6、深々と降り積もる
「いやぁー、めちゃくちゃ痛かったです~!!」
ぷはぁっ、と私は生絞りフレッシュミックスフルーツを飲み干して一息ついた。
爽やかな酸味に桃とか苺のフルーティな甘さ!そこにちょっとお塩でも加えた??甘さ引き立ってるよ!キレてるキレてる!サイコー!と、果汁100%の贅沢ジュースを堪能している私とは対照的に、ベッドの脇や出入り口、集まっている人たちの顔は……お通夜かな?
「うっ、うっう……ぅぅうわぁああん!!このおバカぁあああああ!!」
「ぐぇっ!」
おやおや、皆元気がないですねぇと私が微笑んでいると、耐えきれないといった様子でメリッサが抱き付いて来た。病み上がりなんですが??
「馬鹿!バカ!おバカ!!あんた……馬鹿じゃないの!?あんな……あんな傷……聖女だって治せないのに……馬鹿!!」
三日前、私は皇帝陛下の決定により鞭打ちの刑にされ、八回打たれる前に意識を失った。五回くらいまではちゃんと覚えているのだが……残り三回は、皆が嫌がったらしくイブラヒムさんが行ったそうだ。
そうして背中の肉が抉られ膨れ上がり、血を噴き出す私はすぐさまヤシュバルさまによって医療室に運ばれた。しかし元々拷問用、罪人処罰用の鞭、まともに縫合出来ないような傷口になるよう作られていて、その上私は成人男性の半分も体力のない幼女。
アグドニグルの医術で施せる事は精々消毒と塗り薬、痛みを紛らわせるためのモルヒネの投与くらい。うつ伏せになれば呼吸が苦しくなるからと、寝かせるわけにもいかない私の体は、シーランとアンが交代で支えてくれたそうだ。
そうして三日間意識不明の重傷だった私を救ったのは、というか、唯一救えたのはメリッサ。
信仰心の薄いローアンの、それもアグドニグルの王族ひしめく王宮では本来の力の半分も出せなくて治すのに時間がかかったと、愛らしい女神様は泣きながらおっしゃる。
私はメリッサの柔らかな髪に触れ、頭をぽんぽんと叩く。
「さすがメリッサ!女神さま!すごい!ありがとうございます!」
「馬鹿!馬鹿!あたしがいなかったら死んでたのよー!馬鹿!」
それはどうかな、と私は思ったけれど口にしなかった。
皇帝陛下。あの方。私を殺すおつもりはなかった。痛いし苦しいし辛かったけれど、死んでしまうほどではなかったように思う。メリッサの手前あれだけれど、メリッサが救わなければ、皇帝陛下が救ってくださったのではないか。そんな気がする。
「馬鹿、馬鹿、大馬鹿者……ッ!」
「心配かけてすいません。ところで背中、もう全然痛くないんですけど、包帯ぐるぐるまきにされてるのは何故でしょう」
「まだ皮膚が再生しきってないのよ!」
包帯の内側は特別な魔法植物で作った塗り薬がたっぷり塗られているのだという。どうりで……なんかくさいとは思いました。
「……クゥン」
「わたあめ?」
「……」
「その魔獣、ずっとあんたのベッドの側にいたのに、ベッドに乗らないのね。何か自分が悪い?みたいなこと言ってるわよ」
「なんで??」
わたあめ、何かしただろうか?
事の原因は私があのクソバカ殿下にドロップキックをかましてしまったからだ。なぜか?わたあめが縛られ引きずられていたからだけれど、だからといってわたあめに非がある、なんてことは間違ってもない。
「むしろわたあめはかなり偉かったのでは?」
「は?なんで?」
「わたあめは魔獣ですよ。カイ・ラシュ殿下なんてわたあめが本気で抵抗したらこの世にいませんよ」
「……そりゃ、確かにね」
そうなったら、わたあめは即刻殺処分されただろう。レンツェの王族の魔獣がアグドニグルの皇子殿下を殺した、あるいは傷の一つでも付けたら……私は鞭打ち程度で済んだだろうか?
わたあめが無事に生きているこの状況は比較的「良い」結果だ。
「なのでわたあめおりこう。よしよし、よく我慢しましたね」
「……クゥン……」
私はベッドから手を伸ばしてわたあめを撫でる。
おずおずと鼻からこちらに近付いて来て、わたあめはスリッと顔を押し付けて来た。ふわっふわ。
「……………………」
「…………」
ひとしきりわたあめを撫でて、私はこの部屋で一番……暗いオーラを発して、今にも舌を噛んで死にそうなほど思い詰めた顔の……ヤシュバルさまに……取り組むことにした。
「あの、ヤシュバルさま?」
「……」
無言である。
しかし先ほどから、メリッサが私に抱き着いた時もジュースを飲んでいるときも、ヤシュバルさまは私の右手をずっと握りしめたままである。
……。
なんでも、私の魂が痛みで砕けたり苦しみに染まってしまわないように三日三晩ずっと、ヤシュバルさまが魔力を流し続けていてくださったそうだ。
「…………」
当然、もう目覚めて元気回復!な私の手を握っている必要はない。
ないのに、なぜこの人は、こうしているのか。手を離せばまた私の背中から血が噴き出して、意識を失ってしまうとでも思っているのだろうか。
「あの、ヤシュバルさま」
「……すまない」
やっと口を開いたかと思えば、絞り出すような言葉は謝罪である。
私が溜息をついて目くばせをすると、メリッサやシーラン、アンは退室した。
「どうしてヤシュバルさまはいつも、私の身にかかる不幸は全部、なにもかも、ご自分の所為だという顔をされるんです?」
「……」
ヤシュバルさまは答えなかった。
まったく、損な性格をされている。
たまたま他国の寂れた場所で、凍えた幼女を発見してしまって、その雪を降らせたのがご自分だからと、凍えたのは自分の所為、その幼女の身に起きた悲劇も自分の所為だと、思いつめていらっしゃる。
あげく敵国の幼い姫を妻にすると、恐ろしい皇帝陛下にご意見されて、女神に幼女趣味と疑われるは、ご兄弟に二心有りと密偵を放たれるわ。まったく、あまりにも人が好過ぎるのではないか。
「手を放しても、私は死んだりしませんよ」
「……わかっている」
なら離していただけないかと首を傾げると、逆にぐっと、手に力が籠った。
「わかっている。君は、そうだろう。君は、強い。きっと、私が守らずとも、君はきっと、乗り越える事ができるのだろう」
わかっている、とヤシュバルさまは繰り返された。
……そうなのだ。
本当のところ。
ヤシュバルさまが、私を妻にとクシャナ陛下に申し出てくださらなくても、多分陛下は私と取引をしてくださった。
メリッサの元に助けに来てくださらなくても、多分、私はメリッサを説得して神殿に戻ることができた。
ヤシュバルさまがメリッサを紫陽花宮に連れて来てくださらなくても、私は多分、別の手段で救われた。
なんとかなった。どうにでもなった。決定的に、確実的に、ヤシュバルさまがいなければどうしようもなかった場面は、今のところないのだ。
「………君を守りたいと思った。君に、いろんなものを与えられると思っていた。だが、すまない。私は君に、なにもしてやれていない」
呟くヤシュバルさまに、私は息を吐く。
なんて馬鹿な方だろう。
「私を助けようとしてくれているのは、ヤシュバルさまだけなのに?」
凍えるレンツェの王宮で、私に声をかけてくれたのはあなただけじゃないか。
私の危機だと走り、窓から落ちる私を受け止めてくれたのはあなたではないか。女神の神殿に殴りこんできてくれたのもあなただけじゃないか。
私一人でもなんとかなる。
どうとでも、なるけれど。
「何度も、私に手を伸ばしてくれるのはヤシュバルさましかいないじゃないですか」
あぁ、まったくもって、損な性格をなさっている。
たまたま他国の寂れた場所で、凍えた幼女を発見してしまって、その雪を降らせたのがご自分だからと、凍えたのは自分の所為、その幼女の身に起きた悲劇も自分の所為だと、思いつめていらっしゃる。
あげく敵国の幼い姫を妻にすると、恐ろしい皇帝陛下にご意見されて、女神に幼女趣味と疑われるわ、ご兄弟に二心有りと密偵を放たれるわ。まったく、あまりにも人が好過ぎるお方。
(……手を離していただけないなら、手放してさしあげませんよ、まったく)
掴まれたままの手をじぃっと見つめ、私はまた息を吐いた。
章ごとにまとめて投稿してほしいというコメントがあったのですが……(´・ω・`)
そうなると半月に一回とかの投稿になってしまうので……書いたやつはすぐ読者さんに見て見てしたい人なので……(´・ω・`)ごめんなさい……。未来で待ってて……。




