えた宮がある。そこの女官たちへのお土産だということで、私はマチルダさんにお土産用に包んでほしいとお願いした。


「……へ、へぇ……そりゃ……って、シェラ様ッ!こ、この……こちらの……お人は」


 窯のある調理場から私の寝室に戻ってきたマチルダさんは部屋の真ん中でふんぞり返っている皇帝陛下を見るなりバッ、と平伏した。


「あ、あっしのような者が……ご尊顔を……ッ、ど、どうか……平に、ご容赦くださいッ!」


 奴隷は皇帝のお顔を見ることすら罪になるのだろうか。怯えるマチルダさんに、皇帝陛下はさらりと長い前髪を揺らした。


「良い良い。そなたがこのピザを焼いた職人か。奴隷のようだが。選択奴隷か。これの焼き加減、実に見事である」

「へ、へぇ……!」

「シェラ姫が、そなたのような職人技術のある奴隷を得たことは幸運であった。励むが良い」

「は、ははぁー!!!」


 私がお願いしても採用辞退する気満々だったはずのマチルダさんが、感極まったようなご様子で皇帝陛下に頭を下げ続ける。こ、これが……カリスマ……?これが、王族としての経験値の差なんだろうか!?ずるいよ陛下!

 

 ちょっぴり不満には思ったけれど、無事にマチルダさんが雇用できて良かった、と思うことにするべきか……。


 私は自分もピザを口にしながら、うーん、と首を傾げた。



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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
― 新着の感想 ―
>バーン、と、窓から、皇帝陛下が入ってきた。 なぜに窓から!? >皇帝陛下はなぜか酒瓶を持参されていたので、金の杯にトクトクと赤いお酒が注がれた。 そしてなぜに酒瓶!? いやまて、そうか、これ…
[良い点] 「乳製品を焼いて伸ばして生地の上に載せた料理のにおいがするんだがー!」いきなりピザって言うわけにもいかない陛下の御苦労…… 海苔が高級品(魔獣のツノについた藻とかわけのわからんもの)、異…
[一言] なんとなく陛下のイメージがFG●の魔王信長(三臨)になりましたw食いしん坊駄々漏れ…
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