6、あと十分遅かったら街に降りていた
正直に言おう。
私は大変、ストレスを溜めていた。
前世の記憶を思い出してからの過酷な出来事の連続に、自分自身が一体前世日本人の自意識が中心なのかそれともこの世界の住人としての意識が主なのか、定まらない不安定さ。
その上、王族としての振る舞いを求められたり、理不尽な状況に陥っても「なんとも思ってません」というような顔をし続けて、何も感じていない、わけないだろうと言いたい。
そもそも私が幼女の意識だったらとっくに発狂しているだろう数々。
前世の記憶の、それなりに惨めな人生経験があったから「まぁ、そういうこともある」と心を殺すことに慣れていたけれど。
加速するストレスは留まるところを知らないね!!
「なので今から、私が望むのは……私のための私がプロデュースする私が食べたいお料理ですッ!」
寝室に押し込められた私に提供されるのは常に消化の良いお粥や果物、それに乳製品である。
アグドニグルの主食は麺や蒸した饅頭のようだ。お米もあるにはあるが、炊いて食べる文化はなく、お粥にして食べる。
不味くはない。むしろ宮廷料理人の方々がヤシュバルさまに命じられて作ってくださったお食事は病人食とは思えないほど美味しい。美味しいが、美味しいけど、私はもっと、がっつり食べたい。
沈んだ顔をするマチルダさんのご事情やお気持ちを考慮したいとも思うのだけれど、それよりも!
「チーズとかたっぷり載った……トロットロのッ、ピッツァが!!ピザが!食べたいのです!!」
もっちりとした歯ごたえに、トマトソースの濃厚さ、上のトッピングは茄子でも鶏肉でも野菜たっぷりでもなんでも可!
とにかく私は今……ッ!
「焼いた小麦製品が食べたいッ!!」
「はーい、シェラちゃん。力説するのはいいし、一生懸命なのも可愛いけどねー、その前にまず、君は反省しよう?ちゃんと叱られよう?ね?」
ベッドの中で訴える私に突っ込みを入れたのは、スィヤヴシュさん。手には革の鞄。入り口に立っていてシーランに迎え入れられる。親子関係な二人だけれど、仕事中なので二人の間にそれらしい表情は浮かばず使用人と、本殿付きの心療師という態度だ。
「スィヤヴシュさん、こんにちは」
「はい、シェラちゃん。こんにちは。君ねぇ、殿下の執務中に殿下の許可なく紫陽花宮を出て行ったら駄目だろう?」
にこにことしているスィヤヴシュさんだが、声には咎める響きがあった。すぅっと、冷えるような声に、私はびくり、と強張る。
「スィヤヴシュ」
「ヤシュバル殿下、甘やかさないように。さっきまで止める俺を凍らせてまで街に降りようとするくらい心配だったんだから、ちゃんとしないといけませんよ」
「……無事に戻ってきたのだから、もういい」
「よくないよねー、シェラちゃん、きっとまたやると思うんだよねー」
……はい、やりますね。また街に降りようと思っていました。
私は反応しなかったが、心の中ではがっつり頷く。スィヤヴシュさんもそれがわかったようで、にこにことした顔のまま、小首をかしげる。
「シェラちゃんもね、イブラヒム様が一緒ならいいと思ったんだろうけど……駄目だからね?君は問題を起こしたばかりで、今は療養中というより謹慎中って考えて欲しかったな。それに、そもそも君はレンツェの王族なんだから、扱い的には囚人だと自覚してくれないと困る」
「スィヤヴシュ!」
パキンッ、と、スィヤヴシュさんの顔があった空間が凍った。寸でのところでスィヤヴシュさんが一歩後ろにのけぞり、事なきを得ている。
「スィヤヴシュ。下がれ」
「殿下」
「下がれ」
「……ちゃんと言い聞かせてくれよ、ヤシュバル。僕はもうシェラちゃんの背中に傷が増えるのは見たくないからね」
ヤシュバル様に二度言われて、スィヤヴシュさんは頭を下げた。口調は素のもの、ご友人としての言葉なのだろうとわかった。
私は申し訳なくなり、スィヤヴシュさんに謝罪をしようとするが、目のあったスィヤヴシュさんは無言で首を振る。それは自分には不要だ、という意味。
「……ヤシュバルさま、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「……」
スィヤヴシュさんが出て行く前に、私はヤシュバルさまに頭を下げる。
「……君が悪いわけではない。イブラヒムが君を連れ出したのだから」
「いいえ、イブラヒムさんには私が頼みました。私が無理を言ってお願いしたんです」
「……イブラヒムが君のお願いを聞くとは思えないのだが」
それはそうだ。
私に好意的、ではない人だとヤシュバルさまもご存知。
「脅したんです」
「……脅し、なんだって?」
「はい。私が、背中の傷が痛いなーって、すっごく痛くて死んじゃいそうだなーって、いや、あの、ヤシュバルさま、嘘ですよ!?今現在は痛くはないですから、そこ!慌てないでください!スィヤヴシュさんも鞄から薬出そうとしないで!」
二人ともステイ!と、私は両方向から来る二人に両手を広げて待ったをかける。
「つ、つまり……わ、私は卑怯にもイブラヒムさんが私を鞭打ったのを逆手に取って……街に連れて行ってくれないと痛くて恨みますーと……脅したのです」
「あぁ、それなら仕方ないかなぁ」
「あぁ、それならば仕方ないな」
うんうん、と二人は納得される。納得するんですか、それで。
えぇえ、と私は単純さに驚きつつ、ぺこり、とまたヤシュバルさまに頭を下げた。
「なので、ごめんなさい。街を見てみたくて我がままを言いました」
「……」
「ほらほら、ヤシュバル、ちゃんと叱らないと」
「……今後は、」
「そうそう」
「今後は、イブラヒムではなく、何か頼み事があるのなら私に言いなさい」
「違う!」
突っ込みを入れ続けるスィヤヴシュさん。疲れません?
「君の保護者は私なのだから、君は私を頼るべきだ」
「ヤシュバルッ、君ねぇー!そういうことを言ってるんじゃないんだよなぁ、僕はぁ!」
違うよ!とヤシュバルさまの胸倉をつかむ(不敬)スィヤヴシュさんを完全に無視して、ヤシュバルさまは言葉を続けた。その状態で無視できるってすごいですね。慣れてるんですか。
「あ、あのう……あっしは、いったいどうしたら……」
「あ、マチルダさん。いましたよね、そうそう、いましたよね」
部屋の隅っこで小さくなっているマチルダさん。この状況で放置され続けどうしたものかと困り切ったお顔でいらっしゃる。
私はぽん、と手を叩き、こちらに来てほしいと手招きをする。
「ピザ作れますか?」
「ぴ、ぴざ?」
「強力粉と薄力粉に塩とか油とか混ぜて、イースト菌……は、ないかな。とにかく、発酵させて、薄くのばして焼くパンです」
「あっしはフランク王国の、長細いパンや巻きパンなんかしか作ったことがありませんが……」
ピザ生地はないらしい。そうかぁー……。でも作り方は私が知っているし、大丈夫だろう。
必要なのは……幼女の体力や小さな手ではなく、パン職人の腕だ。
私はマチルダさんにあれこれと説明をしてみる。
「……なるほど……それなら棒で伸ばすより遠心力を使った方がようございますね」
先ほどまで居心地の悪そうだった様子が、うってかわって、真剣な顔つきになる。
「二種類の粉を混ぜるのは薄く伸ばせるようにするためでございやすね」
「あ、はい。なんだったか、グルテン?とかが、関係するとか」
「あっしは学がないもので、細かいことはわかりやせんが……強力粉は弾力がよく出る粉でございましてね。ただそれだけですと伸びませんので、薄力粉を混ぜ合わせると、強さが弱まって伸びるのでしょう」
「な、なるほど……」
「平たく伸ばして上にあれこれ具を載せる、その上パン生地はふっくらとさせたままというのでしたら、空気が潰れないように棒ではなく、空中で回して伸ばすのがよろしいでしょう」
パ、パン職人すごぉい……私のわやわやな説明で、ピザ回しにまで行きついてる……。
もしかして、マチルダさんってかなり腕のいいパン職人さんだったんじゃないか……?
思わぬ買い物とはこのことか。
「……なるほど、なるほど。シェラ様の小さい手では難しいでしょう。それにアグドニグルの料理人も、麺はよく伸ばせるでしょうが、パン生地じゃあ勝手が違いますからね」
「作ってくれますか?」
「あっしは役立たずじゃないと、思い出したくなりましたよ」
スキンヘッドをぺちりと叩いて、マチルダさんは苦笑する。
私は隣にいるヤシュバルさまの手を握ってお願いした。
「ヤシュバルさま、ここでピザを作りたいので……道具一式用意して貰ってもいいですか?」
「……ここで?」
さっき頼ってって言われたので、早速頼ってみます。
ヤシュバルさまは「ここで……?」と二度瞬きをされてから、口元に手を当てる。
「……私も参加してもいいだろうか?」
「……私は、ヤシュバルさまも一緒にやっていただけるのなら面白……楽しいと思います」
「その流れだと僕も参加していい?」
……皆でピザ回しするんですか?
はいはい、と挙手するスィヤヴシュさん。そして目の端では素早くシーランが動いて、アンに粉類その他の材料、台、手洗い道具一式を用意するように命じているのが見えた。
更新が遅くなってますね?
そう、新しいソシャゲを初めてしまいましてね!
○神っていうんですけど、オープンワールドでこれが楽しいですね!ずっとやってます。




