3、観光気分
「そ、想像以上に……お、大きい」
ローアンの街のド真ん中。観光名所にもなっているという翡翠通りに続く広場。巨大な噴水は魔法を組み込んだ仕掛けがされており、六時間ごとに発動するらしい。
街の中の地面は全て舗装されている。広場には市場が出ており、利用する人々の顔は明るく活気があった。
「ふふん、そうでしょう。ローアンはアグドニグルの首都です。全ての技術と文化がこの都に集結し、皇帝陛下のおわす朱金城を中心に、大陸に並ぶもののない大都市、荘厳なるローアンと称えられる場所になったのです」
私の隣で自慢げにしているのはイブラヒムさん。胸を張り、いかにこの街が優れているのかの説明をしてくださる。
都の人口は100万人程。(レンツェは小国で国民の人口全てで10万人程なのでもう国としての規模が違う。本当、なんで喧嘩売ったんだろうかレンツェの王様)碁盤目状に整備された道路、街は東西南北に区画されていて中心が朱金城。
外側は高い城壁と「一生懸命魔術部隊が堀りました」という人間の常識を無視した堀に囲まれ、日暮れから夜明けまで外門は閉じられる決まりだそうだ。
アグドニグルの属国、あるいは同盟国、交流のある国や種族がこの街にやってきて、東西市に住んで商売をしているという。
広場の周りにはアグドニグルの人間だけでなく、肌の色や骨格の違う人間、それだけではなく獣人や背の低いドワーフ?のような種族もいた。
「エルフとかいないんですかねぇー!」
「える、はい?」
「えっと、耳が長くて肌が白くて、長寿の種族?みたいな……全員もれなく美形な」
「また妙なことを……それ吸血鬼じゃないんですか?」
「うーん、全体的に善の側な、直射日光が大丈夫で森とか自然を愛する種族はいません?」
「それなら、精霊族にいるかもしれません。が、あの連中はアグドニグルを目の仇にしていますから交流はありませんね。森林に引きこもってうじうじと魔術研究をしているだけ。それを世に広め世界を発展させようなどとは思ってもいない愚物どもですよ」
そのうちアグドニグルに村を焼かれそうですね。
私が相槌を打つと、イブラヒムさんはふん、と鼻を鳴らした。
ところで私たちは二人とも、宮殿にいるときの恰好ではない。ラフな町民……ちょっと裕福な家の子供とその兄、という設定が通じる装いだ。賢者であるイブラヒムさんは普段ブラブラと街中を歩ける身分ではないので、きちんと護衛もいる。私たちから見えないように隠れて。
さて、なんでイブラヒムさんと街に出ているのかと言えば簡単だ。
「それで、シュヘラザード様。約束は日没までの観光、でよろしかったですね?」
「はい」
まず単純に、私は皇帝陛下のおつくりになった街と、アグドニグルの人たちを見たかった。
市場で流通しているもの、屋台や料理屋で出される食文化。
「こんなこと、別に私にさせずとも第四皇子殿下に頼めばよかったでしょう」
「ヤシュバルさまは……隠れて護衛とか……駄目そうですし、一緒についてきそうなので……」
「まぁ、確かに。公務もありますから、困りますね。殿下を連れ出されては。おい待て、それなら私なら連れ出してもいいのか?」
「イブラヒムさんはほら!街のこともお詳しそうだし!」
けして暇人だったと思ったとか、変装すれば目立たないとか、そういう意味じゃない。
ヤシュバルさまは立ってるだけで目立つのでお忍びで観光は絶対無理だ。
「カイ・ラシュも誘いたかったんですけど」
「……正気か?」
「え、私たち友達になったんですよ?聞いてないんですか?」
「……交流があったのは聞いていますけど」
「同じ歳の友人というのは人生にとても大切ですよね」
「…………」
ちょっと情緒が心配なところもあるけれど、同じ宮殿住まい、これから色々仲良くできたらいいな!と私が前向きに言うのをイブラヒムさんは胡乱な目で見てくる。
「よくそんな言葉を吐けますね。彼が望んで貴方が鞭打たれたのでは?」
癇癪を起す子供。王族で、他の人間の手には負えない所のある厄介者。関わっても面倒しかない、というのがイブラヒムさんのカイ・ラシュに対しての評価なのだろう。
「そういう者と関わろうなどとは」
「関わると面倒、厄介という意味では私もそう変わりませんよ」
「…………貴方に関わっているのは、成り行きです」
「そうですか、ありがとうございます」
お礼を言うとイブラヒムさんは嫌そうな顔をした。
それから私はイブラヒムさんの案内でローアンの都を観光する。
区画がきちんと整備されているので、市街地と商売エリアははっきり分かれている。当然、お城に近いエリアは富裕層の暮らすエリアで、そういった人たち御用達の高級店が立ち並ぶ。
庶民エリアは露天なども多く出ていて、買い食いしたいと言うと「戦時でもないのに屋根と椅子のない場所で食事など嫌です」と拒否された。
ここで兄妹設定を生かして駄々を捏ねた。『初めてのローアンで我がままを言う小さな妹さん』と『初めて二人でお出かけして緊張しながら妹を躾けるしっかり者の兄』だという周囲の人たちに温かい眼差しを向けられるのを耐えきれなくなったイブラヒムさんが焼き鳥のようなものを買ってくれた。
「味が濃いですね」
「でしょうね。こうした屋台の料理は肉体労働をする者が購入するのです。塩気の強い、味の濃いものが好まれるのでしょう」
「次は何か甘い物が食べたいですお兄さま」
「ふざけるな置いてくぞ」
イブラヒムさん、時々素が出ますよね。
初見は眼鏡をかけたインテリイメージでしたが、今は元ヤンが一生懸命真面目に振る舞っているように見えてきます。不思議。
しかし口ではそう言いながらも私を置いていくことのないイブラヒムさん。
私がとてとてと少し速足でついていける速度で、手でも繋いでくれたら楽なのだが、それはやはり嫌がられた。
「それで、次は、商人でしたか」
「はい。よさそうな商人の方がいたら、仲良くしておきたいと思いまして」
「……あの毒芋なら政府の政策の一環で生産を命じれば良いのではないですか?」
「それも是非、行政としてお願いしたいんですけれど、それだけだと弱いと思うんですよね」
私が街に出たいとお願いしたもう一つの理由はこれだ。
毒芋危なくないヨ!お金になるヨ!は、イブラヒムさん曰く、今のところめぼしい産業のない街や村に政府の命令で育てさせ数の確保が可能だという。
ただ、それだけではだめだ。
富裕層で、また都市の主民の間にも流行って貰わないとザックザクお金は稼げない。
政府だけでなく、商人の方々が「これは金になる」と商品として扱って頂けるようにならないと。
「商人に何をさせるんです?」
「それは、アグドニグルで最も――のある、皇帝陛下に――して頂いて、――を、――して。――すると、単純に考えて……どうです?」
こそこそ、と私はイブラヒムさんの服を引っ張りかがんでもらって耳打ちした。
「………………本気か?」
「どうです?イブラヒムさんから見て、うまくいくと思いますか?」
驚くイブラヒムさんに私が問いかけると、一瞬イブラヒムさんは面白そうに口元に笑みのようなものを浮かべ、そしてすぐにそんな顔を私の提案でしてしまったことを嫌がり、いつものしかめっ面に戻る。
「そうですね、それは中々…………興味が、あります」
こんにゃく芋ってそのまま植えれば生えてくるんですか、すごいな……。




