1、お金はあるところから貰えばよかろう
「イブラヒムさん、お金ください」
「嫌ですが?」
翌日、私は陛下からのお見舞いの品を持ってきたイブラヒムさんを迎えるなり、開口一番に頼んだ。そして却下。水のように流れる容赦のなさである。
怪我が治りたてで、本日もベッドの中にいる幼女に対して優しさとかないんです?
「そこをなんとか」
「なんとかなる理由があります?」
「いたいけな幼女の背中を打ったお詫び的な?」
「ッハ」
バカげたことを、と一笑にされた。
「たとえあれで貴方が死んでいたとしても、私に罪悪感などありませんよ。処刑人が職務を全うした場合、貴方は処刑人を人殺しと思いますか?」
「いえ、全く」
「でしょうね。そういう貴方になぜ私が罪悪感を覚えると思うんです。少しは私を恨んでから言いなさい」
「かわいげ~かわいげのロスト~」
「なんとでも」
フンと鼻を鳴らして私を見下すイブラヒムさん。わたあめが同席していたらまた噛まれるぞ!しかし、今はヤシュバルさまの魔獣のスコルハティさまとドックラン……じゃなかった、魔獣たちの訓練場に行っている。おやつ時には戻ってくるらしい。
「あぁ、そういえば改名されたのでしたっけ。今後はシュヘラザード様とお呼び致します」
「別にシェラとかシュヘラでいいんですけど」
「ッハ」
また一笑。イブラヒムさんはいちいち人を小馬鹿にしないと息出来ないんですね。大変ですね。
「さっきの件ですが、何もタダでお金くださいってわけじゃないんですよ」
「貴方に私と取引できるようなものがあるとは思えませんが」
未だにプリンの作り方にたどり着けてない人が何を言ってるんだろうな……。
しかしまぁ、私はプリンの作り方を売りつけて、というつもりはない。欲しいのは大金だ。プリンのレシピひとつで手に入れられる金額は、たかが知れている。
いそいそと、私はベッドの下に隠していた物を持ちあげて膝の上に乗せる。
「……それは」
おや、とイブラヒムさんが眼鏡を軽く持ち上げる。賢者のイブラヒムさんは当然御存知らしい。
芋です。
丸くてゴツゴツとしていて、私の掌より大きい芋。素手で触ると気触れるので布越しです。
「毒がありますよ。なぜそんなものを?」
「これ、食べられると思いますか?」
「……食べる、という行為は可能でしょう。しかし、毒があるため摂取量によっては死にます。いえ、少量でも灼熱感に喉の腫れ、呼吸困難に陥り、多量であれば内臓機能に深刻な影響を齎すでしょう。まず――安全な食材ではありません」
そんなものがなぜここにあるのか。
この芋はどこでもよく育つ。しかし、悪臭とその花の姿がおぞましく忌み嫌われた存在だそうだ。寝込んでいる私に「こんな花があるんだよ!面白いね!」と見せてくださった。子供と遊ぶ才能があまり無いようだ。
「この毒芋が食用可能かつ、貴族の方々にとって価値のある食材になるとしたら、どうでしょう?」
「不可能だ」
考える素振りを見せず、イブラヒムさんは即答した。
私がこの芋を見せた時から、イブラヒムさんの頭の中ではこの芋の使用方法、利用価値を考え尽くされていたのだろう。答える言葉には確信があった。
「一般的な調理方法として、あく抜きや塩を加えることで食用可能になる植物はあるが、その毒芋の持つ毒性はその程度では無効化できない。更に、栄養として期待できるものもない。花は数年に一度咲く程度、その姿は禍々しく観賞用にも適さない」
利用価値がないとイブラヒムさんは様々な知識と思考の末にご判断されたご様子。
えぇ、そうですよね、普通、そうなりますよね。
うんうん、と私もその話を聞きながら頷いた。
「でもこれ、食べられるんですよ」
「何を馬鹿なことを」
「いえ、本当に。乾燥させてすり潰して粉末状にして水と合わせて捏ねて石灰水と炭酸水加えて丸めて煮て固めると栄養価のない食材になります」
「は?」
「その完成形がこちらに!」
「は…………?」
ノンブレスで言い切った私の言葉についていけないイブラヒムさんを放って、よいっしょっと、またベッドの下に上半身を伸ばして隠してあった「完成形」を取り出す。
「はい、こちら、毒芋を乾燥させてすり潰して粉末状にして、水と合わせて捏ねて、石灰水と炭酸水加えて丸めて煮て固めて作った、栄養価のない食材です!」
デーン、と取り出したのはお皿の上に乗ってぷるぷると震える灰色のブツ。
日本の食に対する狂気を代表する食材、こんにゃくさんです!




